第7話 逃避行
少女の後を追い、路地を出ると、少し広い小道のような場所に出た。
そこには一台の自動車が停まっていた。黒光りする細長い車体に、印象的な円形のライトが二つ取り付けられたオープンタイプの自動車だ。
まさか、自動車を持ってるのか? こんなものを持ってるなんて、本当に何者なんだ……。
「これは……自動車か」
「そうだよ。乗ったことは?」
「……あるわけない。こんなの、かなりの金持ちじゃないと乗れないぞ」
そのまま少女に続いて自動車に乗り込む。
「ヴェル様、いかがされましたか?」
運転席に座っていた男性がこちらを振り向く。シワを深く刻んだ顔に白髭を生やした、白髪の老翁だ。
「ごめんなさい。少し問題が起きてしまったの」
「彼らが接触を?」
「ええ。そのまま戦闘になってしまって、騎士団に嗅ぎつけられた形になってしまったわ」
「そうですか……。騎士団もおそらく血眼になって我々を追ってくるでしょうね」
「こうなった以上、一度作戦を練り直す必要がある。大尉、一先ず拠点に向かいましょう」
「はっ。承知致しました」
……にしても、これが自動車か。座席は皮で出来ていて、思ったより座り心地がいい。それに外見よりも案外広く、脚もある程度なら伸ばせる。まさか、自動車に乗れる機会がこんな状況とは言え、やって来るとは。
「失礼ですが、客人。落下しても回収でき兼ねますので、しっかりとお掴まりください」
初めての自動車に目を奪われている俺を見て運転席の老翁が言う。俺はハッとして、気を引き締め、しっかりと座席に腰をつける。
「いたぞ、アイツらだ!」
路地から騎士団が迫り来ていた。甲高い警笛の音が辺りに響く。あの様子だと、例の『現場』も見つかった可能性が高い。
「行きますよ!」
運転手の老翁が声を上げ、足元のペダルを思いっきり踏み込む。刹那、車両は急発進して、物凄い速度で小道を一気に駆け抜ける。
「おお、速ぇ……」
自動車の速度に感嘆の声を漏らしていると、背後から、俄にサイレンの音が聞こえてきた。
「あれは……」
「騎士団の騎士巡邏隊よ。予想以上に早いわね……」
『こちらは、デレツィア騎士巡邏隊だ。車を路肩に寄せて、止まりなさい』
騎士団が拡声器を使って呼びかける。
状況が状況だったとはいえ、騎士団から逃げるのは悪いことをしている感じがしてやっぱり気が引ける。
「……止まらないのか?」
「もうここまで来たら、どんな弁明をしても無駄よ」
「だよなぁ……」
『再度忠告する、止まれ! 車を路肩に寄せて止まるんだ!』
追跡してきている車両は三台。紺色のボディに、正面に大きく刻まれたデレツィア騎士団の紋章。そして煌々と青い光を発する屋根上の回転灯。
「これが……デレツィアの騎士団か」
騎士団と聞くと、一昔前みたいに馬に乗っているイメージがあったが、ここの騎士団は自動車を導入しているのか。どうやら騎士団が近代化しているという話は本当らしい。
『止まれ! 止まらんと撃つぞ!!』
先頭の車両の助手席から騎士が半身を乗り出し、拳銃を構える。
「まずい!」
屈んで身を隠した刹那、パリンッという音が響く。見ると車体後方の赤いランプが割れて、光を失っていた。
「……撃ってきたわね」
「また撃ってくるぞ! どうするんだ!?」
「まあ、殺しはしてこないと思うけど……。どの道早めに撒いておいた方がいいかな」
そう言うと、少女は後部座席に据え付けてあった木箱から、紐の付いた球体のような物を取り出す。形からして爆弾だ。しかし、少女はシュッとライターで紐に火を付ける。
「お、おい! そんなものここで使う気か!?」
俺の静止を振り切って、少女は球を後ろへ投げ捨てた。
「前、向いときなさい」
「へ?」
少女の言葉に反応して、視線を背後から逸らした刹那、眩い閃光が後ろから放たれた。
再び背後を見ようとしたが、眩しくてロクに目も開けていられない。
「……何だあれ。爆弾じゃない……のか?」
「これは閃光弾よ。ヒカリゴケの胞子を圧縮して詰め込んだもの。賊じゃないんだから、こんな市街地で爆弾なんて使う訳ないじゃない」
少女は呆れた顔をする。いや、君ならやりそうだぞ、何となく。
閃光が収まってから、後方を見ると、追手の内、先頭の一台は路肩に置かれていた藁束に突っ込んで無力化されていた。しかし、残り二台は執拗に追ってきていた。
「……しつこいですね。やはりデレツィアは少々苦手です」
運転席の老翁は眉をひそめ、一層強くアクセルを踏み込む。計器の針が右へと振り切れた。
市街地を疾走し、十字路を勢い良く右に曲がり、小道に入り橋を渡る。そして少し直進したかと思うと、また曲がり、別の小道へ入る。
入り組んだ市街地の道を縦横に利用して攪乱しようとするが、中々、デレツィアの騎士団は撒けない。
「おそらく、すでに城塞全体の騎士団に情報は回っているでしょう。このまま追跡され続けますと、増援が来て、包囲されるのも時間の問題かと」
「そうね。早く撒かないと……車を捨てて逃げるわけにはいかないし……」
「ええ。そんなことをすれば、経理の連中に後日、相当な文句を言われるでしょうな」
「……何か無いかしら?」
少女は再び箱を探り始める。
「これは……使ってみる価値はあるかもしれないわね」
少女は箱の中から銃弾のようなものを取り出した。それも一つだけ。
そして、それを腰に携えていた拳銃に装填する。金属製の銃身には所々に秀麗な金装飾が施され、日が落ちた今も輝きを放っている。
「おい、撃つのか?」
「大丈夫よ。これも非殺傷型の武器だから。流石に騎士団を直接殺めるつもりはないもの」
少女は後ろを向き、拳銃を構える。その美しいベージュ色の髪がフワッと風になびく。
発砲。
直後、後ろに粉塵が舞った。車両に乗っていた騎士たちは忽ち咳き込み、一台は操縦を失い、横転。しかし、もう一台はそれを回避して、追跡を続ける。
「……それは?」
「胡椒を詰めた特殊弾丸よ」
「地味に嫌な武器だ……。でも、まだ追ってくるなんて、本当にデレツィアの騎士団はヤバいんだな……」
「ですが、残り一台のみです。あとはこのメイゲンにお任せを」
不敵な笑みがミラー越しに見えたかと思うと、老翁はペダルを踏んで、再び速度を加速させた。しかし、目前には立ち入り禁止を示すバリケード。
「うぉ!」
ガタンッという音。バリケードを破壊して突進する。そして気づけば、これまで石畳だった道は砂利に変わっている。
前方には水路が見えた。しかし、そこに橋は架かっておらず、小さな高まりがあるだけである。橋の建造予定地だろうか。……ん? 待てよ。
「……まさかッ!」
自動車は高まりからそのまま飛び出し、宙に浮き出た。フワッとした感覚が全身に伝わる。
「ッ!!」
ダンッという激しい振動と共に、車両は対岸の陸地へ勢いよく着地した。
「おっかない……」
生きた心地がしなかった。初めてながら早速、自動車のことが嫌いになりそうだ。
追手の騎士団も水路を飛び越えるという暴挙を試みるが、対岸の岸壁に衝突し、そのまま水路へと消えた。
そして、遂にサイレンも鳴り止んだ。
「撒けた……のか……?」
「ええ。これで一段落ってとこね」
「……でも、これからどうするんだ?」
「ひとまずこの付近にある隠れ家まで向かいます。予定では明日の早朝に出発するはずでしたが、このような事態になった以上、そこで予定の変更なども含めた会議を致します」
不安の色がにじみ出た俺の質問に、運転席の老翁が冷静に答えを返す。
「……なるほど。騎士団に追われるってことは想定外だったってことですか?」
「ええ。予定では貴方を回収して、そのままデレツィアから出る予定でしたから。おっと、まだ名乗っておりませんでしたな。私はフェアメイゲンと申します。どうぞ『メイゲン』とお呼びください」
メイゲンさんはこちらを振り返り、会釈する。その優しく、丁寧な喋り口調と、しっかりと着こなされた礼服からは気品に満ちた紳士の様が伺える。
だが、今は運転中なんだから、礼儀よりも、しっかり前を見て欲しい。
「俺はブレイド・ライデンシャフトと言います」
「ええ。心得ております。この度は我々の要請にお応えいただき、誠に感謝申し上げます」
メイゲンさんは再びこちらを向いて、軽くお辞儀をする。うん、危ないから前向いて。
「……それで、メイゲンさんはこいつとどんな関係なんですか?」
「ちょっと、こいつって言い方はないんじゃない? 名前、教えたはずなんだけど」
「……えーと、ごめん。メアシスの件とか、色々情報がありすぎて、覚えてない」
「はあ……ヴェルよ。次はないからね?」
目を細めて不機嫌そうに言うヴェルを横目に、メイゲンさんの方を見る。
「そうですね。私はヴェル様の秘書とでも申しておきましょうか。そんな所です」
メイゲンさんは、僅かながらに微笑んで、そう答えた。
「秘書……ヴェル、君は何者なんだ?」
「詳しい話はデレツィアを出てからよ。キミが騎士団に捕まって、ペラペラと情報を話されでもしたら困るもの」
「……言っとくが、口は硬い方だぞ」
「デレツィア騎士団の尋問を舐めないほうがいいわよ?」
ヴェルが少し得意げな笑みを浮かべる。対する俺は顔を引き攣らせる。ああ……俺の未来はどうなってしまうんだろうか。
カーチェイスシーンを入れました。完全な趣味です。でも、文字で疾走感を出すのは難しいなと思いました。
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