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第6話 謎の少女

「ブレイド・ライデンシャフトね」


 背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。

 艶がかる流れるような黒髪に、白磁のように白い肌。ベージュのコートは前を開けたまま羽織られ、その下にはスカート。脚には黒いタイツを履き、頭にはハンチング帽を被っている。

 背は俺の肩くらいで、年齢は俺より少し下くらいだろうか。


「……君は?」


 警戒して一歩距離を取る。声も顔にも見覚えがない。


「私はヴェル。訳あってキミを連れて行かなくちゃいけないの。大人しくついて来てくれる?」


 少女は深く被ったハンチング帽をクイッと少し持ち上げた。その澄んだ湖のような碧眼へきがんがこちらを見つめる。

 

「……いきなり何の話だ?」

「そうね……勇者の話、と言えば分かるかしら?」

「……メアシス?」

 

 久しい名前だ。

 だが、今さらメアシスのことで俺に何の用が? この少女が何故なぜ俺とメアシスの関係を知ってるかは分からないが、どちらにせよ、俺にはもう関係のないことだ。

 あいつは変わり果て、俺は落ちぶれた。もう、この現実は変えられない。


「……君が誰かは知らないが、話すことは何もない」

「そう。でも、キミがどう思うのであれ、来てもらわなくちゃいけない」

「……どういうことだ?」


 俺が疑問符ぎもんふを発したその直後、少女はハンチング帽のつばを上げ、上方を見据え、そのあおい目を細めた。


「ッ! 詳しい話は後よ!」


 少女は何かに驚いたように、目を見開いて、口早に言う。

 視線を追って空を仰ぐと、何やら黒い物体が降ってきていた。


「うわッ!!」


 咄嗟とっさにそれを回避する。辺りには、落下の衝撃が響き、砂埃が立ち込める。


「……今度は何だよッ!?」


 砂埃が晴れると、そこには三人の男が立っていた。男たちはいずれも漆黒の外套がいとうまとっており、その顔はマスクで覆われ、目元しか見えない。


「俺がやる。お前らは後ろの女を殺せ。女の方も厄介な予感がする。気をつけろよ」


  真ん中の男は外套を脱ぎ捨てた。鍛え上げられた体躯にはいくつもの傷が刻まれ、歴戦の猛者もさであることが窺える。


「行くぞ!」

 

 男は荒々しい声を上げ、剣を抜き放ち、斬撃を繰り出してきた。すかざず抜剣し、辛うじて防御する。剣先が交わり、火花が散る。

 

「いきなり、何だ!?」


 俺が男の斬撃を受けている間に、左右にいた別の男たちは俺を通り過ぎ、少女の方へと駆けていく。


「……ッ! 早く逃げろ!」

 

 あんな少女がこんな奴らを、しかも二人相手にするのは無理だ。このままでは確実に殺されてしまう。


「……ここで暴れてもいいのかよッ! すぐに騎士団が……来るぞ……!!」

「ふはは。そうだな……ならば、その前に貴様らを始末してしまえばいい!」


 男は一旦引き、再び斬撃を繰り出す。甲高い金属音が辺りに響く。


「ふはは。聞いていた通り、中々に手強いな」

「どいつもこいつも、どこから俺の情報を……!」

 

 男は再び引くと、すぐさま回り込んで斬撃を繰り出す。図体に似合わず、小回りが利き、速度も速い。

 刃と刃が何度も激突し、甲高い音と火花が幾度となく放たれる。


「どうだ? 隙がないだろう!!」


 確かに速くて隙がほとんどない。だが、基本は打っては引いてをリズム的に繰り返しているに過ぎない。こういうヤツには、リズムを破壊することが何よりも効果的だ。

 

 男の斬撃が、再び迫りくる。 

 しかし、今度は迎え撃つのではなく、しゃがんで回避する。男はそれに合わせ、更なる追撃を試みる。

 そこに、イレギュラーに動じた僅かな隙が生まれた。


 すかさず、男の腹を目掛けて斬撃を放つ。


「……ッ何だ!?」


 しかし、そこに響いたのは、金属同士がぶつかったような甲高い衝撃音。まるで岩盤に刃を当てたような反動が腕の骨に達し、剣を握る手が痺れた。

 見ると、刃は男の肌に食い込むことなく、止まっている。


「がははは!! 俺の腹に一発入れるとは中々の腕だな。だが、どうだ、これこそが俺の力だ!! この力を授かった俺の身体は鋼鉄の刃でも貫けない!!」


 男は突然、声高らかに笑う。その表情はマスクで覆われて見えないが、その目は喜悦に満ちていた。

 男の上半身には、甲冑かっちゅうどころか、衣服すら装着されていない。魔法を使ったのか? いや、男からは魔力を感じない。それに今、男の周りの空気が白くもや掛かったような――


「では、こちらの番だな!!」

「ッ!!」


「おらおらおらおらおらおら! どうした!」


 甲高い金属音と共に火花が散る。さっきよりも男の力が強くなっている気がする。このままじゃ埒が明かない。


「……くそッ。何だよ!」

「そのまま戦ってはダメ! その男に普通の攻撃は効かないわ!」


 後ろから少女の声が聞こえた。どうやら彼女もまだ持ちこたえているようだ。だが、そう長くは持たないだろう。 

「普通の攻撃が効かない」か。時間もあまりない……。この街で騒ぎは起こしたくはなかったが……やる他ないだろう。


「〈帯炎イグナイト〉」


 俺の声に呼応するように、白銀の剣先が紅蓮の炎に包まれる。


「なるほど。確かに魔剣士のようだな。だがそんなものは効かぬ!」


 炎を帯びた剣を両手で持ち、男の斬撃をかわし、再び男の腹に狙いを定め、剣先を男の腹に当てる。再び、男の周囲が靄掛もやかったーーだが、今は気にしている場合じゃない。


「〈爆火の斬撃(ディナ グランバー)〉!!」


 腕先に魔力を溜めて、魔法名を唱えると共に解放。

 

「ふはは……何っ!!?」


 刹那、斬撃は爆風を巻き起した。周囲の空気は波打ち、衝撃と烈火で男の岩のような肌はメキメキと音を立てて、破壊された。


「がはっ……!!」


 遂に刃は男の腹へと食い込み、男は壁へと吹き飛ばされ、沈黙した。


「……一体あいつは何だったんだ」

 

 男の沈黙を確認すると、すぐに先程の少女の方を振り返った。幸いなことに、少女はまだ生きていた。それどころか、少女の足元には先の男たちが倒れている。メアシスと俺の繋がりを知っていることと言い、一体何者なんだ?


「大丈夫だったか?」


 剣を鞘にしまいながら、少女に声を掛ける。


「ええ。こっちも片付いたわ」

「凄いな。一人で二人を相手するなんて」

「……」

 

 だが、少女は少し困惑しているようだった。


「どうした?」

「いや、どうした、じゃないわよっ。私、普通の攻撃は効かないって言わなかった?」

「ああ。この街で騒ぎは起こしたくなかったんだが、その言葉を聞いて魔法を使う決心がついたよ。教えてくれて、ありがとな」


 だが、少女は眉根まゆねを寄せ、困惑と呆れが入り混じった吐息を漏らした。

 

「いや、私の言った"普通の攻撃"には一般的な魔法攻撃も含まれてたんだけど……。キミを連れていかなきゃいけない理由が増えたわ」


 どうやら、俺が炎魔法であの男を倒したことに少女は驚いているようだった。だが、色々と驚いているのはこちらも同じだ。


「……にしても、こいつらは?」

「詳細は分からない。でも、デレツィアに入った辺りから、キミのことをつけてたわ」

「俺のことをつけてた……?」

「ええ。キミが市場から教会へ向かう途中で一度見失ってしまったみたいで、その隙に声をかけたんだけど……結局、戦闘になってしまったわね」 


 少女は俺が壁まで吹き飛ばした男の方を見る。


「あの男と戦って、何か感じたことはなかった?」


 おそらくこの少女が指しているのは、男の皮膚とあの白いもやのことだ。剣先すらも防ぐ岩盤のように硬い皮膚――何より不可解なのはそれが魔力を伴わなかったことだ。つまり、あれは魔法じゃない。それに、あのもや……メアシスの周りにあったものと似ている。


「……皮膚が、まるで岩盤みたいに硬くなってた。それに、魔力の気配が全くなかった」 

「うん。大体それで要領を得てるかな。キミの言う通り、あの男は魔力を使っていない。あの男が使っていたのはエーテルという全く別の力よ」

「エーテル……?」

「そう。私は今、エーテルと勇者メアシスとの関係について追ってるの」


 少女の言葉を聞いた瞬間、鼓動がドクンッと大きく鳴り、背筋が凍るような感覚が走った。

 エーテルなんてものは聞いたことがない。しかし――


 魔力を伴わない力。体の周りに現れた白いもや


 俺はこの二つのことに心当たりがあった。

 

「……まさか。それじゃあ、本当にメアシスは……あの時……」


 あまりの衝撃に、思わず言葉が口から漏れた。過去の記憶が走馬灯のように脳裏をよぎる。魂が抜けたようなメアシスの虚ろな目、俺を裏切り者と断じるリーネの声――メアシスの背後で蠢く白いもや

 

 だとすれば――あれは俺の思い違いなどではなかったということになる。やっぱりリーネは魔族と結託し、俺を陥れ、メアシスを操っていた……そういうことなのか?


 だが、不可解な点が残る。 

 ――なぜメアシスは魔王を討った?

 

 答えの見えない思考の底へと沈み込んだ、その時、遠くの方からサイレンの音が聞こえてきた。


「……ッ騎士団ね」


 辺りには生々しい戦闘の痕が残る。自衛とは言え、かなりの大事になってしまった。


「時間がない……。詳しい話は後よ。大人しくついて来て」

「いや、騎士団にこのことを説明しないと……」

「はぁ? キミ、バカなの? 余所者よそもののキミがこんな騒ぎを起こしたのに、タダで済むと思ってるの?」


 少女は腕を組み、ひどく呆れたような顔で言い放った。


「で、でも、これは正当防衛だぞ!?」

「キミはそこまで『信用』のある人間なの?」

「うっ……」


 少女の言葉は的確だった。このまま騎士団に捕まっても、信じてもらえないかもしれない。

 日雇い冒険者、住所不定、無国籍、冤罪とは言え前科持ち。まさに不審者の権化のような男が裏路地で魔法を使って人をぶっ倒して、正当防衛だ! が認められるとは思えない。

 また長い間、投獄される可能性もある。

 

「私について来れば、身の安全は保障する。それに、勇者のことで何か気になることがあるんでしょ? ここで馬鹿正直に捕まっても、事を遅らせるだけよ」


 少女の湖のように澄んだ目がこちらを見つめる。

 この少女が何を知っているのかも、メアシスを取り巻く状況も、全くもってよく分からない。

 だが、メアシスが変わってしまったのではなく、操られているのだとしたら――その可能性が少しでもあるのなら――俺にはまだできることが、いや、やらなくてはならないことがあるんじゃないか?


『いざという時は自分を信じてやれ』


 イゼルダさんの言葉が頭に浮かんだ。俺が、自分自身が、今やるべきだと思うのは――

 

「二手に分かれるぞ! 総員、不審な人物を見つけ次第捕らえろ!」

 

 通りの方から声が聞こえる。騎士団は既に廃教会のすぐ近くまでせまってきているのだろう。時間はもうほとんど残されていない。

 

 ――だが、俺の答えはその時、既に決していた。

 

「……わかった」

「そう。じゃあ、私について来て」

 

 ただ一言だけ述べて、少女は廃教会の脇の路地を駆けていった。

エーテルは一体何なのか……。しかし、その前に"目をつけられたら最後"と言われるデレツィア騎士団を撒かなければなりません。果たしてブレイドたちは騎士団から逃れられるのか?


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