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第10話 完全包囲

「ラ、ラフィア様。こんな所にいてよろしいんですか? もっと城門などに向われたほうが……」


 か細く、今にも消え入りそうな弱々しい声が聞こえた。

 ラフィアが振り返ると、そこには騎士団の制服を身に着けた少女が立っていた。艶のある淡い桃色の髪がそっと揺れる。

 背をわずかに丸め、内股気味に立つその姿からは彼女の気弱さがありありと伝わってくる。 

 

「いや、ここでいい。奴らは必ずここに来る。それと、フレイ。勤務中はシェパードの名前で呼べと言っているだろう?」

「ひゃ、ひゃい! 申し訳ありませんっ!!」


 別にラフィアは怒鳴りつけた訳でもないのに、フレイという名の少女は酷く慌て、頭を上下にペコペコと振りながら、怯えるような声を上げた。

 フレイはラフィアの再従姉妹はとこで、彼女より五つ下のよわい十七の少女である。髪色こそ違えど、その琥珀のような眼色や白磁のように艷やかな肌に映える整った目鼻立ちはどことなく似ている。


「まあ、いい。とにかく、私はここに賭けるつもりだ」


 デレツィアの出入口は東西南北に開かれた四つの城門である。だが、城門は玄関口という性格上、昼夜問わず警備が厳しい。殊に夜間は鋼鉄製の落し格子が降ろされ、十数人の騎士団員が周辺で警備している。

 万一、警備の騎士が倒されたとしても、鋼鉄の落し格子は自動車であっても突き破ることはできない。格子は各城門付近に所在する騎士団の詰所にある制御室で開閉は可能であるが、騎士団から逃げるやからが騎士団の詰所へと乗り込むのは、もはや自殺行為に等しい。故にラフィアは容疑者たちの逃走経路としてこの水路を導き出した。

 

「水路も水がないなら、通路のようなものだからな」

「で、でも、水路工事のことは市民の皆さんも知らないはずです……。そんなことを壁の外から来た人たちが知っているんでしょうか……?」


 確かにフレイの言うことは正しかった。水路工事は安全保障の観点からデレツィアの民にすら公表されていない。本来であれば、騎士団や上層部しか知らないはずであり、余所者よそものが知っている可能性は極めて低い。だが、今回の相手は、余所者は余所者でも、一味違う。


「相手が相手だからな」

「た、確かに、今回の人たちはかなり計画を練っていたのかもしれません」


 奴らの潜伏先には地下通路や陽動用の罠が仕掛けてあったという報告もあった。故に、フレイの言う通り、奴らの犯行は周到に計画されたものの可能性が高い。

 そう考えると、今日の夜から明け方まで水路から水が引いているということを知っていて、犯行に及んだ可能性も十分にある。


「で、でも、ラフィ……シェパード様は凄いです。あの人たちが隠れていることを言い当てるなんて……わ、私、尊敬します!」


 どことなく、ぎこちない口調でフレイはラフィアを褒め称える。だが、そのぎこちない褒め言葉が引っ込み思案な彼女からの最大限の賛辞であることをラフィアは誰よりも分かっている。

 だが、フレイの賛辞は決して大袈裟なものではなかった。パトロール隊の追跡を振り切り、行方をくらましていた容疑者たちは、ラフィアが命じた捜索の結果、最後に目撃された地点近くの空家に潜伏していることが分かった。その場では取り逃したものの、ラフィアが距離を取らせるように命じたことが幸いし、巡邏隊パトロールは付かず離れずの追跡を維持。今現在まで、容疑者の現在地が伝書鳩で逐次寄せられている。

 

「褒めるのはまだ早いぞ。奴らに逃げられたら元も子もない。私の予想がまた当たってくれればいいんだがな」


 だが、そんな賛辞を受けても、ラフィアに油断の色は表れなかった。

 人通りの少ない水路周辺は静けさに包まれ、その静寂さが緊張感を一層増長させる。

 

 しかし、まもなくその静けさは破られた。


「シェパード隊長! 伝書鳩です!」

「読み上げろ!」

「はっ。第三巡邏隊(パトロール)より伝達。逃走車両は、北三番通りを東方面に逃走中とのことです!」


 その報告を聞いた瞬間、フレイの顔がパアと明るくなった――感動と敬慕けいぼの眼差し。

 逃走車両の現在地をこれまでの足取りと照らし合わせれば、もはや疑いようはなかった。容疑者たちは確実に、ラフィアたちの待つ水路へと向かってきていた。


「……奴らは必ずここに来る。総員、配置につけ! 決して奴らを城外に出すな!!」


 普段は静かな水路の入口は喧騒に包まれ、武装した騎士たちが慌ただしく動き、臨戦態勢が整えられる。


「……必ず、捕まえる」


 ラフィアは手に持っていた伝書を強く握りしめた。



「まただ!」


 メイゲンさんの運転でどうにか数台は撒けたものの、逃走するにつれ、街中に配備された騎士団の車両と遭遇し、撒いても撒いても逃げ切れない。


 「もう少しで水路です。水のない窪みに飛び込む形になると思いますので、衝撃に備えてください」


 左右に整然並んだ家々の間を縫うように、車は小道を疾走する。後ろからは、閑静な街並みには似合わない、けたたましいサイレンの音が絶えることなく聞こえてくる。


「ここでしたね」


 前方に見えたのは十字路。 

 メイゲンさんはハンドルを切る。車輪が路肩の砂利を噛み、車体がわずかに外へと流れる。


 この先は水路の入り口のある場所――

 

 やっと、この状況から抜け出せる。そんな淡い期待が、心を少しばかり踊らせる――今、そこに待つ脱出口が目の前に現れる――はずだった。


『こちらはデレツィア騎士団だ! 貴様らの行動は全て捕捉されている! 大人しく投降せよ!』

   

 眩い光が視界を覆う。明滅する青い光に、煌々と闇夜を照らす巨大なサーチライト。


「まずいわね……」

「これは、詰みましたな」


 どうやら、騎士団に先読みされていたようだ。目視できるだけでも、二十人ほどの武装した騎士がいる。


「ヴェル様、どのように致しましょうか?」

「……来た道を戻って、東門の方に行きましょう」

「東門!? 城門の突破は無理だって言ってただろ!?」

「一つだけ方法があるわ。最もこんな状況でないと使わないような、強引な方法がね」

デレツィア騎士団警備大隊長シェパード第一級騎士。男勝りな口調ですが、ケモミミのついた獣人の女性です!


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