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第11話 追跡

 車両がバックし、右に方向を変える。


『おい、待て!! どこへ行く! どこへ行こうが、我々からは逃れられんぞ!』


 警告も虚しく、車両はそのまま建物の陰に姿を消した。


「追跡しますか?」

「いや、お前たちは引き続き、警戒を行え」


 手薄になった所を出し抜かれれば、元も子もない。ここで警備の人員を割くのは得策とは言えなかった。


「フレイ!」

「ひゃ、ひゃい!」


 ラフィアの呼びかけに、上ずった声が返事が返される。


「運転を頼む」

「わ、私ですか……?」

「ああ。頼む」


 フレイは少し困惑した様子だったが、ラフィアが真剣な眼差しで彼女を見つめると、不安をぐっと押し込むように目をぎゅっと瞑って、それから「わかりました」と承諾の意を示した。


 フレイ=エース・ロットワイラー。

 彼女は臆病な少女だ。ラフィアとは幼い頃からの付き合いで、姉妹に近しい感覚で接していたその頃から、フレイは引っ込み思案で、何事にも慎重な性格だった。

 騎士を歴代輩出する名家の本家と分家の娘で、両家とも男の子には恵まれなかったから、ラフィアが騎士になるよう育てられたように、フレイもその様に育てられた。

 そして、ラフィアが優秀だったように、またフレイも優秀だった。騎士養成学校でも成績はトップだったし、剣の技や戦闘法もすぐに覚えることができた。それこそ、技を覚える速度に関してはラフィアを上回るほどだった。

 だが、彼女は臆病だった。実戦はおろか、学生同士の模擬試合でも、傷つけること傷つけられることを極度に恐れて、相手の攻撃を避けて、避けて、終いにはそのまま逃げ出す始末だった。


 最も、剣の腕が悪いわけではなかった。物覚えが良く、体の動きもなっているから、一人での素振りや藁人形を相手にした模擬戦では基本技は勿論、中々習得の困難な剣技までも体得していた。むしろ体得までの期間を考えれば、それは"才能"といった方が適切だとも思えるほどだった。

 

 こんな優秀な人材が、心優しく誠実な人間が、臆病だということだけで、日の目を見ることができないのはあまりにも惜しい。

 幼い頃からフレイの才能や人柄に触れてきたラフィアには常にその気持ちがあった。

 無論、この私情じみた考えを任務に持ち込むことは控えるべきだが、フレイの欠点は現場での経験を積ませていかない限り、治らない。理論や日々の鍛錬でどうにかなるものではない。

 故にラフィアは職務遂行に支障がない限り、フレイに積極的に指示を飛ばすようにしている。


「フレイ殿を連れて行くのですか!?」

「ああ。不満か?」

「い、いえ、そういう訳では……」


 この団員の心中は不満というより、不安なのだろう。フレイの態度、何よりあの自信なさ気でいつもオドオドしている様子を見ていれば、そう思えるのも頷ける。

 

「警戒中の全パトロール隊に逃走車両の位置を送れ。まだ奴らが水路ここを諦めたとは言い切れない。各自、何があっても持ち場を離れぬように」

「りょ、了解しました!」


「フレイ、行けるか?」

「は、はい!」

 

 ラフィアの言葉を受け、フレイはシフトレバーを切り、アクセルを踏む。回転灯の青い光が闇夜を照らした。 



(奴らはどこへ行くつもりだ?)

 

 フレイが運転する車の助手席で、ラフィアは疑問符を浮かべる。

  

(東城門まで向かうつもりか? いや……)

 

 ラフィアは頭の片隅に登ったその可能性を否定する。最も警備の厳重な城門に突っ込むなど、やはり自殺行為も同然。全速力で突っ込んだ所で、車側が壊れるだけだ。

 しかし、その他に出入口は存在しない。考えられる可能性は、水路の騎士たちを一度引き離して警備が手薄になった所を再度狙うつもりか、唯一の抜け道を封じられて迷走しているかのどちらかだろう。だが、どちらにせよ、このままジワジワと追い詰めればいいだけの話だ。

 一頻り考えを巡らした後、ラフィアは意識を目の前へと向けた。その琥珀色の双眸が前方を鋭く睨む。追跡してまもなく、逃走車両を捉えた。


『止まれ! 逃げ道など、どこにもないぞ!!』


 拡声器で呼びかけても、逃走車両が呼びかけに応じる様子はない。


「……騎士団われわれを舐めたツケは払ってもらうぞ。フレイ、速度を上げて、接近しろ!」

「ひゃ! か、畏まりました!」


 十、八、三メートル……。どんどん距離を詰めていく。


「フレイ、そのまま突っ込め!」

「ええ!? ラフィア様、そんなことをしたら、車が……」

「構わない。これで捕まえられたら、車一台ごとき廃車にしてもお釣りが来る」

「わ、わかりました……。……と、とりゃあ!」

 

 可愛いらしい掛け声とは裏腹に、フレイは車を加速させ、逃走車両に突っ込む。衝撃が車全体を襲う。逃走車両は左右に蛇行し、衝撃で操縦を失ったかと思われたが、またすぐに軌道を取り戻し、逃走を続ける。


「しぶといな……今度は横から叩くぞ!」

「は、はい!」


 フレイはハンドルを切り、逃走車両の左後方に車体を持っていく。彼女も勢いにのってきたのか、先程よりも操縦が滑らかだ。


「このくらいで良いかな……? 今なら、行けるよね、うん大丈夫」


 そう独り言を呟いてから、フレイは大きく深呼吸をする。


「そーれ!」

 

 フレイはハンドルを僅かに左に切った後、右に勢い良く切る。車と車がぶつかり合い、サイドミラーが粉砕される。しかし、逃走車両はしぶとく逃げ続ける。


 攻防が続くうちに、逃走車両は東城門へと近づいていく。

 

(まさか、本気で城門を突破するつもりなのか?)

 

 心が波立ち、ラフィアは思わず息を飲む。その刹那。


「ッ! フレイ止まれ!!」


 逃走車両が急停車した。ラフィアは咄嗟にフレイに指示を飛ばすが、速度からしても、車間距離からしても、到底間に合わない。


「ッ!!」

「ふわぁっ!!」


 前方へ投げ飛ばされるような強い衝撃が走った。


「……フレイ、大丈夫か!?」

「ひゃ、ひゃい……何、とか……」


 逃走車両は再び走り出す。追跡を振り切るために、一つ仕掛けてきたのだろう。


「……シェパード様……エ、エンジンが」

 

 衝突の衝撃で車体前方部はひしゃげ、格納されたエンジンからは白煙が上がっている。フレイがエンジンを再びかけようと試みても、全く反応しない。このタイミングで仕掛けてきたということは、おそらく東城門が奴らの目的地なのだろう。エンジンを破壊し、追跡から逃れる算段だ。ラフィアを焦燥が襲う。


「……フレイ、ここで待っていろ! あとは私がケリをつける!」

「ラフィア様……!」


 そう言い残して、ラフィアは夜の街を一人駆けていった。

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