第29話 歓迎会(閑話)
「ちょっと、グーラン! グダグダしてないで、料理運ぶの手伝って」
ヴェルがカーペットの上でいつまでもゴロゴロしているグーランを諌める。
ブルージュの救出作戦は成功を収め、共和国で悪名高かった『革命の闇』は壊滅した。
その後の捜索で、拠点からは銃器や毒ガスが発見されれ、遺された資料から彼らが2ヶ月後に首都ディゼルメーゲンで大規模な無差別殺戮を敢行する計画を立てていたことが判明した。ブレイド達の作戦の成功は、それを未然に防げたという点でも大きな成果だった。
しかし、武器の入手経路は依然として判明しておらず、エーテルとの関連も不明で、押収資料やヴェルが構成員たちから得た情報の分析結果を待つ他ないのが現状だった。
「はい、これね」
「美味そうだなぁ」
グーランはキッチンの入口で、料理の盛られた皿を受け取るや否や、ヨダレを垂らす。
今日は作戦成功とブレイドの入隊祝いを兼ねた祝賀会が、細やかながら行われることになっている。
「食べちゃダメだからね?」
「そうそう。それはヴェルが"ブレイドのため"に作ったんだから!」
「っ! ちょっと! その言い方は止めてよ! 今回はブレイドの入隊祝いも入ってるから、そういう意味で作ってたの!」
キッチンでは、エレナにからかわれて、ヴェルが顔を赤らめている。
エレナはあの後、本部から派遣された治癒師による治療を受け、だいぶ容態が落ち着いた。激しい運動はできないようだが、立って料理できるくらいには回復した。この祝賀会を発起したのもエレナだ。
「はーいはい。素直じゃないねえ、ヴェルは」
「だから……ッ!」
キッチンは今までないほど賑やかになっている。そんな他愛もない戯れ合いを耳にしつつ、机を拭いていたブレイドに、カトラリーを持ってきたメイゲンが声を掛けた。
「ブレイド様、先日はありがとうございました」
「え? ああ。その……無事にケリはつけられましたか?」
「ええ。最善の方法、とはお世辞にも言えませんが。一応は」
メイゲンは胸にそっと手を添えた。
「しかし、過去を悔やんでも仕方ありません。今回のことを胸に刻み、短い余生を過ごすことにします」
メイゲンはそう言い終えると、カトラリーをテーブルの上に徐に並べていった。
「うーい。もう置いていいか」
「ええ。大丈夫ですよ、グーラン」
グーランが彼女の顔よりも大きい大皿を両手で持ってきた。皿の上には厚切り肉とそれを彩る野菜が綺麗に盛り付けられている。ソースで照りがかる肉と香ばしい匂いが食欲をそそる。
「ふーい。重たいな〜。力持ちの剣士でもいたらいいのになー」
「ここまで持ってきたんだから、早く置けよ」
「ブレイド! ちょっと来て!」
不意にエレナの明るい声がブレイドを呼ぶ。
「どうした?」
「カマドの火が消えちゃって」
「……魔法でつけろと?」
エレナは、そうに決まってるじゃんという顔をして、ブレイドに無言の圧力をかける。
ブレイドはカマドの焚口へと人差し指を伸ばし、神経を集中させる。高出力の魔力を出すのは体力的に大変だが、こういう極微量の魔力を出す場合にも、それはそれで神経を使う。
「お!」
人差し指に、手のひらサイズの炎が出た。ブレイドがその炎を焚口へと遣ると、中の薪に火が燃え移り、カマドに火が灯った。
「いやー、やっぱり便利だね。ありがと。あ、ついでにこれ持っててくれる?」
エレナはそういうと食器棚からコップを5つ取り出した。
「了解」
ブレイドはエレナからコップを受け取り、ダイニングテーブルへと向かう。すると、キッチンでエレナが感心したように声を上げた。
「うわぁ、凄い。さっきよりも何か火の勢いがいいよ! ねえ、ブレイド、今度からアタシん家のカマドも付けに来てよ!」
「なっ――」
「いや、マッチとかで付けたほうが効率的だろ」
「……そ、そうよ。そのくらい自分でやるべきよ!」
「えー、なになに? ブレイドが言うなら分かるけど、なんでヴェルがそんなに反対するわけ?」
エレナの冗談交じりの提案になぜか突っかかってきたヴェルを、エレナが再びからかう。
「なっ! ブレイドは第八の隊員よ。そうも毎日出ていかれたら、困るってだけ!」
「ふーん?」
「ああ、もうっ! ほら、もう充分、火通ってるわよ。あとは私がやるから、もうエレナはテーブルの方に行ってて!」
「はーいはい。分かったよ」
追い出されたエレナがダイニングの方へやってきて、ブレイドの隣に腰掛けた。
「体もだいぶよくなったみたいだな」
「うん。お陰様でね。治癒師ったら凄いんだよ? 詠唱して手を当てただけで、肩とお腹の傷が見る見るうちに引いてったの」
そう言って、エレナは襟を指で引っ張って、肩をさらけ出した。露わになった肩には深く抉られた傷はなく、ただ白くすべやかな肌があるだけだった。
「……ありがとね」
「え? ああ、ブルージュのことか」
「うん。アタシ、お父さんもお母さんもいなくて、小さい頃から一緒にいてくれたのはあの子だけだったからさ。あの子は唯一の妹で、唯一の家族なんだ」
「そうなのか……。なら、なおさら助けられて良かった」
「うん。だから……本当にありがとっ!」
エレナはブレイドを見つめ、満面の笑みで謝意を伝えた。その屈託のない笑みは、ヒマワリのように晴れやかで、思わず惹き込まれてしまうほどだった。
「それで、ブルージュはまだ検査なんだよな?」
「うん。明日には帰ってくるよ。特に異常はなかったみたい」
「そうか。よかった」
ブレイドは安堵して、ほっと息をついた。
「真ん中空けてくれる?」
ヴェルが大きな四角の容器を持ってきた。焼けたチーズの香ばしい、どことなく懐かしいような匂い。
「それは?」
「グラタンよ」
「グラタン……何年ぶりだろう」
それはブレイドがメアシスと行動を共にして間もない頃――金も、頼る当てもなく、田舎の町で途方にくれていた時――良心から宿を貸してくれたお婆さんが夕食に出してくれた料理。
「よーし! じゃあ、ヴェル! 音頭と愛しの新人への激励を!」
ブレイドが過去の追憶に浸っていると、エレナの弾んだ声が響き渡った。
「だからッ! ……まあ、いいわ。じゃあ、今回の作戦の成功とブレイドの入隊を記念して、ここに宴を開催します……」
席を立って声を張ったものの、ヴェルの顔は見る見るうちに赤くなって、声も次第にボリュームダウンした。
「かッー! なーに、少し恥ずかしがってるのよ!」
「仕方ないでしょ! こんなことやったことないんだから!……か、乾杯っ!」
ヴェルはやけになったように、勢いに任せて声高く乾杯を告げた。
「ブレイド、何か食べたいものある? あたしがよそったげるからさ」
「……そうだな、グラタンがいいな」
「ふーん?」
エレナは何やら言いたいことがありたげに、皿を取ってグラタンをよそう。
チーズの下からトロリとした真っ白なホワイトソースとマカロニが姿を現し、優しい香りがふわっと広がる。
エレナから皿を受け取ると、ブレイドは早速、グラタンを口へと運ぶ。
「んっ。上手い……」
厚くかかったチーズのとろみと甘み。鶏肉とタマネギのシャキッとした食感とマカロニの弾力。その全てが口を楽しませる。そして中でも濃厚なホワイトソースは素材を活かしつつも、それらを綺麗にまとめ上げ、その味は絶妙で、どこか懐かしい。
「どうどう? 美味しい?」
「ああ」
「どこらへんが?」
エレナの言葉にヴェルの頭がピクッと跳ねる。
「そうだな、全体的に美味しいけど……やっぱりソースかな」
「かっー! 負けたー!」
「負けた?」
「具材の下拵えと調理はあたし、ソース作りと仕上げの焼上げはヴェルだったの!」
エレナは額に手を当て、悔しそうな顔を浮かべる。一方のヴェルはふいっと顔を背けている。しかし、微かに見えるその頬は赤く染まっているように見えた。
◆
「お酒、飲める?」
「ああ、嗜む程度だけどな」
エレナが瓶を傾け、琥珀色の液体をグラスへ注ぐ。コポコポという軽快な音と共に、芳醇な香りがふわりと立ち上った。
ブレイドはグラスを受け取ると、静かに口をつける。
強い刺激が舌の上を走り、喉の奥へと滑り込む。そして、その直後、鼻から抜ける芳醇な余韻。何年ぶりかのその感覚に、ブレイドは思わず低く唸った。
そんなブレイドの様子を、向かい側からグーランがじっと見つめていた。手には、葡萄ジュースの入ったコップ。
「酒って上手いのか?」
興味半分、疑い半分といった顔で尋ねてくる。
「なんだ、飲めないのか?」
「……飲めないって訳じゃあ……」
歯切れ悪く言い淀むグーランの横から、エレナが苦笑混じりに口を挟んだ。
「お酒は生育に悪いから、グーランは気にしてるのよ。それに年齢的にも、まだ少し早いしね」
「なるほどな。まあ、確かに育ち盛りの子供にはあんまり良くないよな。いい心掛けだ」
「子供扱いするな!」
グーランは不満げに頬を膨らませ、ジュースを一気に煽った。
その様子に、エレナがクスクスと笑う。ヴェルも小さく肩を震わせていた。
穏やかな空気が食卓を包む。
ブレイドは再び料理へ手を伸ばそうと、皿へフォークを突き立てた。
カンッ。
――しかし、そこには肉の感触はなく、硬い磁器の音が鳴った。
「あれ……?」
――俺の肉は?
皿の上に乗っていたはずの分厚いステーキが、綺麗さっぱり消えている。
ゆっくりと視線を前方へ向ける。
そこには、口いっぱいに肉を頬張り、もごもごと口を動かすグーランの姿があった。
「……お前か?」
「むたくちたあいてるからだ(無駄口叩いているからだ)」
口いっぱいに肉を詰め込んだまま、グーランが勝ち誇ったように言う。
一瞬の静寂。
「このガキーー!!」
これにて第1章が終わりました! ここまで長い間お付き合いいただいた読者様、誠にありがとうございます!
第2章では、第1章で少し出てきたキャラたちも出てきますので、お楽しみに!




