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30話 新たな闇

 乾いた音を立てて、女が一人廊下を歩く。整った美しい金髪に、青緑の双眸。


「失礼致します」


 女は軽くノックをして、白地に金の装飾が施された豪勢な扉を押し開ける。


「随分と遅かったな、クラウディア」

「大変申し訳ございません。『革命の闇』構成員の尋問を行っておりましたので」


 クラウディアの言葉を聞いた男は、ふんっと鼻を鳴らし、不快感を顕にする。


「まったく。最高の死に舞台を用意してやったというのに。生き残っている輩がいたのか」

「はい。偵察に向かわせていた者と途中で遭遇し、念のため、連れて帰ってきたようです」

「なるほどな」

「はい。つきましては、その者たちの処遇をどうすべきか、ご指示を仰ぎたく、ガリウス様の元へ参りました」


 ガリウス・アストラーク。

 それが彼女、クラウディアが仕える主人である。無造作に遊ばせた深い紫色の髪と深紅の双眸。暗緑色のスーツを身に纏い、右目にはモノクルを掛けている。


「そうか。尋問は終わったのだろう? ならばもうあんな下衆共に用はない。殺せ」


 クラウディアはその言葉を聞いて、少し俯く。それは彼女が何か意見を持っている際にする仕草だった。そして、ガリウスもその事を知っているのか、口角を上げ、彼女に尋ねる。


「なるほど。殺すのには惜しいか。どんな奴らなんだ?」

「双子の姉妹です。彼女たちは先日死亡したダラン・ファーゲンスとミュール・プレシアを父母と呼んでいます。二人とも魔法が使え、力もそれなりにあるかと」

「ダランを父と仰ぐか……。ただの構成員と言うわけではなさそうだな。見てみるとするか。どうせ、もう連れてきているのだろう?」

僭越せんえつながら」


 クラウディアは踵を返し、再び扉を開けた。その先には赤髪と緑髪の少女が二人。どちらもまだ十二歳にも満たないほどで、あどけなさが残る。

 座椅子に腰をかけるガリウスを見て、赤髪の少女が口を開く。


「おじさん、誰?」

「ガラージャ、初めての人に"おじさん"は失礼だよ」


 ガリウスはニヤリと笑みを浮かべ、椅子から立ち上がると、両手を広げ、声を張り上げた。


「俺の名はガリウス・アストラーク! ザーグ開拓社の生みの親にして、新たなる世界を創造する立役者だっ!!」


 ガリウスが言い終えると、広間が静寂に包まれる。その気迫に怯えるように、少女たちは一歩後ろへと下がった。気まずい、いたたまれない空気。


「変な人」

「……ガラージャ、それは言っちゃダメ」


 動揺する少女たちを見て、ガリウスは一杯に広げていた両手を戻し、そのままズボンのポケットへと突っ込んだ。


「それで、お前たちの名は何と言う?」

「ガラージャ」

「……ラナータ」


 少女たちの名前を聞き終えると、ガリウスは再び席へと着き、手すりに方杖をついた。


「ふむ。姓はないのか?」

「せい? 私たちはガラージャとラナータ。ただそれだけだよ」

「ファーゲンスでも、プレシアでもないということは血縁関係はないのか……?」


 ガリウスが口にしたその姓を聞いた途端、二人の少女は真剣な眼差しになった。


「パパとママはどうなったの? 後からここに来るの?」

「それだよ、ラナータ。私も気になってた」

 

「お前たちにとって、パパとママは大切なのか?」

「うん。当たり前だよ。パパとママだけが、私たちの全て」

「そうか……」


 ガリウスは俯いて、腿に腕をつき、うなだれた様なポーズをとる。その様子を見て、クラウディアは深いため息をつく。


「……そうか。まだ知らないのか。哀れな子たちよ」


 ガリウスの声音があからさまに変化した。低く悲哀を帯びた声。

 

「君たちのパパとママは死んでしまったんだよ。殺されたんだよ」


 ガラージャは目を見開き、呼吸を忘れたように口をぽっかりと開ける。ラナータの指先は悲しみに歪み、隣に立つ姉の裾を強く握りしめている。


「嘘……だ……」


 絞り出すようなラナータの声は、あまりに脆く、弱かった。

 察するに、彼女たちは孤児だ――生みの親も知らず、ただこの世に産み落とされた子供たち。そして、その後に彼女たちを育ててきたのが、先日死亡したダランとミュールという『革命の闇』の構成員なのだろう。

 彼女たちにとっては、育ての親こそが"本当の親"となるだろう。だとすれば、そのショックは計り知れない。


「……っ」


 だが、絶望の淵に沈みかけた彼女らの瞳に、やがて別の色が宿り始めた。

 ラナータの震えが止まる。潤んでいた瞳が、鋭く冷徹な光を放ち始めた。ガラージャも無気力に開いていた口をぐっと閉じ、爪が掌に食い込むほどに拳を握りしめた。


「……誰が殺したの?」

「君たちも戦ったんだろう? "彼ら"と」

「私たちの家にやってきた人たち?」

「ああ。そうだよ」


 静寂の中に、底しれぬ殺気だけが満ちていた。"親"の命を奪ったものへの、逃れようのない、身震いするような怒りからくる殺意。

 二人は顔を上げ、輝きを失った目でガリウスを見据えた。


「お前たちは何がしたい?」

「……殺す。そいつらを殺す」


 ガリウスはその言葉に満足げな顔を浮かべ、そのまま椅子から立ち上がり、二人の元へと歩み寄った。


「そうだろう。どうだ? 俺のもとで、パパとママの敵討ちをしてみないか?」

「できるの?」

「勿論だ。俺なら、お前たちの願いを叶えることができる。俺には力も、富も、情報もある。どうだ? 相手に一つ、報いようじゃないか」


 ガリウスが二人の肩にそっと手を置く。少女たちは顔を見合わせると、ガリウスの方を向いて深く頷いた。その瞳には、燃え盛るような復讐の決意が宿っている。


「そうだ。共に成し遂げようではないか! この復讐劇を!!」

「それでは、お二方には別室をご用意しておりますので、そちらで待機していただくことに致しましょうか」

「……ああ。そうだな」


 息を荒くするガリウスを制止するように、クラウディアが口を挟む。


 パタン、と重厚な扉が閉まり、廊下を歩く二人の規則正しい足音が遠ざかっていく。静寂さが部屋を包んだ、その時。


「……ふは、ふははははははっ!!」


 ガリウスは声高らかに笑った。クラウディアは再び深いため息をついた。


「……素晴らしい。育ての親の仇のために、足掻き戦う姉妹。実に素晴らしい!」


 双子の姉妹に見せたあの顔はすべて偽物――この狂気じみた姿が本当の顔であることをクラウディアは知っている。基本的に他人には同情しないクラウディアでさえ、あの二人のことを少し不憫に思う。


「やはり"死"は人を彩る! どんな人生にも花を咲かせる魔法のスパイスだ!」

「それで、あの姉妹はどうなさるのですか?」

「どう? 決まっているじゃないか。彼女たちが最高の舞台で活躍できるように、最大限支援する。それだけだ」

「では、我々『四人の執行官カルテット』の元で鍛錬させるということでよろしいですか?」


 『四人の執行官カルテット』――クラウディア含む四名で構成される彼らは、ザーグ開拓社の経営戦略の立案・実行、会社全般の管理・監督を担う――と同時に、有事の際には私兵部隊を統率し、会社の権益を守る役割を果たす。いずれも創設者ガリウスに次ぐ実力者たちから構成される執行役員だ。


「ああ。……いや、素晴らしい。久々育てがいのある奴が来た。これは最高の舞台を用意してやらねばならんな」


 クラウディアは感嘆の声を漏らすガリウスをただ見つめる。


「……何だ?」

「いえ、何も」

「まったく、それだけ頭が切れて、美しい容姿を備えているのに、損だなお前は」


 ガリウスは力なく口角を下げ、口惜しそうに言う。

 

「そうでしょうか?」

「お前は常に無感情で、何事にも関心がない。お前には"死"というスパイスも何ら意味をなさない。現にお前はこうされても何も感じないだろう?」


 ガリウスはズボンのベルトに差し込んであった拳銃を抜き、クラウディアへと銃口を向けた。

 

「死は一つの状態の変化に過ぎません」

「ああ。そうだ、それのことだ。普通の人間はそうは考えんのだ。もっとこう、恐怖や生への執着、葛藤を抱くものなんだよ。まったく、魅力に欠けた人間だ」


 呆れたように言い放ち、拳銃をしまうガリウスをよそに、クラウディアは笑みを浮かべる。


「そのお陰で、ガリウス様にお仕えできているのですから、私は悪いこととは思いません」

「全くだ。お前は一生、私の"秘書"なのだろうな」




「いらっしゃーい!」


 ドアベルと共に、陽気な声が響き渡る。


「あれ、あんたたち、また来たの?」


 カウンター奥のエレナが目を丸くする。

 『革命の闇』に関する一連の出来事が終わった数日後、俺はヴェルと一緒に再びエレナの武器屋へと足を運んでいた。


「今日は変な話はないわ。私の武器がこの間から少し不調だから、調整してもらいに来ただけ」

「あ! ヴェル姉ちゃんとブレイド兄ちゃんだぁ!」


 カウンター奥から、小さな体が顔を出す。青髪に菜花色の目、胸元で輝く紺碧のペンダント――ブルージュだ。


「こーら! 何か言うことがあるでしょう?」


 エレナははしゃぎながら出てきたブルージュを引き止めた。


「……この前は、ありがとう」 

「ああ、元気そうで何よりだ」


 しゃがんで、ブルージュを腕の中に迎えた。ブルージュは顔をスリクリしながら、幸せそうな顔を浮かべる。


「あたしも今度から方法を考えないとね」


 エレナはその姿を見て、ホッとに息をつくように言った。情報局関連の話をする際に、一人で外出させることは最早できないということだろう。


「そうね。私たちがいる時は、ウチの方で預かってもいいから、その時はまた教えて」

「ありがと、ヴェル」

「グーランとは年齢的にも馴染めそうだしね」


 それを聞いたら、本人は激怒するだろうな、と心の中で思っていると、不意に扉の方に気配を感じた。ドアベルの音が響く。


「ご機嫌よう」


 扉を開けて、二人の人物が店へと入ってきた。銀髪を後ろで束ねた女性と、黒髪のマッシュの男。それは『革命の闇』の掃討作戦で見た人物――情報局の統括官であるディアナさんと、その付き人……かはよく知らないが、セブンズとかいう精鋭集団に所属しているというアトラスという名の人物だった。


「ディアナ統括官! あ……」

「とうかつかんー?」


 ブルージュがいる前でそのを口にするのはまずいだろ。ブルージュは幸い、その言葉の意味を理解していないようだが。

 はてさてどうするか……。そんな時、ディアナさんが口を開いた。


「アトラス、貴方の処遇については、まだ決めていませんでしたよね?」

「お嬢!? あの話は冗談なのでは!?」

「いいえ? まあ、いいでしょう。その話は無しでいいですから、代わりにこの子の護衛任務を命じます」

「俺に子守をしろというのですか!?」

「極東でもいいんですよ?」

「お嬢の名にかけて、その任務を全うさせていただきます!!」


 ディアナさんはアトラスを横目に、ブルージュの元へと歩み寄った。


「こんにちは。ブルージュ。私は……貴方のお姉さんの知り合いの、ディアナと言います」

「ディアナ姉ちゃん……?」

「ええ。そう呼んでいただけると嬉しいです。ところでブルージュは最近、大通りの所に新しいケーキ屋さんができたことは知っていますか?」

「知らない。ケーキ……?」

「はい。色々なフルーツが入っていて、クリームもたっぷりで、とても美味しいそうです。そこで、です。ブルージュ、私のお願いを聞いてくれませんか?」

「お願い……?」

「ええ。私たちは少しの間、ここで難しいお話をしないといけません。しかし、ケーキは夕方には売り切れてしまいます。だから貴方にはそのお店のケーキを今から行って買ってきて欲しいのです。もちろん、一人でという訳ではありません。そこの、黒髪のお兄さんが付いてきてくれます」


 ディアナさんは懐から紙幣を何枚か取り出し、ブルージュの小さな掌にそっと乗せた。ブルージュの目が丸くなる。

 

「こんなに……?」


 いつもエレナが渡しているのは精々十ディゼル紙幣一枚か二枚だろう。子供のお菓子ならそれで十分だ。だが、ディアナさんが渡したのは数枚の五十ディゼル紙幣――ブルージュからすると、貰ったこともないような大金だ。

 

「はい。これでここにいる全員分のケーキを買ってきてください。チョイスはブルージュに任せます。それに……そうですね、余ったお金でもう一個くらい、余分にケーキを買ってきてもいいですよ。明日のおやつにでもしてください」

 

 ブルージュの顔が、パアッと明るくなった。いつもの買い物とはワケが違う。子供からしたら、夢のような話だ。

 

「わかった! ブルージュ、皆が好きそうな美味しいやつ探してくるね! 姉ちゃん、ちゃんと待っててね!」

「ブルージュ! 気をつけてね!」


 エレナが心配そうな顔をする。セブンズという情報局の精鋭が護衛についているから、何も心配することはないのだろうが、ブルージュが誘拐されてから日もさほど経っていない。心配になるのも無理はないだろう。


「俺が着いているんだ。何を心配してるんだ、お前は」


 エレナの心情を読み取ったのか、アトラスが不機嫌そうに言った。


「それも、そうだよね。はは」

 

 姉の苦笑いに見送られ、ブルージュは弾むような足取りで、アトラスと共に店を飛び出していった。

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