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第28話 二人の行方

 ブレイドは階段を登り、屋上へと続くであろう扉を開けた。


 ふいに風が吹き込む。

 一人の少女が屋上の手すりにもたれ、その黒色の髪を風に靡かせている。青く澄んだ双眸がブレイドの方を向く。

 ブレイドはヴェルに声を掛けることもなく、そのまま彼女の横まで歩いた。


 手すりの先には『機械の街』――ディゼルメーゲンの夜景が広がる。人間は眠らなければならないが、機械は眠ることを知らない。煌々と闇夜を照らす無数の光がそれを物語っている。


「綺麗だな」

「そうだね」

「……」

「……怒らないの?」


 ヴェルは俯いたまま、ブレイドの方を向いた。手すりに置いた手は微かに震えている。


「エーテルを使えるって聞いた時は正直、複雑な気持ちだった……けど、今はもう怒ってない。ディアナさんに会って色々と聞いたしな」


「……ごめんね。最初に……それこそキミが仲間になる、って時に言うべきだったのに、言えなかった」


 ヴェルはゆっくりと視線を上げる。その双眸はうるんで、今にも零れ落ちそうな涙を湛えていた。


「私ね、キミとデレツィアで会った時、少しだけ嬉しかったの」

「嬉しかった?」


 ブレイドが聞き返すと、ヴェルは軽く頷いて続けた。


「うん。キミはエーテルに関心を持っていたし、何よりエーテルを使う相手を難なく倒すことができた」

「難なく……では、なかったけどな」

「ううん。あれは驚異的だよ。普通なら魔法一発で倒すなんて不可能なんだから。……だから、一緒にエーテルに迫れる仲間ができるかもって、少し嬉しかったの」  

「……でも、それにしては俺が情報局に入るとかいう話の時はだいぶ渋ってたじゃないか」 

「……あれは、いくら強いからって、素人を諜報組織に入れるなんてリスクが大きすぎるし、キミも危険に巻き込んでしまうことになるから、素直に喜べなかっただけだよ」


 ブレイドは情報局に入ることになった日のことを思い出す。ヴェルはひどく困惑し、その後もしばらくは晴れない顔をしていた。


(あの表情の裏に、そんな気持ちがあったなんて)

 

「そうか。いい印象を持ってくれてたのか……。嫌われてたんじゃなくて良かったよ」

「嫌うなんてとんでもない! ……でも、だからこそ言えなかった。私のこの力を話して、拒絶されたらどうしようって考えたら、言えなくなっちゃった。キミは勇者の件があって、エーテルに良い印象を持っていないだろうから尚更に」


 エーテルについて解明する仲間ができた嬉しさ――それと同時に芽生えた拒絶され、手にしかけた仲間を失うかもしれないという恐怖。

 そんな相反する感情が、静かに、しかし確かにヴェルの胸の内でせめぎ合っていたのだ。


「……キミが危険な道に来ることをロクに止めもしなかったのに、拒絶されるのが怖いから自分のことは話さないって、ほんと、ワガママだよね、私」


 ヴェルは目を伏せ、自嘲気味に笑った。


「……確かに、怪物を倒した後のヴェルは怖くてロクに声も出せなかったし、記憶や情報を盗むこともできるって話を聞いた時はヤバい力だって思った」

「……」

「でも、今は違う。怖くもないし、怒ってもない。むしろ、ヴェルがその力を持っていて良かったって思ってる」


 ブレイドの言葉に、ヴェルは目を見開き、間髪入れずに声を返した。

  

「っ!? どうして? 私はキミに今までずっと本当のことを黙ってたんだよ? それこそ、今までだって、キミの心の中を勝手に覗いて、記憶を盗むことだってできた……それを黙ってたのに……」


 絞り出したようなヴェルの声は、細く、今にも泣き出しそうなくらいに震えていた。

 ブレイドは、怯えた仔犬のように肩をすくめる彼女を真っ直ぐに見つめ、ふっと口角を緩めて首を振った。

 

「でも、お前はしなかっただろ?」

「……え?」


 ヴェルは弾かれたように顔を上げた。

 

「メアシスのことも、エーテルのことも、全部俺の心を見れば済んだ筈だ。でもお前はそれをしなかった。俺と話をして、そこから情報を得ようとした」

「それは……」 

「どんな力を持ってるかなんてのはどうでもいい。危険でも、不気味でもいい。"その力をどう使うか"これが大切だって、俺は師匠、剣聖アレクシスに教えられたし、俺自身もそうだって思ってる」


 ブレイドは腰に携えた剣にそっと手を当てた。


「ディアナさんから、影喰シャドウイーターの力については大体聞いたよ。相手の影に入り込んで、相手を内側から壊すこともできる。とんでもなく恐ろしい力だ」

「……うん」

「だからこそ、その力を持っていたのがヴェルで良かったって思ってる。お前ならきっと、その力を、どんな形であれ、良い方向に使ってくれるだろ?」


 ヴェルは再び俯いた。自信なさげに伏せられた青い双眸。ブレイドはその様子を見て、言葉を続けた。 

 

「さっきだって、俺とブルージュを助けるために、その力を使ってくれたんだろ?」

「それは……」


 ヴェルは反論しようとして、言葉に詰まった。彼女は顔を赤らめながら、静かに頭を縦に揺らした。


「なら、大丈夫だな。むしろ、俺は命を助けて貰ったんだから、感謝しないとな。ありがとな、ヴェル」

「……ズルいよ。キミにそこまで言われちゃったら、私が今まで一人でオドオドしてたのが、馬鹿みたいじゃん」


 ヴェルは口元に手を当て、下を向いた。その表情はブレイドからは見えなかったが、その耳は真っ赤に染まっていた。

 

「……でも、逆にどんな力でもそれを悪用する奴は許せない。エーテルを使って、メアシスを操って何か企んでいる奴らがいるんなら、絶対に許す気はないし、メアシスは必ず俺が止めてみせる……」

「ブレイド……」

「だから、ヴェル。お前の力を貸してくれないか?」


 ブレイドはヴェルをまっすぐ見据えて言った。ヴェルは一瞬息を吸って言葉を返した。

 

「うん。私からもお願いさせて……エーテルが何なのか、勇者のことを調べるついででいい、それを一緒に解明してほしいの」

「ああ。メアシスのことも、エーテルのことも、必ず明らかにしてみせるさ」


 ディゼルメーゲンの遥か彼方の地平線が明るくなる。太陽が頭を現し、俄に辺りを照らす。朝日に照らされたヴェルの青い双眸は潤い、一際輝いていた。

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