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第27話 影喰

「うっ。これは中々、派手にやったな……」


 不意に男の声がした。声の方から、二人の人物がブレイドの方に向かって歩いてくるのが見えた。

 銀髪の女と、マッシュの黒髪の男。男は雨も降っていないのに、女の方に傘を差している。

 

「ご苦労でしたね」


 女がブレイドに言葉を投げかける。

 

「おい! 挨拶はないのか?」


 状況が飲み込めずキョトンとしていたブレイドをマッシュの男が睨む。男の方は感じ悪いが、ブレイドに襲いかかってくる雰囲気はない。

 敵ではないとすれば、彼らが遅れて到着すると聞いていた支援部隊であることになる。


「……まさか、あなたたちが支援部隊ですか?」

「当たり前だ! それ以外に何があるというんだ?」 

「アトラス、少し黙っていなさい」

「はっ。お嬢の意のままに!」


 男は手を胸に当て銀髪の女に対して頭を垂れる。対する女は、わずかに眉を寄せて不満げな表情を浮かべる。やれやれといった様子で小さくため息をつくと、視線をブレイドの方へ転じた。

 

「貴方が新人のブレイド・ライデンシャフトですね?」

「ええ。そうですけど……」

「話は聞いています。エーテルに対抗できる魔剣士というのは興味深いですね」


 女はブレイドのことを下から上へと見回し、ふむと口に手を当てる。


「ブレイド・ライデンシャフト。始めまして。私は情報局作戦部統括官のディアナと言います」

「ブレイドです。よ、よろしくお願いします……」

「そう畏まらなくてもいいですよ。まあ、立場上は貴方たちの上司となる訳ですが、気楽に接してください」

 

 ディアナは優しい笑みを浮かべる。しかし、その様子を横の男は気に食わなそうに見ている。


「お嬢、いけません。それでは新米に舐められてしまいます」


 傘を持った男が少し屈んでディアナに言う。


「アトラス……その呼び方はこういう場ではやめるよう言ったはずです」

「はっ! 申し訳ありません。この呼び方が一番しっくり来るものですので!」

「どうやら、私は本当に部下に舐められているようですね……」


 ディアナはため息をついて、腰に手を当てる。


「……彼はアトラス。同じく情報局作戦部所属で、セブンズの一人です」

「セブンズ……ですか?」

「何? 貴様、セブンズのことを知らないのか?」


 アトラスがブレイドを鋭い眼差しで睨む。


「ええ……何も聞いてないです」

「まあ、入ったばかりですからね。仕方ありません。セブンズは我々、情報局の精鋭のことです。皆強いですから、何かしら頼りになると思います」

「お嬢、そんなに褒められても困ります///」

「アトラス、貴方は少し黙っていてください」


 ディアナは、顔を赤らめ、喜悦の表情を浮かべるアトラスに睨みをきかせる。


「そんな部隊があったんですね。俺は自分たちの部隊が第八小隊であることしか知らされていないので、情報局全体のことはサッパリで……」


 ブレイドたちが立ち話をしていると、ディアナたちが来た方から、数人の人物たちが足速に向かってきた。


「彼らも情報局の者です。その少女は彼らに引き渡してください」


 ディアナはブレイドに抱きかかえられたブルージュを指差して言う。


「……検査でしたっけ?」

 

 ブルージュは身体に異常がないかを調べるため、精密検査を受けるべく情報局本部へ送られることになっていた。その事については、ブレイドもあらかじめグーランから耳にしていた。

 

「ええ。相手がただの犯罪組織ならいいのですが、何か大きなものが一枚噛んでいる可能性が高いので、念のためです」

「……わかりました」


 ブレイドの腕から離れたブルージュは、白く柔らかな毛布に包まれ、丁重に運ばれていった。それを見て、張り詰めていたブレイドの心もようやく解きほぐされ、安堵が胸に広がった。


「ところで、ヴェルはどこに?」


 アトラスは辺りを見回す。周囲には血肉が散乱し、相変わらず鼻を突くような強烈な臭いが漂っている。


「ヴェルなら、まだやることがあるって建物の中に……」

「この様子だと、派手に影喰シャドウイーターを使ったようですね」


 ディアナは辺りに散乱した肉片や血溜まりを見回して言った。


「シャドウイーター……?」

「聞いていないのか?」


 アトラスが眉を訝しげに曲げる。


「……そうでしたか。貴方には言っているかと思っていたのですが……知らなかったのですね。ですが、貴方も目の前で見たのでしょう? 彼女の力を」 

「…………エーテル」


 ブレイドの今にも絶えそうな小さく震えた声に、ディアナはこくりと頷いた。


「……じゃあ、あいつは自分がエーテルを使えることを分かってて、これまで俺の……メアシスの話を聞いてたってことですか?」

「まあ、そういう事になるな」

「……じゃあ、今までのは何だよ……ただの茶番じゃないか…………」


 想像していたことが事実となった。

 ヴェルはエーテルを使うことができる。散々、謎の力だの話し合ってきたことが全て無意味で、馬鹿げた物だと感じた。行き場のない気持ちにブレイドは拳をぎゅっと握りしめた。

 

 しかし、そんなブレイドを見て、ディアナはゆっくりと口を開いた。

 

「仲間である貴方に知らせなかったのは彼女の過ちです。……ですが、彼女を責めないであげてください。彼女自身、分からないのです。何故自分がエーテルを使えるのか、を」

「……分からない?」


 ブレイドは握りしめた拳をふっと解いた。

 

「彼女は幼い頃からあの力を使えました。今、彼女が我々の組織にいるのも、それを情報局がその力を買ったからなんです」

「生まれつきエーテルを……?」

「それが分からないんです。彼女がいた孤児院から聞き取りをしても、戸籍を探しても彼女の出自に繋がる情報はありませんでした。だから彼女には姓もないんです」

「……出自が分からない? 本人に聞いても、ですか?」


 ディアナは目をそっとつむって首を振る。銀色の髪が揺れ動く。


「彼女は幼少期の記憶を完全に喪失しています。両親のことも、生まれ育った場所も、あの力のことも、本人には何ひとつ分からないのです」

「そんな……」 

「そして、我々は彼女のエーテルのことを、その能力にちなんで影喰シャドウイーター呼んでいます」

 

 影を喰らうもの。

 それはブレイドがあの時、目の前で見たものにどこか通じる名前だった。

 

シャドウ……」

「ええ。彼女は影を使った攻撃を繰り出したり、相手の影に忍び込んで内部から破壊したりすることができるんです」

「じゃあ、さっきこの怪物が吹き飛んだのも……」

「ええ。ヴェルの力で間違いありません。彼女の力は条件さえ揃えば、相手を内部から崩壊させることも可能ですし、相手の心の内、すなわち考えや記憶を盗むことも出来ます」


 ディアナがそう言い終えると、横にいたアトラスは鼻を鳴らして話し始める。

 

「どうだ? 不気味だろ? アイツは自分の力のことをあんまり他人には言いたがらない。気味悪がられるからな。だから、お前にも怖がられるのを恐れて言えなかったんだろ」

「でも、それは……!」


 ――違う。ブレイドはそう言いかけた。だが、その前に一つ、彼には確認しておきたいことがあった。


「あいつは……ヴェルは俺に対してその力を使ったことがあるか分かりますか?」

「そうですね。記憶を覗かれた側は悪寒のような不快感を覚えるそうです。あなたかそれを感じたことがないのなら、彼女は貴方にその力を使ったことはないと思います」

 

 その事を聞いたブレイドは不意に口元を緩めた。

 エーテルのことを自分に黙っていたことは未だ釈然としない。しかし、ヴェルはそんな強大な力を持っているのにもかかわらず、ブレイドにはその能力を一度も使わなかった。

 メアシスの話を聞くと時だって、彼女にそんな能力があるなら、ブレイドの口から話を聞くよりも、彼の心の中に無理矢理にでも侵入して、情報や記憶を入手してしまえば良かった話だ。だが、彼女はそれをしなかった。

 

 気味が悪い――ブレイドの心の中で、得体の知らない力に対する恐怖感は依然として拭えない。

 しかし、その力を誰よりも忌み嫌っているのは、おそらくヴェル自身だ。だからこそ彼女はブレイドにその力のことを言えなかった。


 だが、少なくともブレイドの目には、彼女の姿は尊く映った。怪物に押され、窮地に立されていた自分とブルージュを救うため、宙から舞い降りた彼女の勇姿。無論、あんな形で見せたかったはずはない。それでも、仲間を救うために迷わず力を振るった彼女を否定することなど、ブレイドにはできなかった。


『大切なのはどんな力か、じゃない。その力をどう使うかだ』

 

 それはブレイドが師匠である剣聖アレクシスから教わり、今に至るまで抱き続けてきた信念。


 確かにヴェルの力は得体のしれない恐ろしいものかもしれない。だが、彼女はそれを決して悪いようには使わなかった。 

 ヴェルには、もっと自分を許して、肯定してほしい。そう願わずにはいられなかった。


 ブレイドは唇を軽く噛んだ。その様子を見て、ディアナは笑みを浮かべる。


「それではブレイド。また会いましょう」

「どこかへ行かれるんですか?」

「俺達は共和国の国益に関わるあらゆる問題を扱ってるんだ。人員も足りてない中、こんな所でゆっくりしてられるわけ無いだろ」


 アトラスが吐き捨てるように言った。

 

「まあ、恥ずかしい話ですが、そういうことです」

「お嬢が恥ずかしがることなんてありません! 恥ずかしがる姿も中々に可憐ですが」

「アトラス、貴方には真剣な話をしなければならないようですね……」


 ディアナはジト目でアトラスに冷ややかな視線を送る。彼女は短く咳払いをしてその視線を切ると、流れるようにブレイドの方に顔を向けた。


「では、新人にも挨拶できましたし、私たちは一度本部に戻ります」 

「でも、これはどうすれば?」

「事後処理を担当する部門がありますから、あとは彼らに任せます」

 

「……俺はどうすればいいですか?」 

「何を言っているんですか? 貴方には二人きりでじっくり話しなければいけない相手がいるではありませんか。その相手もおそらく、それを望んでいると思いますよ」 

「……そうですね。わかりました」


 ブレイドは野暮な事を聞いてしまったと軽く笑って、前を向いた。すると、ディアナが彼の方に向かって歩み寄ってきて、そっと耳元で囁いた。


「これは独り言ですが、その相手は眺めの良い所が好きだと聞いたことがあります」


 アトラスがそれを見て、ムッとした顔をする。

 

「で、ではお嬢、そんな男のことは放っておいて、俺たちも本部で二人っきりのお話を……!」

「ええ。そうでした。我々は貴方の任務先を極東か南部の森林地帯にするかの話をしましょう」

「そ、それは左遷では!?」

「いいから行きますよ」


 「それでは」とブレイドを一瞥してから、ディアナはアトラスと共に踵を返した。


「……眺めの良い所か」


 ブレイドは上方に目を遣った。『革命の闇』のアジトとなっていた二階建ての建物の屋上。バラック小屋など平屋の多い貧困街スラムにあっては一際高い建物だった。

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