第25話 決戦
薄暗い道をダランは駆ける。
ガラージャは、ラナータは、上手く逃げてくれただろうか? そして、ミュールは……。脳裏に浮かんだ最悪の結末を掻き消すようにダランは首を横に振る。
「ボス。こっちです」
地下二階。本来であれば行き止まりであるはずの通路の突き当りには、二メートルほどの穴が空いている。すぐ横を通る下水と繋げた緊急時の脱出通路だ。
武器や火薬はもう既に搬出済みだった。あとはダラン自身がここから退避すれば、『革命の闇』は再起できる。
「仲間を見捨てて、一人ノコノコと逃げるつもりですか?」
穴の奥から一人の少女が姿を現す。黒髪に、碧眼を備えた目鼻立ちの整った顔の少女。手には金の装飾が施された黒柄の剣が握られている。
「……なんだお前は!」
「警告です。今すぐ武器を捨てて投降しなさい。そうすれば命は助けます」
服装からして、警察でも軍でもない。となると答えはただ一つ。
「……情報局だな」
ダランは腰に携えた剣を抜いて構える。仲間の男二人もそれを見て抜剣する。本来であれば拳銃を使うべきなのだろうが、下手に大きな音を出せば、相手の増援を呼び寄せることになる。一対三なら、まだ可能性はあるかもしれない。
「私たちの目的はあなた方ではありません。ある力についての情報が目的です」
「ある力……」
ダランは木箱を抱えていた手をギュッと握りしめた。
「ごたごた言ってんじゃねえ!」
仲間の一人が激昂し、少女に飛びかかった。その先走った行動にダランは動揺する。
「おい! 待て!」
「え……」
しかし、男が向かう先にいたはずの少女の姿は消えていた。
「……おい、後ろ……!」
もう一人の仲間が震え声を上げながら、飛びかかった男を指さす。男の背後には黒い霧。そして、霧の中から手が現れ、スッと男の胴体を撫でた。
「かはっ!」
仲間の男は胴と口から血を出し、その場に倒れる。黒い霧が晴れ、少女が姿を現す。
(何が起こった……?)
ダランは混乱する自分を律し、状況を立て直そうとする。近づけば殺される。そんな気がした。
「ッ! いつの間に……奴と距離を取れ! 仕方ない……撃て! 早く終わらせるぞ!」
すかさず、もう一人の仲間が腰から拳銃を取り出し、少女に向かって発砲した。しかし、弾丸は剣で弾かれた。
少女の双眸が、発砲した男を捉える。
「ぐわあっ!」
呻吟の向くと、男が項から血飛沫を上げ、絶命した。その背後にはまたしても黒い霧。そして、一瞬目を離した隙――先程までそこにいた少女の姿は再び消えていた。
「ど、どういうことだ!?」
何が起きているか分からない。少女が、霧が、亡霊のように現れては消える。少しでも目を離せば、殺られる。そう本能的に恐怖を感じた。
「……ッ」
ダランは喉を鳴らし、霧を見つめる。霧は既に息絶えた男を離す。
黒い霧が蠢き、その中から少女が姿を現す。ダランの背に冷たい汗が流れる。
「『革命の闇』首領、ダラン・ファーゲンス。これが最後のチャンスです。投降しなさい」
「……なぜ、俺の名を!」
「お仲間が語ってくれました」
お仲間――少女の言いぶりからして、やはり道化師は情報局に捕まって、尋問にかけられたのだろう。
道化師がどこまで話したかは分からないが、ダランはできるだけシラを切ろうとする。
「……っ、ある力と言ったな? それは何だ? 俺たちが密輸入している銃器のことか? それとも爆弾のことか?」
ダランは声の震えを必死に抑え、平静を装う。
「……私の知りたいことはただ一つ。あなたからエーテルの情報を得ること。それ以外は何も求めていない」
「ッ! エーテル! なぜその名前まで! ならん、ならん! お前らに何かに渡してたまるものか!」
ダランは目を血走らせる。
エーテル。
『切り札となる強力な力』とガリウスが豪語した謎の薬品の名だ。もっともダランにとっては、最終作戦――共和国首都での無差別攻撃――で自らを最終兵器化するために使用するつもりでいた切り札だ。道化師やミュールにも伝えていなかったその名前を情報局は知り得ていた。
(本当にこの国は俺にとって最悪の結末をもたらすことしかしない)
ダランの胸の中に沸々と感情が湧き上がる。
「……貴様に、この国に、知らしめてやる! 俺という存在を!」
ダランは剣を握る手に力を込める。
同時に、顔の古傷が痛む――爆発と共に崩れる足場に、顔を切り裂いた金属片――あの日の苦い記憶が蘇る。
自由を、生活を、尊厳を、そして最後の希望すらも奪おうとする、共和国への抗しがたい怒りが湧き上がる。
ダランは怒りに任せて少女に斬りかかる。
しかし、少女の姿は忽ち黒い霧となり、剣先は虚しく空気を切った。
「なっ……! がはっ!!」
刹那、背中に衝撃と共に激しい痛みが走る。ダランは衝撃と痛みで両膝をついた。床に血が滴る。
「ふは、ふはははは……!」
ダランは嗤った。心の底から嗤った。自らの立場を、自らの運命を。情け容赦のないこの社会を。
「圧倒的な暴力! 届かぬ場所からの攻撃! 貴様はまるで……俺を陥れたこの社会そのもののようだ! ならば、見せてやろう! 私が授かった復讐の嚆矢を!!」
ダランはすかさず、事前に抜き取り胸ポケットにしまい込んでいた二本の注射器を取り出し、続けざまに腕に打った。
「うがっ! うぐああああ!!」
ダランは全身の激しい痛みに苦しみ始めた。身体の血管は浮き上がり、筋肉は急速に膨張していく。骨や筋肉が変形・膨張する激痛。しかし、同時に全身の力がみなぎってくるような感覚にダランの戦意は忽ちに高揚する。
「ふはは。もう少しばかり時が満ちてからと思っていたが、この際だ。貴様らに目にものを見せてくれる!!」
「愚かね……力は時に人生を狂わせる」
少女は物悲しそうに物を言う。
「ふんっ。ほざけ。まずは貴様を殺す。そして、ボロボロになった俺をゴミとして切り捨てた工場の関係者を、浮浪者と侮辱し、嗤い者にしたこの国の奴らを皆殺しにする!」
ダランは少女に向かって、その強靭な拳を振う。しかし、少女は再び姿を消す――まるで今まで見ていた少女の姿が唯の虚像だったかのように――拳が地面に突き立てられ、大地が揺れる。
「どこへ……。ッ!!」
背後に気配を感じ、咄嗟に振り返る。迫りくる斬撃を両腕で防ぐ。たぎる力に任せて、斬撃を押し戻し、そのまま両腕を高く上げ、勢い良く振り下げる。床に亀裂が入り、破片となって舞い上がる。しかし、またしても少女の姿はない。
「……またか! ちょこまか逃げやがって……! うぐっ!!」
ダランの背中に痛みが走る。しかし、視界に入った少女の手には先ほどの剣はなく、黒色に金の装飾が施された拳銃が握られている。
「ッ!? さっきまで剣だったはず……。まさか……そうか、面白い。その武器は拳銃にも変形するのか?」
少女はダランの言葉に目もくれず、引き金を引く。銃口から鉛玉が放たれ、ダランの腹部に穴を開ける。
しかし、ダランの筋肉は驚異的な速度で再生と増強を行い、穴は忽ちに塞がれる。損傷を受けた筋肉が、より強靭な筋繊維として修復されている。
「……ふは、ふははは! 無駄なようだな! 俺は不死身だ!!」
「そう。出来るだけ、苦痛は与えたくないけど、これじゃあ仕方ないわね」
少女の握る拳銃が、金属音を響かせながら輪郭を解く。形を組み替え、先ほどの剣身が現れる。
「……魔力を使って、構造を変形させているのか。魔力……魔力。そうすると、あの黒い霧は――」
「お喋りはそこまでよ!」
少女はその青い双眸を見開き、地面を蹴った。
「ぐはッ!」
ダランの首筋に剣先が食い込む。ダランは藻掻き、少女の攻撃を防ごうとする。しかし、少女は風を切り裂く勢いで移動し、目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り返す。
首が、腕が、脚が、背が、腹が、頭が切り裂かれる。脚や腕はほとんど切断にまで至っていたが、ダランの驚異的な筋繊維回復能力で辛うじて、繋ぎ止められている。
(まずい……!)
回復能力は体力をそれなりに消費する。このまま斬られ続けられれば、流石に耐えきれない。反撃を繰り出すこともできない状況。攻防の余地さえ与えぬ圧倒的な暴威を前に、ダランはただ絶叫する。
「ふざけるなぁ!! こんな所で死んでたまるか! どうしてお前たちはいつ俺から全てを奪う! 俺は一人の人間として復讐や再起すらも許されないのか!!」
ダランは半狂乱となり、全力を振り絞り抗い、少女を何とか薙ぎ払った。
そして、残りの力を振り絞り、逃走を図る。勝てない――本能的にそう感じた。このまま戦えば犬死だ。これまでの努力も、屈辱に耐え忍んだ日々も、支えてくれた仲間の犠牲も――すべてが無駄になる。
こうなったら誰でも良い。何人でもいい。この国に少しでも損害になるように殺してから死ぬ――その考えだけがダランの頭を支配した。
「……必ズ、ヤリ遂ゲル」
ダラン壁を壊し、瓦礫を周囲に撒き散らして、闘牛のように突き進んだ。
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