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第24話 双子

「ガラージャ。あれ、侵入者?」

「そうだよ。ラナータ。私たちがやっつける相手だよ」

「駄目だよ、ガラージャ。まずは力比べをする。それで無理だったら逃げる、パパはそう言ってた」


 月明かりに照らされて、影は姿となる。それは二人の少女だった。まだ十代前半くらいの少女。背丈は同じくらいで、顔貌もよく似ているが、髪色は一人が赤で、もう一人は緑だ。

  

「わかってるよ。ラナータ。お姉ちゃんに任せておきなさい。すぐにやっつけてあげる」

「わかってないよ、ガラージャ……」


 ブルージュよりも一回り年上に見えるが、まだ子供だ。……こんな子供たちも『革命の闇』の構成員なのか?


「メイゲンさん……」

「彼女たちの情報は聞いていませんね。子供ですが――」


 メイゲンさんの目がギラリと光る。

 眼光の先――二人の少女は各々武器を構える。赤髪の方は鎌で、緑髪の方は弓。近距離と遠距離という訳か。


「ガラージャ、行くよ」


 緑髪の少女が静かに弓を構える。


「――どうやら、殺る気のようですね」

 

 しかし、少女は狙いをこちらから外し、斜め前方の壁を目掛けて矢を射った。


「……ッ!?」


 矢が壁に接触した刹那、眩い光と共に爆風が吹き付け、壁が砕ける音が響いた。粉塵で視界が効かなくなる。


「げほっ……何を!」

「ブレイド様、お気をつけください」


 粉塵が収まってきた時には、既に少女たちの姿はない。


「一体どこに……。ッ!!」


 刹那、真横の壁の向こう側に殺気を感じた。地面を蹴って飛び退く。

 直後、壁が砕け、白銀色の鎌先が露わになった。回避が遅れていれば、今の一撃で胴体を両断されていた。


「ラナータ、仕留め損ねちゃった」

「だから言ったの、ガラージャ。まずは相手の力を見るべきだって。これじゃあ、近すぎるよ」


 少女たちと対峙する。距離は僅かに五メートルほど。近くで見れば見るほど、血腥ちなまぐさい場所には似合わない、あどけなさが感じられる。


「ブレイド様。私は弓持ちに対処します。鎌使いの方をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「わかりました」


 俺は抜剣し、鎌を持つ少女を見つめる。血色のように深い赤髪に、感情の読めない虚ろ気な目。三日月型に湾曲した巨大な鎌刃。

 少女の目が俄に動く。


「ッ!!」


 一瞬の後、鎌の刃先が目の前に迫る。確実に首を削ぎ落とそうとする鋭い軌道。すかさず防御する。

 刃と刃が十字に交わり、激しい火花が散る。

 

「正面から来るとはな……!」


 だが、大鎌は威力こそ大きいが、取り回しは悪いはずだ。隙をついて剣を叩き込めばこちらの勝ち――そう確信し、次の行動へ移ろうとした刹那。


「〈氷結アグナ ロット〉」

「何っ!?」


 鎌刃から氷が這い出し、俺の剣を凍り付かせる。引き剥がそうにも、ビクともしない。

 少女が口を開いた瞬間、魔力を感じた。とすると、あれは氷魔法の詠唱か。エーテルを使う奴以外に、魔法が使える奴もいたとは……しかも、かなり強力だ。


「ラナータ。お姉ちゃんの奥義を見てなさい」


 少女がそのまま鎌の柄を思いっきり引くと、柄から刃先がすぽっと抜けた。武器を捨てて逃げるつもりか?


「〈氷刃アグナ ソリュード〉」


 刃が取れた柄の先端から、忽ち氷の結晶が形成され、たちまち鎌形となった。どうやら氷で刃先を作り出したようだ。半透明の刃先は、さっきの金属製の刃先と遜色ないほどに鋭い。

 

 向こうは武器を作り出せるということか。 

 だが、こっちは、このままでは剣も使えない。これは流石に魔法なしでは分が悪すぎる。今こそ、使う時だ。


「メイゲンさん、念のため、俺の傍から離れてください」

「なるほど。こういう時のために温存されているのですね」


 メイゲンさんが一歩離れるのを見て、俺は剣を両手で構える。

 

「〈帯炎イグナイト〉」


 剣身に烈火が宿る。

 纏わり付いていた氷は忽ちに融解し、凍り付いていた鎌刃が金属音を立てて地に落ちる。


「ガラージャ……運が悪いね」


 相手の魔法は強力――だが、エーテルとかいう、よく分からないものよりは余程マジだ。魔法の理屈にはまだ馴染みがある。氷に炎――こちらに圧倒的に有利だ。


「行くぞ!」


 今度はこちらから斬って掛かる。氷の刃が剣先を阻む。しかし、刃と刃が擦れるにつれ、蒸気が上がり、氷の鎌刃は次第に溶け、細くなる。

 

「ガラージャ。相性が悪すぎるよ」

「そうだね。私は大丈夫だけど、妹のことが心配」

「ガラージャ。強がりなんか要らないから、早く逃げるよ」


 奥でメイゲンさんと対峙していた弓使いの少女が地面に向かって矢を放つ。刹那、眩い光が放たれる。


「……ッ逃げる気か!」

「ブレイド様、お待ちを!」


 少女たちを追跡しようとしていた俺をメイゲンが呼び止めた。

 耳を澄ますと足音がどこからか聞こえる。さっきの少女たちのものではない。一歩一歩を悠然と踏み込む、力強い足音。


「おやおや、アンタたちが侵入者かい?」

「……新手か!?」


 通路の奥から何者かが、こちらに歩いてくるのが見えた。無造作に結い上げられたくすんだ紫髪に、緑色のタレ目。声や外見からして、女だろうか。手には銀色の柄と鋭い槍先が鎖で繋がれた、異形の武器が握られている。それに、あれは……軍服か?


「……あの子達はまだ実戦を経験してないんだ。どんな罪もまだ犯しちゃいない。だから、見逃してやってくれないかい?」

「お前は……」


 女は目を見開き、口角をあげる。

 

「そこのじいさんに聞くのが早いんじゃないかい?」


 女は顎でメイゲンさんの方を示した。それじゃあ、こいつが――


「……ミュール・プレシア。私の部下です」

「久しいねえ。フェアメイゲン大尉」


 メイゲンさんの表情から、いつもの穏やかさが消える。代わりに宿るのは、教え子を導けなかった悔しさか、あるいは道を外れた者への憤怒か。その鋭い眼光が女を射抜く。

 

「ブレイド様。不躾ぶしつけな願いではありますが……ここは私に任せてはいただけないでしょうか?」


 メイゲンさんは恐縮した様子で言葉を絞り出した。だが、俺が口を挟む義理などない。それに、さっきの少女二人には逃げられてしまった。むしろ、一刻も早くブルージュを救い出さなければ、手遅れになるかもしれない。

 

「勿論です。……よろしくお願いします」

「恩に着ます。ブルージュさんのこと、よろしくお願い致します」


 俺はメイゲンさんの方を一瞥し、建物の捜索へと向かった。


◆◆◆


 足音が遠ざかっていく。完全な沈黙が訪れる前に、かつての部下が口を開いた。


「あーあ。逃げられちゃったさね。でも、あの子は人質を助けに行くんだろ?」

「ええ」  

「……なら問題ないさね」


 ミュールは小さく首を傾げ、唇に指先を添えたまま、ひとり納得したように呟いた。

 そして、その視線はゆっくりとメイゲンの方へと向けられた。


「大尉。前の上官だからって、情けはかけないよ」

「ええ。貴方の行いはつくづく耳に入れておりますので、承知しております」


 ミュールは何かに驚いたように目を僅かに見開く。

 

「へえ。えらく言葉が綺麗になったもんだねえ」

「……ええ。軍も辞めました」

「心機一転ってことかい?」


 ミュールは鼻で笑う。嘲笑か、はたまた呆れか。

 

「もっと、昔の厳格な大尉と戦いたかったよ」

「そちらの方が作品としては良かったですか?」


 ミュール。

 通称義士官(ミスクディート)。元共和国軍人にして、五千ディゼルの懸賞金が掛けられている異例の賞金首。彼女の行う犯罪はどれも特異である。軍人や警官の殺害、財政界の大物の誘拐・拷問・その果ての殺害。そのやり方は様々であるが最後は決まって、被害者の両目をくり抜き、喉元に武器を突き刺す。彼女はそれを『作品』として世に放つことで、世間にメッセージを放っている、と考えられている。


「作品? 猟奇的殺人みたいで人聞きが悪いさねぇ。別にアタシは殺しを楽しんでるわけじゃないさ。あれは警告だよ。誤った"正義"に盲目的に従う者たちへの、ね」


 ミュールは手首を素早く回転させる。鎖で繋がれた鋭い槍先が宙で円周する。不気味な風切音が辺りに響く。

 

「汚職など悪意を持つ人間はともかくとして、ただ自らの任務を全うしている人間を殺すのは如何がなものかと思いますが」

「任務を全う、ねえ。どんな任務でも、それが例え端から見れば悪であっても、盲目的にそれをこなす……それはもう立派な悪だよ!」 


 刃が放たれた。遠心力により最大限にまで加速された刃は弾丸以上の速さで襲い掛かり、そのままメイゲンの肩を切りつけた。


「……わざと肩を狙いましたね」

「ふふっ。よくわかってるじゃないかい。人間は苦しまないと、自らの過ちを理解できない」

「……なるほど。今まで殺してきた者たちも痛めつけながら殺してきたのですか?」


 メイゲンは眉を潜め、低く地を這うような声で問いかけた。 

 

「理解させるためには仕方のないことさ。だが、人ってのは中々理解しないもんさね。中には「俺は警察だぞ」とか「何も悪いことはしてない」って最期まで言い張る奴もいるさね」

「それで、最期まで改心しない場合はどうするのですか?」

「そのまま目玉をくり抜いてやるさね」


 メイゲンはそっと目を閉じた。


『デモ隊は武器をもっていません。我々が出動するとはどういうことでありますか!』

 

 あの日の彼女の言葉を、若さゆえの『夢見語り』と切り捨てた。あの時、突き返さずに多少なりとも受け止めていれば、彼女は歪まずに済んだのかもしれない。

 当時の彼女は正義感に溢れていた。だから許せなかったのだろう。共和国市民を守るはずの軍人や警察が、労働者を、国民を弾圧することを。それを指示する政治家たちを。そして、自らの必死の訴えを戯言として取り合わなかった上官メイゲンを。

 憧れへの幻滅と失望。それを正義と誇示する者たちへの不満と憤り。だから、彼女は軍を去った。


「あの頃の貴方はもういないのですね」

「はっ。アタイのことをロクに知りもしようとしなかったくせによく言うさね」


 彼女の考えにも一理ある。だが、それは政府関係者を見境なく殺し、傷つけて、残虐に殺害して良い理由などにはならない。


「ええ。あの時の私は貴方のことを知ろうとも思わなかった。今でもその事を悔やんでいます……。しかし、これだけは言わせていただきたい。それは"正義"ではありません。歪んだ"正義感"です。そしてそれは詰まる所、ただ自分がそうしたいからという"欲望"に過ぎません」

「歪んだ正義感? バカを言わないどくれ。歪んでるのはどっちだい!」


 鎖がうねり、銀色に光る槍先が壁や天井、床へと当たる。暴れ狂う大蛇のように、粉塵を上げ、辺りを破壊する。

 

「彼らが正義だとは言いません。しかし、貴方のやっている事は最早、正義の執行でも断罪でもありません。ただの虐殺です」

「虐殺者はアンタたちだ! あの労働運動の中で何人が死んだと思ってるんだい!」


 メイゲンは持ち前の身体能力で、ミュールの攻撃を回避し続け、説得を試みる。


「しかし、歪みを、歪みで返しても、そこには歪みしか生まれません」

「いいや。歪みを別方向に歪ませてやれば、いつかは直線になる……これで終わりさね! フェアメイゲン大尉!!」


 ミュールの双眸が大きく開かれる。自らの信じる"正義"に歪んだ狂気じみた顔。


「〈自在イーシュ〉」


 刹那、槍先が鋭く方向を違え、まるで何者かの意思でも宿ったかのように、メイゲンの脇腹をそのまま貫いた。


「今、のは……?」

「魔法さね。アタイも軍を抜けてから色々と勉強してね。少しは使えるようになったのさ。正義を執行するにはそれなりに力がないといけないさね」

「貴方のことはよく分かりました。もう、"帰って"くるつもりはないのですね?」

「はあ? 今更何を言ってるのさ。アンタは自分の状況を分かっちゃいないさね。アンタはかつての部下に殺されるんだよ!」


 槍先が脇腹から引き抜かれる。メイゲンは傷口を押さえ、深くゆっくりと息を吸った。もはや彼に残された道は一つしかない。


「分かりました。では、かつての上司として、貴方を何としても止めてみせます」 

「勝手なことを……この老骨が!!」


 釣り上がった口角が不意に下がり、険しい眉間に隠しきれない不快感が滲み出した。


「〈暴自在ヤク・イーシュ〉!!」


 ミュールの言葉とともに、槍は赤みを帯び、再びメイゲンに襲い来た。先ほどとは速さも威力も異なる――身体を引き裂かれる――そう直感で感じるほどに。


「何っ!?」


 だが、メイゲンは横へと素早く立ち回り、槍先の付け根を掴んだ。まるで首根っこを掴まれた蛇のように、槍先は動きを止める。


「なッ!!」


 メイゲンが勢い良く鎖を引くと、ミュールは態勢を崩す。魔法など使っていない――ただ三十六年間に及ぶ軍務で形作られ、退役後も鍛え続けた己が肉体の全力を用いただけ。


「……こんなやり方でしか、貴方を止める方法を見つけられない。すみません、ミュール」


 メイゲンはそう言って、手をパッと放す。鎖を引っ張っていたミュールはその反動でよろける。


「くそッ! なんだい……」


 その一瞬の隙をついた。ミュールが態勢を立て直した二秒後――メイゲンは既にその背後を取っていた。

 

 ミュールの背中を捉える。少し細身の背中――まともに取り合うこともなく、突き放してしまったあの時と何ら変わらない華奢な背中。


「がはっ!!」


 皺と傷にまみれた拳が、ミュールの背中を突いた。衝撃を受けた肋骨は極限までたわみ、遂には耐えきれず乾いた音を立てる。拳が大きく食い込み、そのまま心臓へと触れた。


「……!!」


 ミュールは声にもならない叫びを上げ、そのまま地面に倒れた。

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