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第2話 追い落とし

「な、なんなんだ……これは……」


 ブレイドは恐怖に駆られ、水晶玉から手を離した。水晶玉はそのままベッドの上へと落ち、禍々しい文様も薄っすらと消えていった。

 ブレイドは魔剣士だが、魔法使いではない。戦闘で使う炎魔法と、身体能力を向上させる|簡易的な魔法くらいしか知らない。当然、第三者からの読み取りを防ぐための封印魔法のこともよく知らない。

 だが、あの文様はそんな彼から見ても明らかに異質だった。


「……皆に聞いてみるか?」


 仲間に詳細を尋ねようと、ブレイドは立ち上がり、部屋を出ようとした。

 すると、部屋の外から物音が聞こえた。それは複数人が階段を駆け上がり、廊下を闊歩(かっぽ)するような騒がしい音だった。

 ブレイドの心に一抹の不安が過った。何か嫌な胸騒ぎがした。

 ブレイドは剣に手を掛けて、扉の方を睨んだ。その刹那――。


「動くな!! 王宮衛兵(おうぐうえいへい)だ! 武器を捨てろ!」


 扉が蹴られ、小銃(しょうじゅう)で武装した複数人の男たちが部屋の中に押し入ってきた。見ると、金装飾の施された黒色の制服に軍帽を被っている。その姿はルクスリア王国出身のブレイドには、見知ったものだった。


 王宮衛兵。すなわち国王直属の親衛部隊である。曲者ではないことを認めると、ブレイドは剣をその場に置き、抵抗の意がないことを示した。


「こ、これはどういうことですか……?」

 

 声に困惑の色を滲ませながらブレイドが尋ねるが、王宮衛兵たちからの返答はない。その沈黙が緊張を一層増幅させる。

 しかし、間もなくして、その沈黙は破られた。


「この者が裏切り者です!」


 聞き覚えのある声が響いた。高らかに声を上げ、ドアの後ろから姿を現したのはリーネだった。


「……何!?」

 

 困惑するブレイドを横目に、続いて二人の男が姿を現した。

 金色の刺繍の施された赤いローブを身に纏った細身の男と全身を鎧で覆ったガタイの良い男――ルクスリア王国の宰相グライヴィッツと衛兵隊長ベルムットだ。


「ブレイド・ライデンシャフト。貴様が魔族と奸計(かんけい)を巡らし、王国や勇者隊に関する情報を流したというのは本当かね?」


 宰相は怒気を含んだ低い声でブレイドに問いかけた。

 

「何のことですか!?」

「リーネ殿から貴殿が魔族と密通しているという通報を受けたのだよ」


 衛兵隊長は抜剣し、|威嚇するかのように剣先をブレイドの方に向ける。

 

「何のことですか!? 魔族と密通……? おい、リーネ! どういうつもりだ!?」

「どういうつもりだ、はこちらのセリフです。魔族と密通し、王国や勇者様たちを滅ぼそうとするなんて……恥を知りなさい!」


 リーネはブレイドを指さし、鋭く睨み据えた。

 

「一体、何の言いがかりだ!? 俺が魔族と密通? 何を根拠にそんなことを!」

「根拠? それなら、そのベッドの上に置いてある水晶。それこそ、何よりの証拠になるんじゃないかしら?」

 

 リーネはベッドの上に置かれた水晶をアゴで示す。


「おい、あれを押収せよ!」


 その様子を見て、すかさず衛兵隊長は指示を飛ばす。衛兵たちは小銃でブレイドを牽制(けんせい)しつつ、ベッドの上の水晶玉を回収し、それを宰相へと渡した。


「こ、これが……証拠なのか?」

「ええ。宰相様、これをご覧ください」


 リーネが水晶玉へと手をかざす。

 すると、水晶玉は光を発し、先ほどブレイドが触れた時に出現したものと同じ文様が現れた。


「こ、これは……封印魔法?」

「はい。それに近しいものと考えていただければよろしいかと思われます」

「近しい……? ……まさか、このオーラ、これは人間のものではないというのか?」

「その通りです。これは人間の使用する封印魔法ではなく、一部の魔族だけが使用できる『封呪印(ふうじゅいん)』という特殊なものなのです」

 

「な、なるほど……同じ魔法でも、魔族のものと人間のもので、ここまでオーラが異なっているとは。それで、これはどんな魔族のものなのだ?」

「キューゲルトと考えられます」

 

 リーネの口から放たれたその名を聞いた瞬間、その場にいた全員の顔が青ざめた。

 キューゲルト。

 『西方(せいほう)の虐殺者』とも呼ばれるネクロマンサーである。自身が殺したものなら、人に限らず、動物や昆虫までも隷下のアンデットに変える特殊な魔法を使い、西方諸国(せいほうしょこく)を一時期、文字通り『()大地(だいち)』へと変えた凶悪な魔族。


「なっ……そんなネクロマンサーが俺に何の用があるっていうんだ!?」

「それはあなたが一番知ってるんじゃないかしら?」


 リーネの冷徹な目がブレイドを鋭く睨む。


「あのおぞましい魔族が……王国に何を……」 

「宰相様、ここは念のため、あの御方(おかた)にも確認していただくのはどうでしょう?」

「……ああ、そうだな。生憎、私は魔法にはあまり詳しくない……。宮廷魔法省長官ジェーライン、入ってきなさい」


 宰相の呼び声に応じ、扉の奥から祭祀服を身に着けたスキンヘッドの男が入ってきた。両腕にはめられた多くの法具と純白の絹地にアメジストの装飾があしらわれた荘厳な服装からは、彼が王国でもトップの権威ある魔法使いであることが一目で分かる。


「ジェーライン、これが魔族の、『西方の虐殺者』キューゲルトの使用するという封呪印であることに誤りはないか?」


 宰相は水晶玉をジェーラインに渡す。ジェーラインは神妙な面持ちで水晶玉に浮かぶ文様を見つめる。その額からは汗が垂れ、目は水晶に釘付けとなっている。しばらく観察して後、ジェーラインは口を開いた。


「……この水晶にはかなり特殊な魔法が多重(たじゅう)に張り巡らされております。中には人類では未だ付与が困難とされる系統の魔法も施されております……。キューゲルトの封呪印は私も文献でしか見たことがありませんが……これはその記述と一致しています。おそらく、それで間違いないかと、思われます」


 その声は震え、息遣いは荒くなっている。

 

「なるほど。では、これをこの者が解除することができたなら、キューゲルトからこの者に宛てられたメッセージであるということになるのか」

「……そういうことになります」


 その場にいる全員の視線がブレイドに向けられた。しかし、その眼差しはどれも侮蔑や恐怖に満ちている。


「さあ、この水晶玉に手を当てなさい」


 リーネはジェーラインから水晶玉を受け取ると、それをブレイドの方へと差し出した。

 

「……な、何でそんなことを!」

「当てなさい! それとも、今更裏切り者であるのが露呈することが怖いのかしら?」

「違う! キューゲルトなんて、噂でしか聞いたことがない! 見たことも、会ったこともないんだ!」


 リーネはブレイドの言い分など聞いていないかのように、何も言わず、ただ水晶玉を差し出したまま、冷徹にブレイドを見つめる。


「……わかったよ、やればいいんだろ」


 ブレイドは(たま)らず、水晶玉を受け取った。そして、その面にゆっくりと手を近づける。

 

(大丈夫だ。キューゲルトなんて見たことすらないんだ。第一、そんな魔族が一魔剣士(いちまけんし)の俺に何の用があるっていうんだ。何かの間違いに決まっている)

 

 ブレイドは震える手を抑え、自分を安心させるよう言い聞かせた。


「ッ!?」

 

 しかし、ブレイドが手を当てると、水晶玉は光り輝き、威圧するかのように禍々しく浮かび上がっていた文様はたちまちに消えた。その瞬間、背筋が凍るような恐怖感がブレイドを襲った。

 そして、水晶の中に白髪に紫色の肌をした異形の者の姿が浮かび上がった。その姿は、噂で聞いていた『西方の虐殺者』の外見(みため)と酷似していた。


「な、なんだっ!?」


『同志ブレイドへ。魔王様の思し召しにより一週間後、王国ブルー公爵領に攻め込む。今は同地に展開する戦力を確かめるため、威力偵察(いりょくていさつ)を行っている。だが、ここで勇者隊、とりわけメアシス勇者隊が出張(でば)ってくると厄介だ。キミは勇者メアシスたちを他の場所へと連れ出すよう仕向けて欲しい。陽動として、サール地方に戦力を投入した。これを利用するといい。状況は逐次報告する』


「な、何だこれは……!? ふざけるな! どういうことだ!?」

「どういうことだと言いたいのは我々の方だ!」


 混乱するブレイドの声をかき消すように、衛兵隊長が声を荒げる。

 

「……本当に魔族と密通を……何と恐ろしい、売国奴(ばいこくど)……いや人類の敵だ!!」

「何なんだこれは!? 俺は知らない! キューゲルトの姿だって、今初めて見たんだぞ!? それに、こんな水晶玉も知らない! なぜかこの部屋に置いてあったんだ!」

「知らない? ふんっ、小芝居(こしばい)を打つのもそのくらいにしなさい! それにお前はさっき私とメアシス様がブルー公爵の救援に向かおうとした時、それを妨げ、サール地方へ誘導しようとしていた。これが何よりの証拠よ。ねえ? メアシス様、アネット?」


 リーネが後ろを向き、声を投げかける。すると、扉の奥からメアシスとアネットが現れた。


「ブレイド君……そんな……」


 一連の話を聞いていたのか、アネットは悲しみに声を揺らし、今にも零れ落ちそうな涙を瞳に(たた)えながら、ブレイドをじっと見つめていた。


「ああ、キミは過ちを犯した」


 一方、勇者メアシスはブレイドを見て、そう一言だけ言った。輝きを失った目に感情の色のない表情。そして、その背後には、またしても白い(もや)

 しかし、今回は少し違った――気のせいとは言えないほどにその(もや)がハッキリと表れていた。

 

(何かがおかしい)

 

 メアシスの背後の(もや)。それが見えるようになった時期は、おおよそメアシスが豹変した頃と重なっていた。あれがメアシスに影響を及ぼしているのかもしれない――そんな疑いがブレイドの心に起こった。

 

(だが、誰が、何のために、メアシスにそんなことを……。いや、そもそもこの状況を作り出したのは――)


 ブレイドの心の奥底に激情(げきじょう)が湧き上がる。


「おい! リーネ、メアシスに何をした!」

「はあ?」

「ここ数ヶ月のメアシスの様子はおかしい! まるで……別人になってしまったみたいだ!」

「はあ……魔族と関わりすぎて頭でもおかしくなったのかしら? 私が魔法使いだから、精神操作魔法を使って、メアシス様を支配しているとでも言いたいの?」

 

 ブレイドは怒りの炎を目に宿し、言葉を発することもなく、鋭い眼でリーネを睨みつける。しかし、そんな様子を気にも留めず、リーネは鼻を鳴らして話し始めた。

 

「ふんっ。貴方も魔剣士なら分かるでしょう? 私やメアシス様からわずかにでも魔力を感じ取れますか? いや、この裏切り者に聞いても仕方ありませんね……。ジェーライン様、いかがでしょうか?」

「ええ。貴殿からも、メアシス殿からも魔力は感じません。それに、精神操作魔法の持続時間は熟練の|老魔法使いでも、精々五時間です。何ヶ月など、それこそ魔族でないと出来ませんよ」


「じゃあ、メアシスの後ろの白い(もや)は何だ!」

「白い(もや)? 私にはそんなものは見えませんね。皆様はどうですか? 何かメアシス様に不審な点はありますか?」


 その場にいる皆が首を横に振った。


戯言(たわごと)の次は幻覚ですか? 全く……どれだけ私に自らの罪を擦り付けたいのか……」  

「……情報提供者に怒りの矛先を向けるなど……何と醜い!」


 宰相も、宮廷魔法省の人間も、もはやその場にいる誰もがブレイドの言うことを信じなくなっていた。

 

「ッ!! メアシス!」


 ブレイドは、メアシスに最後の希望(のぞみ)を託すように叫び、その(もと)へと歩み寄ろうとした。


(メアシス……頼む、目を覚ましてくれ)


「動くな!!」

  

 だが、その望みを打ち砕くように王宮衛兵がそれを阻む。銃口が容赦なく突き付けられる。


「かはっ!!」


 手足に衝撃が走り、ブレイドはそのまま床に突っ伏してしまった。見ると、手足には光を放つ輪っかが取り付けられていた。特殊な拘束具だ。

 

「ふざけるな! 俺は何もやっていない!」


 ブレイドは必死に無罪を訴えるが、その場にはもう彼の言葉に耳を貸す者はいない。

 

「ブレイド・ライデンシャフト。お前を魔族との密通の容疑で拘束する」

「そんな……! 俺は何もやっていない! 

……メアシス、目を覚ましてくれ! メアシスっ! メアシスっ!!」


 ブレイドは身動きを封じられ、その日の内に地下牢獄へと移送・収監された。

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