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第19話 新たな相棒

「こ、これは……」


 くるりと回転して現れた壁の裏側には、さっきまでのものとは毛色の異なる、物々しい武器がいくつか掛け並べられていた。

 エレナはカウンターを出て、剣をいくつか吟味してから、端にあった一本のロングソードを手に取った。


「今ある中だと、これが最適かも」


 赤い握り部(グリップ)を金色のガード柄頭ポンメルで抑え込んだ豪勢な柄の先に、赤黒色の剣身がつけられたロングソードだ。

 

「……剣身は金属じゃないのか?」

「うん。これは水晶だよ。水晶は金属より魔力の伝わりもいいし、丈夫なんだ」


 金属とは異なる、透き通るような剣身。金属製の剣しか手にしてこなかった俺は、思わず目を丸くした。


「初めて見た……」

「まあ、高いからねえ。それに魔力の伝導が良いって言っても少しだけだし。正直、コスト対効果はあんまりよくないかな。だから一般には滅多に出回らないんだ」


 エレナから剣を受け取る。見た目以上に軽く、扱いやすい。魔力は……流石にこんな店の中で放つ訳には行かないな。


「これ、エレナが作ったのか?」

「うん。数年前にね。でも、生憎、情報局うちには炎魔法を使う剣士なんかいなかったから、使われずじまいだったけどね。それで、どう? 握ってみた感じは」

「……いい感じだ。すごく使いやすそうだ。金属よりも軽くて、扱いやすい。あと、カッコいい……!」

「最後のはどうでも良くない?」

「別にいいだろ!?」


 すかさず、ヴェルがツッコんでくる。まったく、男心が分かっていない。


「ねえ、ブレイド。ちょっと手を見せてみて」


 俺はコクリと頷いてから、エレナに右手を差し出した。するとエレナは巻尺で、俺の手のひらや指の大きさを殊細かく測り始めた。


「ちょっと待ってて」


 エレナはロングソードを持ってカウンターの奥へと入っていった。

 

 しばらくしてエレナは「お待たせ」と言って出てきた。彼女の手に握られている剣の柄は、先ほどと僅かに形が異なっているように見える。


「……まさか、俺の手に合うように変えてくれたのか?」

「うん。少しでも使いやすいようにね」


 再び彼女から剣を受け取り、柄を握ってみると、先ほどよりも指や手のひらにフィットしていて、握力がより伝わるようになっているように感じた。

 

「凄い……。さっきよりも、しっくり来る……」


 俺が感嘆の言葉を漏らすと、エレナは歯を出して、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

「少しのことだけど、こんな少しのことが、戦いを左右するかも知れない。これも戦いを支える武器屋の仕事だよ」


 まるで老練ベテランの鍛冶師の言葉みたいだ。一瞬で剣の握り具合を見抜く観察力といい、この少女も只者ではないようだ。

 

「にしても、二人は本当にそういう関係とか、そういう感情とかないの? さっきのツッコミとか中々息が合ってたじゃない?」

「ちょ……! だから違うわよ!」


 エレナはジト目で再びヴェルをからかう。

 それからしばらく、弁明も兼ねて、俺は身の上話をさせられる羽目になった。



「エーテルね……あれもやっかいよねえ」

「エレナも知ってるのか?」

「勿論。あたしも対エーテル用の武器を作るのを手伝わされたもの」


 エレナはうんざりした様子で腕を組んだ。


「対エーテル用の武器?」

「うん。まあ、簡単に言えば、魔力をなるべく多く、なるべく強く出せるようにするための武器、みたいな感じかな?」

「エーテルに対抗するには、それを圧倒するほどの魔力が必要……だったか?」

「そうそう。魔力に対する耐性が高い、特異体質な人間もいるけど、それでもまだ少し足りないから、武器で強化するって感じだね」


 やっぱり、エーテルに対抗するには並大抵の魔力では足りないということか。とすると、俺がエーテルを使ってる奴を倒せたことに対する疑問がより一層深まるな。


「まあ、実戦データもほとんど取れていないし、どれだけ有効なのかは、携わったあたしもよく分からないけどね」

「情報局もエーテルを使ってる奴と交戦したことはあんまりないのか……」

「うん。だから、上はあんたに興味を持ったんじゃないかな。エーテル持ちと戦って勝った経験を持つ人間はかなり貴重だからね」



 エレナは、ふと古びた掛け時計に目を遣った。カチカチと刻まれる秒針の音だけが店内に響く。


「もう、四時か……」

「遅いわね……ブルージュちゃん」

「あはは……あの子、偶に思いもよらないことするから、どこか思いつきで寄って来てるのかもね……」


 エレナは顔こそ笑顔を作っているが、指先を常に動かして、どことなく不安げな様子だった。

 時刻はもう夕方。陽の光は次第に少なくなり、辺りは暗くなっていく。

 

 込み入った話は一段落ひとだんらくし、店のシャッターを再び上げたものの、ブルージュは未だ帰って来ない。


「……あたし、少し探してくるね!」


 エレナはハンガーラックにかけてあった上着を引っ掴み、そのままドアまで走っていく。

 

「ちょ、ちょっと!」

「店番、よろしくー!」


 呼び止めるヴェルの声を意に介さず、エレナはドアを押し開けて外へと出て行ってしまった。陽気じみた声とは裏腹に、その顔はどこか、不安げなものだった。


「……まったく、あの子は……」


 恐らく、エレナは人に心配を掛けたくないあまり、無理をするタイプなのだろう。

 

「……俺も行ってくる!」

「ダメ! 私が行くから、キミは待っていて」


 ヴェルがすかさず俺を制する。

 

「……もとはと言えば、俺の剣の話をするために、エレナはブルージュを外出させたんだ。俺にも責任がある」

「……わかった。私も店の戸締りをしてから向かうから、先に行って。……エレナをお願いね」


 そして、エレナがそういう性格であることはヴェルもよく分かっているのだろう。


「でも、危ないと思ったら逃げて。無理はしないで……」


 俺は頷いて、店のドアを開けて外へと出た。ドアベルの音が慌ただしく響いた。


◆◆◆


(どこ……どこ……)

 

 店を出る時は平静を装っていたエレナだったが、内心不安に駆られていた。

 ブルージュはエレナの七歳離れた妹だ。両親を亡くしてからは、孤児院で二人、生活した――エレナにとっては唯一無二の妹であり、たった一人の家族。

 エレナが情報局へ入ることになり、孤児院を去ってからはバラバラになってしまったが、研究部での勤務の後、異動となり、諜報活動と武器供給を兼ねた武器屋を営むことになると、ブルージュと一緒に暮らす様になった。初めは「家で待っていて」と言って聞かせていたエレナだったが、ブルージュが余りにも寂しがるものだから、最近は手伝いとして店に連れてきていた。

 だが、いくら妹とは言え、部外者に情報を流すわけにはいかない。だから、ブルージュが店にいる時に情報局の話がある場合は、いつもお金を渡して外へ出て行ってもらっていた。

 

 それが普通だった――はずなのに。


「ブルージュ……」

 

 ブルージュは帰ってこなかった。いつもなら三十分、遅くても一時間で帰ってくるはずなのに、今日はもう二時間も帰ってきていない。辺りは夕暮れで赤く染まり、間もなく闇に包まれる。


(何かの事件に――)

 

 嫌な想像がエレナの頭を過ぎる。エレナはそれを振り払うように首を振り、走りに走った。ブルージュの行きそうな菓子屋は分かっている。手がかりがあるとすれば、そこと武器屋みせの間。


「……ッ!」


 エレナは急に足を止めた。一瞬、通り過ぎた路地に何か光るものが見えた気がした。


「あれは……」


 路地の入り口まで戻って、覗くとそこにはペンダントが落ちていた。暗がりの中でも僅かな光を反射して輝く紺碧こんぺきの宝石のついたペンダント。

 ブルージュのものだ――エレナは一目見てそう確信した。それはエレナが、ブルージュをひとり孤児院に残して、情報局の職員となった時、その初めての給料で買った最愛の妹への贈り物だった。数年間一人にしてしまったお礼の意味もあった。あげた当初は自分のことを置いていったことを酷く怒って、しばらくは付けてくれなかったが、いつの頃からか肌身離さず付けてくれるようになった。

 

「ブルージュ! ブルージュ!!」


 エレナはペンダントを拾い上げ辺りを見回し、叫びに叫んだ。しかし、誰の姿もなく、返答もない。


「そんな……どこに……」


 橙色の目から涙が零れる。

 しかし、その刹那、路地の奥。陽の光が寸分も入らぬ暗闇から何かの気配を感じた。ブルージュのものではない。何か、大きく不穏な気配。


「ふふふっ。随分と大切そうにしていたものですから、これは何かお友達が掛かるかも、とは思っていましたが……。予想よりも大きなお友達でしたねぇ」


 闇の中から声が聞こえた。エレナは声の方を睨み、腰に携えた護身用の短剣に手を伸ばした。

街中を駆け巡り、最愛の妹を探すエレナ。路地裏に落ちていたペンダントに、闇から聞こえる不気味な声――その前に立ちはだかる者とは。


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