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第14話 祖国の変貌

「でも、これでデレツィアからは抜け出せた。そろそろキミに私たちの事を話しても大丈夫かな」


 ヴェルは一瞬だけ視線を伏せ、小さく息を吸った。興味と緊張から、思わず喉が鳴る。

 

「さっきも言ったけど、私たちは勇者メアシスについて、話を聞くために君を保護しに来たの。私は共和国国家情報局のヴェル。そしてこちらは――」

「――その補佐役をしておりますフェアメイゲンと申します」

「……共和国譲歩国家局って?」

「……共和国国家情報局よ。まあ、私たちは『情報局』って略称を使ってるから、そっちで構わないわ」


 何度名前を聞いてもピンとこない。共和国の組織……なのは分かるのだが、一体何をする組織なのか皆目検討もつかない。俺が如何いかにも理解していないような顔をしていると、ヴェルはそれを読み取ったのか説明を試みる。


「そうね。諜報活動を中心に共和国に関わる重大事案について、色々と対処する組織、でどうかしら?」

「諜報?」


 俺が聞き返すと、ヴェルはその美しい双眸を瞬かせ、驚い……いや、呆れている。悪かったな。バカで。


「私たちは、その……何ていうのかな、説明するの難しいわね……」

「そうですね。わかりやすく言うならば、情報の収集や国家の脅威となる存在の排除を遂行する仕事、と言った所ですかね」


 言葉選びに頭を悩ませるヴェルに、すかさずメイゲンさんから助け舟が出る。

 

「何かヤバい仕事に聞こえるんですが……」

「そうですね。具体的な任務を言ってしまえば随分と物騒なものですが、基本理念は『国を守ること』ですから、それこそ騎士団とも似ている節があるかもしれません」

「裏で活動する秘密の騎士団って感じですか……」

「ええ。そういった所です」


 ここまで聞いて、これまで引っかかっていた違和感が一つずつ腑に落ちていった。ヴェルが男二人を相手に戦って勝てたことも、車を持っていたことも、デレツィアの機密情報を知っていたことも納得できた。

 だが、一つだけ、未だに腑に落ちないことがあった。

 

「でも、なんで共和国の人間がメアシスのことで俺を探しに?」

「それは、勇者メアシスが共和国の脅威になりうる可能性が出てきたからよ」

「え……?」


 メイゲンさんの運転する車は、共和国へ向けて、まだ舗装もされていない田舎道をひた走る。その道程で語られたのは、俺の祖国――ルクスリア王国の変貌ぶりだった。


「勇者メアシスは王位に就くと、大改革を断行したわ。かつて王族と権力を二分していた有力貴族たちを次々と粛清し、すべての権限を国王に集約させた。……今の王国は、彼一人の意志で全てが決まる完全な独裁体制になっているの」


 有力貴族を粛清――かつての王国の状況を知る俺にとって、その改革自体は理解できるものだった。有力貴族は王国が疲弊する中でも国王が出した倹約令を守らず盛大なパーティを催したり、王国内の私領に勝手に通行税をかけたりと、横暴を働くことが多く、俺がいた頃から国民からはよく思われていなかった。『高貴な血統』という大義名分で権力を握り、無意味な政争を繰り返し、王国を私欲のままに蝕んできたというイメージが、俺を含め、国民には相当に根付いていたはずだ。

 だから、独裁というと響きは悪いが、そんな腐敗を断ち切ったと考えれば、メアシスの行動はむしろ称賛されるべき壮挙そうきょとなるように思えた。

 

 だが、そんな俺の考えとは裏腹に、ヴェルの表情は晴れない。


「……共和国との関係は知らないが、それなら王国自体は良くなってるんじゃないのか?」

「表向きは、ね。実際、王国はかつてない繁栄を極めていて、勇者メアシスは民衆から『勇義王ゆうぎおう』と呼ばれ、絶大な支持を集めている。……でも、その改革は次第に行き過ぎたものになっていったの」


 ヴェルの声が一気に冷え切き、その双眸に陰が差す。


「かつて貴族を粛清した勇者のきばは、今や一般の民衆にまで向けられてる。言論は厳しく統制され、少しでも彼の不満を漏らせば、反体制派として次々に投獄されるような状況にまでなってるのよ」


 ヴェルの口から出たのは想像を絶する言葉だった。背中に冷たい汗が流れる。


「共和国が確認しただけでも、既に二百人近くの一般人がそういった理由で捕まってる」

 

 何だよ、それ。そんなものは最早、勇者でも正義でも何でもない。ただの自由を奪う鎖だ。それにメアシスがそんなこと――


「それに勇者は軍隊の再整備にも力を入れているわ。共和国では、とりわけこれが問題視されてるの。近々、他国に対して何らかの軍事行動を起こすかもしれない、とね」

「そんなの、アイツじゃない!  アイツは誰よりも他人を思いやる優しい男だったんだ。魔王討伐っていう目標から遠回りしてまで、田舎の村を助けに行くような、そんな奴だった! ……そんな人を弾圧するなんて……まして戦争を起こすだなんてするはずがない!!」


 俺はいた堪れなくなり、前のめりになって反論した。しかし、ヴェルの蒼く鋭い視線が俺を制する。


「……わかってるわ。共和国も状況を重く見て、勇者についての情報収集を行ったの。彼が育った孤児院や彼がかつて訪れた村々で、勇者の人となりについて詳しく調査した……。もっとも、私たちも、調査結果が今の勇者の姿とあまりにも乖離かいりしていて混乱したわ」

「……」

「だから私たちは勇者の変貌の裏に、エーテルが関係してるんじゃないかって考えたの」

「……エーテル」


 魔力を使わない、魔法とは全く力、だったか。……やっぱりメアシスはあの時ーー


「メアシスはやっぱり……操られてる……っ!! 今すぐ助けに行かないと!!」

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいってば!」


 車から身を乗り出そうとする俺を、ヴェルが慌てて制止する。


「慌てて行動しても、失敗するだけよ。それにまだそれは一つの可能性に過ぎない。まずはお互いに知っている情報を共有して、現状を確認すること。これが大事なの。いい?」

「……ああ。ごめん……つい、」


 焦燥に身を任せても事態は好転しない。頭では分かっていたはずのその事実を、ヴェルの言葉を聞いてようやく飲み込んだ。頭に上った血が引き、強張っていた全身から力が抜けた。

 

「まあ、色々とあって疲れたでしょ? 目的地まではまだあるわ。少し頭を冷やして、休んでなさい」

「目的地って?」

「ミュントハウゼンっていう共和国の街よ。ここから三時間くらいかな」


 俺は脱力して、車の座席に深く腰掛ける。

 いつの間にか日は高く昇り、気づけば辺りは明るくなっていた。


◆◆◆


 暗がりの部屋に、女が一人、淡い光を放つ水晶玉に手を当てている。


「夜分遅くに失礼いたします。リーネ・フェアラートです」


 話の相手はその場にはいないが、女は目をつむり、目の前にいる相手に会釈でもするかのように頭を下げる。


「……はい。その件なのですが……彼らからの連絡が途絶えましたので、急遽作戦を中止しました」


 その声は喉の奥が重苦しく、指先には汗が滲んでいる。

 

「はい……。騒ぎを起こして後、すぐに退くよう打電していたのですが……」


 大理石を基調に、金や瑠璃の美しい装飾が設えられた部屋には、リーネただ一人しかいない。だが、彼女は何かから逃れるようとするかのように目を泳がせる。


「はい。なっ……共和国ですか? しかし、なぜ…………そうですか。自動車で逃走を……。流石にあの国は厄介ですね。はい。畏まりました。あの者に命じておきます。はい。くれぐれも深入りはしないよう、心がけます」


 リーネは右手で筆を走らせ、ノートにメモを取る。その手はわずかに震え、汗ばんでいる。


「はい。上手く動いてくれれば良いのですが……。ええ、その点は大丈夫です。いくつもの組織を経由して流していますから、共和国と言えど、我々との関係は分からないかと思います」


 リーネは筆を止め、喉を鳴らす。

 

「……それで、ブレイドはどうしますか? 見つけ次第、始末しますか? ……畏まりました」


 リーネが言葉を発しないと、部屋は深い沈黙に包まれる。ただ、振り子時計が時を刻む乾いた音だけが、虚ろに響き渡っている。


「はっ。王国の方も順調です。粗方片付けることはできましたが、まだ反体制派の根絶には至っていません。はっ。必ずや成し遂げてみせます。それでは失礼致します」


 リーネは再び筆を進め、最後まで書き終えると、ゆっくりとノートを閉じた。

ヴェルの口から語られたのは、想像を絶する王国の現状。人々が悲しまないような世界を作ると語っていたメアシスは、英雄の名を着た独裁者となってしまっていた。ブレイドはかつての友に何を思い、同行動するのか。


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