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第99話 彼女の継承者 ―光莉の選択― 第6話 E

―「見ていただけ」から「見る側」へ、そして「見られる側」への気づき―


6-1. Eという女性


最後に、光莉はEにも会いに行った。


E――あの一枚のメモを置いた、元社員。AIレポートで初めてその存在を知った時、光莉は一番興味を持った。


「無名の社員」が、どうしてあのメモを置いたのか。

そして、その後どう生きたのか。


Eは郊外の住宅地で、静かに暮らしていた。光莉の再会の連絡にも快く応じてくれた。


Eの家を訪ねると、Eは孫と一緒に迎えてくれた。


「光莉さん、久しぶりにお会いできて嬉しいわ。あの頃より、目が優しくなった気がする。原稿、最後の詰めまでたどり着いたのね。おめでとう。」


光莉は温かい気持ちで応じた。


「Eさんも、お孫さんと幸せそうで何よりです。あの一枚のメモのお話、ずっと大切にしています。」


光莉は、Eの優しい雰囲気にほっとした。


6-2. 「見ていただけ」からの脱却


Eは、あの日のこと、改めて話してくれた。


3月11日、14時46分。合格通知が届いたこと。誰にも言えずに渡り廊下に出たこと。そして――非常階段の二人と、それを見ていた「観察者」を見たこと。


「あの時、私は初めて『見てしまった』んです。見てはいけないものを。」


「それで、メモを置いたんですか?」


Eは静かにうなずいた。


「あのメモを置くまで、私はずっと『見ていただけ』だったんです。中学でも、大学でも、社会に出ても。でも、あの時――初めて、動いた。」


「怖くなかったですか?」


「怖かった。今でも覚えてる。手が震えて、心臓が飛び出しそうだった。でも、それ以上に、動かないことの方が怖かった。」


6-3. その後の人生


「あのメモが、後の炎上のきっかけになったかもしれないって、思ったことは?」


Eは、少し間を置いてから答えた。


「思ったよ。あの小説が炎上した時、自分のせいかもしれないって。でも、後悔はしてない。」


「なぜ?」


「あの時、初めて自分で選んだから。たとえ間違ってても、それは自分の選択だって思えた。」


Eは転職した後、何人もの後輩を育てたという。自分から声をかけることを覚えた。あの一枚のメモが、彼女を変えたのだ。


6-4. 「見られる側」への気づき


「今は、孫に見られてるんだよ。」


Eは微笑んだ。


「『おばあちゃん、何見てるの?』って。その時気づいたんだ。私も、誰かに見られてるんだって。」


「それが、どういうことかわかりますか?」


「見るだけじゃないんだなって。私も見られてる。その中で生きてるんだなって。」


6-5. 光莉の気づき


Eと別れる時、光莉は深く頭を下げた。


「ありがとうございました。いろいろ、教えてくれて。」


Eは優しく笑った。


「光莉さんも、きっと誰かを見てるんでしょうね。そして、誰かに見られてる。それでいいんだと思うよ。」


帰り道、光莉はずっと考えていた。


(Eさんは、特別なことは何もしてない。ただ、一枚のメモを置いただけ。でも、それが彼女を変えた。)


(私も、何か「置く」ことができるだろうか。)


6-6. Eの家を後にした夜


Eさんへ


今日は、温かい時間をありがとうございました。


Eさんが置いた一枚のメモ。それは、誰かのためというより、これまでの自分自身との戦いの中で踏み出した、大切な一歩だったんですね。


「見ていただけ」の自分から、たった一歩でも前に踏み出すこと。その一歩が、どんなに大きくて、勇気がいることか。Eさんから教えていただきました。


人によって、その一歩の形は違う。メモを置くこともあれば、後輩に声をかけることもある。大事なのは、その人の生きてきた背景をしっかり見ること。Eさんが、そう教えてくれた気がします。


私はまだ、自分にとっての「一歩」を踏み出せずにいます。でも、Eさんのように、焦らずに、でも確かに、前に進んでいきたいと思います。


本当に、ありがとうございました。


光莉


Eからは、数日後に「光莉さんも、誰かを見てあげてくださいね」という温かい返事が来た。

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