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第97話 彼女の継承者 ―光莉の選択― 第4話 純

―「観察者」から「創作者」へ、そして「誤解」との共生―


4-1. 純という作家


光莉は次に、純に会いに行くことにした。


純――父を5年間「観察」し続け、それを小説にした女性。『彼女の計画』シリーズの著者。


今はベテラン作家として、第一線で活躍している。


光莉は純の事務所を訪ねた。


都心の一等地にある、おしゃれなビルの一室だった。受付を通り、応接室に通されると、光莉はソファに腰を下ろした。胸の奥に、かすかな緊張が残っていた。


数分後、ドアが静かに開いた。


「光莉さん、お久しぶり。何年ぶりかしら。随分と落ち着いた雰囲気になったわね。」


光莉は少し緊張しながらも、自然に微笑んだ。


「純さんこそ、お元気そうでよかったです。お久しぶりにお会いできて、少しドキドキしてしまいました。」


純はにこやかに笑った。でも、その笑顔の奥で、何かを観察している――そんな気配があった。


「光莉さんも、元気そうで何より。……どうぞ、楽にして。」


少し間を置いて、純は自然に続けた。


「お父さんのことよね。お父さんとは、時々連絡を取ってるよ。今も。」


「そうなんですか?」


「うん。でも、会うことはないかな。それが、私たちの距離感なんだ。」


4-2. 「観察者」から「創作者」へ


光莉は聞いた。


「純さんは、どうして作家になろうと思ったんですか?」


純は、少し考えてから答えた。


「書かずにいられなかったから。」


「それだけ?」


「それだけ。昔はね、観察することで自分を保ってた。人を見て、それを頭の中で文章にする。それが、私の生き方だった。」


「でも、今は違うの?」


「今は違う。創ることで自分を表現する。それが、私の生き方になった。」


純は、机の上に置いてあった本を手に取った。それは、彼女の最新作だった。


「これ、読んでみる? 全くのフィクションだよ。」


「え?」


「もう、実話を書く必要はなくなったんだ。書けるようになったんだよ。自分の中から出てくるものを。」


4-3. 「誤解」の話


光莉は、最も聞きたかった質問をした。


「純さんは、お父さんのこと、どう思ってたんですか?」


純は、一瞬だけ遠くを見た。


「最初はね、あの裏アカウントを見て、彼の孤独みたいなものを感じたんだ。寂しさとか、誰にも言えない何かとか――そういうものを。」


「でも、違ったんですか?」


「うん。ずっと見てきてわかった。あれは孤独なんかじゃなかった。もっと深い――言葉にできない何か。哲学的な。そうね、核みたいなもの。」


純の目が、遠くを見る。


「結局、私の何かは、そこには届かなかった。彼の核には、触れられなかった。」


「それは……寂しくないですか?」


「寂しいというか、なんていうか――でも、それでいいんだと思う。」


「どういうこと?」


「もしあの時、彼を孤独だって誤解してなかったら、私はあんなに長く見続けなかったかもしれない。彼のことを書かなかったかもしれない。あの誤解が、私を動かした。でも、本当の彼は、もっと遠くにいた。それでいいんだ。私は私の見たものを書いた。それが、私の真実だから。」


4-4. 「誤解との共生」


純は続けた。


「今でも思うよ。会うたびに、やっぱりあなたは私が思ってた人とは違うなって。でも、それでいいんだ。私の中の『拓さん』は、私の一部だから。」


「真実だけが正しいわけじゃないってこと?」


「そういうこと。真実もあれば、誤解もある。でも、その誤解が人を動かすこともある。大切なのは、それとどう生きるかだと思う。」


光莉は、その言葉を深く刻んだ。


4-5. 変わらないもの


「純さんは、今も書いてるんですか?」


「毎日書いてるよ。書かずにいられないから。」


「歳を取っても?」


「歳を取っても、この衝動は消えないみたい。ずっと書いてる。死ぬまで書くんだろうな。」


純の目は、確かに輝いていた。


光莉は思った。


(純さんは、お父さんを誤解したまま生きてる。でも、それでいいと思ってる。真実だけが正しいわけじゃないんだ。)


4-6. 純の事務所を後にした夜


純さんには、観察者から創作者になった彼女に敬意を込めて、エッセイ風の短い手紙を送った。


純さんへ


今日はお時間をいただき、ありがとうございました。


純さんの「書かずにいられなかった」という言葉は、私の中でずっと響いています。それはわがままじゃない。純さんなりの「正義」だったんだと思います。表に出すべきものを、純さんは見逃さなかった。たとえそれが誰かを傷つけるとわかっていても、それでも書かずにいられなかった。


それは、父への深い思いやりから来ていたんですね。父の「核」を、誰よりも見ていたからこそ、それを言葉にせずにはいられなかった。


純さんが書かなければ、私は父のことをここまで深く考えることはなかった。父の「わからない」の意味を、自分の問題として引き受けようとも思わなかったかもしれない。


本当に、ありがとうございました。


光莉


彼女はそれを封筒に入れ、純の事務所の住所に送った。

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