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第82話 核の窓 ―拓の内側― 第6話 窓の外

1. 娘からの問い


光莉が会いに来た時、彼女は言った。


「お父さんって、何考えてるのか、よくわからない時がある。小さい頃からそうだった。優しいんだけど、どこか遠くにいるみたいで」


拓は、少し間を置いてから答えた。


「俺にも、わからないんだ」


「え?」


「自分でも、自分が何を考えてるのか、よくわからない時がある。でも、それでいいんだと思う。わからないけど、そこにいる。それだけで」


光莉は、その言葉の意味を考えた。


「それが、お父さんの『核』なの?」


「『核』......いい言葉だな。そうかもしれない。何があっても揺るがないもの。でも、それが何かは説明できない。ただ、そこにあるだけだ」


(説明できない。でも、それでいい)


(光莉には、感じ取ってほしい。言葉じゃなくて、伝わるものがあるってことを)


(でも――一つだけ、わかってほしいことがある)


(俺が「わからない」と言い続けたのは、逃げだけじゃなかった)


(「決めない」という選択も、あっていい。それが、ある時は最も誠実な選択なんだと、俺は学んできた)


(それは、弱さではない。むしろ――強さに近い)


(でも、それを言葉で説明するのは、難しい)


(だから、俺は説明しない。ただ、そこにいる。それだけで)


(光莉は、それを感じ取ってくれるだろうか)


(――わからない。でも、それでいい)



拓は、娘に何も教えなかった。ただ、自分の在り方を示しただけだった。



(説明したら、それが「答え」になってしまう。でも、俺の核は「わからない」という感覚そのものだ。それを言葉にしてしまったら、それはもう核じゃない)


(光莉には、自分で感じ取ってほしい。それが、彼女の「核」を見つけることにもつながるから)


拓は、娘に何も教えなかった。ただ、自分の在り方を示しただけだった。


2. それでも、伝わるもの


光莉の原稿がまとめられ冊子になった後、拓はそれを読んだ。


そこには、娘が感じ取った「父の核」が書かれていた。


『父の核は、決して生まれ持ったものではなかった。自分を守るために、固い殻を内に作った。その殻は決して強くはない。でも、脆さを知っているからこそ、他者の脆さにも気づける。それが、父の強さだった。』



拓は、その文章を何度も読み返した。


(そうか。光莉は、こんなふうに感じ取ったのか)

(俺が説明しなかったことを、彼女は自分の言葉で理解した)

(俺は「わからないまま」を選んだ。でも、光莉は「わからないから考える」を選んだ)

(それが、彼女の核だ)

(それでいい。伝えたかったのは、答えじゃない。問いだった)

(光莉は、その問いを、自分なりに受け止めた。そして、自分なりの答えを出した)

(それが、真の継承というものなのかもしれない)


3. 窓を閉める


拓は、窓の外を見る。


都会の夜景が広がっている。その光のどこかに、瞳がいる。純がいる。康介がいる。Eがいる。沙織がいる。光莉がいる。


みんな、自分の選んだ道を生きている。


(俺も、自分の道を選んだ)

(「わからない」と言い続けることを選んだ。それは、逃げじゃない。自分を守るための、固い殻を内に作ることだった)

(でも、それでよかった。その殻があったから、俺は俺でいられた)

(今は、その殻はもうない。代わりに、少しだけ開いた隙間がある。そこから、外の空気が入ってくる)

(それが、心地いい)

(誰にもバカにされたくない。そのコンプレックスが、俺を動かした)

(でも、今はもう、そんなことはどうでもいい)

(ただ、ここにいる。それだけで、十分だ)


遠くで、子供の笑い声が聞こえる。ただの日常の音だ。


拓は、そっと窓を閉めた。


明日も、また「わからない」日が来る。でも、それでいい。


わからないまま、生きていく。それが、自分の選んだ道だから。


※第9部 継承の鏡―光莉の外側―に続きます



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