第67話 彼女の傍観者―もう一つの視線― 第13話 康介の中で
その頃、康介もまた、窓の外を見ていた。
都会の夜景が、無数の光の粒となって広がっている。
彼は昨夜のことを思い出す。
瞳に送ったあのメッセージ。
返事は来なかった。
当たり前だ。
彼は深く息を吸った。
「俺は、ただ見ていただけだ。」
「何もできなかった。何もしなかった。」
それだけだ。
「それで良かった」とは、まだ思えない。
でも——
彼は、机の上のメモに目をやった。
「stocking_night_0612」
あの日、拾った小さな紙切れ。
彼はそれを手に取り、しばらく見つめていた。
そして、ゆっくりと——細かく破いた。
紙片が、ゴミ箱の中に落ちていく。
もう、このアカウントを見ることはないだろう。
でも、見ることをやめるかどうかは、まだわからない。
彼はコーヒーを淹れた。温かい。
それだけが、今の自分にわかることだった。
窓を閉めた。
ガラスに映る自分の顔が、少しだけ違って見えた。
それから数年後――。
康介は、今の妻と暮らしていた。
あの日のことは、ずっと封印してきた。
誰にも話さなかった。
話せるはずがなかった。
だが、ある夜、酒に酔った勢いで、康介はあの日のことを妻に話した。
「昔、瞳の新しい男、見に行ったんだ」
今の妻は、何も言わなかった。
ただ、康介を見ていただけだ。
「……気持ち悪い」
その一言が、胸に刺さった。
言葉が出ない。
違うんだといいたい。
でも説明できない。
「……そうだな。気持ち悪いよな、俺は」
その夜、彼は久しぶりに泣いた。
なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。
でも、涙の理由を考えようとは思わなかった。




