第58話 彼女の傍観者―もう一つの視線― 第4話 鍵の向こう側
そこには、ある女性の「観察日記」があった。
· ある男性——おそらく、あの匿名アカウントの主——の日常
· 彼の話す言葉、彼の仕草、彼の表情
· そして——ある日、彼と一緒にカフェに行った時のこと
· そこで彼が打ち明けた「秘密」
· その秘密を知った時の、自分の感情
康介はそれらを、ただ「見た」。
ページをめくるように、過去の投稿を遡っていく。
ほとんどの投稿は、固有名詞が伏せられていた。「彼」という表現で統一され、会社名も地名も出てこない。観察者としての節度をわきまえている——そう思わせる配慮だった。
だからこそ、次の投稿を見た時、康介の指が止まった。
「今日、会社で――さんを見た。彼女は、彼と何か話していた。その時の彼女の表情が、少しだけ悲しげに見えたのは、気のせいだろうか。」
一瞬、固有名詞が伏せられていない。おそらく、うっかり書いてしまったのだ。そして、後で気づいて削除しようとしたのかもしれない。でも、鍵アカの中では、すでに読まれていた。
そこには、はっきりとこう書かれていた。
「瞳さん」
康介の指が止まった。
瞳さん——
その名前が、そこにあった。
ふと、康介は思い出した。数ヶ月前、自分が作ったあるアカウントのことを。拓に「いいね」を押すためだけに作った、何もないアカウント。
あのアカウントは、今も誰にも知られずに、幽霊のように存在している。自分が作ったという事実も、誰も知らない。
それもまた、「見ていた」証の一つだった。




