第54話 彼女の均衡 ―抗う者たち― 第6話 エントロピー
前回のお話、お読みいただきありがとうございます。まだまだ、話は展開していきます。
世の中は、放っておけば乱れる方向に進む。
噂は広がり、誤解は深まり、関係は壊れていく。
でも、人間はそれに抵抗できる。エネルギーを使えば、局所的には乱れを食い止められる。
拓は、裏アカからそのエネルギーを得ていた。
蠢く人々の生臭い感情から。剥き出しの欲望から。
瞳は、拓への信頼からエネルギーを得ていた。疑う自分と戦うための力を。
純は、書くこと自体からエネルギーを得ていた。表現し続けるための原動力を。
康介は、沈黙という選択からエネルギーを得ていた。動かないことを選ぶための強さを。
Eは、一歩踏み出した勇気からエネルギーを得ていた。変わり続けるための力を。
それぞれが、それぞれの場所で、エントロピーの増大に抗っていた。
誰にも気づかれずに。
誰にも評価されずに。
でも、確かにそこにあった。
【最終章:そして今】
年月が流れた。
瞳と拓は、静かに暮らしている。時々、何気ない会話の中で、昔のことを思い出す。あのじわじわした日々を。でも、今はそれも含めて、自分の一部だと思える。
康介とは、あれから何度か会った。あの約束は、今も生きている。何も言わない。でも、それでいい。時々、二人で野球の話をする。それだけで、十分だ。
純は遠くで小説を書き続けている。時々、新作が届く。拓と瞳は、それを静かに読む。そこに自分たちが描かれていても、もう何も言わない。ただ、彼女が書かずにいられないことを、受け入れている。
Eは転職先で、後輩に優しくしているという。あのメモのことは、もう彼女の中では過去の話だ。でも、あの一歩があったから、今の彼女がいる。
何も事件は起きていない。ドラマもない。ただ、日常があるだけだ。
でも、その日常は、誰かの「踏ん張り」で成り立っている。
見えないところで抗い続けた人たちの、静かな戦いの上に。
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【エピローグ:窓の外】
窓の外では、今日も誰かが、誰かを見ている。
その視線の先に、抗い続ける人たちがいる。波に飲まれそうになりながら、それでも前に進もうとする人たちがいる。
拓は、その光景を静かに見つめている。
――みんな、あがいてたんだ。
――俺も。瞳も。純も。康介も。Eも。
――それぞれの場所で、それぞれの方法で。
――でも、それでいい。
――あがくことが、生きることだから。
窓の外の光が、少しだけ優しく見えた。
遠くで、子供の笑い声が聞こえる。ただの日常の音だ。
でも、その日常を守るために、誰かが今日も踏ん張っている。見えないところで。誰にも言わずに。
それが、人間というものだ。
熱力学第二法則に抗いながら、それでも前に進む。その繰り返しが、人生というものなのかもしれない。
拓は、そっと窓を閉めた。
明日も、また踏ん張る日が来る。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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