第45話 彼女の選択 第2話 非常階段の温度
前回のお話、お読みいただきありがとうございます。まだまだ、話は展開していきます。
あの日、瞳は拓に呼び出される。
非常階段の踊り場。
そこは、誰にも見えない秘密の場所だった。
拓が突然、瞳を抱きしめた。
抵抗する理性と、求める本能の間で揺れる。
でも、一番怖かったのは、自分がこの瞬間を「待っていた」と気づいたこと――いや、違う。
「待っていた」のではなく、自分がこの瞬間を作り出したのだと、悟ったことだ。
視線。距離。相談。レスの告白。
すべては、無意識の誘導だったのか。
それとも、意識的な計算だったのか。
自分でも分からない。
分からないまま、ここに立っている。
拓の胸に顔を埋めながら、瞳は考えていた。
――この人の体温は、康介とは違う。
でも、それだけだ。
それだけなのに、なぜ私はこんなに震えているのだろう。
それは、興奮ではなく、恐怖だった。
この一歩で、もう戻れなくなるという恐怖。
でも、その恐怖が、また興奮を生む。
「旦那とは、どうなんだ?」
答えられない。
代わりに、瞳は拓の胸に顔を埋めた。
久しぶりに感じる誰かの体温。
温かかった。
温かすぎて、怖い。
その時、頭の隅で別の声がした。
――康介も、最初はこうだった。
その思いが、一瞬、拓の腕の中で凍りつかせた。でも、すぐに打ち消した。違う。これは、あれとは違う。
そう思いたかった。
家に帰ると、康介はリビングで寝ていた。
テレビはつけっぱなし。瞳は毛布をかけてやりながら思う。
私は今、夫を裏切った。
でも、それ以上に、自分を裏切った気がする。
――もし康介が、あの女性と本当に関係を持っていたら、私はそれを責められるだろうか。
責められない。
だって、私も同じだから。
いや、同じじゃない。
私はまだ、何も「していない」ことになっている。
でも、心はもう、とっくにここにいない。
心が先に裏切る。
その後に体が続く。
それが、不倫というものなのか。
――もう、戻れない。
その夜、瞳は眠れなかった。
拓の体温が、まだ腕に残っている気がした。
でも、それ以上に、康介の寝顔が、まぶたに焼きついて離れなかった。
※『彼女の計画_外伝』影たちの物語をお読み頂くとより作品の深みを味わうことができます。




