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第44話 彼女の選択 第1話 指輪の重さ

前回のお話、お読みいただきありがとうございます。まだまだ、話は展開していきます。

瞳は結婚指輪を外せないでいた。三年目に入った。


夫の康介は悪い人ではない。むしろ周囲からは「いい旦那さん」と言われる。でも、「夫婦」という形に、少しずつ息苦しさを感じ始めている。夜の営みがなくなって三年。会話は必要最小限。同じ空間にいるのに、別々の人生を生きている。


正確に言えば、断ったのは自分だった。


最初は体調不良を理由に。次に疲れたから。そのうち、康介の方から誘わなくなった。拒まれ続けることに、彼も疲れたのだろう。それは分かっている。分かっていて、それでもよかったと思っている自分がいる。


でも、本当に怖いのは、康介が誘わなくなったことに「安心」している自分だ。


「これでいい」と、心のどこかで思っている。それが、一番の罪かもしれない。


ある日、康介のスマホに女性からのメッセージが届いているのを偶然見てしまう。問い詰めたい。でも、できない。


だって、自分はもうとっくに、別の誰かを想像しているから。


その「別の誰か」は、特定の誰かではなかった。ただ、「違う誰か」を。康介ではない誰かに、自分の人生を委ねてみたいという漠然とした願望。それが、この何年かの間に、少しずつ形を帯び始めている。


問題は、その「誰か」の輪郭が、最近、はっきりしてきたことだ。


――拓。


同じ職場の、ただの同僚。でも、彼が通るたびに、目で追ってしまう自分がいる。


これは、いつからだ?


いや、違う。


「待っていた」のではない。


――自分が、この状況を作ったのだ。


レスを告白したあの飲み会の夜。わざと彼と二人きりになるタイミングを作った。無意識に、いや、意識的に。あの一言は、自分から発した合図だった。


今思えば、あれは「助けて」というSOSだったのかもしれない。康介との関係に息苦しさを感じながら、自分からは壊せない。だから、誰かに壊してほしかった。


その「誰か」として、拓を選んだ。無意識に、でも確実に。


瞳は指輪を撫でながら思う。


私はもう、ずっと前から、ここにいないのかもしれない。


でも、ここにいない自分を、誰も気づいていない。康介も、同僚も、そしておそらく、自分自身さえも。


それが、何より寂しかった。


あの夜、瞳が帰宅すると、康介がリビングで起きていた。


「今日は疲れてるだろう?」


康介は微笑んで言う。優しい声音。気遣い。完璧なタイミング。


その優しさは、いつも正確だった。

結婚生活中、彼の気遣いは一度も外れたことがない。


正確すぎて、瞳の「揺れ」を見落としていた。

正確すぎて、彼女が本当に欲しいものには、永遠に気づかなかった。


瞳は「ありがとう」とだけ言い、寝室に向かった。

背中で、康介の視線を感じた。でも、振り返らなかった。


※『彼女の計画_外伝』影たちの物語をお読み頂くとより作品の深みを味わうことができます。

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