第43話 彼女の視線 第17話 最終章 視線の先に
前回のお話、お読みいただきありがとうございます。まだまだ、話は展開していきます。
それから一年後。
純の新作が、また話題になっていた。今度は、全くのフィクション。海辺の町に暮らす、三人の男女の物語。帯には、こう書かれていた。
「『彼女の計画』著者、最新作。今回は、完全なる物語をあなたに」
沙織のイラストも、また載っていた。今度は、迷わず描いてくれた。
ある日、書店でサイン会を開いていると、見覚えのある二人が列に並んでいるのに気づいた。
拓と瞳だった。
二人は、何も言わずに、本を差し出す。純は、微笑んでサインを書いた。
「To T&H. これからも、よろしく。」
瞳が、小さく言った。
「読むの、楽しみにしてる」
「ありがとうございます。お二人とも、お元気そうで」
拓が、言った。
「ああ。新しい会社、慣れたよ。今は、誰にも何も言われない。普通に、生きてる」
「それは、良かった」
瞳が、付け加えた。
「たまに、昔のことを思い出すよ。あのじわじわした日々を。でも、今はそれも含めて、自分の一部だと思える」
純は、深く頷いた。
「私もです。あの時、書かなければ、今の自分はなかった」
三人は、無言で見つめ合い、そして別れた。
純は、その後ろ姿を見送りながら思う。
あの背中は、もう私のものじゃない。でも、ずっと心の中にある。
――私は、これからも見続けるだろう。でも、それはもう「監視」じゃない。ただ、大切な人たちの幸せを願うこと。
夕日が、街を染めていた。
――純の視線。
私は、これからも見続けるだろう。でも、それはもう「監視」じゃない。ただ、大切な人たちの幸せを願うこと。そして、それを物語にすること。
――瞳の視線。
晒されることは怖い。でも、それ以上に、隠し続けることはもっと怖い。私は、自分の人生を、自分の言葉で生きる。
――拓の視線。
俺は、見られることを受け入れた。それでいい。だって、これが、俺の選んだ生き方だから。
三人の視線が、夕暮れの中で交差する。
それは、直接会うことのない、永遠の交差点。
それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの物語を生きている。
そして、そのすべてが、誰かの視線に支えられている。
見られることと、見つめること。
その循環が、人間というものなのかもしれない。
夜が来て、また朝が来る。
物語は、終わらない。
---
あとがきに代えて ― 拓のノートから
その夜、拓は、久しぶりにノートを開いた。あの頃、密かに書きためていた小説の続きを、書こうと思った。
テーマは、決まっている。
「見られること」と「見つめること」。
その両方を抱えて、どう生きていくか。
ペンを走らせる。
「私たちは、誰かに見られることで、自分を知る。そして、誰かを見つめることで、世界を知る。視線は、いつも双方向だ。たとえ、その相手が過去の自分でも、未来の誰かでも。
あの日、純が書いた物語は、俺たちを傷つけた。でも、同時に、俺たちを解放もした。
誰も直接は責めなかった。ただ、空気が変わり、視線が変わり、ひそひそ声が聞こえた。あのじわじわとした日々は、言葉にできないほど辛かった。でも、今思えば、あれも必要な通過点だったのかもしれない。
隠し続けることは、少しずつ自分を殺すことだった。でも、晒すことは、新しい自分を生きることだ。
瞳は、今も隣にいる。彼女は、あの小説のおかげで、自分の過去と向き合えたと言う。不倫をした自分を、責め続けるのではなく、受け入れることを選んだ。
純は、遠くで生きている。彼女は、俺たちの物語を書いた。そして、今は自分の物語を書いている。
三人で会うことは、もうないかもしれない。でも、視線は交差し続ける。
俺は、これからも彼女たちを見つめる。彼女たちも、どこかで俺を見ている。
それが、人間というものだ。
窓の外に、また誰かの視線を感じる。
俺はそれに、そっと微笑み返した。」
――了――
第4部『彼女の選択』では、瞳が向き合うことになる「決断」の物語が描かれます。
離婚。新しい関係。そして、自分自身との対話。
どうぞ、引き続きお付き合いください。




