第32話 彼女の視線 第6話 “彼女だけが気づいた”真実
前回のお話、お読みいただきありがとうございます。まだまだ、話は展開していきます。
その夜、瞳が拓に言った。
「ねえ、最近何かあった? すごく疲れてるみたいだけど」
拓は、否定しようとして、やめた。
「……実は」
拓は、職場で起きていることを話した。喫煙所の不自然な沈黙。デスクに置かれたメモ。「非常階段、見えてましたよ」という文字。後輩がメールでURLを貼った後の、重い沈黙。
瞳の顔色が、みるみる青ざめた。
「それって、もしかして……純が?」
「分からない。」
瞳は、スマホを取り出し、すぐにその小説を検索した。数分後、彼女の目が大きく見開かれた。
「……読んだ」
「どうだった?」
瞳は、ゆっくりと拓を見た。その目には、怒りと、悲しみと、そして深い恐怖が混ざっていた。
「あの子、私たちのことを……全部、書いてる。カフェのことも、あなたの裏アカのことも、私が離婚を決意した日のことも」
「全部?」
「うん。細かい部分は変えてあるけど、核心はそのまま。読んだ人なら、私たちのことだと気づくかもしれない。ていうか、もう気づき始めてる人もいるみたい。コメントに、『非常階段のシーン、見たことある』って書いてあった」
拓は、頭を抱えた。
「どうする? 問い詰めるか?」
瞳は、しばらく考え込んだ。その間、彼女の指が無意識にテーブルの端を撫でていた。離婚した後、再就職先で必死にやってきた日々。親戚に不倫のことを隠し通してきた日々。すべてが、一瞬で崩れるかもしれない。
「……待って。もっと読んでから決めよう。この小説が、どこに向かおうとしているのかを」
瞳の声は、震えていた。
その夜、瞳は一人で眠れなかった。枕に顔を埋め、声を殺して泣いた。
「どうして……どうして私が……」
翌朝、出社すると、同僚の数人がこちらを見て、すぐに視線を逸らした。挨拶をしても、返事が一拍遅れた。
その日、三回も。
瞳は、トイレの個室にこもって、唇を噛みしめた。
――もう、終わりだ。
その言葉とは裏腹に、彼女の中で何かが静かに、そして確かに動き始めていた。
――彼女の選択が、三人の運命を分かつ。
※『彼女の計画_外伝』影たちの物語をお読み頂くとより作品の深みを味わうことができます。




