第31話 彼女の視線 第5話 影が“すぐ後ろまで来ていた”
前回のお話、お読みいただきありがとうございます。まだまだ、話は展開していきます。
その頃、拓はある異変に気づき始めていた。
ネットの片隅で、少しずつ「特定」が進んでいた。
きっかけは、連載に添えられた一枚の夕焼け写真。
そこに、かすかに映り込んだ高層ビルの影。
ある特定班が、そのシルエットを、拓の勤務先の本社ビルと一致させた。
「これ、○○会社の近くで撮影されてる」
「モデル、やっぱりあの会社の人間か」
確証はない。でも、噂にはそれで十分だった。
真実よりも、真実らしい話の方が、速く、遠くまで広がる。
最初は、些細なことだった。昼休み、同僚数人が喫煙所でスマホを覗き込んでいた。拓が近づくと、会話がぱったりと止んだ。「お疲れさまです」と声をかけると、妙にぎこちない笑顔が返ってくる。
「……何か、あったのか?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
その日の午後、メールの返信がいつもより遅い気がした。廊下ですれ違う後輩が、目を逸らしたような気がした。
気のせいだ。そう思おうとした。
でも、三日後、決定的な出来事があった。
拓が席を外している間に、デスクの上に一枚のメモが置かれていた。無地の付箋に、ボールペンでこう書かれている。
「非常階段、見えてましたよ」
文字だけ。差出人は書かれていない。
拓は、そのメモを握りつぶした。手が震えた。
――誰だ? いつ見た? 何を知っている?
その夜、瞳に電話した。
「瞳、ちょっと変なことがあって」
話を聞いた瞳は、しばらく沈黙した後、低い声で言った。
「……私のところにも、来てる」
「何が?」
「匿名のメール。『応援してます』って。でも、それが気持ち悪いの。誰だか分からない人に、私の人生を覗かれてるみたいで」
拓は、頭を抱えた。
「小説、読んだのか?」
「うん。間違いない。私たちのこと。でも、確証はない。だから、誰も直接は何も言ってこない。ただ、空気が変わるだけ」
瞳の声は、震えていた。
「挨拶しても、目を合わせない人もいる気がする。お昼のランチに誘われなくなったような。でも、それが小説のせいなのか、私の思い過ごしか、分からない。分からないから、どうすることもできない」
拓は、何も言えなかった。
翌日、拓の部署の雑談チャットに、後輩の一人がURLを貼った。
「この連載、面白いですよ。『彼女の計画』」
数分後、そのメールは既読になっていたが、誰も返信しなかった。不自然な沈黙。拓は、その沈黙の重みに押しつぶされそうだった。
――確かめたい。でも、確かめたら負けだ。
その夜、拓は眠れなかった。
※『彼女の計画_外伝』影たちの物語をお読み頂くとより作品の深みを味わうことができます。




