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第110話 彼女の傍観者 ―拓の窓― 第8話 そして今、書く側に

あるいは、ずっと見られていた男の告白


書くこと


今、俺はこれを書いている。


長い間、書かれる側だった。純に書かれ、瞳に書かれ、康介に見られ、Eに見られ、光莉に分析された。一方的に観測され、分析され、分類されていた。自分では何も決めず、ただ受け身で流されてきた。それが自分の在り方だと思っていた。誰かに見られることで、自分を保っていた。でも、それでいいのだと、どこかで諦めていた。


でも、今は違う。俺自身の言葉で、俺自身のことを書いている。誰かに書かれるのではなく、自分で書き起こす。誰かに見られるのではなく、自分から見る。その違いは、思っていたよりもずっと大きかった。たかが「能動」と「受動」の違い。されど、その違いが全てだった。自分でペンを持ち、自分で文字を綴る。その単純な行為が、これほどまでに自分を変えるとは思わなかった。


学生時代、演劇サークルで脚本を書いていた。社会人になってからは、その代わりが裏アカウントだった。つまり、ずっと書いていたのだ。形は変わっても、書かずにいられなかった。書くことが好きだった。それが自分の核だと、ずっと思っていた。書くことでしか表現できない何かがある。誰かに伝えたいというより、まず自分の中にあるものを外に出さないと収まらない。そんな感覚が、ずっとあった。


純、瞳、康介、E、そして光莉。それぞれの形で、それぞれの何かを残していた。書くこと、撮ること、見ること、残すこと、問うこと。それらは全て「何かを残そうとする行為」だった。自分の存在を、誰かに届けようとする行為だった。誰もが何かを残そうとしている。その形は違えど、根っこは同じだった。


それが、人間の本質なのかもしれない。


純の何かは、外に向けられた。瞳の何かは、受け入れられた。康介の視線は、見守るに変わった。Eのメモは、彼女自身を変えた。光莉は、書いた。


そして俺は――ようやく、書くことを選んだ。


書かれる側から、書く側へ。見られる側から、見る側へ。受け身から能動へ。待つだけの存在から、自ら動く存在へ。たったそれだけの変化。それでも、この変化を自分のものにするまでに、長い時間が必要だった。長くかかりすぎたかもしれない。だが、決して無駄ではなかった。


それもまた、一つの変化だったのかもしれない。自分自身の手で、自分の物語を紡ぎ出す。誰かに書かれるのではなく、自分で書き記す。それがこんなにも気持ちのいいことだとは、知らなかった。

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