第109話 彼女の傍観者 ―拓の窓― 第7話 光莉という未来
あるいは、ずっと見られていた男の告白
未来からの視線
俺たちの過去を知った光莉が会いに来た時、彼女は言った。
「お父さんのこと、もっと知りたい」
娘にそう言われて、俺は何を思ったか。知られたくない過去もある。でも、知ってもらわなければ、伝わらないこともある。その狭間で、言葉を探していた。何を話せばいいのか。どこまで話せばいいのか。話すことで傷つけることはないか。そんなことを考えていると、いつものように「選べない」自分が出てくる。彼女はその様子を、じっと見ていた。拓がうつむく姿を、過去を話すのをためらう姿を、受け止めていた。
彼女はAIレポートで、俺たちのことを調べたという。データとしての過去。分析された関係性。数値化された感情。誰が何をしたか。誰が誰を見ていたか。それがデータとして残っている。彼女はそれを読んだ。全部読んだ。それでもなお、会いに来たのだ。自分の目で確かめに来たのだ。
「お父さんとお母さんが、あの頃のことを乗り越えて、今ここにいるってことだけで、私は十分だよ」
その言葉に、救われた。
彼女は知りたがっていた。でも、それ以上に、私たちが今ここにいるという事実を、何よりも大切に思っていた。過去は過去。変えられない。でも、その先に今がある。それだけで十分だと、彼女は言った。その言葉の重みが、俺の胸にゆっくりと染み込んだ。
見られることは、時に苦しい。でも、見る人がいるから、過去は乗り越えられる。
誰かに見られなければ、過去はただの過去のまま。自分の中に閉じ込めて、誰にも触れさせない。それも一つの在り方かもしれない。でも、見られることで、過去は「乗り越えるべきもの」から「受け入れられるもの」へと変わる。誰かがそれを見たという事実だけで、過去は少しだけ軽くなる。
光莉は、俺たちの未来からの「視線」だったのかもしれない。彼女が生まれるずっと前から、彼女はどこかで俺たちを見ていた。その視線が、今ここに実体となって現れた。
娘の言葉がなければ、俺は今も書けなかった。自分の過去を、自分の言葉で綴ることなんて、永遠にしなかった。彼女が「十分だ」と言ってくれたから、ようやく自分の過去と向き合う勇気が持てた。ようやく、自分の言葉で「見られる側」から「語る側」へと、少しだけ踏み出せた気がした。




