第103話 彼女の傍観者 ―拓の窓― 第1話 見られることの始まり
あるいは、ずっと見られていた男の告白
裏アカウント
裏アカウントを始めた頃、誰にも見られないことを前提にしていた。
パンストの写真に短い文章を添える。誰かに読まれるためじゃない。ただ、書かずにいられなかった。それは日記のようなもので、誰にも見せないために書いていた。投稿しても誰も読まない。読まれても知らない誰か。それが心地よかった。
誰にも気づかれない。誰にも評価されない。ただそこにある。そんな場所が、欲しかった。
でも、ある日気づいた。「いいね」がついている。
誰かが見ている。誰かが、俺の言葉を読んでいる。俺の写真を見ている。俺の書いた文章に共鳴している。匿名でいいねを押すその誰かは、自分の存在を隠したまま、俺の存在を認めていた。
誰かに見られることで、自分がここにいることを確認できる。そんな感覚を、初めて知った。それは奇妙な快感だった。見られることに慣れていたはずの俺が、見られることの快感を初めて意識した。それまでの「見られる」は、受動的だった。誰かが見ている。それが当たり前だった。
でも、裏アカウントで感じた「見られる」は違った。能動的だった。見られていると知りながら、自分から発信することで、その関係を続けていた。
その「誰か」の一人が純だった。あの「いいね」を押していたのが、後に純だと知った時、俺は思った。
(彼女は、ずっと俺を見ていたんだな)
純は観察者だ。鋭く、時に残酷なまでに人の本質を突く。俺の奥にある本当の何かに、少しだけ風穴が開いた。
あの「いいね」の一つ一つが、今の俺を作っている。誰にも見せないつもりだった場所で、誰かが俺を見ていた。その事実が、俺の何かを変えた。
今ではもう、それを認めている。
あれは、俺の始まりだったのかもしれない。




