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就活から逃げた先で腹黒男子に釣られました  作者: 宮川 葉月


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6/8

第6話 過去への潜水

 私は冷蔵庫の前で悩んでいた。結局アイスを二つ手にし、自分の部屋へ向かう。

 パーティー翌日の今日は、本来なら平日で仕事だったところを、俊さんが特別休暇をくれて丸一日休みになった。

 何はともあれ心配事は無事終わったし、今日は目一杯だらごろするぞぉ! 部屋でアニメ見ながら、久々にお菓子パーティーだー!

 そう意気込んで始まった一日は、調子に乗ってシリーズ物のアニメを見始めてしまったために引き際を見失い、スマホのアラームが鳴って、朝になっていたことに気づいた。

「うぅ。さすがにオールはよくなかった。反省」

 学生のときは一日くらい寝なくても大丈夫だったんだけどな。年かな。コンタクトも入らないし。今日は眼鏡でいこう。


 キッチンで朝ご飯を作りながら時計を見ると、いつもの時間はもう過ぎていた。私は火を止め、階段を上がる。俊さんの部屋のドアをノックし、返事がないことを確認してからそっと開けると、中はまだ暗いままだった。

 朝が弱い俊さんをときどき起こしに行くのが、住み込みで働くようになってから加わった仕事の一つで、私はまだ慣れずにいた。

 人の部屋に勝手に入るのって、本人からお願いされたことだとしてもなんだか緊張するな。部屋の掃除は俊さんがやってるから、これ以外で入ることもないし。

「俊さん、起きてください。もう朝ですよ」

 近くまで行き声をかけると、しばらくして、まどろんだ声が聞こえてきた。

「ん。う、ん。……おきる」

 そう言いながら、微動だにすることなく、ベッドの上に横たわっている。

 寝起きもあんまりよくないんだよね。

 そんなことを思っていたら、俊さんが顔をこちらに向け、とろんとした目で私を見た。

「あれ……? 今日は休み、取ってた気が、します。……違ったかな」

 え?

 私はすぐに、壁にかけてあるカレンダーに目をやる。

 ほ、ほんとだ!

「す、すみませんっ、間違えましたっ。まだ寝ててください」

 私は俊さんの返事も聞かず、急いで部屋を出た。

 やってしまった。いつもは起こしに行く前に確認するのに、今日に限って忘れるなんて。せっかくの休日に睡眠を邪魔するなんて、楽しみにしてたアニメを深夜に観てたら、なぜか起きてきた親に「早く寝なさい」って言われたときくらい最悪だよ、きっと。



 掃除も一通り終わり、時計を見ると十一時を過ぎていた。お昼ご飯を作りに、リビングを通りキッチンへ向かっていると、リビングのソファで俊さんが本を読んでいるのが見えた。

「俊さん、今朝は、すみませんでした。休日なのに、起こしてしまって」

「いえ、気にしないでください。そういえば今日は眼鏡なんですね」

「あー、いやー、そうなんです。ちょっと。あはは」

 深掘りされる前に、私は逃げるようにキッチンへ向かった。

 夜更かししてたからなんて、ミスした手前言えないよ。しかも昨日は休みだったのに。体調管理も仕事の内だよね。それにしても、今日はいつもより疲れたな。フラフラするし。普通に歩くの、しんどい……。摺り足なら、なんとか。

 自分と格闘していると、変な動きをしていると思われたのか、俊さんがやってきた。

「真優さん、もしかして体調が優れないんじゃないですか。そういうときは無理せず休んでください」

 一瞬、俊さんの周りが歪んだ気がした。

「い、いえっ、大丈夫、です」

 どうして、わかったんだ。というか、話すのも、しんど……。

「でも、先ほどもいつもの二分の一のスピードで動いてましたし」

 逆に器用、だな……私。

「えーっと、でも、昨日、お休みいただいたし、今日も休むわけ、には」

 なんか……立ってるのも、しんどい……。急に、目の前が歪む――。



 見慣れた天井が目に入る。気づけば、自室のベッドの上で横になっていた。

 なんだか体が軽い。えーっと、何してたんだっけ。たしか仕事してたら、そのまま倒れて――。って、今何時⁉

 見ると、ちょうど十八時になるところだった。

 夕ご飯の支度しないと!

 傍にあった眼鏡をかけ、ベッドから飛び起きる。急いで部屋から出ようとドアノブを回すと、急にドアが軽くなった。

 わゎっ。

「おっと、すみません、様子を見に来たんですが。起こしてはいけないと思って、ノックもしなかったので」

 外にいた俊さんと、危うくぶつかりそうになった。

「い、いえ、こちらこそ。その、すみませんでしたっ。俊さんがここまで運んでくださったんですよね。ありがとうございました。えと、すぐ夕ご飯の準備をするのでっ」

 急いで部屋を出ようとすると、その大きい体で行く手を阻まれた。

「いえ、真優さんはここにいてください」

「え、でも、もう体調も戻りましたし。この通り、元気です」

 回復したことを示そうとその場でジャンプをしたら、着地が少しふらついてしまった。それを見た俊さんが眉根を寄せる。

「急に動いたらよくないですよ。安静にしていてください」

 うう、たしなめられてしまった。

 私は小さく返事をして、大人しくベッドへ向かう。ベッドの上に座って掛け布団を整えていると、俊さんが顔を近づけてきた。

 ななな、なに⁉

「目の充血は治まったようで、安心しました」

「は、い」

 びぃっくりしたぁ。それはもう、いっぱい寝させていただいたのでっ。

「夕食は食べられそうですか」

「はい」

 それはもう、何でも食べますっ。

「では僕が用意してきますので、大人しくしててくださいね?」

 その言葉以上の圧を、こちらを見下ろす目と、口に携えられた笑顔からひしひしと感じた。

 ひょえぇ。だいぶお怒りなのでは? 声もいつもより低かったし。

「はい。……すみません。家政婦なのに、お世話される側になってしまって。これからは、ちゃんと体調管理、するようにします。怒るのも、無理ないです」

 ドアへと向かう後ろ姿に、私がしょげしょげと呟くように言うと、俊さんは私の傍まで戻りその場に腰を下ろした。

「怒っているのは、体調管理できなかったことにではなく、体調が悪いのに、僕に何も言わず、我慢して仕事をしようとしたことに、ですけどね」

 さっきよりは柔らかい声で、一つ一つ言い聞かせるように言葉が発せられる。

 うう、やっぱり怒ってたんだ。

「次からは無理せずちゃんと言ってください」

「……はい」

 返す言葉もございません。

 優しくなった声に、居たたまれない思いで俯いていると、しばらくして俊さんの声が耳に届いた。

「体調が悪くなったのは、パーティーが原因ではないですか」

 顔を上げると、こちらを見つめていた俊さんと目が合った。

 もしかして、心配してくれてるのかな。

「えと、パーティーで疲れなかったと言ったら嘘になりますけど、今日倒れてしまったのは、その、昨日、一日中起きてたからなんです」

 どう思われるか不安に感じながら、正直に白状すると当然の反応が返ってきた。

「そうしてしまった理由を聞いてもいいですか」

「えーっと、それは」

 無意識に目が明後日に向いてしまう。

「僕には、言いにくいことですか」

 うおぉ、語気から圧をすごく感じるっ。私は慌てて弁明に走った。

「いや、その、アニメをずっと見ていて。何か大きなイベント事があった後とか疲れたときに、アニメや漫画に向かいがちで。一時期ひどかったんですけど、最近は全然やってなくて。でも昨日は、気づいたら朝でした」

 この言い訳、一時期足を洗ったけど、また手を染めてしまった人にしか聞こえないんだけど、大丈夫かな。でも実際、大学最後の一年はほぼ昼夜逆転生活で、今考えるとよく行けてたなぁ。いやむしろ、そのおかげで大学だけは行けてたのかも。

 そんなことを考えていると、思いも寄らないところから球が飛んできた。

「真優さんがそうしてしまうのは、インターンでのことと、関係ありますか?」

 え……。

 心臓がドクンと音を立てる。

 インターンって、どうして……。家族にも、話してないのに。

 澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられて、私は咄嗟に視線を下に逸らした。どう返事をするかよりも疑問で頭がいっぱいで、布団を見つめたまま、気がつけば言葉になっていた。

「あの、俊さんは、私がオコメフーズでインターンをしたこと、知ってるんですか」

「はい」

 その返事に、再び心臓がドクンと音を立てる。

「インターンであったことも、ですか」

「はい」

 そうなんだ。じゃあ、初めから知ってて――。

 その考えが頭に浮かんだ瞬間、少し不安になった。頭の中で意見がまとまるより先に、興味が走り出す。

「私のことを知ったきっかけも、家政婦として雇ってくれたのも、それが理由だったんですか」

 口をついて出てしまったことを後悔する間もなく、答えが返ってきた。

「それは、半分はいで、半分いいえです。真優さんのことを知ったのはインターンがきっかけですが、家政婦として働いてほしいと思ったのは、インターンで知ったのが真優さんだったからです」

 ん? なぞなぞ?

「家政婦のことは僕との個人的な契約であって、会社とは関係ありません。なので、同情や会社の尻拭いで雇われたという勘違いはしないでください。他ならない真優さんだから、働いてほしいと思ったんです」

 終始、落ち着いた声で話す俊さんだったけど、最後のほうは語気が強かった気がした。

 ネガティブ発動してると思われたのかな。まあ、その通りだけど。

「僕がオコメフーズの社員であることや、父や祖父がその関係者であることを黙っていたのも、変に勘違いしてほしくなかったからです。それに、インターンでのことは真優さんにとっては思い出したくないことだと思ったので」

 緩みかけていた心が、キュッとなるのを感じた。

 今となっては、あのときの記憶は曖昧で、言われた言葉も、その人の顔も思い出せない。覚えているのは、あの後会社から謝罪があったことと、その人がパワハラで解雇されたという事実だけ。たしかに受けた傷と、笑って誤魔化すことしかできなかった情けない自分は、心の奥底に追いやって忘れていたはずだった。

「体調を崩したのは、一日中アニメを見ていたからだと言っていましたが、そうしてしまったのは、パーティーで社名を聞いて、当時のことを思い出したからではないですか」

 俊さんを見ると、憂いを帯びた表情を浮かべていた。何か言わなければと思い口を開きかけて、不意にへらっと笑ってしまいそうになるのを、なんとか(こら)える。

 私のことを心から心配してくれてる人にまで、そんな顔、見せちゃだめだ。

 私は布団を両手で握りしめる。

「えと、俊さんは、インターンでのことを気に病んでくださってますけど、そんなに気にしないで大丈夫というか。その、アニメや漫画に頼るようになったのは、インターンの後のことが原因、というか。きっかけではある、けど、引き金では、なくて」

 うんと、これじゃ意味わかんないよね……。

 見切り発車で言葉を紡ぐも、どこかでブレーキをかけている自分がいた。

 また否定されたら……。

 横目で俊さんを見ると、優しい顔で、私の言葉をじっと待ってくれていた。

 俊さんはそんな人じゃない。意地悪なところはあるけど、人の気持ちがわかる人だから。わかった上で意地悪する人だから。

 私は握り締めた両手の少し先を見つめる。

「……その、インターンの後もしばらくは、大学の友達と話したり、バイトしたりしてて」

 私は右手で自分の左手首をぎゅっと掴み、明るい声を出した。

「バイト先の先輩に、インターンのことを話したことがあったんです。そしたら、『そんなこと気にしてたら、社会に出てやっていけないよ』って言われまして。きっと励まそうとして言ってくれたんだろうけど、自分にとっては『そんなこと』じゃなかったので結構ショックで。でも、先輩が言うように『そんなこと』で挫けてる自分は、社会に出ても必要とされないんじゃないかなって、納得するところもあって。それから就活も、人と関わることも、しなくなっちゃったんですよね。それでアニメや漫画に逃げることが多くなっちゃって。えへへ」

 あ、またやっちゃった。でも、こういう話は明るくしてないと話せないから。

「あー、へらっとしちゃうのは、癖で。俊さんは、作り笑顔なんてしなくていいって言ってくれましたけど、無意識に出ちゃうんですよね。インターンのときも、バイトのときも、パーティーのときも、気づいたらやってて」

 そこまで言って、気づきたくもないことに気づいてしまった。それがそのまま言葉になって零れ落ちる。

「私はあのときから、何も変わってなかったのかも、しれないです……」

 そう言って、はっと我に返った。

「すみません、長々と喋りすぎましたっ」

 掴んだままの右手をじっと見つめていると、不意に影が落ち、頭に何かがそっと触れるのを感じた。気になって横を向くと、俊さんが私の頭を撫でているのがわかった。

 えっ、なにごとっ。

「話してくれて、ありがとうございます」

 しばらく頭を撫でてから、そっと手を離す。

「僕は、昔の真優さんを知らないけど、人と関わることに向き合うとしている真優さんを知っています。ふとしたときに自分を振り返ってしまって、進んでいないように思ってしまっても、頑張ってきたことを、僕はちゃんと知っているから。ちゃんと進んでいるから。心配しなくていいですよ」

 そう言ってくれた俊さんは、まるで誕生日にお母さんから向けられたような眼差しで、こちらを見ていた。

 じんわりと目の奥が熱くなっていく。

 否定、されなくて、よかった……。話せて、よかった……。

「それと、作り笑顔なんてしなくていいって言ったこと、忘れてください。僕の前ではそうせずに済むような人に、僕がなりますから」

 温かくも力のこもった声で言われたその言葉に、心の声が漏れる。

「どうして、そこまで言ってくれるんですか」

「……どうして、ですか?」

 俊さんにそう聞き返されて、変なことを聞いてしまった気がしてきた。

 きっと、雇用主として従業員のメンタルのサポートも仕事だからってだけだよね。

 撤回しようと俊さんを見ると、一点を見つめて固まっていた。

 え、どうしよう。俊さんの目の前で手を振ってみても、何も反応がない。ただの屍のようだ。私が復活させないと。

「えーっと、きっと従業員だからですよね。この家で働いてるのは私だけだから、辞められたら困る、みたいな。変なこと聞いちゃいましたかね。さっきのは忘れてください」

 私の声が届いたのか、俊さんはゆっくりと動き出した。

「いえ、そう、ですね。僕、夕飯作ってきますね」

 独り言のように呟くと、こっちを見向きもせずに部屋から出ていった。

 元に戻った、のかな?

読んでくださってありがとうございましためしに一日にアイス二個食べてみたけど、アイスはいくらでも食べれますね

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