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聖剣破壊  作者: 上総海椰
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エピローグ

ヒルデは夢を見ていた。

貧しく、決して腹が満たされることはない子供のころの夢だ。

魔軍が塀のすぐそこまで迫ってきているのだという。

ついこの間も魔物に追われて西の方から、魔物に住処を奪われこの聖都にやってきた一団を見かけた。

以前は憐れんでいた様子もあったが、街の人の視線も厄介者をみるような視線になっている。

街の様子は日に日に暗くなりつつある。

いつも通っているパン屋のおじさんも表情に余裕がない。

暇があればいつも遊んでくれた近所のお兄さんもいなくなってしまった。

ゆっくりと壊れていく社会。

ただここには家族がいる。

天蓋孤独で死にかけていた少女にはそれで十分だった。

ある日の夕暮れ、兵士が孤児院にやってきて男と話をしていた。

少女は男のもとに駆け寄る。

「いんちょ。今日は何をお話ししてくれるの?」

そのいんちょと呼ばれた男は駆け寄る少女の顔を見ると困ったような笑みを浮かべた。

少女は夕飯までの短い間、いんちょが話してくれる物語が好きだった。

「院長を困らせないで…。院長は…お仕事なの」

年長者の姉が少女を男から引き離す。

微笑んでいるものの頬にはうっすらと涙をためている。

少女には不思議そうにそれを見つめる。

院長と呼ばれた男はにこりと笑みを浮かべると少女の頭をそっとなでる。

そのあと男は背を向け、兵士たちと歩き出した。

「ほら、院長がお出かけるときは…教えたでしょう」

少女はその言葉に頷き、院長の方へ顔を向けた。

「行ってらっしゃーい」

何も知らない少女は、その手を院長が丘の向こうに見えなくなるまで振り続けた。


気が付くとヒルデは住処の中にいた。

どうやらいつのまにか寝てしまったらしい。

目の前には調律を終え、旅支度をしているクラントがいた。

「どのぐらい寝ていた?」

「さあな。久しぶりの魔剣の調整で疲れたんじゃないのか?」

ヒルデは自身の頬が涙でぬれているのに気づく。

「…夢を見ていたよ。忘れかけていた昔の夢だ」

涙を袖でぬぐい、何事もなかったかのようにヒルデ。

「魔女でも夢を見ることがあるんだな」

「最近は見なくなっていたのだがな。…だが悪い気はしない」

落とすような笑みをヒルデはこぼした。

「魔剣の調整は終わったぞ。これからどうするつもりだ?」

「俺はこれからササニーム地方の遺跡都市ミイドリイクに向かう。最近奇妙な遺跡が発見されたようだ。

シレのやつが見てくるようにって聞かなくてね」

ミイドリイクという言葉にヒルデは反応を見せた。

「ミイドリイクのどの辺りだ?」

「北東の一角だそうだ」

「北東の一角?ずいぶんと調査が進んでいるようだな」

感心したかのようにヒルデ。

「おいおい、あんたがあそこの聖堂回境師だったころから何年経ったと思ってるんだ?」

「まだ百年も経ってないだろう」

クラントは魔女と時間軸があまりにも合わなさすぎることに嘆息する。

百年といったら人間の人生二回分である。

「そういえばヴァロ殿がお前によろしくといっていたよ」

「ククク…あいつもとんだお人よしだな」

「言っておくがあの二人には今後手を出すなよ。もしあの二人に今後何かあったら私がお前を殺す」

「殺す?魔女風情が、この俺に指図するつもりか?」

刃物のような殺気がヒルデに向けられる。

並みの戦士ならその殺気で萎縮してしまうほどのもの。

「魔剣の所有者ごときが図に乗るな。お前ごと四本へし折ってやろうか」

剣呑な空気が周りに立ち込める。

一触即発の空気の中、折れたのは意外にもクラントのほうだった。

「わかった。うちも腕のいい調律師を敵に回すのはごめんだ」

「そうか」

「俺の剣に誓ってフィアという魔女に手を出すまねはしない。だが男の方はなんでだ?」

「あの男との決闘をあの娘が黙認するとも思えないからな」

クラントは盛大なため息をついた。どうやらこの魔女には頭が上がらないらしい。

「…あの男との再戦を取り上げられたんだ。理由ぐらい教えてもらえるんだよなぁ」

恨めしげな表情でクラントは魔女を見つめる。

「…あの娘は私たちの希望、そして悲願でもある」

「希望?大きく出たな。確かに若い割には力はあるほうだとはと思うが…。

…ずいぶんと持ち上げられたもんだ」

「老婆のたわごととでも思って聞き流してくれ」

「本当にあんたは…」 

クラントは言いかけてやめた。

この魔女と口論しても負けるのは明白だからだ。

そもそも魔剣の調整でやってきたのだ。

「今度はどこへ向かうつもりだ?」

「交易都市ルーランに向かおうと思っている」

クラントはルーランという言葉に過剰に反応してみせた。

「…まじかよ。あそこは『漆黒』の管理地だぞ」

「あれとは昔からのなじみだよ。手持ちがなくなってきてね。貸していたものの回収をさせてもらう。

…少し聞きたいこともあるしな」

「『漆黒』相手に借金の取り立てかよ。あんたほんとちゃっかりしてるよ」

クラントは肩をすくめた。怖いもの知らずとはこのことをいうのだろう。

「一区切りついたし、しばらくはふらふら旅するつもりだ。

そうそうミイドリイクに行くんだったな。これを持って行け」

ヒルデはクラントに巻物を放り投げる。

「なんだこれは?」

「ミイドリイクの抜け道だ。あそこの地下は侵入者撃退用の迷宮になっていてな、

うっかり迷いこもうものなら、死ぬまで出られないつくりになっている。なにかあれば使うといい」

「…使うことがないことを祈るぞ」

「私も使われないことを望むよ。ただ聖剣の契約者に挑むような馬鹿にはちょうどいいだろう」

「おいおい」

「…お前さ、ああなることを見越して挑んだだろ」

ヒルデは含みのある笑みを浮かべる。

それを前にしてクラントはにやりと笑うと語りだした。

「まあな。正直あの男にも興味がなかったわけじゃないが、一度は聖剣の力を目の当たりにしてみたいだろ。

…もっともあそこまで力差があるとは思いもしなかったがな」

魔剣の加護がなければ即死モノである。

「…ククク。どうやら馬鹿は死んでも治らないらしい。私もいいものを見られた。

もし次に生きて会えたら、ただで調律をしてやるよ」

「その言葉忘れるなよ」

クラントはそう言い残すとヒルデの前から立ち去った。


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