5-1 狼対狼
ホーウェンは地面まで下りてくると、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「さすがに老体には堪えるな…」
空一面に描かれた魔法式を展開したのだ。
その使用した魔力量がとんでもない量になることは、魔法を使わないヴァロにも想像に難くない。
ここには先ほどまでヴァロたちと対峙していた魔獣がいたはずだ。
「ホーウェンさん…」
ヴァロはホーウェンを見てにやりと笑う。
疲れ切った表情でホーウェンをみるとは笑みを返してくれた。
フィアは崩れ落ちるホーウェンに手を差し出す。
「仕事は済んだ。これからは俺の時間だ」
ヴァロの前にクラントが立ちはだかる。
その手には二本の魔剣が握られていて、凄まじい形相でこちらを睨み付けてきている。
ヴァロは一体何が起きているのかわからない。
「復活した第三魔王『異形の壊求者』ドーラルイを倒した『魔王殺し』の英雄ヴァロ=グリフ」
クラントは殺気の籠った眼差しでヴァロを見据える。
ヴァロは剣を持つ手を緩めようとはしないクラントを見て、状況がまだ終わっていないことを知る。
「俺と立ち会え」
『魔王殺し』と呼ばれヴァロは押し黙る。
この男は事情を知っている。
フゲンガルデンの結社の襲来、聖都コーレスにおいての魔王復活。
どちらも箝口令が敷かれているし、ヴァロ自身もそのことを口外しないよう、何枚も誓約書を書かされている。
クラントがどこまで知っているかはわからないが、ここはこちらから話すのはさけたほうがいいだろう。
「うちの組織の情報収集能力も大概だろう?
もっともあれだけ大規模な事件となると隠しきれるものではないがな」
クラントは低く唸るように言葉を発し、剣を向ける。
それは野生の獣を連想させた。
「『魔王殺し』って、あれはあの場に居合わせただけですが」
「嘘だな。ここに来る途中で立ち寄った聖都コーレスではそうではなかったよ。
あの場にいた教会守護兵はあれを倒したのはあんただと口々にたたえる」
「口止めはされていたはずですが?」
教会による徹底した箝口令が敷かれているはずだ。
「こちらにもそれなりのつながりがあるのさ」
あの場に居合わせたもの以外、魔王復活、そしてそれを倒したなどだれも信じはしないだろう。
時計台の倒壊、展示場の破壊などを考慮すればそれもあながち法螺ではないとわかるのだが。
「今からじゃないといけませんか?」
「邪魔が入らないのは今しかないだろう」
ヴァロは背後にいるホーウェンとフィアをちらりと見る。
ホーウェンは大魔法を使った後で疲弊していて、フィアも今までの戦闘で疲れ切っている。
すでにクラントは戦闘態勢。この状況を待ってたような口調だ。
引くことはまず考えられない。
「わかりました」
ヴァロはクラントの呼びかけに同意した。
ヴァロはフィアの護衛、彼の注意が自身に向いている以上、
この状況ではヴァロが果し合いを受けるのが最も被害の少ない選択だ。
騎士として果し合いに応じないわけにもいくまい。
ヴァロは聖剣をそばに置いて、退魔の宝剣を引き抜き構えた。
「ホーウェンさん…これはどういうことですか?」
フィアはホーウェンに問いただす。
「第四魔王を倒しただと…?」
唖然とした表情でホーウェンがつぶやく。
「?ええ」
ホーウェンのあまりの変貌ぶりに、フィアは動揺しながらも質問に応える。
「本当なのか」
ホーウェンはものすごい剣幕でフィアの肩をつかむ。
いつもどこかに余裕を持っていたホーウェンの表情に余裕はない。
「あの第四魔王は地の果てに封印されているはずだ。
どうやってあの男は第四魔王ドーラルイを倒した?
あれは三人の大魔女がそろってようやく封印できたほどの化け物だぞ。
それが復活?しかも倒しただと?ありえない…絶対にありえない」
鬼気迫るようなホーウェンの顔にフィアは動揺した。
今までホーウェンのこんな余裕のない表情を見たことがない。
「それは…」
ヴァロのことが気がかりだったが、ホーウェンに凄まれ、フィアはその時のことを説明せざるおえなかった。
もちろん転生者ドーラのことは伏せてだ。
魔剣からのびる鞭のような刃が数本、ヴァロに襲い掛かる。
横に跳躍してヴァロはその攻撃をかわすが、その刃は一度躱しても縦横無尽にヴァロめがけて飛んでくる。
木の影に逃げ込むも、その木ごと両断されてしまう。
ヴァロはその切れ味に驚く。人がそれをまともにくらったのならばあっという間に切断されてしまうことは容易に想像できる。
ヴァロは森の中に逃げ込み、木から木へと逃げ回る。
(攻撃が一本に集約された?森の中では複数をコントロールすることは厳しいのか)
ヴァロは逃げ回りながらその状況を冷静に分析していた。
「どうした『魔王殺し』。逃げ回ってばかりいては俺は倒せないぞ」
クラントの魔剣の一振りで木々が切り倒されていく。
その刃ももちろんだが、倒れる木の巻き添えを食らったら洒落にならない。
ヴァロは木の間を縫うようにそれをかわし、冷静に分析していた。
試しに死角から石をいくつか投げてみる。
魔剣から伸びた刃数本が動き、あえなく切り伏せられる。
(有効範囲が広い上に、近づくと攻撃の手数と精度がはね上がる。敵にするととんでもなく厄介)
中距離の範囲攻撃には鉄芯があるが、こちらの切り札はできるだけ最後までとっておきたかった。
「ならばこんなのはどうだ?」
クラントは『斬る』のではなく『突いた』
魔剣は数十という針のような形状に姿を変えてヴァロを襲う。
不意の攻撃にヴァロは体勢を崩す。
左手だけは間に合わない。
ぐにゃりとした妙なゴムのような感覚が手に残る。
不思議とヴァロの左手には傷一つなかった。
普通の人間ならば左手が貫通していても、おかしくないほどの攻撃。
「魔王の攻撃を直に食らっても無事だったというのは本当らしいな」
クラントは驚いていた。
(魔剣自体が伸びているわけではなく、魔力を刃状にしているのか)
もともとあの魔剣の刀身は黒い。この闇の中ではそれが刀身か判別は厳しい。
ヴァロは木々の間を縫うようにクラントに接近していく。
攻撃がきかないのであれば相手が対応できないうちに接近し、勝負を決めるだけだ。
「判断が早いな。だが想定内だ」
クラントは冷静だった。
クラントはもう一つの剣で大地を突き刺す。
その瞬間衝撃波が地面を伝い波を作り出し、波がヴァロを襲う。
ヴァロは体をよろけさせた。
クラントはヴァロの上半身が刃によって傾くのを見て一つの結論に至る。
(『斬る』ことはできなくても触れるは可能ということか。なら…)
クラントは剣を構える。
「奴を拘束せよ」
ヴァロの周囲に半透明な触手が現れ、ヴァロの体に巻きついていく。
どうにか逃れようとヴァロは体をひねるが、触手はヴァロを捉えて離さない。
「無駄だ。それは普通の剣では決して切れない」
見下ろすようにクラントはヴァロを見つめる。
「あいにく様、うちのは普通の剣じゃないんでね」
ヴァロの手にしているのは退魔の宝剣。
退魔の宝剣はヴァロを絡め取ってた半透明の触手を斬った。
「馬鹿な、切り取っただと?」
「ここからは俺の間合いだ」
ヴァロは剣を持つ手に力を込めた。




