4-3 戦場
ヴァロは目を開く。
いつの間にか吹き飛ばされていたようだ。
前後感覚がわからず、一つ一つ思い返してみる。
魔獣と対峙し、聖剣に触れたところまでは覚えている。
どうやら吹き飛ばされた衝撃で意識を失っていたらしい。
両手に剣を持った男の背中が視界に入った。
それがクラントだと気付くまでそれほど時間はかからなかった。
魔獣の咆哮らしきものが聞こえる。どうやらまだ戦闘中らしい。
「…どのぐらい意識を失ってました?」
「ほんのわずかな時間だ」
振り返ることなくクラントは言う。
体の痛みはほどんどない。ヴァロにとってそれは奇跡だった。
あの魔獣に本気で放り投げられたのだ。よくても手足の一二本は覚悟していた。
ホーウェンが服に書き込んでくれた魔法式がその衝撃を吸収してくれたようだ。
服に描かれた魔法式の光が弱くなっている。
魔法の光が残っているのをみるとまだ魔法は消えていないということだろう。
「ありがとうございました」
ヴァロはクラントに礼を言う。
「俺はここで立っていただけだ。礼はあの嬢ちゃんに言ってやれ」
目を向けると魔獣とフィアが対峙していた。
魔獣の足元に魔方陣があり、魔方陣の中から無数の鎖が魔獣めがけて放たれ、魔獣の体を幾重にも重なり拘束していく。
「鎖型呪縛か。しかし…これは」
頭上からその動向を見守っているホーウェンは感心していた。
その魔法は魔物を捕獲する際に編み出されたものである。
鎖の本数はその術者の能力に応じて決まってくる。
魔女の結社上位のものでも二十本ぐらいが限度で、それ以上は聞いたことがない。
フィアの扱う鎖の本数はどう見ても百は越え、さらに増え続けている。
魔獣はそれを力任せに振り切ろうとするが、引きちぎった瞬間にまた新しい鎖が魔獣の体にまとわりつく。
破壊されても、破壊されてもそれは再生を繰り返し、魔獣へと向かっていく。
それはまるでそれは地獄へ引きずり込もうとする亡者の手のよう。
魔法を知っているものにとっては、明らかに異様としか言えない魔法。
ほとんどの魔法は、一つの事象が完結すると魔力が尽きるのと同時にその役割を終えてしまう。
それを途切れることなく継続させるなど、もはや狂気の沙汰だ。
ホーウェンにとってもこのことは予想外の出来事といってもいい。
魔法と結界は使用している式はまったくの別物なのだから。
むしろ別物だからこそ干渉しないのだ。
今まで結界と魔法の式の融合を試みたケースは数多くある。
それは難度が高く、成功例はあまり聞かない。
(結社ごとに秘匿しているのかもしれないが)
あのフィアという娘はそれを実戦で使いこなしている。
「嬉しい誤算だ」
ホーウェンは思わず口元を歪め、地上から目を離した。
上空の魔法式を描くことに専念する。
フィアは静かに式を紡いでいた。
彼女は魔法の式に結界の式を組み込んだ。それはいわば新術。
結界式と魔法式の融合。
彼女自身慣れていないために深く集中する必要がある。
フィアの聖堂回境師としての知識が役立った。
この魔法を実戦で使うのは初めてだ。
前回の聖都事変以来ずっとそれを考えてきた。
もし第四魔王のような脅威が現れた場合、それに対処しなくてはならない。
そのためにも個人で、それに対処できるような切り札をいくつか揃えておかなくてはならないと考えた。
あの聖都事変から二か月の間、フィアはいくつかの魔法の開発を試みていた。
対魔獣、もしくはその上位の対魔王に関して言えば自身の得意とする重力魔法では心もとなく、
切り札にはなりえないと聖都事変で痛感したからだ。
そのために仕事の暇を見てはドーラの協力の元、魔法の開発を行っていた。
その時に植えた種の一つが芽吹き始めた瞬間でもあった。
体には少し痛みはあるが、手も足も動く。
ヴァロはゆっくりとその場所から起き上がった。
「もう一度行きます。援護を頼めますか?」
いつまでもフィアにこの場を任せておくわけにもいかない。
ヴァロは覚悟を決めてその場から一歩を踏み出した。
「…作戦続行でいいんだな」
クラントはヴァロに問いかけにヴァロは首を縦に振って応じた。
「…手ごたえはありました。次は引き抜いて見せます」
「なら俺も最善を尽くそう」
ヴァロは魔獣に向かう歩みを次第に早くする。
もう一度魔獣と対峙するために。




