4-2 聖剣包囲
「結界の出力は最大まで上げた。それじゃ、手筈通り始めようか」
ホーウェンがそう言って手で合図すると化け物を包んでいた結界の中をヴァロは進む。
この結界の効用は魔物の精神に直接働きかけ、強制的に眠らせるというものらしい。
そして出力を高めれば一般の人間でもその影響を受けてしまうという。
ただどれほど強力な結界であろうと魔力を用いている以上、高い魔法耐性を有するヴァロには効果がない。
どうにか魔獣に気づかれることなく魔獣のすぐ手前まで来ることができた。問題はここからだ。
魔獣を生で見て、ヴァロは逃げ出したい衝動に駆られるが、ヴァロは気弱になる自身を奮い立たせる。
ヴァロはゆっくりと物音を立てないよう、細心の注意を払いながら慎重に魔獣に近づいていく。
もしも魔獣が起きてしまえば、この作戦は中止し、速やかに違う作戦に移らなくてはならない。
その判断はホーウェンさんがすることになっている。
昨日の夜、ヴァロたちが参加することを告げた後、あらゆる状況を想定して、作戦が練られた。
「状況を整理しておこう。昨日魔獣が聖剣と同化し始めているのはわかった。
聖剣と同化し始めている今、あの聖剣は容易に引き抜くことはできないし、
聖剣がある限り、あの魔獣には無限の回復力があると考えられる。
そこでまず我々がしなくてはならないことは魔獣と聖剣を引き離すことだ」
「つまり?」
「不在である契約者をこちらで作り上げる」
ホーウェンの一言にヴァロとフィアは絶句する。
「不在の契約者?教会の承認も得ずに聖剣契約を?もし教会に知られたなら大罪人確定です」
フィアのいうことももっともだ。
魔剣との契約とはわけが違う。
聖剣は軍事力であり、一国に匹敵するだけの力を有するといわれている。
そのため教会の本山の地下深くに厳重に保管されており、特定の祭礼の時以外は人前に出すことを固く禁じられている。
またその取扱いに教会は非常に神経質になっており、聖剣との契約者は教会に厳しく審査される。
「もはや公式には無くなっているはずのものだ。こちらで契約してしまっても問題はあるまいよ。
それにおそらく第二次魔王戦争時に聖剣の契約者は戦死している。
魔獣との同化も始まっているし、聖剣というのももはや名ばかりだろう」
ヴァロはクラントにちらりと視線を投げる。
四本の魔剣と契約している彼ならば聖剣の契約者としては申し分なかろう。
「クラントでは厳しい。すでに四つの魔剣と契約している。
キャパが既にいっぱいなんだよ。聖剣と契約した場合、契約している魔剣と干渉し、魔剣が破壊される恐れがある」
「…」
「魔女である我々もまた論外だ。聖剣は魔力保持者では触れられない。
さらに魔力を扱う者とは絶対に契約できないように聖剣は造られている。
万が一魔族等に奪われても使われることがないようにな」
「なるほど…少し待て、それじゃ」
「ヴァロ殿、貴公が契約者になってもらいたい」
「俺が…?」
あまりに突然のことにヴァロは目を見開く。
「もちろん聖剣は所有者を選ぶ。聖剣が認めない場合は契約できない場合もある。
契約できたとして、汚染された聖剣がどれほどの力があるかわからない。
さらにいうなら今後一切魔剣等との契約ができなくなる。
だめだというのなら違う手段を取るしかないが…」
「やらせてください」
ヴァロは志願した。
聖剣の契約者に選ばれるということは、騎士であるヴァロにとって憧れでもある。
騎士を憧れるものならば、幼き頃からそれを夢見るもの。
聖剣が人間を媒介にして造られたことを知った今でもそれは変わることはない。
それは何にも代えがたい名誉なものである。
「断っておくが、今回の作戦の要であると同時にもっとも危険な役割だぞ。
魔獣の動きは見ただろう。魔獣が起きてしまったら、聖剣にたどり着くのさえ至難といってもいい」
フィアが抗議の声を上げようとするも、ヴァロはそれを片手で制した。
「なら決まりだな」
ホーウェンはにこりと微笑んだ。
ヴァロの目の前には魔獣の巨躯がある。
腕の大きさだけでもヴァロ一人すっぽりと入ってしまうほどだ。これで本気で殴られたのなら人など跡形も残るまい。
クラントとフィアが結界の中に入らないのは、フィアの杖が結界と反応してしまったからである。
ヴァロは魔獣に刺さる聖剣に手を伸ばす。
ヴァロが聖剣に触れると同時に魔獣が瞼をピクリと動かす。
そこにいた誰もが動きを止め、魔獣を凝視する。
魔獣が目を開き、ヴァロと魔獣の視線が重なる。
時間にして瞬きするほどの時間だったが、ヴァロにとってはそれはとても長く感じられた。
魔獣の目に光が宿るのと同時にヴァロはその場から飛びのく。
「作戦二で行く」
ホーウェンは大声でそう叫ぶと結界を放棄し、その場を見渡せる木の天辺に魔法を使って駆け上がる。
クラントはヴァロのもとに走り、フィアは魔法式を描き始める。
ホーウェンが木の天辺に着くと同時に、上空には魔方陣が展開していく。
「エバーフ」
魔獣から距離を取ったヴァロがそう言葉を発すると、周囲は光の膜で包まれる。
ホーウェンがあらかじめヴァロに貸した服に魔法式を書き込んでいたのだ。
「足で纏いになるのならば見捨てる」
気が付けばヴァロの脇にはクラントが来ていた。
両腕には魔剣がそれぞれ一本ずつ握られていた。
「望むところ」
ヴァロは走って魔獣とのその距離を詰めた。
目的は聖剣の奪取。
聖剣があの魔獣に刺さったままである以上、あの魔獣はほぼ無限の再生能力をもつという。
魔獣を倒すにはまずはその聖剣と契約し、引き抜かなくてはならない。
魔獣の視線がこちらを捉える。
ヴァロたちは足を止めない。
魔獣はこちらを威嚇するように咆哮する。どうやら敵と認識したようだ。
魔獣は手を振り上げ、向かってくるヴァロめがけて勢いよく振り下ろした。
ヴァロは魔獣の足元に滑り込むようにしてその一撃をやり過ごす。
もし足を止めていれば今頃魔獣の一撃をもろに食らっていたところだ。
注意がそれたことでクラントは魔獣の背後から魔剣による攻撃を繰り出す。
魔剣の強みは攻撃の速度。
魔法を使うには構成、調整、発動といった三つの手順を踏まなくてはならない。
それを行うにはよほどの集中力が必要になるし、戦闘中にそれを行うことは命取りになることもある。
魔剣の一撃をまともにくらって、魔獣の体が一瞬ぐらついた。
信じられないようにその衝撃が襲ってきた方向に顔が向く。
ヴァロはその瞬間を見逃さない。
すぐさま魔獣の胸に刺さった聖剣の柄に手をかける。
今日の昼のことだ。
ヴァロはホーウェンに呼び止められた。
ホーウェンはヴァロにルーン文字がびっしりと描かれた服を手渡す。
「簡易の鎧みたいなものだ。相手の攻撃の衝撃を和らげてくれる。
魔法抵抗力がいかに高かろうと生身であるお前では、あの化け物の攻撃をかすっただけでも即死ものだからな」
「昨日の会議後からずっとこれを?」
「ああ、さすがに骨が折れたよ」
以前フィアが魔女捕縛のためにつくった札を思い出す。
あのときは魔女の使う眠り粉を無効化するものだった。
目の前にある服は、あれとは書き込んである文字の量が比較にならない。
「すみません」
「すみませんはやめてくれ。協力者に対してできうる限りのことをするのは当然のことだ。
それにこんなことでは貴公らに感謝しきれない」
ヴァロは協力するという選択を選んだことを間違いではなかったと思った。
「クラントさんは?」
「クラントには魔剣の加護がある。奴はそんな簡易に倒されはしないさ」
「魔剣の加護?」
聞きなれない言葉をヴァロは反芻する。
「反動相殺作用。ようは魔剣は契約者を守るようにも造られているということさ。
いかに巨大な力を使えても、契約者がその反動でダメージを受けてしまっては意味がないからな」
「そんなものが…」
その言葉にヴァロは納得した。
「ほかに何か疑問に感じたことかはあるか?あるのであれば答えるぞ?」
「個人的な質問になるんですが…」
「何でもいいぞ」
「ホーウェンさん、何かあの聖剣と因縁でも?」
ヴァロは思い切って口にしてみる。
虚を突かれホーウェンは驚きの表情をする。
「…どうしてそう思った?」
「なんとなく」
「やれやれ、貴公はなかなか侮れない御仁だな。
もう三百年以上も前の話になるか。
第二次魔王戦争の際に人類は魔軍の圧倒的ともいえる武力の前になすすべがなかった。
そこで魔剣とよばれる兵器を作る手段が編み出された。
魔剣はその実験の過程で生まれたのはそういう環境だ。
初めは人類の口減らしが目的だったみたいだがな」
教会は今でもその製造方法を禁忌として本山の地下深くに封印されていると聞く。
魔剣の本数はその国の国力に直結する。そのためにその存在を管理しようとしていたという側面以外にも
そういった事情もあったらしい。
人類を魔王から守るという大義を掲げた教会が、人類の犠牲のもとに魔王と戦ったなどという事実は
教会側から見ればとても都合の悪いものだ。
「剣の核になる人間は純度の高い魂が選ばれた」
「純度?」
「より我欲が少なく、より厳しく自身を律せる人間が管理者としての適正があったのだろうよ。
自己の本能に従順な人間、誘惑に弱い人間、自我のない人間からは、それほど強い魔剣は生まれなかった。
より純度の高い魂をもつ人間がより大きな力を持つ魔剣になることができた。
そこから魔に対抗するべくより高い力をもつ魔剣を作り出そうという計画される。
それが聖剣製造計画。中心となったのは皆がよく知るジグントという男だよ。
今では聖人扱いされているが、ただの狂人だ」
ホーウェンは吐き捨てるようにその言葉を口にした。
「それが…」
「高徳を積んだ修行僧、神に身をささげし聖女、その身を追い込み道を求め続けた剛の者…。
残された人類の中から聖人と呼ばれてもおかしくない人間たちが選ばれ、
彼らは同意の上で人類に身をささげ聖剣となった。それが聖剣製造計画」
「そんな…」
ヴァロは顔を歪めた。
「私の幼いころ世話になった孤児院の院長もその一人でね。孤児院の存続と引き換えに、自分の身をささげた。
最も私がそれを知ったのは魔女になってしばらく後だが」
ホーウェンは乾いた笑みを浮かべた。
第二次魔王戦争時は悲惨そのもので、一般人にすら十分に配給が行き届いていなかったと聞く。
孤児院となればその配給も当然限られたものになることは想像に難くない。
「あなたは…」
「嫌悪を覚えるか?聖剣が元は人間であったという事実に?
それとも人類が犠牲を払ってまで聖剣を作り出したという狂気に?
正当化するつもりはない。時代が悪かったと言えばそれまでだが、あの当時それも一つの選択だった。
大半の人類の支配域は奪われ、満足に食糧すら配給されなかった。
人類を養うだけの土地がなかったからな。
放っておけば大半の人間は餓死するか、もしくは魔物の餌になるだけだった」
当時の様子を記録した文献によれば、食糧難は深刻な問題だったという。
草木まで口にして飢えをしのいだといわれている。
「カフルギリアがその院長をもとにして造られていると?」
「文献を調べてみたが間違いはないだろう。だからこそ私の手で決着をつけたい」
ヴァロはどうしてこの魔女がここまで聖剣にこだわるのかわかった気がした。
「あんたは今でもその人のことを覚えているのか?」
「正直私は院長の顔すらもう覚えていない。もうすでに三百年以上前の出来事だしな。
これはおそらく私自身の自己満足だ。…それを聞いても協力してもらえるか」
「…こうなったからには最後まで付き合います」
既にもう決めていたことだ。
「すまない」
ヴァロは聖剣の柄を握りしめる。
聖剣を引き抜くために。
こんな馬鹿げた悲劇を終わらせるために。
そして、ヴァロの視界は暗転した。




