4-1 決戦の日の朝
枯れ木の下には霜柱がところどころに見られる。
少女の吐く息が日の光を浴びて白く輝く。
不自然な魔法の火が誰もいない森の中でついたり消えたりしていた。
「まだまだ」
フィアは、昨日ホーウェンから教えてもらった瞬魔の訓練していた。
次第に慣れはしてきたし、手ごたえは感じている。
まだ実戦では使えないかもしれないが、魔法式を直接描かなくてもよい魔法は修得しておけばいくらでも使いどころはある。
対魔獣用の魔法も練習しておきたかったが、覚えたての瞬魔の訓練の方を優先して覚えておきたかった。
「フィア殿、もう少し力を抜いたほうがいい」
背後から突然声をかけられフィアは驚き振り返る。
背後には木に寄りかかったホーウェンがこちらを見ていた。
昨日の作戦会議後、別室で何かしていたはずだ。
「ホーウェンさん、いつからそこに…」
「少し前からな。すまない、あまりに熱心に打ち込んでいたものだから声をかけづらくてな」
そういってホーウェンは微笑む。
「基本的な魔法ならば瞬魔で発動可能か」
「はい。なんとか」
「一つ言うなら、魔法式を脳裏に描いたあと、発動までに若干時間がある。
理想をいうのならばイメージと同時に魔法を展開させることだな。こんな風に」
ホーウェンは手にした木の葉を燃やして見せた。
「もちろん編める式にも限界があり、どれだけの規模の式を編めるのか、
瞬間的にどれだけの魔力を引き出せるかは個人により異なる。それらはこれからの訓練で見極めていくことだ」
「はい」
フィアの返事にホーウェンは笑みを浮かべた。
「しかし、さすがだな。瞬魔を教えて一日で術を行使できるほどになるとは。
今まで私が教えてきた弟子たちにもここまで早く扱えるようになったものはいない。
ヴィヴィも貴公のような弟子を持ってさぞかし鼻が高いだろうな」
ヴィヴィという言葉にフィアは引っ掛かりを覚えた。
「今まで起きていたのですか?」
「ヴァロ殿の服に魔法式を練り込むのに少々手間取ってしまってな。これからひと眠りするところだ」
その割には身出しなみが妙にきっちりと整っている。
「瞬魔を教えていただいたこと、心から感謝します」
「感謝されるいわれはない。貴公らは私の我儘に付き合ってくれているのだから、
むしろ感謝するほうはこちらのほうだ」
「我儘?」
「ああ、我儘さ。一連の事件の発端となったのは私自身の過信が招いたこと。
そして、その過信を貴公らを巻き込んで清算しようとする…もはやただの我儘だよ」
「それは我儘とは言いませんよ。もし本当に我儘ならばあの魔獣を放置して、逃げ出してるところです。
ホーウェンさんは自身のしでかしたことを逃げずに向き合って、清算しようとしてるのでしょう?
立派なことだと思います」
「そういわれるとなんだかこそばゆいな」
ホーウェンはどこか照れたような表情を見せる。
「一ついいですか?ホーウェンさんは私の師のことをご存じなのですか」
「ある一定の世代以上なら知らない者はいない。メルゴートに現れた赤の双星、ヴィヴィとルベリア。
卓越した魔法を扱い、その世代で比肩する者はないとすら言われた。
事実、あの世代であの二人と肩を並べられると言われたのは『白亜』のニルヴァと『香化師』ハルテぐらいだった。
当時の長老卓の連中は結社のパワーバランスが崩れるとまで言って戦々恐々していたよ」
フィアは今のヴィヴィを想像し苦笑した。
とてもではないがそんな高名な魔法使いには見えない。
研究に没頭するあまり回りが見えなくなることも多々あるし、フィアが少し留守にするだけで台所には使った食器が山積みになっている。
たまに研究室から出てくると思えば飯の催促である。
同じ聖堂回境師のニルヴァとはえらい違いである。
ただ、魔法に関しては自身よりもはるかに練達した使い手であるし、尊敬もしている。
「…私はあの二人が今後の我々の世界を担っていくものとばかり思っていたよ」
どこか惜しむような口調でホーウェンはつぶやく。
ヴィヴィは事情があって聖堂回境師任命後は名を伏せていたはずである。
この魔女はその事情をすべて知っているフィアはそんな気がした。
同時にこの魔女の本当の名に思い当たるふしがあった。
「明日のヴァロ殿の魔法壁は私に任せて、フィア殿は魔獣の対処に専念して欲しい」
「…ただし危なくなったら私はヴァロの守りに徹します。それでいいですね」
「ああ。是非そうしてくれ」
この魔女は自身の作戦を強要するつもりはないらしい。そのことにフィアは少しだけ好感を覚えた。
「フィア殿に何か考えはあるのか?」
「ええ」
「具体的にどんな魔法を考えている?連携を取る際の参考にも聞かせてくれないか?」
「鎖型捕縛魔法を」
フィアの返答にホーウェンは意外そうな顔をした。
「鎖型捕縛魔法ごときであれを縛れるとは思えんぞ?
あれは小物の魔物や人間を捕縛するために開発された魔法だ。
もしあの規模の魔獣を束縛するというのなら十名以上の名のある魔法使いの協力が必要になる」
ホーウェンの言葉にフィアは動揺する素振りをみせない。
聖堂回境師という魔女の組織でも指折りの魔法使いしかなれない職に就いている。
何より彼女は実物を目の当たりにしている。
そんな彼女がそこまで軽率だとはホーウェンは思わなかったらしい。
「…お手並み拝見というわけだな」
ホーウェンはどこか楽しげに微笑んだ。
「一つ聞かせてもらってもいい?」
「答えられるものならな」
「あなたが聖剣を目覚めさせた理由は何?」
聖剣にも管理者がいる。
管理者の同意がなければその力をふるうことは難しいし、魔力を扱う者にはその使用は不可能だ。
一介の魔女が聖剣を手に入れたところで何ができるというわけでもない。
聖剣と契約する第三者がいるのならば話は別だが。
「…それを知ってどうする?」
「どうもしない。あなたはあれをどうにかすると言った。
なら私はそれを手伝うだけ。…あの怪物は私の力ではどうにもならない」
悔しそうにフィアは最後の一言を口にする。
「…『紅』はなかなかいい弟子をもったようだ。…聖剣とは少しばかり因縁があってな。
私はあれを破壊したいと思っている」
その一言にフィアは目を見開く。
「…聖剣の破壊…?正気なの?」
「正気だとも。そして少なくとも私には意義のあることさ」
真意がつかめずフィアは動揺する。ただ少なくともホーウェンが、嘘を言っているようには見えない。
「今日はよろしく頼む。私は夜に備えて少し眠ることにする。フィア殿もほどほどにな」
ホーウェンはそういって欠伸を噛み殺すと体を翻し、その場を去る。
残されたフィアは一礼し、中断していた魔法の訓練を再開した。
おもろい小説いっぱいあっていいっす。
すごいのに出会うとなぜか悔しいし、いつか自分もこんなのかけたらいいなと思うわ。
うちはマイペースでやっていきまする。




