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見張りの塔と弓使いの事情

 アゾナの位置する地域は、ナウザー大陸の亜熱帯にある。

 奥院にいる女性達が、あんな格好でいられるのも、そんな気候的な条件があるからだ。

 だが、見張り塔にいるぼくたちには、あまり良い条件とは言えなかった。


 最初の防衛会議みたいな話し合いから、三週間。

 ライルさんの予想から、更に一週間が過ぎたわけだが魔物の大集団は現れない。

 ただ、二週間前あたりから、散発的に数体の魔物が現れてはいる。

 最初に目撃の報告があった時は神殿都市全体に緊張が走ったが、これは女戦士型魔道人形によって、あっさりと撃退された。

 それから、しばらくはアゾナ側は警戒態勢に入った。

 だが、三日ほどは動きがなく、一息入れようとしたタイミングで、再び、魔物は現れた。

 むろん、これも、あっさりと撃退したのだが、その後、連日で現れたり、一週間ほど間を空けたりと、予想もつかない魔物の出現に、アゾナ側も翻弄された感じが否めない。

 どうも威力偵察を、不規則に繰り返しているといった印象だ。

 また、緊張を強いる事で、こちらを疲弊させると言う目的もあるようだ。


「なかなか、あちらもやるじゃないか」


 と、ライルさんは苦笑いして言い、いっその事、と、次々に現れる魔物に対して、ナウザーから提供された資料に基づいて作成した魔道弾を、片っ端から試していた。


「実戦テストの、ちょうど良い標的を提供してくれるんだ。活用しない手はないさ」


 と、ライルさんはうそぶいている。

 こちらの手の内を明かしてしまうのではないか、と言う意見も、ジョシュア神殿長あたりから出たようだが、ライルさんは歯牙にもかけなかった。

 機密性よりも実用性を重視する、とか、主張して、全ての種類を残らず使用した。

 おかげで、各種魔道弾は試作レベルから実用レベルまでにはなったわけではあるが。


「秘密兵器ってやつは、相当のシロモノでもない限り、初期の奇襲効果が無くなったらそれまでだからな」


 と、元山賊の男、ケインはライルさんのやり方を擁護する。


「ま、人間同士の戦いでなら、心理的な衝撃って要因は無視できないが、魔物相手じゃどうかな。ライルの旦那はそこんとこを考えて、ああいう選択をしたんだろうさ」

「そ、そりゃそうかもしれないけど……」


 エレナは納得していない様子だが、ケインの言い分を論破できないので、なんとなくふて腐れているようだ。



「議論はけっこうだが、敵の接近を見逃すなよ」


 と、そんなケインとエレナを見てハンナ武官が言った。


「わかってる。そんなヘマはしないぜ」


 エレナがムッとしたように言うのに、ハンナ武官は眉ひとつ動かさず、


「後はまかせたからな」


 と言い置いて、ぼくには初見だった武官二人を連れて塔を降りていった。


 最初の警戒態勢を引いて以来、この見張り塔に、冒険者側とアゾナ側で交代に監視要員を置くことになった。

 今は冒険者側の順番ターンで、くじ引きで決まった、ぼく、ケイン、エレナの三人が、これからの数刻を、炎天下なここで過ごすことになる。


「気にくわねぇ連中だな。あの武官とか言うやつら」


 扉の向こうに姿を消す武官の後姿を見ながら、エレナが吐き捨てるように言った。

 確かに、そろいもそろって、髪を短く切り、逞しいと言える体格で、表情と言うものを一切現さないので、とっつきにくいお姉様たちではある。


 そもそも、武官と言う役職は、アゾナ神殿には無い筈だ、とは、薬師のおばさんが教えてくれた話である。

 ただ、剣の舞のような武器の類を小道具にした舞踏や、格闘術が母体となったものの修行もあるので、そっち系の導師や舞姫が、多分に今回の件で急遽に、そのような役職になったのではないか、と言う話である。

 そういえば、顔合わせの時、ジョシュア神殿長が「武官のような役職と思ってもらえれば……」とか言っていた。

 なんにせよ、ぼくの世界でも、バレリーナの腕力とか蹴りの威力は半端無いと聞いたことがあるので、武の側面を強く出している彼女達も相当に強いとは想像できた。

 重装歩兵の二人も、彼女達の立ち振る舞いから、油断できない力量だと話していた。



 見張り塔は、アゾナ神殿都市中央付近、奥院に近い位置に建てられた高い塔で、元々の用途は見張りでは無く、祭事に使われていたものらしい。

 年に一度のアゾナ神を称える大祭で、神殿長が祈祷する場所だったのだが、二百年前に結界の宝玉がいくつか壊されて以降、神事のやりかたや体裁が変遷する中で使われ無くなり、今に至ると言う話だ。


 この異世界ナウザーでの神様の扱いが今ひとつ理解できないのだが、ソルタニアのナウザー神殿でも、このアゾナ神殿でも、神様の像とか絵姿が無いので、どんな神様かさっぱりイメージが沸かない。

 アゾナは処女神と言う事なので女神なのだろうけれども、創造神ナウザーはそういう情報が皆無だ。

 詳しいわけではないが、イスラム教に近いような感じなのだろうか。

 もっとも、偶像化とか人格化とかが禁忌になっていると言うわけでも無く、セーラ皇女の記憶や知識を見ても、そういう発想が根底から無いという印象だ。

 まぁ、ゾーガ神は象徴としての剣があるし、アゾナ神は鏡を象徴とするみたいではあるが、所謂、拝む対象となる御神体に該当するものが存在しないようなのだ。

 ただ、神殿長以外は立ち入る事のできない場所があるらしいので、そこに何かはあるのだろうけれども詳細はわからない。

 薬師のおばさん、こと、元神殿長ナーダに聞いてはみたけれども、笑って誤魔化されてしまった。


 魔法が存在する世界における神々とその信仰体系……民俗学や比較神話学を専攻している従姉あたりには、興味深い題材かもしれない。

 乱暴な事を言うと、ギリシャ神話みたいな多神教とイスラム教みたいな偶像を持たない宗教を、足して割ったようなものと考えておくのが良いのかもしれない。


 ギリシャ神話と言えば主神ゼウスのプレイボーイっぷりと言うか、節操の無さぶりが有名だ。

 これは、神話成立当時のギリシャ人の倫理感がそういうものだったと言う事も理由のひとつだが他にも事情がある。

 つまり、神の子孫を自称して権威付けをした当時の権力者な人々が、もっとも箔がつく主神の子孫を自称した結果、あちこちで種付けをしたと言う性格の神様になったとか、従姉が言っていた。

 いや、どうでも良いことだけど。


 見張り塔の展望台は、アゾナ神殿都市で一番高い場所で、近くの奥院の壁よりも高い。

 但し、結界に覆われた奥院は上から見ても中は見えない。もっとも、角度の関係で、どの道見えないのだけれど。

 アネッサ導師とか、放置してしまったフィーナとか、その他の舞姫候補の女の子達は、今頃、何を……

 とか考えたら、色々な、もの凄い光景を思い出してしまって、鼻血が出そうになったので、慌てて意識と視線を切り替えた。


 ケインが弓の手入れをしているのが視界に入る。

 ダークの件を含む、あちら方面の趣味と言うか、嗜好を持ち出さなければ、荒んだ印象はあるが充分に好男子で通る容姿だ。

 むしろ、陰のあるところが良いと、じつは、アゾナの腐った方面以外の女性にも人気があるようだ。

 ぼくが買い物なんかに出かけると、通りすがりに、お姉さん達にケインの事を良く聞かれるのだが、お姉さん達は、そのまま、ガールズトークな感じでケインの論評に移行してしまうので、その評価を知っている次第だ。


 そのケインは魔戦銃の試験を兼ねた射撃では、かなり優秀な結果を出したので、そちらに乗り替えるかと思ったのだが、


「使い慣れた武器の方が戦場では頼りになる」


 と、弓使いのままでいる事を選択した。

 多分、弓師としての本領を発揮できないままに魔物に喰われた同僚の仇を、やはり弓で討ちたいのだろう、と、アルスが言っていたが、本人は多くを語らなかった。

 もっとも、魔戦銃は、やはり、ネックになっていた魔石の問題を解消できなかったようで、結局、実戦に耐えうるレベルを量産する事は難しいと言う結論になった。

 弾を撃つ事はできるのだが、充分な初速が得られなくて、ほとんどの銃の射程距離が精々一〇メートル程度なのだ。

 それでも、十数丁の単発式が、そこそこのレベルの性能を発揮しているので一部の狙撃用に改修した侍女型魔道人形に装備されている。

 その他の大量に作られた試作品は銃身を切って、短銃として護衛用の魔道人形に装備された。

 城塞都市に魔物の侵入があった場合に、多少は役にたつかもしれない。


「銃は最後の武器だ」


 と、魔道人形に装備しながら、ユアは皮肉混じりに、そう言っている。


 一方で、アーマダイト製の弾丸は、まずまずの威力のものが量産化できたようだ。

 魔道爆弾から派生したものと区別する為、魔弾と言う通称が採用された。

 後者は、ぼくの世界の感覚でいうと、迫撃砲とロケット弾を足して割ったようなものなので、同じ括りで呼ぶと、確かに混乱してしまうだろう。

 どちらにせよ、あのひどい名称の数々は公文書に載ってしまったので、そのまま残ってしまったけれど。


 そういう事情で、銃に比べて弾丸が大量に余ってしまったわけだが、ライルさんは、この魔弾を鏃に使う事を発案し、これはうまく図に当たったようだ。

 弓の手入れをしているケインの脇にも、魔弾装着済みの矢が、いくつもの束になって置かれている。

 その手入れの作業が珍しかったので、しばらく見ていたら、視線に気づいたのか、ケインがこちらを見てきた。

 不意に、あの時の血走った眼を思い出して、視線をそらしてしまった。


「あの時はすまなかったな、アキラ」


 ケインの方から話しかけてきた。


「あ、いや、その……」

「言い訳させてもらうと、戦場ってところは頭に血が上りやすい場所だからな。ちっとばかりキレちまっていたかもしれねぇ。いや、そうならないと生き残れない場所でもあるわけだが」


 手を休める事無く、ケインは静かに言った。

 ぼくは、返事に困って黙って頷いてみせるのがせいぜいだった。


「アキラ。お前、戦場で敵を殺したことは……いや、見ればわかるな。獣を殺した事があるかどうか、かな?」


 いきなり、そう言われて、ぼくは戸惑ってしまった。


「えーと、魔物はたくさん殺したかな」

「魔物か。ありゃあ、異質過ぎるからな。例え人に近い姿をしていても、虫を叩き潰すのと変わらねぇ感覚だろう」


 たしかに、そんな感じだ。

 異界の魔物に比べれば、例えば炎狼の方が、凶暴ではあったけれども、まだしも意思の疎通が可能な感じがした。


「今のところ、冒険者の仕事は魔物退治って事になっているがな。そのうち、イズミットの正規軍とやり合う事になるかもしれねぇ。いや、最低でも、召喚魔道士の息の根を止める必要があるかも、だ。」

「う、うん」

「おれたちは、とっくに覚悟を決めていたり、経験があったりするが、お前は、どうもそうじゃないようだよな」


 確かに、そうかもしれない。

 つい、こないだまで、平和な日本で、穏やかな家庭環境で、普通の高校生していたわけで。

 この異世界ナウザーに来てからも、セーラ皇女の計らいで、魔道騎士団の庇護下にあったわけで。

 大妙寺晶ぼくは、この異世界ナウザーで、そうした命のやり取りをする覚悟と言うものを持つ必要が無い、幸福なケースだった自覚はある。

 セーラ皇女も、直接に人間同士の殺し合いをした経験は無いが、魔道騎士団を結成した時点で覚悟を決めていたような感じだ。

 ダークは……これは、そもそも、何を考えているか得体が知れないので、さておくことにする。

 身近なところだと、サーシャさんは、多分、必要があれば容赦無く苛烈な行動を取れるだろう。

 エレナは……

 そういえば、ぼくとケインが会話を始めてから、赤毛の少女は隅の方に身を寄せて何かの魔法を詠唱しているようだった。

 セーラ皇女の知識から、それが隠蔽系の魔法だと知れたが、魔法衣と同じ原理なので、魔力の無いぼくには全く効果が無い。


(何をしているんだろう?)


 不審に思ったので、ケインとの会話を続けながら視界の隅で見ていると、詠唱を終わったらしいエレナは、眼を輝かせて


「押し倒せ、ケイン。チャンスだぞ。こんな場所に二人きりなんだから」


 などと、小声で言っているようだ。

 じんわりと、こめかみに鈍い痛みを覚えた。


 ちなみに、この『視界の隅で見る』と言う特技は、異世界ナウザーに来てから比較的早い段階で習得したものだ。

 いちいち、視線を向けていては、魔法衣に身を包んだ魔道騎士団の方々のアレコレを見るのに目が回ってしまう。

 そう、見るべきものは多く、眼は二つしかなく、かつ、前方しか見えない。

 少しでも多くの貴重な映像を記憶するべく、必要に迫られて、ぼくは進化したと言える。(うむ)


 そんなエレナには(当然のことだが)気がつかない様子で、ケインは言葉を続けていた。


「だが、お前は、自分では手を汚さずに済むと考えているようにも見える。誰か、代わりがいると言う確信があるような……いや、忘れてくれ。一度は山賊に成り下がった男の妄想だな」


 ケインの「代わりがいる」と言う言葉は、なかなかに鋭い指摘だった。

 たしかに、ぼくは、いざとなったら、ダークに代われば良いと考えているところがある。

 あの殺人に禁忌の無い戦士が、ぼくの制御を離れて……などと自己弁護する自分が、容易に想像できる。

 少し自己嫌悪な気分になった。

 いや、だからといって、覚悟とやらを持つのが正しいのか。

 そもそも、正しいとか正しくないとか、そう言う次元の問題だろうか。生きる為には、他の生き物を殺して食べているわけで……


 ぼくが、出口の無い思考に入ったのがわかったのか、ケインは手入れの終わった弓の弦を弾いて言った。


「そんなことで悩むなんざ、そうとうに幸せだったんだな。まぁ、人生の先輩面して言わせてもらえば、いざと言う時には、反省はしても後悔はしないように腹をくくるだけだ。後はなるようになるだけかもしれないが、それだけでもだいぶ違うものさ」


 そういって、ニヤリと笑って見せるケイン。

 言っている内容は陳腐というか、ある意味無責任だったけど、その様子は確かに格好良かった。

 アルスも、ああいう事が無くても「兄貴」と呼んだかもしれないし、リックも、何となくケインを頼りに思っている節がある。

 アゾナの腐っていない女性にも、密かに人気があるのもわかる。

 ある意味、ぼく自身が蒔いた種ではあるが、ああいう方面にはしってしまったのは、じつにもったいない限りである。


「う~ん、もったいない」


 と、つい、ぼくは声に出してしまっていた。


「ん?」


 ケインが不審そうに、首を傾げる。


「いや、じつは……」


 ぼくは、アゾナ在住の女性たちの評判をそのまま告げた。

 それを聞いたケインは、困ったような表情を浮かべた。


「ん~、それは光栄と言うべきなんだろうが……」


 ぼくは、次のケインの言葉に眼を剥いた。


「ソルタニア皇都で、おれの帰りを女房が待っているからなぁ」

「なんだってぇ~!」


 と、叫んだのは、ぼくではなかった。

 隠蔽の魔法をかき消す勢いで、エレナが血相を変えて、ケインに詰め寄っていた。


「け、結婚してたのか?」

「あ、ああ」


 勢いに押されたのか、ケインは聞かれない事まで答えていた。


「バルディ公国でいっしょになって以来の仲だ。美人で気立ても良いやつで、山賊に身を落としたおれにも黙ってついて来てくれた。おれには過ぎた女房だ。今でも愛している。あいつを裏切るような真似はできない」

「じゃ、じゃあ、黒い戦士を探していたりとか、アツい漢だけの世界とかって……」


 ぼくは、今までのケインの言動を疑問に思って聞いてみたが、その返答はあっさりしたものだった。


「それはそれ、これはこれ、だな。同性相手なら、と、女房も納得してるしな。何より、女房も黒い戦士様を交えて三人で楽しみたいと……」

「くぅ~。両刀だったのかよ、てめぇ」


 ケインの発言の、意味不明な後半は聞かなかった事にするとして。

 何故かはよくわからないが、エレナは悔し泣きしているようだった。

 全く理解に苦しむ行動規範だ。


「謝れ。純情で純粋な同好の士を裏切った罪を謝りやがれ」

「え~と?」


 ケインもだいぶ面食らっている様子だった。


「おれが悪かったんなら、後でいくらでも謝ってやるさ。――今はそれどころじゃなさそうだぜ」


 いつの間にか、その眼に金色の輝きを宿しながら、ケインが言った。

 エレナも、滂沱と流していた筈の涙を、あっさりと消して、ケインの見ている方角に真剣な表情を向ける。

 ……このあたりの、節操が無いまでの切り替えの速さは、とうてい真似ができそうもない。



 遠方からでもわかる巨大な影が、しかも、かなりの集団で、こちらに向かってくる。

 これが、後に第二次アゾナ会戦と呼ばれる、魔物軍団と神殿都市の戦いの始まりだった。

 ひどい始まりではあったわけだが。

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