武装する神殿都市
アゾナ外院のひとつである西院は、商業施設が並ぶ区画で、城塞都市に出入りする人間が一番多い場所でもある。
さんざんに神経を削られた打ち合わせの翌日、ぼくは、サーシャさんとエレナが、そこで買い物をするのにつき合わされ……正確には、本来の業務である荷物持ち要員として徴発され、衣類や装飾品の店を、あちらこちらと引きずりまわされた。
アゾナ城塞都市は、ナウザー大陸の中間、やや南よりに位置する事から、古くは大陸東西の交通における要衝でもあった。
少し前までは溢れんばかりの人々が居て、賑やかな場所だったそうだが、イズミットの侵攻の影響や、魔物の出没と、それに対応する為の結界などで、人の出入りが減っていたところへもってきての、先日の魔物軍団の襲来である。
碌な地図も無い大陸をも往来してのける商魂たくましい人々と言えども、さすがに命には代えられないということだろう。
アゾナを退去する商人も多く、かなり閑散とした佇まいである。
ぼくの世界で言えば、シャッター街になりかけているような感じだ。
ソルタニア皇都は、歴史が古いこともあって、どちらかと質素と言うか、色彩の無い地味な印象だったが、アゾナの街並みは若い娘が集まるに相応しい華やかな造りだけに、侘しさがいっそう増している感じだ。
「結界の宝玉が完全に機能していた頃は、ここから一日旅程離れた宿場町の方が、商業が盛んだったみたいだからねぇ。そっちへ引っ越しているみたいだよ」
と、いっしょについてきた薬師のおばさんが教えてくれた。
当時のアゾナは、完全な男子禁制の神殿都市だったので、出入りの商人の拠点として、その宿場町があったそうだが、《闇の魔王子》に宝玉の大半を壊された後に、出入りの比較的緩やかな外院が建設され、周囲にあった施設や町が移動してきた、と、言うのが現在のアゾナの成り立ちだそうだ。
たまたまそれを聞いていた、装飾品を扱うその店の店長らしい人も感心したように、おばさんを見ていた。
「へぇ、爺さんの代から、ここで商売をしているけど、そんな由来は初めてきいたぜ」
と、一品に限って値札から三割ほど引いてくれると言ってくれた。
値札、と言っても、商品ごとにタグがついているわけではなく、メニューみたいに商品と値段の一覧が掲示されている形態で、ナウザーにおける庶民相手の店は、だいたいこんな感じである。
「まぁ、こんな景気の悪い状態が続くようだと、二束三文で全て処分して、店を畳む事になるけどな」
と、店長は、憂鬱そうに言った。
品揃えもいまひとつで、店長は、西方、つまり、旧プロディア七王国を含む地域からの品が入ってこなくなったと嘆いていたが、目当てのものがあったので、ぼくは、それを買う事にした。
さいわい、ソルタニアで貯めた銀貨が、まだ残っている。
ぼくが装飾品を買うのが意外だったのか、ミスリル銀の細工物をあれこれと品定めをしていたサーシャさんとエレナがこちらへとやってきた。
「ん~、加工用の腕輪?」
「銀龍の皮製でこの値段は安いかもだけど、何につかうんだ?」
銀龍とは、記録も残っていない千年以上も昔に、ある召喚魔法士が使役したとされるドラゴンと、この異世界の在来種である巨大な水蛇との混血と言われている生物で、正確には銀龍種と呼称される。
見た目がドラゴンに似ているだけの在来種は亜龍、ドラゴンとの混血と言われているのは龍種と区別しているようだが、別に遺伝子調査とかをやっているわけでも無いので、呼び方は地域毎に曖昧である。
ただ、この銀龍の皮は非常に強靭、かつ、伸縮が大きいのが特徴で、防具としてのアンダーウェアに使われる事が多い。
それなりの魔力を用いることでしか加工できない素材なので、魔法衣ほどではないが、高級な部類に入る。
元重装歩兵コンビの装備にも、使われている素材だが、ぼくが購入したのは、腕輪と言うよりはリストバンドに近いものだ。
「えーと、これをつけてもらえます?」
懐から、ひとつのガラス玉を取り出して、店長に見せる。
「うん。それほど面倒なものでも無いようだから、加工賃はまけてやるよ」
「ありがとうございます」
腕輪とガラス玉を持って、店長が奥に引っ込むと、エレナが好奇心も露わに聞いてきた。
「よぉ、何だよ、あれ。ひょ、ひょっとして、誰かへのプレゼ……」
「おや、そこにいるのは冒険者のところの亜人ではないか」
何か焦ったようなエレナの言葉を遮るように、くぐもってはいるが、よく通る声をかけてきた人がいた。
侍女型の魔道人形に抱かれた――的確な表現としては、だっこされた、布にくるまれた仮面の人物だった。
言わずと知れたエルフ幼女にして、《伝説の人形遣い》ユアだ。
本人がひどく気にしている傷跡もそうだが、エルフ幼女の素顔をさらすと色々と面倒なので、外院ではこの格好なのだそうだ。
確かに、可愛いもの好きな若い娘達に揉みくちゃにされそうと言うか、おもちゃにされる事は容易に予想できた。
そんな可愛らしく幼女な外見だが、本当の年齢がいくつなのか、非常に気になるところではある。
バカ正直に尋ねようとしたリックは、女性に年齢を聞くものでは無いと、サーシャさんに張り倒されて、本格的に首筋をおかしくしたところを、すかさず、薬師のおばさんに強引に治療された。
今頃はベッドでうんうん言っている筈で、こんな時期に貴重な戦力を……と、思わないでもなかったが、ライルさんの見込み通りであれば、次の襲来に備えるまでには起きられるようなので、あえて、火中の栗を拾うような真似はやめておいた。
「ちょうど、良かった。お主の考案した魔道具……魔戦銃か、あれがいくつか仕上がったそうなので、魔道人形に取り付けるところだそうだ。すまぬが、ちと、顔を出してくれぬかの」
そういうことなら、と、腕輪の仕上げを待って、鍛冶を含む生産設備の区画である北院にいっしょに行くことになった。
魔戦器のうち、魔剣などの近接武器は、今回採用が見送られた。
前提とする高出力の魔石が入手できない為で、さすがに《魔の皇女》クラスのものは難しいようだ。
魔戦銃も同様だが、一つの魔石で連発する事を諦めれば、なんとかなりそうと言う事で、つまりは一発撃つ度に、魔石を交換する方式の単発銃として実装が進められている。
実戦では、これを、何かの戦記ものに出てくる三段撃ちみたいに、ローテーションを組んで運用する事になった。
ぼくの世界での史実はどうだったかはさておいて、理論的には何とかなりそうにも思えたので、提案して採用された次第だ。
遠距離攻撃だからそうした運用ができる話で、侍女型魔道人形に装備させる予定だ。
ただ、侍女型魔道人形を総動員しても、一度に撃てるのは三〇発程度と言う事になり、数で押されると非常に心もとない。
遠距離攻撃に関しては、アゾナに住まう、舞姫を始めとした、魔道士クラスの攻撃系精霊魔法の使い手を動員するそうなので、打撃力は更に増加されるわけだが、それでも、それを越えて来る魔物は、少なくないだろう。
近接戦闘をどうするか。
これは、現在、検討中の課題になる。
北院は、所謂、生産職の人々が集まる区画で、鍛冶を始めとする冶金や、機織から染色、裁縫までを行う紡績、魔石や魔道具を作る錬金術師に該当する魔道士の仕事場などの、各種工房が立ち並んでいる。
魔道人形を作成する鍛冶は、その中でも大規模な施設で、工房と言うよりは工場と言うイメージに近い。
用事があるのは、ここを抜けた奥の方だと言うことなので、中を見学がてら歩くことにする。
修理中と思われる女戦士型魔道人形が並んでいるが、その中に一際大きなものが目に付いた。
他の女戦士型と同じく、鎧兜をつけた意匠だが、若干派手な感じで、何よりも背中に大きな翼がある点が他と異なる。
北欧神話にある戦乙女を思わせる魔道人形だ。
もう一体、同様の大きさで、翼が無い代わりに、下半身が魚のようになっている、つまりは人魚のような意匠の魔道人形もある。
この二体は、素材も石材では無く、金属製のようだ。
ユアが言っていた『特別誂え』の残り二体に違いないと思われた。
セーラ皇女の知る限り、天使のような翼を持った亜人や人魚に該当する亜人はナウザーには居なかった筈なので、これはユアの独創なのだろうか。
「変わった意匠だろう? アゾナ奥院の蔵書で、縛られたり、吊るされたりしているような変な苦行の絵と同じ年代の巻物に描いてあったものを、あたしがユアに教えたのさ」
首をひねるぼくや、エレナの不思議そうな表情を見たのか、そう薬師のおばさんが教えてくれた。
つまり、この意匠の出どころは《闇の魔王子》と、いうことになる。
ますます、あの人は……少なくとも、その知識は、純粋なナウザー由来のものでは無いと言う思いが強くなる。
しかし、そうすると、この人魚の姿をした魔道人形は、別に水中戦専用と言うわけでも無いようだ。
余談になるのだが。
ぼくの世界でいくつもの作品が造られる機動な戦士のロボットアニメがあるが、あれのファースト時代に、リアルタイムでコミカライズされたものを、中古なオフの店で見かけて、読んでみたことがある。
アニメのキャラクターデザインを手がけた人の描いたオリジンなものとは雲泥のシロモノで、アニメでは水中用だった筈の機体が、宇宙空間で出撃するシーンには仰け反ってしまった。
まぁ、当時はロボットものと言うと、単なる子供向けで、漫画を描いた人も、編集者も、そんなこだわりなどはなかったのかもしれない。
いや、つい、脱線してしまった。
ともかく、この二体の補修は完了しているそうで、現在は量産型な女戦士型数体の補修に全力を尽くしているとのことだ。
ただ、突貫工事でやっても、再襲来が予想される期日までに補修できるのは、五体がせいぜいだろうとユアは補修作業の見通しを語った。
見渡す限りでは、かなりの数の女戦士型魔道人形が並べられており、それらは特に欠損があるようにも見えなかったので、不思議に思って聞いてみた。
「形を修復するだけで済めば、それほど時間はかからぬよ。問題は動かす為の術のかけ直しだ」
ユアが……正確にはユアをだっこしている侍女型魔道人形が、魔道士らしい幾人かがとりついている一体を指し示す。
「あれなどは、左足を付け直しただけだが、既存部分に施された術をかけた奴が結構クセのあるやり方をしていたらしく、なかなかに調整が難しいようだ。腕利きではあったが、才に走るのも困ったものだ。あのままでは、どうやら発動は無理だな」
ここの人員は、先ほどの宝飾店の店長同様、代々アゾナで魔道人形のメンテを職業にしている、特殊な魔道士だそうだ。
先日の襲来では、戦場の中で破損した魔道人形を補修しようとして、犠牲になった人員も少なくないと、ユアは溜息まじりに言った。
魔道人形は、魔法によって動くロボットというか、一種の魔導擬似生物と呼ぶべきようなものだ。
もっとも、イズミットが召喚する魔物に似たようなものがいるが、そちらは一括りにゴーレムと呼称して区別しているそうだ。
「えーと、魔道人形と、ゴーレムって何が違うの?」
と、ぼくは疑問に思って聞いてみた。
「端的に言うと、違いなどありゃせん。ほれ、ナウザーの外から来たやつで、害があるのを魔物、害が無かったり、意思疎通ができるのを聖獣とか、亜人と呼んだりするのと同じだ」
仮面越しの声に、若干の自虐的な響きが混じる。
但し、魔道人形は必ず人型で、何故かと言われると、そういう魔法だから、と、しか説明ができない性質のもののようだ。
ぼくの世界には魔法が無いので、的確な比喩が難しいが、丑の刻参り等の呪術で人形を使ったりするようなものだろう。
魔法における約束事とでも言えば良いのだろうか。
戦乙女型や人魚型は、それこそユアの特別誂えなので、例外と言う事になる。
ともかく、ナウザーにおける魔法体系の中でも、召喚魔法と並んで特異な部類に属するようで、用語も通常の魔法とは少し異なる。 例えば、製造専任の魔道士は、まんま「人形師」と呼ばれるし、魔力を込める工程を「術を施す」と言う言い方をする。
魔道人形は、発動してしまえば、多少の欠損は問題にならないようなのだが、原則的に五体が整った状態でないと、この魔法は発動できないそうだ。
ここで「五体が整った状態」とは、形状だけの問題では無い。
魔道人形の作成は、素材を人型に削り出しながら術を施す中で、魔導擬似生物と言う性質を帯びてくる。
この術を施す作業が、人形師毎の個性によって、微妙に異なるそうだ。
なので、人間の移植手術で免疫機構の問題があるのと同様に、欠損した部分を修理する場合、元々施された術に合わせて、再度、術をかけ直す必要があるとの事だ。
「削り易い素材であれば、もう少し楽になるかもしれんがな」
女戦士型は、その用途から、強度を確保する為に石材を使っているが、特別誂えは鉄とミスリル銀とアーダマイト鉱石の合金だし、侍女型の連絡用特化型などは、あまり強度を考慮する必要が無いので木製である。
強度の面からは、先の合金製が最も優れているが、材料がおいそれと手に入るものでも無いし、削るのも大変だ。
逆に、削るのが比較的にたやすい木製は、作成も一番簡単で期間も短くて済むが、強度の面では論外になる。
ユアはそのように教えてくれた。
「木で造ったやつでも、鎧の形状に削れば少しは強度も向上するが、やらないよりマシと言ったところかの」
形状が強度を含む性質に、ある程度の影響を及ぼすのも、魔道人形の特質のようだ。
そんなユアの説明を聞きながら、ぼくは、
(そうすると、露出した形状にすると、少しは、たゆんたゆんな柔らかさになるのかな?)
と、並べられた女戦士型の、鎧に覆われた形状の胸元を見上げながら、セーラ皇女から白い目で見られるような事を考えてしまった。
まぁ、男子高校生にとっての女性型の人形といえば、秋葉原で見かけるフィギュアの類が、一番身近ではないだろうか。
もっとも、ぼくは、その手の品に関して言えば、一度、法事で会った親戚の大学生から、秘蔵と言うコレクションのカタログを見せてもらっただけに留まる。
脱がす事もできるような品もあるようで、もう少し詳細に見せてもらいたかったが、その大学生は従姉に追い払われてしまった。
確かに、法事にそんなカタログを持参する方も問題だし、その場で、それを熱心に覗き込むのも、今にして思えば反省すべきだったとは思うが、その後の従姉の説教は、なかなかにきつかったし、妹の視線も痛かった。
しかし、ああいうものを一つ入手して、セーラー服を着せたり、ビキニアーマーを着せたりするのも、男子たるものの嗜みではないかと、思わないでもない。
ぼくの、そんな思いはともかく。
魔道人形がらみの話をしながら工房の中を通り抜けると、広大な敷地に出た。
演習場と呼ばれる、工房で試作された魔道具を実験する為の場所で、アゾナの鍛冶で作られた魔道弾や魔戦銃と、それを扱う侍女型の魔道人形が待機している。
神殿都市アゾナの武装に向けて、全てが、始まろうとしていた。




