魔法の弾と耐える会議
「アキラたん」
銀髪に褐色の肌。ジョシュア神殿長は、アゾナの舞姫と呼ばれる女神官の頂点に立つに相応しい、威厳に満ちた美女である。
その美貌に真剣な表示を浮かべて、まじめな口調で、その言葉を口にされた時は、危うくのけぞりそうになった。
次の議題を、迎撃体制とする段階で、ジョシュア神殿長から一時の小休止が提案され、ぼくたちは用意された軽食や飲み物を口にした。
「ここからだな」
ライルさんは、今度は、アゾナ側に聞こえないように声をひそめて言った。
今までの話し合いで確認された事項に関しては、既に摺り合わせ済みだったようだ。
まぁ、イズミットの再襲来があると思えばこそ、こうした話し合いの場を設けたわけだし、神呪騎甲兵については、不確定要素と不明な点が多過ぎて、総称を決める以外に何もする事が無い。
ベルニクでの情報は、新事実には違いないが、身も蓋も無い言い方をすると、アゾナには無関係の話である。
それでも、ライルさんが弁舌を振るったのは、この話し合いの主導権を取る為と言う一面があったようだが、この小休止で、その流れはリセットされた感じだ。
「なかなかに食えない女だ。良い女でもあるがな」
ライルさんは、若干自虐的な、皮肉っぽい笑みを唇の端に浮かべて言った。
「そうでもなけりゃ、アゾナの神殿長なんか務まらないよ」
と、薬師のおばさんは言ったが、これは自画自賛なのか、当代の神殿長を認めているせいなのか。
アゾナ側にとっての目的は、イズミットを撃退し、その脅威を取り除く事であるのは言うまでもない。
しかし、一番理想的なのは、全てが終わった後に、冒険者――ソルタニアが派遣した人員が壊滅し、生き残ったアゾナ側の人間が英雄として凱旋すると言う図だろう、と、ライルさんは分析して見せた。
「犠牲には感謝しつつ、手柄は……そうだな、六、七割程度をアゾナ側で持っていくと言うところかな」
ソルタニアの支援を受けはしたが、最終的にはアゾナ側の力でイズミットを撃退した、と言う結果になれば、アゾナは、今後もソルタニアの干渉を受ける事無く、自治独立を貫き通すことができる。
セーラ皇女も、そのように考えているようだ。
一方で、冒険者側の功績が大きいとなれば、この第二十四独立遊撃小隊が皇家側であっても、“復活派”は、その事実を最大限に利用するだろう。
これが他の国ならいざ知らず、よりによって、大陸屈指の財力と影響力を持つアゾナだと言う事が、事態をややこしくしているように思えてならない。
更に、《再生の薬師》と魔道騎士団最強の魔女と言う、冒険者の中でも柱になるメンバーが、元々はアゾナに縁の深い人間だと言う事が、さらに状況を複雑化させているようだ。
「まぁ、アゾナ側の思惑通りにはならないようにするさ。こちらも命は惜しいしな」
と、ライルさんは言うと、初めて、ぼくの方をまともに見据えた。
「アキラ、呼んでおいてすまないが、お前は今まで通り黙っていろ」
「え?」
ぼくは訳がわからずに、きょとんとした。
「え~とねぇ、この話し合いって、冒険者っていう民間人とジョシュア神殿長の~、あくまでも私的なものって言う形を取っているんだけどね~」
と、サーシャさんが横から説明してくれる。
「これからの話は、アゾナの死活問題にもなるの。だから、議事を取ったり、公文書として残したりするみたいなのね~」
つまり、これからの参加者の発言は、記録に残るし、その記録は他神殿にも公開される事にもなる、と、言う事のようだ。
「ほら~、アキラちゃんて、皇都で脱獄しちゃっているじゃない? だから……ね?」
すっかり忘れていたが、ぼくは、ソルタニア皇国ではお尋ね者になっていたんだった。
確かに、そんな人間がアゾナで公の記録に残るような真似はできない。
そんな事をすれば、ナウザー神殿経由でソルタニア本国の知るところとなり、無論、ソルタニアは犯罪者の亜人に対する拘束と返還を要求してくるだろう。
アゾナ側には、それとなく事情を伝えているが、議事録は、契約にも使われる専用の魔道具で録音するような感じなので、後で修正するわけにもいかないそうなのだ。
先ほどの部屋で顔会わせの時、ぼくがスルーされたのも、そんな事情があったようだ。
しかし、だとすると、ぼくは、この場にいない方が良いのではないだろうか。
ぼくがそう口にすると、サーシャさんが首を横に振った。
「あら~、駄目よぉ。参加はしてもらわなくっちゃ」
「なんで?」
「アキラちゃんて、こういう会議の後に閃くじゃない。あたし、それに期待しているんだから」
どうも、以前に召喚魔道士を発見した時の事を言っているようだ。
サライさんとサーシャさんには、秘密を明かすついでに、全てを話しているので、当然、あの経緯も知っているわけだ。
ライルさんもサーシャさんに同調するように言ってくる。
「その件の詳細は知らないが。まぁ、魔道爆弾と言い、あの魔戦銃とか魔剣とか。お前の考え方は、なかなかに独創的だしな」
ちなみに、今回、非常事態と言う事で、魔戦器の類は、全てライルさん経由でアゾナに公開している。
ぶっちゃけ、秘密兵器として抱えこんでも物量の前には無意味、と言う事はゴブリン集団で経験済みなので、それよりは公開して量産してもらった方が有効だ、との判断だ。
無論、雷戦士の剣は別だ。
あれは公開するとかどうとか以前に次元が違い過ぎるし、第一に量産できるものでもない。
イズミットの目的が、あの雷戦士の剣だとすると、素直に引き渡してしまって……と、言う選択肢も考えないでもなかったが、それで、おとなしく手を引いてくれると言う保証も無い。
事実上の宣戦布告をしている以上、イズミットも後には引けないだろうし、むしろ、用済みとばかりに、却って容赦の無い攻撃をしかけてくるようにも思える。
まぁ、そんな事情もあって、ぼくはおとなしくしている事を約束のうえ、再開された話し合いに引き続き参加する事にした。
まずは、被害状況と言うか、残存戦力の話になった。
と、言っても、元々、軍隊の存在しないアゾナである。
野盗や獣を追い払う為に存在する女戦士型は《守護の人形遣い》が持参した分を含めても、残数が二〇体弱。
城塞都市内部で警備や連絡用に使用している侍女型は百体近くあるが、ゴブリン程度を押さえておけるくらいの性能で、イズミットが召喚するであろうと予想される中級の魔物相手では、まず、盾にもならないだろう。
城塞都市内で、兵士経験者を募っているが、元々が舞姫を始めとする芸能的な職を志望する若い娘が多い都市なので、どこまで集まるかはまったくもって当てにならない。
外から応援兵力を呼ぶのも難しいようだ。
この辺りの国々はヤンボル高原でイズミットにコテンパンにされたばかりである。
ほとんどが軍隊の再編途上で、その不備を傭兵で補っていると言う状況らしい。
なので、周辺国家はもとより、主だった傭兵団に支援を要請しても、どこも人員が不足して、支援に回せる余力が無いようなのだ。
例外はソルタニアで、一応は支援の為に、聖剣騎士団の第八騎士団を動かす準備に入っているとの連絡が来ているが、距離が一月旅程もある上に、あの金剛石の谷を抜ける必要がある。
これではアゾナに到着するのはいつになるかわかったものではないし、アゾナ側の思惑としても、ソルタニア正規軍にだけは頼りたくないだろう。
「一応、魔道人形の生産を鍛冶に急がせているが、あれは、一体造るのに時間がかかるのでな」
そう言うエルフ幼女な人形遣いのユアは、腕組みして「む~」と唸っていた。
なんでも、侍女型で一月、女戦士型で半年、特別誂えは年単位でかかると言う話だ。
製法を大雑把に言うと、魔道人形を造るのに適した石を切り出して、魔力を込めながら彫刻のように削っていくんだそうで、最終的には魔力の文様を刻んだりして調整するのだそうだ。
(まぁ、石像を動かすわけだから、稼動部とかを魔力でなんとかするのは大変かもなぁ)
と、魔力に縁の無いぼくは、他人事のように考えていた。
戦力の増強が難しいとなれば、今ある戦力を底上げするしかない。
そこで、冒険者側が提供した魔道爆弾を始めとした新兵器の話となった。
ソルタニア軍としては、機密事項として公開を渋っていたようだが、皇家の意向を汲んだナウザー神殿によって、今回の話し合いに先立ち、アゾナ側に全て情報を提供しているそうだ。
……と、言うわけで、魔道弾こと「アキラ弾」が議題になったのだが、相変わらず「アキラたん」にしか聞こえない。
しかし、ジョシュア神殿長やライルさんを始め、出席者がじつに真剣な表情で「アキラたん」「アキラたん」と口にするのを聞いているのは非常に居心地が悪い。
てか、これ、何の罰ゲーム?
ぼくが試作した魔道爆弾は小麦粉で粉塵爆発を起こす仕組みだったが、ソルタニア軍はこれを改良して威力を増すと共に、爆発するだけではなくて、可燃物に粘性の油脂を使った焼夷弾のようなタイプや、冷却の魔石と寒剤を組み合わせた冷凍弾、電撃の魔石と伝導率の高い液体を組み合わせた電撃弾のようなタイプ、殺傷性無しで無力化する為に粘着剤を使用したタイプと言った様々なバリエーションを開発していた。
これらの魔道弾は、魔物退治で使用経験のある傭兵団が主体で試験を行っており、その資料が、傭兵団から直接ナウザー神殿経由で提供されていた。
さすがに文書を送るわけにもいかなかったようで、通信の魔道具の向こうで、ナウザー神殿側が読み上げるのをハンナ武官が急いで書きとめたと言う資料が配布された。
ただ、各改良発展型の名称に少し問題があると言う事でライルさんが、急遽に注釈を追記したそうだが、これはさすがにひどいのではないだろうか。
アキラたん・萌え☆(焼夷型)
アキラたん・冷たい(冷凍型)
アキラたん・しびれる(電撃型)
アキラたん・しつこい(追尾型)
アキラたん・粘着(無力化型)
アキラたん・アキラたん(遠距離用二段型)
アキラたん・いっぱい(拡散用多弾頭型)
大体がこんな調子である。
「まぁ、学やセンスの無い連中が解れば良いと言う事でつけた暫定的な仮名称だ。少しアレだが勘弁してほしい」
ライルさんも困ったように、顎をかきながら言った。
でも、これ、公文書に載るんだよね。
後々まで残るんだよね。
あちこちに公開されちゃうんだよね。
ぼくは、わめき声を上げて、資料を引きちぎりたい衝動を抑えた。
おとなしくしていると言う約束である。
しかし、情報伝達における精査が無いという弊害が、こんな形で身に降りかかるとは思わなかった。
だいたい「萌え☆」ってなんだよ、「萌え☆」って。
ぼくは、それを書きとめたと言うハンナ武官をチラ見したが、当人は何の表情も浮かべずに直立不動の姿勢である。
後で、彼女が傭兵団と大差無い脳筋で、読み書きはアゾナで習った旨を聞いた時は、多いに納得したものだ。
それはそれとして、「アキラ弾」が「アキラたん」と聞こえるのは、ぼくだけではないようだ。
今度は、名づけ親のサーシャさんをチラ見すると、魔女な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
やっぱり、狙ってやったらしい。
ぼくは絶望した。
そして、魔戦銃を始めとする魔戦器が取り上げられた。
ぼくが提供した現物が提示され、初めて見る参加者は好奇心を押さえきれない様子で、それらの品を見ている。
無論、冒険者側からの提供物としか説明されなかったけれども。
魔戦銃の仕組みなどは、ライルさんから説明された。
弾丸に鉛玉を使って、運動エネルギーで敵を殺傷する旨のところで、ユアから提案があった。
魔石よりも効率は低いが、魔力の蓄積機能が有り、触媒としても使用されるアーダマイト鉱石を使ってみてはどうか、と言うものだった。
ぼくの世界にもアダマイトと言う似たような名前の鉱石があるが、この異世界におけるアーダマイト鉱石は、いくつか種類があるようで、弾丸の用途に耐えうるのは茶色をしたアーダマイト鉱石になるようだ。
略称として茶ダマとか呼んでいた時もあるが、嗜好品の茶を丸薬のようにしたナウザーで広く流通している「茶玉」と紛らわしいので、茶ダムとか茶ダメとか呼ぶようになったとの事である。
鉱石の精製にもいくつか手法があって、一般に使われる壱式とか、有名な鉱石産地の名前を取ったモラー式とか、魔力の蓄積能力を飛躍的に高めた開発者の名前にちなんだダルシベラ式――通称ダ式とか。
ともかく、この鉱石で弾丸を作り、魔力を付与する事で、威力を数倍に高められる事は充分に予想されたので、その方向で検討される事となった。
それは良いとして、
「そうすると、魔道弾と同じ分類になるのですね」
と、ハンナ武官が資料に追記した名称がひどかった。
アキラたん・いっちゃダメ(壱式茶色アーダマイト)
アキラたん・もらしちゃダメ(モラー式茶色ア-ダマイト)
アキラたん・だしちゃダメ(ダルシベラ式茶色アーダマイト)
いぢめなの? これって、ひょっとしたらいぢめなの?
その後、魔剣とか鞭なども検討されたようだが、ぼくは頭の中が真っ白に燃え尽きたので、よく憶えていない。
この日は、そこで時間切れになり、魔戦器の量産について、アゾナ側で検討する必要もあったので、迎撃体制の役割分担については後日に改めて話し合われる事となった。
イズミットの再襲来は予断を許さない状況だが、
「あちらも体制を整える必要があるから、後二週間程度は余裕があるだろう。まぁ、おれの見込みと言うか勘だがな」
と、戦歴の長いライルさんが言い、ケインも同意していた。
魔道士のサーシャさんやエレナも、あれだけの物量を召喚する魔力の蓄積と言う観点から同じ意見だった。
そういうわけで、焦ってもしょうが無いことでもあるし、その日はさっさと寝ることにした。




