紅と黒と銀
話し合いに先立って、アゾナ側から新たに三名の出席について要望があった。
いずれも若い娘で、ジョシュア神殿長よりも五つくらいは年下だろうか。
「見習いの連中に後学の為に経験させたい」
と、言うのが神殿長の言い分だった。
「特に異論は無い」
ライルさんは、あっさりと頷いた。
「あの娘たちは次期神殿長候補だよ。ジョシュアもそろそろ引退の頃合だからね」
薬師のおばさんが、こっそりとライルさんに耳打ちするのが、しかし、しっかりと聞こえた。
たぶん、アゾナ側にも聞こえた筈だが、ジョシュア神殿長を始め、全く動じる素振りも見せなかった。
「被害状況などを確認する前に、まずはライル殿の見解を伺いたい」
ジョシュア神殿長が発言した。
「魔物の大群は再び現れるだろうか」
「現れる、と、見るべきだ」
ライルさん考えるそぶりすら見せず即答した。
「そう思われる理由を伺っても?」
「ユア殿に聞いた限りでは、今まではアゾナに出入りする商人等を襲ったり、修行に必要な器具だか何かの原材料となる蜥蜴を大量に虐殺したりと、言わばアゾナの活動を妨害すると言ったレベルだったわけで、アゾナへの明確な敵対と取られる行動は避けていたと思える節がある」
ライルさんは、ここで一端、言葉を区切った。
「ここまでの散発的な行動なら、ソルタニアでの魔物召喚の余波……つまり、敵対する相手は、あくまでもソルタニアであって、アゾナは巻き込まれただけ、と、まぁ、強引な言い逃れもできなくはない。陳謝するかしないかは別としてな。しかし、先日のあれは違う。アゾナの周辺には居なかった筈の大量の魔物が出現して城塞都市を襲撃した。これは、どう強弁しても、アゾナへの敵対行動を言い逃れる事はできない。一方で、召喚した魔物を使うと言う事は、これがイズミットの仕業だと喧伝しているようなものだ。あそこ以外にあんな真似はできないからな」
「ふむ?」
「つまりは、事実上、イズミットはアゾナに宣戦布告したに等しいわけだ。イズミットが宣戦布告した相手に対して、一度の局地戦敗退で諦めるような可愛いげがあれば、どの国も苦労はしなかっただろう」
それに、と、ライルさんは続けた。
「アゾナの守護の要である魔道人形は、かなりの損害を出している。未だに城塞都市の外に転がっている数をかぞえれば……いや、そんな事をするまでも無い。後始末も手が回らない状況だと言う事は一目瞭然だ。イズミットが再侵攻を躊躇う理由があれば、逆に教えてもらいたいくらいだ」
事実上の宣戦布告をしておいて、勝てる戦いを放棄する。
ぼくの世界でも、そんな国家は無いだろう。
イズミットの再襲来に関して、認識が一致したところで、次はその襲撃の規模に話が移りそうになったが、その前に、人形遣いユアが発言した。
「前回の魔物集団……キマイラどもに混じっていた、あの紅いのはなんだ」
どうも、ブラッドの事を言っているようだ。
「まったく、冗談ではないぞ。邪龍の件では、一千の人形を使いはした。しかし、あれはほとんどが囮で、実質に邪龍を制するのに使ったのは、特別誂えの七体だけだ。あれから改良を重ねて更に強化した、その特別誂えのうちの五体を瞬時に粉砕しおった。残り二体を逃がすのがやっとだった。危ういところではあったがな」
ダークと同型と言う事で、ある程度は予想していたけれども、災害級の魔物を凌ぐ、とんでもない化け物だったようだ。
そして、ダークは下位とされる炎龍を叩きのめして撃退しただけだったが、たしか、数年前の邪龍は、それより上の等級だった筈だ。
その邪龍を倒した特別製の魔道人形の七分の五を瞬殺したわけだから、ブラッドの方が段違いに強いと言う事になる。
あるいは、現状ではダークの力を引き出せていないと言うことだろうか。
やはり、紅いだけに三倍の……いや、その、何でもない。
それはそれとして、深刻そうに眉の間にしわを寄せて、悩ましげに大きなため息をつく《伝説の人形遣い》は、見た目がエルフな幼女なので、その動作のいちいちが愛らしくも生意気というか、微笑ましいというか。
リックがひたすら何かの衝動を抑えているような感じだが、何となく、その幼女萌えな気持ちがわかるような気がしないでもない。
そんなエルフな幼女の様子にも、ライルさんは飄々として、全く動じる様子が無かった。
「あれか……」
もっとも、先ほどまでの立て板に水といった調子から、一転して歯切れが悪くなる。
「同じようなやつが、ヤンボルで炎龍を撃退するところを見た。今、思い出しても、信じられないような光景だったがな」
どうも、あの時の数少ない目撃者の一人だったらしい。
「ソルタニア国内でも目撃されて……」
話を続けようとしたライルさんを遮るように、ケインが憤然として言った。
「黒い戦士様……いや、あの御方と、紅いやつをいっしょにするな。イズミットが召喚した炎龍を撃退したんだから、魔物といっしょになって襲撃したあの紅いやつとは違う。今回だってイズミット側の魔物を壊滅させたのは、あの御方じゃねえか」
「確かに、そうだな」
気を悪くするでもなく、ライルさんは淡々と言った。
「紅い方は明らかにイズミット側だが、黒い方は、どうも、こちらの味方をしているような感じだ。確証はないが」
「味方に決まっている。それに紅いやつは、後から出てきたんだろ。ニセモノってことさ」
ケインが決め付けるように言う。
(つまり、真っ赤なニセモノと)
ぼくは、つい、茶々を入れそうになり、セーラ皇女の冷ややか~な視線を覚えて自制した。
いや、我ながら、じつにうまいことを……とか思ったが、ナウザーには、その慣用句が無いようなので、外さなくて良かったのかもしれない。
しかし、ライルさんの次の発言で、それどころではなくなってしまった。
「じつは、他でも同型のやつの目撃情報が報告されている。ベルニクからの難民に聞き取りをした調査結果で確証は不十分だがな」
ベルニク。
確か、軍事大国イズミットが元々所属していたプロティア七王国と言う連邦国家の、もうひとつの軍事大国がそれだった筈だ。
「イズミット鋼竜兵団の先頭にいて、ベルニク軍を瞬時に粉砕したと報告にはあるな。明らかに、こいつはイズミット側だが、その全身は銀色だったそうだ」
「そんな話は聞いてないぜ」
今度はエレナが憤然として言った。
サーシャさんも頷いている。
「確証が不十分と言っただろ。制式部隊、及び、それに準じる部署に伝達する前に精査で撥ねられたんだ。もっとも、傭兵には精査もへったくれもないわけだがな」
たしかに不確定な情報は混乱の元である。
また、情報は何もかもを伝えれば良いというものでもない。
前線で戦う将兵に、今夜の王宮で開かれる晩餐会のメニューを知らせても何の益も無い。
ソルタニアの制式部隊には、専任の情報部門が精査し取捨選択した情報のみが伝達されるわけで、その仕組み自体に、なんら問題は無い筈だった。
だが、この《ナイフ遣いの軍師》は、通常は集団で取り掛かる作業を一人で行い、玉石混交の膨大な報告書の山から、その情報を掬い上げたということになる。
セーラ皇女の意識からは素直な感嘆の念が伝わってきたようだった。
ぼくはと言えば
(ひょっとして、粘着な報告書マニア?)
などと、失礼なことを考えてしまった。
全然関係無いけれども、特定の分野に対して、趣味で詳しくなったりすると、マニアとかオタクと呼ばれるケースの、その対象分野の線引きってなんだろうか?
例えば、趣味でテニスに打ち込んでいて、ラケットのメーカー毎の特徴や有名なプレイヤーについて詳しくなっても、テニスオタクとか、テニスマニア等と形容される事はない。
一方で、この「テニス」が「メイド」だったりすると、オタクとかマニア扱いで、冷遇されるケースが多いような気がする。
対象が異なるだけなのに、この扱いの差はどこから来るのだろうか。
それはともかく。
「つまり、紅いやつの同類は他にもいる、と?」
ユアが真剣な表情で身を乗り出すように言った。
見ていて、このエルフ幼女のぷよぷよなほっぺをつつきたくなるような……いやいや、リックの同類になってしまいそうなので、慌ててその衝動を振り払う。
「それも単純な比率で言えば、イズミット側の存在と言う事になる。黒いやつも、あるいは、本来であればイズミット側として、ヤンボルで我々の前に立ち塞がる筈ではなかったかと思える。だが、何かの要因で、それが狂ったのかもしれない」
一切の表情を表に出さずに、ライルさんは淡々と自分の見解を述べた。
それを聞いて、ケインが何かを言いかけたようだが、傍らのアルスが押しとどめたようだった。
ライルさんは、まったく構わずに続けて言った。
「イズミット側は、自分達の損害を度外視してドラゴン召喚などと言う真似をやらかしたが、タイミング的には不合理にすぎる。おれの思いつきを言わせてもらえば、黒いやつが自分達の制御下に無い事を察知して、それを始末する為に、慌てて、そんな真似をしたのかもしれん」
「そもそも、“あれ”はいったい何なのだ? あんな魔物は見たことも聞いたこともない」
ユアが尋ねたが、ライルさんは肩をすくめて見せただけだった。
さすがに、ライルさんも知らないという事のようだ。
「あたしもアゾナの蔵書は読破したクチだけど、あんなやつが記された文書や碑文は見た記憶が無いねぇ」
薬師のおばさんも、そう言ってきた。
てか、あんな膨大なものを全部読んだんですか?
いろんな意味で破格な人のようだ。
さて、いつまでも「紅いの」とか「黒いやつ」などと呼ぶわけにも行かないので、何かしらの総称を決めることになった。
神呪騎甲兵。
希に、あちらこちらの文献に名前だけが出てくる、風神ラゥーガ。
そのラゥーガ神と共に記載のある、名前以外にはよくわからない存在だが、正体不明の括りで、紅い戦士やダークの同型を、そう呼ぶことになった。
出どころは、無論、薬師のおばさんだ。
ちなみに、「愛しい方」と「それ以外の偽者」と主張した人がいたが、一名の擁護者を除いて賛同者は皆無だった。
ジョシュア神殿長が司会というか、議事進行を務める形で、話は次の襲撃規模に移った。
神呪騎甲兵に関しては、どちらにせよ、不確定要素が多いと言う事で、この場の話からは除外することとして、前回のキマイラと同等か、それ以上の強力な魔物が、より膨大な物量で押して来る可能性が大と言うライルさんの見解に異論はなかった。
「まぁ、バリエーションを持たせる為に、魔物集団の種類が複数と言う事もあるだろう」
魔物のタイプが異なれば、迎撃手段も複数用意しなければならず、リソースの集中と言う面では不利になる。
アゾナ側は、一種の篭城を強いられるわけなので、この補給への負荷は、あるいは致命傷となるかもしれない。
その点をイズミット側が考慮しない筈は無い、と、ライルさんは断じた。
話し合いは、自然に、迎撃体制に関するものに移る。
本来の肝要な部分ではあるが、ここで、ぼくは、この話し合いに参加した事を心から後悔する羽目になった。




