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城塞都市の戦いと神殿の儀式

 監視用に放った魔道人形を前回の襲撃で悉く壊されたアゾナ城塞都市にとって、見張り塔からの連絡が警報の第一報になったようだ。

 ぼくが配布した魔道具――音声通信用の腕輪に向かって、ケインが見えている状況をライルさんに報告する。


「魔物の種別はゴーレム。ありゃあ、ロックゴーレム……いや、金属製も混じっているな。東から来る。旦那の読みはどんぴしゃだぜ」

「紅いのはいるか?」

「……いや、今のところは確認できない」

「ああ、こちらでも確認した。ユアの放った偵察用の魔道人形が、映像を送ってきた」


 アゾナ城塞都市は北は険しい崖になっており、南は湖に面しているので、通常、陸路で攻め寄せるとすると、西か東と言う事になる。

 前回の襲撃は西からだったのだが、壊れた魔道人形が片付けられておらず、足場が悪いので、ゴーレムのような巨人型の魔物を大量に投入するなら東から攻めてくるだろう、と、ライルさんは予測していた。

 では、何故、敵はゴーレムを投入してくると予測できたのか。


「この三週間で、片っ端から使用した魔道弾は、あちらさんも確認済みだろうからな。その魔道弾や魔道爆弾が効果を発揮しにくい魔物を投入してくるだろうと、旦那は考えたわけさ」


 ケイン曰く、ライルさんは膨大な報告書を元に、イズミットが過去に召喚した魔物のリストを作成し、そこから消去法で、条件に該当する魔物を絞り込んだようである。

 その結果、中級の魔物でも、電撃弾に弱い獣型ビーストタイプ)鬼型オーガタイプ、焼夷弾や冷凍弾に弱いスライム系の液体型や植物系は避け、爆発型の魔道弾にも耐えうる頑丈さを優先するだろうと、ゴーレムの類を予測したわけだが、それが的中したと言う事になる。


(さすがは報告書マニアだよなぁ)


 などと、ぼくは相変わらず失礼な事を考えてしまったけれど。


 つまり、相手に選択肢を与えたように見せて、その実、それはこちらの予測の範囲で選ばせた結果、と言う事になる。

 ひとつの賭けではあったかもしれないが、手の内の読み合いで、魔道士が《ナイフ使いの軍師》に及ぶはずも無い。

 そして、相手の手の内が見えてくれば、やり方もある。


「魔女、準備はいいか?」

「いつでもいいわよ~」


 会話をオープンにした魔道具から、ライルさんの確認と、それに応えるサーシャさんの声が聞こえる。

 そして、地響きと共に、岩や金属で出来た巨人が迫ってきた。


「今だ、やれ」

「りょうか~い」


 ライルさんの合図と共に、サーシャさんが指揮する魔道士たちが魔力を発動する。

 それに呼応して、予め仕掛けられた数々の魔法陣が輝きを放った。

 ある魔法陣は地の魔法で、巨大な落とし穴となり。

 別の魔法陣は水の魔法で、巨大な泥濘を生じさせた。

 その結果、ゴーレムの半分近くが落とし穴や泥濘に下半身を埋める事になり、その重量が災いして、身動きが取れなくなってしまっていた。

 そして、残りの半分は、それらの罠にかかった連中が邪魔になって、前進できなくなってしまっていた。

 迂回しようとしている者もいるが、元々が知能が高くない、俊敏でも無い魔物なので、前がつかえてしまえば右往左往しているだけというのが大多数だ。


「魔女、次だ」

「は~い。炎熱班、攻撃開始~」


 ライルさんの合図で、動きの止まったゴーレムに、魔道士の中で火系の魔法を得意とする者が炎を放ち、魔道士では無い者は焼夷型魔道弾を次々と撃ち込んでいく。

 無論、岩や青銅等の金属でできたボディーは真っ赤にはなっても、熔解することは無い。

 さすがに、そこまでの超高温度を具現化できるまでの魔力の持ち主は、そうそう居ない。

 しかし、ライルさんの作戦としては、それで充分だったようだ。


「そろそろいいだろう」

「ん~、冷却班、やっちゃって~」


 今度は、氷や水が魔法によって浴びせられ、冷凍型魔道弾が炸裂する。

 南の湖から引いた水を放水する、火事対策用に造られた魔道具が持ち出されて、大量の水をゴーレム達に振り掛ける。

 ゴーレムの身体を構成する岩や金属が、熱せられた状態から急激に冷やされて行く。

 岩のゴーレムは全身にヒビが入った状態になり、中にはそのまま崩れるモノもいる。

 金属のゴーレムも脆くなったり、妙な感じで固定してしまったようで、動きがおかしくなっている。


「よ~し、トドメだ」

「最後の締めはまかせておけ」


 ライルさんの指示に応えたのは、今度はユアの声だった。

 城門が開き、約三〇体の女戦士型魔道人形と、五〇体近くの侍女型魔道人形が出てきた。

 女戦士型は破砕槌を振り回して、脆くなり、身動きもろくに出来ないゴーレムを次々と粉砕する。

 侍女型は、次々と魔道爆弾を仕掛けて、爆破していった。

 ゴーレムの集団は、これで、ほぼ壊滅状態である。


「さすがだな、旦那。おれたちの出番無しで終わったか」


 ケインが感嘆に耐えないといった風情で、ライルさんに賛辞の言葉を送った。

 眼を丸くして戦況を見ていたエレナは、険しい表情でケインを見た。


「あのオヤジ、色々と企んでいたみたいだけど……知っていたのかよ」

「まぁな。知らされていたのは、おれと魔女と薬師と、あとはアゾナ側の主だった連中とか」


 そして、ぼく――正確にはセーラ皇女になる。

 この一連の作戦では、落とし穴を始めとする魔法陣や、熱したり冷却したりする魔法が重要なポイントになるのだが、アゾナにいる魔道士では、いささか出力が弱い点がネックになった。

 その問題に気がついたサーシャさんが、皇女ぼくに、こっそりと連絡してきた次第である。

 表立って動くわけには行かないので、魔法陣の仕掛けに増幅の魔石を追加したり、魔道弾に使用される魔石をセーラ皇女謹製のものに入れ替えたりは、サーシャさんにやってもらったわけではあるが。


「いくら何でも、仲間にまで秘密にするこたぁないだろう」


 エレナは納得いかない様子で、ケインにくってかかる。


「すまないな。読みが当たるかどうか、おれにも確証が無かったので内緒にさせてもらった。あと、いくら何でもオヤジは無いだろ」


 エレナの抗議に応えたのは、通信用魔道具の向こうのライルさんだった。

 赤毛の少女は、さすがにそれ以上を言うのは控えたが、頬をふくれさせたままである。

 何となく可愛い。


「それに、これで終わりじゃないぞ。それほど間を置かずに、次が来るはずだ」

「やっぱり、そうなるかねぇ、旦那」

「本来は時間差をつけての挟撃を目論んでいたんだろうがな。ま、お前さんの出番だ。頼むぞ、極星アプタル

「そう呼ばれたのは、久しぶりだぜ」


 ケインは弓の弦をひとつ弾くと、おもむろに矢をつがえた。

 バルディ公国の《三羽の鷹》と謳われた三人の弓師。

 太陽ナギシャルーン極星アプタルの名で呼ばれた、その三人のうち、最後の生き残りがケインだと聞いた。

 今は冒険者となった、極星アプタルの異名を持つ男の両眼が金色の輝きを帯びる。

 魔道士と言うレベルまではいかないが、検索系の魔力は充分と言う事だろう。

 そして、その視線の先、北の空に一群の影が現れる。


 それは、ハルピュイアとかハーピーなどと呼ばれる、人面の怪鳥だった。

 顔から胸までが人間の女性で翼と下半身が鳥って事だが、しかし、この顔とか胸は人間の女性と言えるだろうか。

 一応、それっぽいのだが、老婆の顔……ですらない。

 ロボットの外観が人間らしくなっていく過程で、それまで好感的だった印象が、ある時点で強い嫌悪感を引き起こす、所謂、不気味の谷と言われるものがあるが、あるいは、この魔物の外観はそれに類似するのかもしれない。

 魔物はいくつか見てきたけれども、一番醜悪な印象がある。

 だが、構造は人間に似ているのか、ケインが立て続けに放つ矢が、人間の心臓に当たる部位に突き刺さると、聞くに堪えない、しわがれた悲鳴を上げて墜落していく。


 轟音と共に、狙撃用魔道人形も魔戦銃を撃ち始めた。

 それ以外のアゾナの弓使いや、城門の中に戻った侍女型魔道人形も弓をつがえて、次々と矢を放つ。

 急所に命中しなくとも、アーダマイトに篭められた火や雷の魔力が発動し、人面の怪鳥は墜落していった。

 さらには、風系の魔法の使い手たる魔道士も、風の刃を撃ち、あるいは、放った矢を風で支援する。


 何か毒のようなものを滴らせているその凶悪な爪は、ゴーレムとの、陸と空の挟撃が成功した場合には恐ろしい脅威となっただろう。

 しかし、ハーピーの群れは、アゾナの対空攻撃の弾幕を、ついに突破する事ができず壊滅した。

 緒戦に続いて、第二ラウンドもアゾナ側の勝利と言う事になった。

 だが、喜んでばかりもいられない。


 魔道弾の直接的な効果が薄いゴーレム系の投入。

 そのゴーレムと挟撃させる為に、機動力のある飛行型の魔物を、時間差をつけてぶつけてくる。

 ここまでは、ライルさんは予想していた。

 従って、何とか、各個撃破できたわけだが、ここから先、イズミット側がどのような手を打ってくるかが、ライルさんにも読めないようだ。

 いくつか予想は立ててみたようだが、どれも確度が低すぎて、下手の考えにしかならない、と言う事らしい。


 また、アゾナ側も消耗している。

 魔道弾は撃ち尽くしているし、魔道士も魔力切れだ。


 サーシャさんからの連絡で、ぼくとエレナは見張り塔から央院へ移動することになった。

 ケインは引き続き見張り塔で警戒し、その警護にアルスとリックの重装歩兵コンビをつける為に交代と言う話だ。

 あまり広くない場所だし、塔の強度の問題もあって三人が定員と言う事になっている為だ。


 央院の、例の会議室のような部屋に来て見ると、アゾナ側の人間は誰もおらず、ライルさんが映像通信用魔道具である曇った鏡に向かって、厳しい口調で何事かを言っているようだった。


「ここはアゾナの神殿都市で、アゾナの神事が優先されることはわかる。だが、今は、その神殿都市の存亡に関わる戦の真っ最中だぞ」

「その点は幾重にも詫びよう。だが、この行だけは、欠かすわけにはいかないのだ。アゾナ神殿の神官としての義務……いや、存在理由にも関わってくるものなのだ。是非、理解してもらいたい」


 曇った鏡から、ジョシュア神殿長の、珍しく困りきったような声が聞こえる。

 どうも、映像を切って、音声だけで話しているようだ。


「一体、どうしたの?」


 ぼくは、その場にいたユアに尋ねてみたが、エルフ幼女も首を傾げるだけだった。


「どうも、奥院に出入りする人間だけが引き篭もっているようだな。何でも、重要な儀式の時間だとか何とかで、こちらに来れないようなのだが、私にも何なのか、よくわからぬ」

「重要な儀式? 戦争の最中だぜ。そんなものは後回しにすりゃあいいのに」


 エレナも憤慨しているようだ。

 一方で、薬師のおばさんやサーシャさんは、ライルさんを宥めている。


「ねぇ、旦那。気持ちはわかるんだけど、勘弁してやってくれないかい」

「そうよ~、こればっかりは、仕方が無いっていうか。本来、ジョシュアちゃんも奥院でやらなきゃいけないのに、あそこだと連絡できないから、無理に央院に留まって外のやり方で……」


 時刻を確認して、ピンときた。

 そういえば、秘石納めの儀を行う頃だ。


(あちゃあ~)


 ぼくは頭を抱えそうになった。

 アゾナの神気を取り込む、ある意味、舞の修行以上に重要な儀式ではある。

 神殿長が、この儀式を欠かしたとあっては、イズミットの侵攻を防いだとしても、アゾナ神殿は別の意味で滅びる事にもなってしまうだろう。

 奥院……結界の中では、結界の外との連絡に支障があるので、央院に留まっているのも無理は無いが、そうすると秘石は、結晶化を保てない筈だ。

 つまり、外での秘石納めの儀式……液体状になり、容積が三倍になった秘石を、その、注入するという行為を、ジョシュア神殿長は、やっておられると。


「ひ……うっく……うう」


 ジョシュア神殿長の、短い悲鳴のような声が通信用魔道具から聞こえた。

 たぶん、今、管を入れたところだろうか。

 事情を知らないライルさんやエレナ、ユナは訝しげな表情になった。

 薬師のおばさんやサーシャさんは、なんとも言えない表情で顔を見合わせている。

 ぼくはこのシチュエーションにドキドキしている。


「あー、儀式なんだか、都合だか具合が悪いのか何かは知らないが……まぁ、この席に居ないのは良しとしよう」


 ライルさんは譲歩したようだ。


「だが、映像を切っているのは何故だ。最初に言った筈だな。おれは自分の目で確認できないものは信用しないと。今、こうして話している相手が、アゾナの神殿長と言う保証が無ければ、この話し合いは無しだ。ここで手を引かせてもらう」


 ライルさんの譲歩は、そこまでのようだった。

 薬師のおばさんやサーシャさんが何かを言いかけたようだが、その言葉を呑み込むほどの迫力があった。

 それが、ジョシュア神殿長にも伝わったのだろう。


「わ、わかった」


 曇った鏡にジョシュア神殿長の顔が大写しになった。

 顔だけの映像となるように調節したようで、格好とか、姿勢はまったくわからないようになっている。

 褐色の美貌は、やや頬が赤らんでいる以外は、普段と変わらない。

 ただ、手元で、少しずつ何かを動かしているような感じだった。

 その手元が動くたびに、微かに息が乱れたり、美しい眉が切なそうに動くのだが、ライルさんにはわからないようだ。


「いいだろう。では、始めようか」


 どれほどの羞恥なプレイを褐色の美女に強いているのか、まったく自覚の無い《ナイフ使いの軍師》は、真剣な表情で会議の開始を告げた。

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