第8話 少女たちの覚悟
「……お願いが、あります」
少女は唇を結び、主人公をまっすぐ見つめていた。
隣に立つもう一人の少女も、緊張した面持ちでこちらを見ている。
二人ともひどく痩せていたが、その目には強い意志が感じられた。
「うん。いいよ」
主人公は頷き、向かいの席を示した。
「立ち話で済む話じゃないでしょ。せっかくだし、ご飯食べながら話そうよ」
「……ありがとうございます。でも、私たちは――」
少女が言いかけたところで、主人公は人差し指を軽く立て、言葉を制した。
ちょうど近くを通りかかった給仕へ声をかける。
「すみません。さっき注文した料理、あと二人分追加してもらえますか?」
「はい。肉の煮込みとパン、それにスープですね」
「はい。お願いします」
「かしこまりました」
給仕が厨房へ戻ると、主人公は改めて少女たちへ目を向けた。
「ほら、座って」
二人は一瞬顔を見合わせたものの、それ以上は何も言わず、揃って頭を下げた。
「……ありがとうございます」
それから促されるまま、向かいの椅子に腰を下ろした。
主人公が座っていたのは、食堂の最も奥にある角のテーブルだった。
背後と右側が壁になっており、店内と入口を見渡せる位置にある。
少女たちはその正面に並んで座っていた。
席についてほどなく、料理が運ばれてきた。
焼きたてのパンに、具だくさんのスープ。
深皿には肉の煮込みがたっぷりと盛られ、香辛料の豊かな香りが漂っている。
思わず主人公は感心した。
ファストフード店顔負けの速さだ。ギルドに来る人は短気なのだろうか。
「おお、おいしそう」
主人公は少女たちへ目を向けた。
「よかったら食べてね」
そう勧めると、自分もパンを一口大にちぎり、煮込みのソースにつけて口へ運んだ。
「うん、なかなかおいしいよ」
少女たちは小さく礼を言い、遠慮がちにパンへ手を伸ばした。
少しためらってから口へ運ぶものの、その後も食べ進める速度は遅かった。
空腹なのは間違いない。
それでも、二人の関心は料理よりも主人公の方へ向いていた。
時折こちらの表情を窺い、話を切り出す機会を探している。
主人公はその様子を見ながら、少し考えた。
どうやら、のんびり食事をしている場合ではないらしい。
先に話を聞いてしまった方がよさそうだ。
そう思って口を開こうとした時だった。
「おいおい、なんだありゃ」
少し離れたところから、男の声が聞こえた。
主人公が視線を向けると、壁沿いの大きなテーブルに数人の男たちが座っていた。
革鎧を着込んだ者、腰に剣を下げた者、昼間から酒を飲んでいる者。
いずれも荒っぽい風貌をしている。
そのうちの一人が、少女たちを見ながら笑っていた。
「おい、見ろよ。こんなところに薄汚ねえガキがいるぞ」
周囲の男たちも、面白がるようにこちらを見た。
声を上げた男は椅子から立ち上がると、主人公たちのテーブルへ近づいてきた。
主人公はそれを視界の端で捉え、右手をポンチョの下へ戻した。
ホルスターからハンドガンを抜き、そのまま布越しに男へ銃口を向ける。
男は少女たちの横で足を止めた。
「おい、お前ら。ここがどこだか分かってんのか?」
少女たちは顔を上げたものの、何も答えなかった。
男の視線が、テーブルに並んだ料理へ移る。
「へえ、ずいぶんいいもん食ってんじゃねえか。どこからそんな金が出てきたんだ?」
二人は黙っていた。
男はその態度が気に入らなかったらしい。
「おい! シカトこいてんじゃねぇぞ!!」
怒鳴り声が食堂に響いた。
周囲の話し声が止み、店内が静まり返る。
主人公は男の顔を不機嫌そうに見上げた。
「飯食ってんのが見えねぇの?」
男の目つきが変わった。
「……あ?」
主人公を見下ろし、口元を歪める。
「見えねぇな」
男は一歩近づいた。
「おめぇ、見ねぇ顔だな。なめてんだったら、可愛がってやるよ。表出な」
主人公は男を見たまま、短く答えた。
「おひとりでどうぞ」
次の瞬間だった。
パリンッ!
食堂の反対側で、突然グラスが砕け散った。
甲高い音に、客たちの視線が一斉にそちらへ向く。
荒くれ者の取り巻きたちも、何事かと顔を向けた。
そして、その一瞬に男の姿が消えた。
主人公の目の前にいた男は、建物のすぐ外の上空へ転移していた。
少女たちは、その瞬間を見ていた。
つい今まで目の前にいた男が、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せたのだ。
主人公はポンチョの下でハンドガンをホルスターへ収め、何事もなかったように右手を戻した。
数秒後。
ドンッ!!
建物のすぐ外から重い衝突音が響いた。
床に僅かな振動が伝わり、食堂の客たちが再びざわつき始める。
『対象の生命反応が停止しました』
『うん』
『周辺の建物および第三者への被害はありません』
『ありがとう』
主人公は短く応じ、テーブルへ向き直った。
「……おい、あいつどこ行った?」
荒くれ者の取り巻きの一人が、先ほどまで男が立っていた場所を見つめていた。
「知らねえよ。今、こっちに……」
「外の音、なんだ?」
男たちは顔を見合わせる。
やがて、一人が慌てて立ち上がった。
「おい、ちょっと見てこい!」
取り巻きたちは落ち着かない様子で席を離れ、入口へ向かっていった。
主人公はそれを気に留めることもなく、向かいの少女たちへ目を向けた。
二人は黙っていた。
驚きと緊張は隠せないようだったが、騒ぎ立てることも、主人公に問い詰めることもなかった。
ただ、ほんの一瞬、互いに視線を交わした。
主人公はその様子を見て、軽く頷いた。
「さて、と」
パンを皿の脇に置く。
「急いでるみたいだし、ご飯の前に話しちゃおうか」
二人の姿勢が僅かに正された。
「……はい」
最初に声をかけてきた少女が、口を開いた。
「私たちの仲間を、助けていただきたいんです」
主人公は頷いた。
「うん。聞かせて」
「私たちは、さっきの路地裏でほかの子供たちと暮らしています。そのうちの一人が重い病気になって、薬が必要になりました。でも、私たちには買えるだけのお金がありません」
少女は一度だけ息を整え、続けた。
「それで、私たちと一緒にみんなの面倒を見ているもう一人の仲間が、自分を売ってお金を作ろうとしたんです」
隣の少女が言葉を引き継いだ。
「でも、奴隷商会はお金を払わず、あの子を連れていってしまいました。取り戻そうにも、私たちではどうすることもできません」
二人は主人公を見つめた。
「お願いです。あの子を助けて、病気の子の薬を手に入れていただけませんか」
主人公は少し考えた。
「なるほど。奴隷商会に連れていかれた子を取り戻して、薬も必要ってことだね」
「はい」
「報酬についても、考えてきました」
「うん?」
「私たちに支払えるものは、私たち自身だけです」
少女は膝の上で両手を握りしめた。
「ほかに価値のあるものは、何も持っていません。ですから、私たちを好きに使ってください」
隣の少女も頷いた。
「何でもします。これから先、私たちができることは全部、あなたのためにします」
二人とも、主人公から目を逸らさなかった。
その顔には緊張が浮かんでいたが、少なくとも言葉を取り消そうという様子はない。
主人公は二人を見比べた。
「……全部?」
「はい」
「僕が何をさせるか、分からないよ?」
「承知しています」
少女は答えた。
「それでも、私たちにはこれしかありません」
主人公は軽く頷いた。
「なるほどね。じゃあ……指を折ってみて」
二人は一瞬だけ動きを止めた。
しかし、聞き返すことはなかった。
それぞれ、自分の手へ視線を落とす。
少女の一人が片手の指を掴むと、もう一人も同じように指を握った。
短く息を吸う。
そして、ほとんど同時に力を込めた。
小さく乾いた音が、二つ重なった。
「……っ!」
一人が息を詰め、もう一人は奥歯を強く噛みしめた。
顔が歪み、目に涙が浮かぶ。
それでも二人は、折れた指から手を離すと、主人公を見た。
主人公は黙っていた。
覚悟はあるらしい。
ならば、次は互いの指を――。
そう考えた時だった。
少女たちが顔を見合わせた。
言葉は交わさない。
僅かに頷き合うと、二人は向かい合うように身体を寄せ、互いの手を取った。
主人公は次の言葉を飲み込んだ。
二人はそれぞれ、相手の指を一本握っている。
自分の指を折った時よりも、表情は険しかった。
歯を食いしばり、互いの目を見つめる。
どちらも、相手が何をしようとしているのか理解しているようだった。
そして、二人はほとんど同時に力を込めた。
再び、小さな音が重なる。
「……っ!」
痛みを堪えきれず、一人の喉から短い声が漏れた。
もう一人も顔を伏せ、浅く息を繰り返している。
それでも二人は互いの手を離すと、姿勢を正し、主人公へ向き直った。
それぞれ、二本ずつの指が折れていた。
主人公は二人を見つめていた。
思わず、口元が緩んだ。
「僕に依頼した理由から、今の行動まで説明してくれる?」
少女たちは僅かに視線を交わした。
「……はい」
最初に口を開いた少女は、折れた指を庇うように手を膝へ置いた。
痛みに表情が僅かに歪む。それでも一度息を整えると、主人公をまっすぐ見た。
「最初は、路地裏でお会いした時のことです」
主人公は黙って続きを待った。
「あなたは、怪我をした子をわざわざ追いかけてきてくださいました。食べ物も分けてくださって、足まで治してくださいました」
少女は少し言葉を選んだ。
「それに、帰る前にパン屋さんのことも教えてくださいました。あの時のお話から、少し考えたことがあるんです」
隣の少女が頷いた。
「パン屋さんにはお金を払っておいたから、様子を見てみるようにと仰いました。それから、盗まなくてもパンをもらえるかもしれない、と」
少女は一度、主人公の表情を窺った。
「私たちは、パン屋さんとのお話を聞いていません。ですから、実際に何があったのかは分かりません。でも、盗んだパンの代金を払っただけなら、次からパンをもらえるかもしれないとは仰らないと思ったんです」
主人公は黙って続きを聞いていた。
「きっと、これからも私たちが食べ物を手に入れられるように、パン屋さんと何かお話をしてくださったんじゃないかと……」
もう一人が言葉を引き継いだ。
「それに、最後に『慎重にね』と仰いました」
少女は少し考えてから続けた。
「もし何も心配がないのなら、そんなことは仰らないと思います。お話はしてくださったけれど、店主さんが必ず食べ物をくださるとは限らない。だから、自分たちで確かめるように言ってくださったのだと思いました」
少女は一度言葉を切り、主人公の表情を確かめた。
「それから、あの治療です。私たちは魔法のことを詳しく知りません。でも、あんなに腫れていた足が、一瞬で治るところは初めて見ました」
隣の少女が続ける。
「しかも、あなたは少しも疲れた様子がありませんでした。だから、あの程度の治療なら、難しいことではないのかもしれないと思ったんです」
「もちろん、どんな怪我や病気でも治せるのかは分かりません。でも、私たちが今まで会った人たちとは、何かが違うと思いました」
主人公は二人を見つめたまま、続きを待っていた。
「それに、私たちが警戒していても、あなたは怒りませんでした。食べ物をくださって、怪我まで治してくださったのに、何も求めず帰ろうとされました」
「最初は、何か裏があるんじゃないかとも思いました。でも、少なくともあの時は、私たちに何かをさせようとはしませんでした」
二人は僅かに顔を見合わせた。
そして、もう一人が続けた。
「それで、後をつけてみることにしたんです」
少女は小さく頭を下げた。
「……勝手についてきて、すみません」
主人公は軽く手を振り、続きを促した。
「ギルドに入る前にも、不思議なことがありました」
少女は慎重に言葉を選んだ。
「あなたは、それまで何も持っていなかったと思います。でも、入口に近づいた時、突然大きな袋を二つ持っていました」
「どこから出したのかは分かりません。私たちが見落としただけかもしれませんけど……」
隣の少女が言葉を継いだ。
「それに、とても重そうだったんです。持ち手の部分が、すごく引っ張られていました」
「なのに、あなたは何でもないように持っていました。普通なら、あんな大きな袋を二つ持ったら、もっと大変そうに歩くと思います」
少女は少し息を整えた。
「だから、あの治療とは別にも、私たちの知らない力を持っているのかもしれないと思いました。物を突然出したり、重いものを軽々と運んだり……」
二人の説明は、そこで終わらなかった。
「……それから、さっきの男の人です」
一人の少女が、先ほど男の立っていた場所へ目を向けた。
「あの人が近づいた時、あなたは服の下へ手を入れました。その後、突然グラスが割れて、みんながそちらを見た瞬間に男の人が消えたんです」
「私たちは男の人を見ていたので、消えるところを見ました」
もう一人が続ける。
「なのに、あなたは驚きませんでした。男の人が消えた後も、服の下で何かしてから手を出して、何事もなかったように食事を続けていました」
少女は主人公の表情を窺った。
「だから、グラスが割れたことも、男の人が消えたことも、あなたが何かしたのではないかと思ったんです」
「もちろん、何をされたのかは分かりません。でも、もし本当にあなたがしたことなら、あれほどの力を慌てずに使えるのは、きっと初めてではないからだろうと……」
主人公は二人の顔を交互に見た。
少女たちはそこで一度言葉を止めた。
一人が痛みを堪えるように浅く息を吐いた。
それでも、主人公が黙って待っていることに気づくと、再び顔を上げた。
「私たちは、あの子を助けられる人を探していました」
少女は言葉を選ぶように、わずかに視線を落とした。
「でも、今まで頼った大人たちは、私たちにできないことを要求したり、最初から話を聞いてくれなかったりしました」
「だから、誰にでも頼めばいいわけじゃないことは、分かっています」
隣の少女が続けた。
「どんなに親切な人でも、あの子を助けられる力がなければ、お願いしてもどうにもなりません。反対に、強い人でも、助けるつもりがなければ……」
少女はそこで言葉を止め、主人公を見つめた。
「でも、あなたは何も要求せずに私たちを助けてくださって、しかも、私たちには想像できない力を持っているようでした。だから、今頼れる人の中では、あなたにお願いするのが一番可能性が高いと思ったんです」
もう一人が頷く。
「もちろん、何も差し出さずに助けてもらえるとは思っていませんでした」
少女は少し考えた。
「あなたは必要なことを考えて行動する人のように見えたので、代わりに何ができるのか聞かれるかもしれないとも思いました」
「でも、私たちにはお金も財産もありません。働いて返すと約束しても、信用してもらえるか分かりません」
隣の少女が引き継いだ。
「だから、自分たちを差し出すことにしたんです。私たち自身なら、今ここで差し出せますから」
二人は一度、顔を見合わせた。
「もちろん、あなたがどんな人なのか、すべて分かっているわけではありません」
少女の声は、少し震えていた。
「私たちを助けずに、そのまま売ってしまう人なのかもしれません。もっとひどいことをされるかもしれません」
「それでも、今まで見たことからすると、そうなる可能性より、助けていただける可能性の方が高いと思いました」
「それに、今のまま何もしなければ、あの子は戻ってきません。病気の子も、薬がなければ……」
少女は言葉を止めた。
それでも、主人公から目を逸らさなかった。
「だから、お願いすることにしました」
主人公は静かに二人を見つめていた。
少女たちは少しだけ息を整え、最後の説明へ移った。
「……それで、指を折るように言われた時も、考えました」
最初に口を開いた少女は、自分の手へ視線を落とした。
「私たちがすべてを差し出すと言ったので、その覚悟を確かめたいのではないかと思ったんです」
「それに、もし私たちを傷つけたいだけなら……こんなところで試す必要はありません」
隣の少女が続ける。
「私たちを連れて帰ってからでも、好きなだけ傷つけられるはずです。それに、あなたなら私たちが抵抗しても意味がないと思います」
「だから、私たちを傷つけること自体が目的ではない可能性の方が高いと思いました」
少女は慎重に言葉を選んだ。
「それと、あの子の足を簡単に治してくださいましたから……指も治せるかもしれないと思いました」
「もちろん、治していただける保証はありません。でも、あの子たちを助けられる可能性があるなら、指を折るくらいは……」
もう一人が静かに頷いた。
「自分の指を折った後、あなたがまだ何かを確かめようとしているように見えました」
少女は隣を見た。
「だから、次は私たちの関係を試すんじゃないかと思ったんです」
「自分の指を折るだけなら、自分の覚悟しか示せません。でも、私たちは二人でお願いに来ました」
隣の少女が続けた。
「一緒にあなたのものになると約束した以上、互いのためにどこまでできるのかも、見ているのかもしれないと思いました」
少女は一度息を吸った。
「だから、互いの指も折りました」
二人は揃って頭を下げた。
「……もし、間違っていたら、すみません」
主人公はしばらく何も言わなかった。
少女たちの肩に、緊張が走る。
二人とも痛みを堪えながら、次の言葉を待っていた。
主人公は、そんな二人を眺めながら考えていた。
自分が何をしようとしたのか、この二人はかなり正確に見抜いている。
もちろん、すべてではない。
だが、短い時間に得た情報を整理し、推測と事実を区別しながら判断している。
しかも、その判断を実際の行動につなげている。
ただ従順なだけの人間なら、命令されたことしかしないだろう。
反対に、自分の考えに自信を持ちすぎる人間なら、相手の意図を誤解したまま突き進むこともある。
この二人は、どちらでもない。
分からないことを分からないと認識し、それでも必要な判断を下す。
失敗する可能性を承知したうえで、自分たちが選べる最善と思う行動を取っている。
そして何より、仲間を救おうとする気持ちに、偽りはなさそうだった。
主人公は、こういう人間が好きだった。
誠実で、頭がよく、洞察力に優れ、自分で考えて行動できる人間。
自分の周りに置くなら、こういう人間がいい。
主人公は楽しそうに笑った。
「君たち、相当頭いいね」
二人は驚いたように顔を上げた。
「……え?」
「頭のいい子は大好きだよ」
主人公は満足そうに頷いた。
「じゃあ、交渉成立ということで」
その瞬間、少女たちの折れた指は、誰にも気づかれることなく元の状態へ戻っていた。
「……本当ですか!」
少女の一人が思わず声を上げた。
だが、すぐに自分の声の大きさに気づいたのか、慌てて口元を押さえる。
「あ……いえ……ありがとうございます!!」
もう一人も深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
張り詰めていたものが一気に緩んだのだろう。
二人の目から、堪えきれなくなった涙が零れた。
主人公は満足そうに笑うと、改めて二人へ声をかけた。
「じゃあ、名前を教えてくれるかな?」
「アリシアです!」
「ノエルです!」
二人の声が、綺麗に重なった。
思わず顔を見合わせる。
一瞬、どちらが先に話すか迷った様子だったが、最初に主人公へ声をかけた少女が小さく頷いた。
「……アリシア・エルンフェルトと申します」
続いて、隣の少女が頭を下げる。
「ノエル・エルンフェルトです」
アリシアは少しためらってから、言葉を続けた。
「ただ……今は家名を使わずに暮らしています。ですから、アリシアと呼んでいただければ」
「私も、ノエルでお願いします」
「そっか。分かった。よろしくね、アリシア、ノエル」
主人公は笑って頷いた。
「僕は龍膽慧だよ。よろしく」
『主様、フルネームを言っちゃいましたね』
ai が念話で指摘した。
『あ……まあ、いいか』
『ふふっ。そうですね』
主人公は二人へ微笑んだ。
「よろしくお願いします」
二人も揃って頭を下げた。
「さあ、まずはご飯を食べようか」
主人公はテーブルに並んだ料理へ目を向けた。
少女たちも頷き、一人がフォークへ手を伸ばした。
「……あれ?」
先ほど折ったはずの指が、何の痛みもなく動いている。
驚いて隣を見ると、もう一人も自分の手を見つめていた。
二人は主人公へ目を向けた。
主人公は何も言わず、片目をつむってみせた。
「いきなりたくさん食べるのも大変だろうし、残った分は持って帰ろう。他の子たちも食べるよね」
「……はい!」
「じゃあ、少し多めに用意してもらおうか」
主人公はポンチョの下に手を入れ、ストレージから鍋を取り出すと、そのままテーブルに置いて給仕を呼び止めた。
「すみません。この鍋に、さっきの煮込みを持ち帰り用で入れていただけますか? あと、パンも多めに包んでください」
「はい。かしこまりました」
給仕が鍋を持って厨房へ戻っていく。
主人公は再び少女たちへ向き直った。
「さて、食べながらでいいから、奴隷商会の外観を教えてくれる?」
「はい」
二人は頷いた。
「建物は大通りから少し入ったところにあります。石造りの大きな建物で、入口にはいつも男の人が何人か立っています」
「看板は?」
「あります。入口の上に、大きな看板が掛かっています」
もう一人の少女が続けた。
「表の入口は一つしか見ていません。でも、建物の横に細い道があったので、裏にも出入口があるかもしれません」
「なるほど」
主人公はパンをちぎりながら頷いた。
「連れていかれた子は、どこから中に入ったの?」
「表の入口です。男の人たちに囲まれて、そのまま奥へ連れていかれました」
「ふうん。建物の中は?」
「……分かりません。遠くから見ていたので、中の様子までは……」
主人公は頷いた。
「うん。ありがとう」
『該当する商会を特定しました』
aiの声が届いた。
『建物の構造および周辺状況を確認しています』
『ありがとう。中にいる人間の情報もお願い』
『承知しました』
主人公は少女たちへ目を向けた。
「うん。場所は分かったよ」
二人は目を見開いたが、何も言わなかった。
その後も主人公は食事を続け、少女たちも少しずつ料理を口に運んだ。
先ほどまでの緊張が多少解けたのだろう。
二人とも最初よりは食べ進めていたものの、やはり一度に多くは食べられないようだった。
しばらくして、持ち帰り用の料理が運ばれてきた。
鍋には温かい煮込みがたっぷりと入れられ、焼きたてのパンもいくつかの包みに分けられている。
主人公は二人の皿を見た。
どちらも、もう十分に食べたらしい。
「じゃあ、出ようか」
「はい」
主人公はテーブルで食事代を支払い、少女たちへ鍋とパンの包みを渡した。
それから、清潔な水が入ったボトルも用意する。
「これも持って帰って。みんなで飲んでね」
「ありがとうございます」
二人は大切そうに荷物を抱えた。
「あ、あとこれ」
主人公はもう一本、小さなボトルを取り出した。
中には、微かに淡い青色の光を放つ液体が入っている。
少女たちは不思議そうにそれを見つめた。
「……これは?」
「薬だよ」
主人公は軽く笑った。
「病気の子とか、体調の悪い子がいたら、飲んでみて」
少女は両手でボトルを受け取った。
「ありがとうございます。……どのくらい飲ませればいいですか?」
「んー、適当でいいよ」
主人公は笑った。
「雰囲気、雰囲気」
「……そうですか……」
少女は少し困ったようにボトルを見下ろした。
その様子を見ながら、主人公はaiへ意識を向ける。
『今のボトル、飲んだ人を確認しておいて。周りにいる子供たちも特定して、全員にヒールをかけてあげて』
『承知しました。摂取者の確認と周辺の人物の識別を行い、治療を実施します』
『うん。よろしく』
主人公は軽く頷いた。
「じゃあ、僕は奴隷商会へ行ってくるから、君たちはほかの子たちのところに戻ってて」
「はい」
二人は揃って頭を下げた。
三人はギルドの出口へ向かった。
建物の外には、人だかりができていた。
何人もの人々が通りの一角を取り囲み、口々に何かを話している。
先ほど荒くれ者が落下した場所だった。
人垣の向こうから、驚いたような声が聞こえてくる。
「……何があったんだ?」
「いきなり落ちてきたって話だぞ」
「どこからだよ……」
主人公はその横を、少女たちとともに通り過ぎた。
誰もこちらを呼び止めようとはしない。
ギルドの中で絡んできた男の取り巻きたちの姿も見当たらなかった。
『あの連中は?』
『すでに現場から離れています』
『そっか。まあ、いいか』
主人公は人だかりを抜け、そのまま大通りを歩き始めた。
少女たちは鍋とパンを抱え、主人公についてくる。
やがて三人は、大通りから外れた細い路地へ差しかかった。
この先は、先ほど子供たちが集まっていた場所へ続いている。
主人公は足を止めた。
「じゃあ、ここまでにしようか」
少女たちも立ち止まった。
「……はい」
「みんなにも、よろしくね」
二人は荷物を抱え直し、主人公へ向き直った。
「本当に、ありがとうございます」
「どうか、あの子をよろしくお願いします」
「うん。任せて」
主人公は軽く笑った。
「ああ、そうだ。もう僕のものになるんだから、帰り道、気をつけてね」
二人は一瞬目を見開き、それから揃って頷いた。
「……はい!」
「気をつけます!」
主人公は満足そうに頷いた。
二人はもう一度頭を下げると、路地の奥へ歩いていった。
主人公はその姿が角を曲がるまで見送った。
「さて、と」
『奴隷商会へ向かわれますか?』
「うん。行こうか」
『経路を表示します』
視界に淡い光の線が現れた。
主人公はそれに沿って歩き始める。
「じゃあ、迎えに行こうか」
『はい、主様』
主人公は街の喧騒へと戻っていった。




