第5話 この世界の魔法
訓練施設を出てから、しばらく歩いたところで、主人公はふと足を止めた。
「そういえばさ」
『はい』
「僕の銃とか魔法って、この世界の人間に普通に通用するんだよね?」
『はい。基本的には問題ありません』
「基本的には?」
『この世界の人間も、身体の構造や能力は地球の人間と大きく変わりません。個体差はありますが、一般的には地球人に多少の身体能力を加えた程度とお考えください』
「じゃあ、銃で撃てば普通に死ぬ?」
『致命的な部位に命中すれば、通常はそうなります。ただし、魔法や魔術による防御、身体強化などを行っている場合は別です』
「ああ、そうか。魔法があるんだった」
主人公は再び歩き出した。
「そういえば、この世界って魔法使いがいるんだよね?」
『はい。数は多くありませんが、存在しています』
「へえ。どんな感じ? 僕みたいに火を出したり、空を飛んだり?」
『火や水、風などの現象を発現させる者はいます。ただ、主様とは能力の仕組みも規模も大きく異なります』
「仕組みが違うの?」
『厳密には異なる部分があります。この世界で魔法と呼ばれている現象について、少しご説明しましょうか』
「うん。聞きたい」
主人公は少し楽しそうに答えた。
『まず、この世界には魔素と呼ばれるものが存在します。主様のいた世界でいう、ダークマターやダークエネルギーに相当するものと考えていただくと、理解しやすいかと思います』
「ああ、宇宙の大部分を占めてるっていう、正体のよく分かってないやつ?」
『はい。もっとも、両者が完全に同じ性質を持つわけではありません。こちらの世界では、魔素が通常の物質やエネルギーに干渉し、特定の条件下で現象を引き起こすことが確認されています』
「それが魔法ってこと?」
『そのとおりです』
「へえ、面白いね」
『魔素には、自然環境中に存在するものと、生命が体内に保持しているものがあります。一般的な人間は、それらを意識して操作することができません。しかし、強い感情や願望を抱き、その結果を鮮明にイメージした場合、魔素が反応して現象として現れることがあります』
「例えば?」
『火災に遭い、火に焼かれながらも生き延びた人間がいたとします。その人物が強い恐怖や怒りを抱き、炎を意識し続けた結果、自ら炎を発現させるようになる場合があります』
「トラウマが魔法になるのか」
『はい。ただし、強い感情を抱けば必ず魔法が使えるようになるわけではありません。本人が保持する魔素の量や、周辺環境の魔素濃度にも左右されます』
「なるほどね。じゃあ、その人の魔素が少なかったら、小さい火しか出せないとか?」
『概ねその理解で問題ありません。ただし、偶然その場所に大量の魔素が存在していた場合、本人の能力からは考えられないほど大きな現象が発生することもあります』
「それは怖いね。本人もびっくりしそう」
『実際に、観測を開始してからも、そのような現象が確認されています』
主人公は少し考えた。
「でもさ、それだと魔法って、基本的には偶然使えるようになるものなの?」
『起源としてはそうした事例が多いと考えられます。しかし、一度現象を発現させた人間が、その条件や感覚を再現しようと試みたことで、魔法を意図的に使用する技術が発展しました』
「ああ、なるほど。最初は偶然でも、使い方を覚えれば再現できるわけか」
『はい。さらに、同じ現象を他人にも再現できるよう、呪文や道具、魔石などを用いた研究が進められました。それが魔術と呼ばれるものです』
「魔法と魔術は別物なの?」
『一般的には、自らの魔力によって魔素に直接干渉するものを魔法、道具や呪文、術式などを用いて現象を引き起こすものを魔術と区別しています。ただし、魔術も広い意味では魔法の一種であり、明確な境界が存在するわけではありません』
「ふうん。じゃあ、魔法使いが呪文を唱えるのも意味があるんだ」
『はい。呪文を唱えることで、発現させたい現象を明確にイメージしやすくなる場合があります。また、呪文そのものを術式の一部として利用する魔術もあります』
「なるほどなあ」
主人公は右手を軽く持ち上げた。
掌の上に、小さな炎が現れる。
揺れる炎を眺めながら、少し考える。
「じゃあ、僕がファイアって言って火を出すのは?」
『主様の場合、発声に意味はありません』
「だよね」
『ただし、雰囲気を楽しむという意味では有効かと思います』
「ははっ。それは大事だよね」
主人公が手を閉じると、炎は跡形もなく消えた。
「そういえば、魔力っていうのは魔素の量のこと?」
『正確には異なります。魔素は現象の基盤となるもので、魔力はその魔素に干渉し、事象を発現させる影響力を指します』
「じゃあ、魔素をたくさん持ってるからって、必ず強い魔法が使えるわけじゃないんだ」
『はい。魔素の保有量、干渉する能力、現象をイメージする能力などが関係します。また、周囲の魔素を利用できるかどうかによっても結果は変わります』
「面白いね。魔法使いでも結構個人差がありそう」
『非常に大きいですね』
主人公はしばらく考えながら歩いていたが、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、魔石ってあるの?」
『あります』
「おお、やっぱり!」
主人公の表情が明るくなった。
『魔石は魔素が凝縮されたものです。特定の鉱物にも形成されますが、生物の体内に形成されるものもあります』
「魔獣の体内とか?」
『はい。ただし、魔獣だけではありません。人間の体内にも存在します』
「え、人間にも?」
『はい。もっとも、一般的な人間の魔石は非常に小さく、保持する魔素の量も限られています。魔素濃度の高い環境で長く生活したり、魔素を積極的に取り込んだりすることで、成長する場合があります』
「じゃあ、魔法使いは魔石を大きくしたいわけだ」
『その傾向があります。特に魔術師の中には、他の魔石を取り込むことで、自らの魔素保有量を増やそうとする者もいます』
「他の魔石を取り込むって、食べたりするの?」
『経口摂取だけでなく、魔術的な処置によって体内に取り込む方法も存在します。ただし、十分に確立された技術とは言えず、危険も伴います』
「危険?」
『魔素は、人間の認識やイメージに影響を受けます。したがって、大量の魔素を保持している状態で、自分の老いや病気を強く意識すると、そのイメージに沿った現象が発生し、かえって老化や病状が進行する場合があります』
「うわ。それは嫌だな」
『反対に、健康や若さを強く確信している人間が、長期間にわたってその状態を維持する例もあります』
「思い込みで長生きできるってこと?」
『極端に表現すれば、そのようになります。ただし、単に長生きしたいと願うだけで実現するものではありません。本人の魔力や魔素量、認識の強さなど、複数の条件が関係します』
「でも、面白いなあ。病は気からって言葉が、本当に物理的な意味を持つ世界なんだ」
『そうですね』
主人公はしばらく感心したように頷いていたが、ふと別のことを思いついた。
「じゃあ、瞑想とかも効果があるの?」
『あります。一般的な人間は魔素の存在を明確には認識していませんが、瞑想によって身体の内部を意識し、血液や生命力が循環する様子をイメージすることで、魔素の働きが活性化する場合があります』
「それで体が強くなったり?」
『はい。効果が十分に大きければ、身体能力の向上につながります。武術家などが、本人も魔法と認識しないまま身体強化を行っている例も確認されています』
「ああ、それは面白いね。気功とか、内功みたいな感じか」
『主様の知識にある概念と、共通する部分は多いと思われます』
「じゃあ、武術の達人が普通の人間よりずっと強い、なんてこともあるんだ」
『はい。ただし、主様が訓練された身体強化とは規模が異なります』
「まあ、それはそうだろうね」
主人公は少し笑った。
「そういえば、魔獣ってどういうものなの? 普通の動物が魔法を使うようになるの?」
『概ねそのとおりです。魔素濃度の高い地域に長期間生息していた動物が、体内に魔素を蓄積し、身体能力を強化する場合があります』
「強くなりたいって思うから?」
『そのような本能的な欲求も影響します。捕食者から逃げたい、獲物を捕らえたい、より強い個体になりたいといった欲求が、魔素による身体強化につながることがあります』
「じゃあ、火を吐くドラゴンとかもいるの?」
『大型の爬虫類に似た魔獣は確認されています。火や雷、水などの現象を発現させる動物も存在しますが、主様の想像されているドラゴンと完全に一致するかどうかは、実際にご覧になって判断していただくのがよろしいかと』
「それは楽しみだな」
『危険な個体も存在しますので、一般の人間が遭遇すれば大きな被害につながる場合があります』
「まあ、そりゃそうだよね」
主人公は遠くの山並みに目を向けた。
この世界のどこかには、火を吐く巨大な獣がいるのかもしれない。
それを思うだけで、少しわくわくしてきた。
「人間の魔法使いって、やっぱり貴族とかに多いの?」
『はい。魔法の発現には遺伝的な要素も関係すると考えられており、魔力を持つ家系が長期間にわたって存続することで、強い魔法師を輩出する例が多く見られます』
「なるほど。強い魔法使いの子供も、強い魔法使いになりやすいわけだ」
『はい。また、古くから続く魔法師の家系では、先ほどお話しした魔石の取り込みを利用し、先祖の力を子孫へ受け継がせようとする例もあります』
「ああ、魔石を代々受け継ぐのか」
『そのとおりです』
「すごいな。家宝が自分の体の中にあるようなものか」
『そう表現することもできます』
「でもさ、そもそも魔法が使える人間が、どうして貴族になったんだろうね」
『歴史的には、魔法を発現させた人間が、周囲から特別な存在として扱われたことが大きいと考えられます』
「まあ、火を出したりできたら、普通じゃないもんね」
『特に人類史の初期には、天災に遭遇しながらも生き延びた人間が、意図せず魔法を発現させる例がありました』
aiは続けた。
『そのような人物が邪悪な存在として排斥されることもありましたが、反対に神聖な存在として崇められる場合もありました。強い魔法を持つ者が集落の指導者となり、村の長から領主へ、さらに国王へと地位を高めていったと考えられる事例もあります』
「ああ、なるほど。魔法が使えるだけで、軍事力も権威も手に入るわけか」
『はい。魔術の研究が進んでからは、魔法の知識や魔石を代々受け継ぐ貴族家系も現れました。そのため、古くから続く貴族には、比較的強い魔力を持つ者が多い傾向があります』
「じゃあ、この世界の貴族って、本当に強い人も結構いるんだ」
『そのとおりです。ただし、地位と魔力が必ずしも比例するわけではありません』
「ふうん」
主人公は少し考え込んだ。
「そういえば、呪いとかもあるの?」
『あります』
「おお、あるんだ」
『魔素が強い感情や願望に反応する以上、他者に対する憎悪や怨念も現象を引き起こす場合があります』
「誰かを恨んでたら、その人が病気になったり?」
『そのような例があります。特に大勢の人間から強い怨念を向けられた場合、対象者の身体や精神に影響が現れることがあります』
「怖いなあ。じゃあ、悪い領主とかは呪われまくってるんじゃない?」
『実際に、そのような事例は多く見られます。ただし、興味深いことに、怨念によって集まった魔素が対象者の魔力を増大させる場合もあります』
「えっ、逆に強くなるの?」
『はい。大量の人間を虐殺した支配者や、長年にわたり住民から恨まれ続けた領主が、強大な魔力を持つようになる例もあります』
「それはまた、ずいぶん理不尽だね」
『もっとも、必ずしも本人にとって有益とは限りません。魔力の増大と同時に病気や精神的な異常が発生したり、子供が生まれにくくなったりする場合もあります。また、その影響が子孫に及ぶこともあります』
「なるほど。強くなる代わりに、いろいろ壊れていくこともあるわけか」
『はい。さらに、本人が自分は呪われていると認識することで、魔素による負の影響が増幅される場合もあります』
「ああ、さっきの病気の話と同じか」
『そのとおりです』
「なんか、魔法って便利なだけじゃないんだね」
『はい。特に自分の認識によって作用が変化するという点は、扱いの難しさにつながっています』
主人公は納得したように頷いた。
会話が途切れると、風に揺れる草の音が耳に戻ってきた。
しばらく歩いてから、主人公が再び口を開く。
「そういえばさ」
『はい』
「この世界って、人間以外の種族もいるの?」
『存在しています』
「えっ、どんな?」
『主様の知識にあるエルフや獣人に相当する種族が確認されています』
「おお!」
主人公は思わず声を上げた。
「魔法使いにエルフまでいるのか! ええやん」
『お気に召しましたか』
「そりゃあね。異世界に来たって感じがするじゃん」
『そうですね』
「エルフって、やっぱり耳が長いの?」
『そのような外見的特徴を持つ集団が確認されています。ただし、すべての個体が同一の特徴を持つわけではありません』
「ふうん。じゃあ、獣人も耳とか尻尾があるの?」
『はい。獣に似た耳や尾を持つ者もいれば、身体の広い範囲に体毛が生えている者もいます』
「へえ、面白そう」
主人公はしばらく想像を巡らせた。
「でもさ、エルフとか獣人って、もともと人間とは違う生き物なの?」
『この世界では、いずれも人類から分化した種族であると考えられます』
「人類から?」
『はい。長期間にわたって特定の環境で生活した集団が、魔素の影響を受けながら身体的な特徴を変化させてきたと推測されています』
「じゃあ、進化の途中で魔法が関わってるわけだ」
『そのとおりです。環境だけでなく、集団の信仰や文化、理想とする姿などが影響した可能性もあります』
「なるほどなあ。こうありたいっていうイメージが、何世代もかけて体に反映されるのか」
『そのような仮説が、現在の観測結果とは比較的よく整合しています』
「面白いねぇ」
主人公は楽しそうに笑った。
「ちなみに、エルフって長命なの?」
『その可能性が高いと考えられます』
「やっぱり!」
『ただし、この世界の調査を開始してからまだ数年しか経過していませんので、実際の寿命を直接確認できているわけではありません。現在までの観測結果と、生理機能のシミュレーションに基づく推定です』
「ああ、なるほど。まあ、数年じゃ寿命なんて分かんないよね」
『はい。少なくとも、一般的な人間に比べて老化の進行が遅いと考えられる特徴が確認されています』
「いいなあ。会ってみたいね」
『いずれ機会はあるかと思います』
「そうだね。楽しみにしとこう」
主人公は満足そうに頷いた。
それから少しの間、二人の会話が途切れた。
風に揺れる草の音を聞きながら歩いていると、主人公は腰に下げたハンドガンへ目を落とした。
訓練施設では何年も銃を撃ってきた。
格闘も、魔法も、十分に練習した。
人工的に用意された訓練相手との戦闘も、数え切れないほど経験している。
だが、実際にこの世界で生きている人間を相手にしたことは、まだ一度もない。
「……やっぱり、一回ぐらい試しておきたいな」
『何をでしょうか』
「いや、銃が普通に効くっていうのは分かったんだけどさ。実際にこの世界の人間とやり合ってみないと、なんか若干不安じゃない?」
『なるほど。実戦で性能を確認されたいということですね』
「うん。訓練と実戦じゃ違うだろうし」
『おっしゃるとおりです』
「というわけで、ちょうど良さそうな悪いやつ、見繕ってくれない?」
『少々お待ちください』
主人公の視界の端に、小さな表示が現れた。
aiが周辺地域の情報を照合している。
しばらくして、地図の上に一つの地点が示された。
『ここから少し離れた街道沿いに、山賊と思われる集団がいます』
「山賊?」
『はい。先日も行商人の馬車を襲撃しています。その際に商人が殺害されたことも、衛星の観測記録から確認できています』
「へえ。人数は?」
『現在確認できているのは十数名です。周辺の地形と過去の移動履歴から、街道脇の森林地帯を拠点としていると考えられます』
「武器は?」
『剣や弓などが中心です。一部には魔術的な道具を所持している可能性がありますが、現時点で高度な魔法師の存在は確認されていません』
「なるほど。ちょうどいいかもね」
主人公は地図を眺めた。
現在地から少し離れた場所に、山賊の拠点が赤く表示されている。
「じゃあ、そいつらにしようか」
『承知しました。目的地までの経路を表示します』
目の前に、薄い光の線が伸びた。
「ありがとう」
主人公はその線に沿って歩き出した。
やがて草原の中に、人や馬車が繰り返し通ったと思われる道が現れた。
ところどころ土が露出し、車輪によって刻まれた轍が続いている。
道は細く、舗装もされていない。少し進むだけでも、石や地面の凹凸が目についた。
「しかし、結構距離あるね」
『徒歩ですと、それなりの時間が必要になります』
「車でもいいんだけど、道が舗装されてないしなあ」
『悪路走行に適した車両をご用意することは可能です』
「うーん。でも、わざわざ車出すほどでもないんだよね」
主人公は少し考えた。
「……セグウェイ」
『セグウェイ、ですか?』
「うん。あれ、楽そうじゃない?」
『車両を生成しますか?』
「いや、ちょっと待って」
主人公は両足を揃え、膝を軽く曲げた。
そのまま身体を地面から数センチ浮かせる。
「こうやって……」
両手を前に出し、見えないハンドルを握るような格好をした。
「……おお」
その姿勢のまま、前方へ滑るように進み始める。
足は地面についていない。
何もない空中で、セグウェイに乗っているような姿勢を保ったまま、主人公の身体だけが移動していた。
「ははっ! これいいじゃん!」
『ふふっ』
「え、笑った?」
『いえ、失礼しました』
「いや、今笑ったでしょ」
『はい。少々面白い光景でしたので』
「でしょ?」
主人公は嬉しそうに笑った。
「でも、これ結構楽だよ」
『確かに移動効率は良いと思います。ただ、姿勢に意味はありませんね』
「それ言っちゃ駄目でしょ」
『失礼しました』
主人公はそのまま速度を上げた。
何もない場所で両手を突き出し、少し前傾姿勢になった人間が、地面すれすれを滑るように進んでいく。
もし誰かが見ていたら、かなり奇妙な光景だっただろう。
しかし、周囲には誰もいなかった。
「まあ、誰も見てないしいいよね」
『衛星からは確認できていますが』
「それは見てるって言わないの」
『そうでしょうか』
「そうなの」
主人公は笑いながら、街道に沿って進んでいった。
目的地に近づくにつれて、草原は次第に低木の多い地形へ変わり、やがて森が見えてきた。
日は傾き始め、遠くの山並みが赤く染まっている。
主人公は速度を落とし、地面に足をつけた。
「さて、と」
視界に表示された地図では、山賊の拠点まで残り二キロほどとなっていた。
『対象を捕捉しました』
「見せて」
主人公の視界に、森の一角が拡大表示される。
木々に囲まれた少し開けた場所に、粗末な天幕がいくつか張られていた。
その周囲には人影があり、焚き火の煙が上がっている。
人影の一つひとつに、ARの表示が重ねられた。
人数、位置、移動方向。
さらに、武器と思われる物品も識別されている。
「おお、いるねえ」
『はい。現在、拠点内に十三名を確認しています』
「見張りは?」
『周辺に二名。残りは拠点内にいます』
「ふうん」
主人公はしばらく拡大映像を眺めた。
男たちは焚き火を囲んで何かを食べたり、酒らしいものを飲んだりしている。
少し離れた場所には馬が繋がれていた。
「どうしようかな。一応、夜に仕掛けようか」
『その方が警戒は薄くなると思われます』
「だよね。じゃあ、もうちょっと待とう」
主人公は近くの木陰に腰を下ろした。
夕暮れの森は静かだった。
鳥の声が聞こえ、風が枝葉を揺らしている。
主人公はストレージから飲み物を取り出し、ゆっくりと口をつけた。
「しかし、いよいよ実戦か」
『緊張されていますか?』
「うーん。ちょっとだけね」
『主様の能力であれば、危険は極めて小さいと考えられます』
「まあ、そうなんだろうけど。訓練で撃つのと、本当に人を撃つのは違うでしょ」
『そうですね』
「それに、相手がどんな反応するかも分かんないし」
主人公は再び拠点の映像を見た。
「ま、試してみれば分かるか」
『はい』
主人公は飲み物をもう一口飲んだ。
空の赤みが薄れ、森に夜が訪れていく。
やがて周囲はすっかり暗くなった。
しかし、主人公の視界はほとんど変わらなかった。
強化された視覚によって、木々の輪郭も地面の起伏も、昼間と変わらないほど鮮明に見えている。
「便利だねえ、これ」
『暗所視能力は正常に機能しています』
「暗視ゴーグルとか、もう要らないね」
『特殊な状況を除けば、必要ないと思います』
「ほんと便利」
主人公は立ち上がり、軽く身体を伸ばした。
『山賊の大半が就寝したようです』
「お、そろそろ?」
『はい。見張り二名を除き、活動している者はいません』
「じゃあ、始めようか」
主人公はポンチョの下へ手を入れ、装備を確認した。
ライフル。
ハンドガン。
予備弾倉。
ナイフ。
長年の訓練で身体に馴染んだ配置を、ひとつずつ確かめていく。
主人公は手を下ろした。
それから、少し考える。
「まずは見張りからかな」
『はい。二名とも現在位置を維持しています』
「せっかくだし、狙撃銃も使ってみようか」
『どちらをご用意しますか?』
「七ミリPRCのボルトアクションで。サプレッサー付き」
『承知しました』
主人公の手元に、長い銃身を持つ狙撃銃が現れた。
訓練施設で何度も使用した銃だった。
黒を基調とした銃身の先端には、サプレッサーが装着されている。
主人公は銃を受け取り、少し高くなった場所まで移動した。
山賊の拠点との距離は、およそ八百メートル。
木々の切れ間から、拠点の周辺と見張り二名を見渡せる位置だった。
「さて……」
主人公は銃を構えた。
スコープを覗く。
視界の中に、見張りの一人が大きく映し出された。
男は木のそばに立ち、時折周囲を見回している。
もう一人は少し離れた場所で腰を下ろしていた。
「アイ、エレベーションとウィンデージ、教えて?」
『距離は約八百メートル。打ち下ろし角と横風を考慮した補正値を表示しました。コリオリ力の影響は、この条件では無視して差し支えありません』
視界の端に、エレベーションとウィンデージの補正値が浮かび上がった。
主人公は表示された数値を確認した。
「なるほど。ありがとう」
『どういたしまして』
「念のため、オートエイムも使っとこうかな」
『承知しました。照準補助を有効化します』
照準の表示がわずかに変化した。
主人公が意識した対象に合わせて、銃の保持位置が微細に補正される。
「……やっぱりすごいな、これ」
『主様ご自身の技量でも十分に命中可能ですが』
「いや、初めての実戦だしさ。今日は確実にいこう」
『承知しました』
主人公はゆっくりと息を吐いた。
照準が、立っている男の頭部に重なる。
引き金を引く。
抑えられた発砲音とともに、肩へ反動が伝わった。
スコープの向こうで、男の身体が崩れ落ちる。
主人公はすぐにボルトを操作し、薬室から弾かれた薬莢が地面に落ちるまでに次弾を装填した。
もう一人の見張りは、まだ異変に気づいていない。
照準を移す。
今度は胴体。
再び引き金を引いた。
男はその場に倒れ、動かなくなった。
『二名とも生命反応が停止しました』
「なるほど……」
主人公はしばらくスコープを覗いたまま、倒れた二人を確認していた。
「ちゃんと効くんだね」
『はい。観測した限り、通常の人体に対する弾道効果と大きな違いはありません』
「そっか。よかった」
主人公は銃を下ろした。
初めて、生身の人間を撃った。
だが、想像していたほどの動揺はなかった。
少なくとも、自分が何をしたのかは理解している。
それでも、罪のない人間を襲って殺している連中だと分かっていたこともあり、後悔のような感情は浮かんでこなかった。
むしろ気になったのは、銃弾が予想どおりの結果をもたらしたということだった。
「じゃあ、残りも片づけようか」
『承知しました。残存十一名の位置を表示します』
主人公の視界に、拠点の人影が赤い輪郭で示された。
「まだ気づいてない?」
『はい。警戒行動は確認されていません』
「じゃあ、近づこう」
狙撃銃をストレージに収納し、主人公はARを手に取った。
セレクターを確認し、周囲を見渡す。
夜の森の奥に、山賊たちの拠点が見えていた。
「さて……実戦の続きといきますか」
主人公は小さく呟き、木々の間へ足を踏み入れた。




