第3話 王都観光
登場ガーディアン:レオナ(CH029・一番)/ミーナ(CH030・二番)/セレス(CH031・三番)/フィアナ(CH032・四番)/メイ(CH033・五番)/クラウディア(CH034・六番)/アデリーナ(CH035・七番)
シルヴィア(CH036)/リゼット(CH037A)/ハンナ(CH037B)/ルカ(CH037C)
クラウディア(六番)とアデリーナ(七番)が正式に首輪を授かった後、七人は再び顔を揃えていた。
「それで、どうだった?」
皆の聞きたいことは一つだった。
先陣を切ったのはミーナ(二番)だった。
「……今まで受けた、どの訓練よりもすごかった」
しばらく考えた末に、メイ(五番)が答えた。
「それだけ?」
「それだけ」
メイは少し俯き、恥ずかしそうに唇を細く結んだ。
それ以上は答えようとしなかった。
仲間たちは顔を見合わせた。
そこへ、シルヴィアが近づいてきた。
その視線は、メイの指にはめられた指輪に向けられていた。
「お前が最速だな」
シルヴィアは、どこか羨ましそうに微笑んだ。
メイは何と答えてよいか分からず、曖昧に微笑み返した。
「さて、そろそろ本題に入るぞ」
シルヴィアの一言で、七人の表情が引き締まる。
「首輪の機能は、もう大体分かっているな。装着した時点で、ある程度は感じているはずだ」
全員が頷いた。
「だが、使えることと使いこなせることは別だ。これから、お前たちにはそのための訓練を受けてもらう」
シルヴィアは七人を見渡した。
「これまでの選抜訓練は、お前たち自身を鍛えるものだった。身体能力、精神力、判断力。限界まで磨き上げたつもりだろうが、首輪を得た今となっては、それも基礎に過ぎない」
そう言って、わずかに笑う。
「ここからは、兵器システムとしての訓練だ」
首輪を通じて得られる膨大な情報を瞬時に処理し、供給される魔素を制御し、必要な兵装を選択する。
状況によっては、複数の作戦を同時に遂行することも求められる。
それらすべてを、首輪の支援を受けながら、自分の手足と同じように扱えるまで叩き込むのだという。
「個人で戦うことだけを考えていればよかった今までとは違う。場合によっては、一人で国家を相手にすることにもなる」
七人は黙って耳を傾けていた。
「訓練期間は内部時間で数年。もちろん、主様のそばでお仕えするために必要な内容も含まれる。しっかり身につけろ」
そしてシルヴィアは、クラウディアとアデリーナに視線を向けた。
「それと、クラウディア、アデリーナ。お前たちには訓練修了後、別の予定が入っている」
「はい」
「主様がアルヴェリス王国へ観光に行かれる。その時、お前たちに案内を頼みたいとのことだ」
二人の表情が、ぱっと明るくなった。
「……主様が、ですか?」
「ああ。同行は全部で六人。お前たち二人は確定だから、残りは四枠だな」
シルヴィアは、何やら楽しそうに笑った。
「さて、これから争奪戦だ。私も絶対に勝ち取ってやる」
その表情は、これから訓練を受ける七人を前にした教官というより、楽しみな予定を控えた一人の少女のようだった。
「では、訓練を始めるぞ」
シルヴィアが手を叩く。
七人の視界に、無数の情報が展開された。
そして彼女たちは、外の世界ではわずかな時間に過ぎない、数年に及ぶ訓練へと入っていった。
*
数年に及ぶ内部時間の訓練を終えた七人は、シルヴィアの前に整列していた。
身体能力や精神力を極限まで鍛え上げられていた彼女たちにとっても、今回の訓練は想像を超えるものだった。
首輪を介して得られる情報は膨大であり、その処理速度も、扱える兵装も、選抜訓練の頃とは比較にならない。
何より、自分自身が一つの兵器システムとして機能するという感覚は、それまでの戦闘技術とは根本的に異なっていた。
「どうだ。少しは慣れたか?」
シルヴィアの問いに、七人が頷く。
「まあ、実際の運用ではまだまだ覚えることも多いが、ひとまず合格だ」
シルヴィアはクラウディアとアデリーナに目を向けた。
「さて、お待ちかねの観光だ。準備はいいか?」
「はい!」
二人の返事は、訓練中のどの報告よりも明るかった。
「ちなみに同行枠だが、私も無事に勝ち取ったぞ」
シルヴィアは得意げに笑った。
「ほかの三人も決まっている。主様をお待たせするわけにはいかないからな。行くぞ」
*
アルヴェリス王国の王都は、相変わらず大きかった。
高い城壁に囲まれた街には石畳の道が幾筋も走り、その中心には王城がそびえている。
門の前には、入城を待つ商人や旅人たちが長い列を作っていた。
その列を横目に、主人公たちは正門へと向かう。
一行は主人公と六人の女性。
クラウディアとアデリーナに加え、同行するのはシルヴィア(CH036)、リゼット(CH037A)、ハンナ(CH037B)、ルカ(CH037C)の四人だった。
女性たちはいずれも華やかな服に身を包んでおり、兵士らしい姿の者は一人もいない。
「こんにちは。少しよろしいでしょうか」
主人公の声に、門番が顔を上げた。
「何用だ?」
「私たちは隣国から来た者なのですが、国王陛下にお会いしたくて。お取り次ぎをお願いできますか?」
門番は怪訝そうに眉をひそめた。
「陛下に? 約束はあるのか?」
「いえ、突然伺ったので。お時間が取れるようでしたら、ということで結構ですよ」
あまりにも気軽な申し出に、門番は困惑した。
国王への謁見を、まるで知人への訪問のように頼んでくる者など、そうはいない。
そのとき、クラウディアが一歩前に出た。
「お久しぶりです。私の顔を覚えておいででしょうか」
門番はその顔を見て、目を見開いた。
「……まさか、あなた様は」
王国でも有数の家格を誇る貴族の令嬢。その顔を、王都の門番が見間違えるはずもなかった。
「失礼いたしました。ところで、こちらのお方は……?」
門番が主人公へ視線を向ける。
「ああ、申し遅れました。エン王国の国王をしております」
主人公は穏やかに答えた。
「……こ、国王陛下でいらっしゃいますか!?」
「はい。突然の訪問で申し訳ありませんが、お取り次ぎをお願いできますか?」
門番は慌てて姿勢を正した。
「し、しばらくお待ちください! ただちに王城へ報告いたします!」
「あ、急がなくても大丈夫ですよ。私たちはしばらく観光していますので、国王陛下のご都合がつきましたら、お迎えに来ていただければ」
そう言って、主人公は楽しそうに街へ視線を向けた。
「さて、どこから案内してもらおうかな」
クラウディアとアデリーナが顔を見合わせる。
「それでは、まず王都の中央広場はいかがでしょうか。周辺には歴史ある商店が多く、王国でも名の知られた菓子店がございます」
クラウディアが丁寧に提案する。
「へえ、いいね。行ってみようか」
主人公が頷くと、アデリーナが少し遠慮がちに口を開いた。
「あの、主様。もしよろしければ、私にも一軒、お勧めのお店がございます」
「お、いいね。どんな店?」
「その……あまり立派なお店ではないのですが、焼き菓子がとても美味しいんです」
「じゃあ、そこにも行こう!」
アデリーナの顔がぱっと明るくなった。
クラウディアは、そんなアデリーナを微笑ましそうに見ていた。
中央広場を抜け、古い商店街を歩く。
クラウディアは王都の歴史や建物の由来を説明し、時折、由緒ある店を紹介した。
彼女の説明は淀みなく、王国の文化や歴史への造詣の深さがうかがえた。
主人公も興味深そうに耳を傾け、気になった建物があれば足を止める。
クラウディアは王国でも上位に位置する貴族の長女として育てられた。
幼い頃から王城に出入りし、社交界でも相応の立場を与えられていたため、王都の主要な施設や格式ある店には詳しい。
一方のアデリーナは、クラウディアよりやや下位の有力貴族の次女だった。
家督を継ぐ立場ではなく、社交界への参加も比較的少なかった彼女は、父親が政務のため王都を訪れる際、家族とともに王都の別邸に滞在することがあった。
そのたびに、教育係や使用人の目を盗んで屋敷を抜け出し、街を歩くことを楽しみにしていた。
もちろん、貴族の娘が供も連れずに街を歩くことなど許されるはずもない。
そこで彼女は偽名を使い、庶民の暮らしを楽しんでいたのだ。
クラウディアの案内が一段落したところで、アデリーナは主人公たちを少し細い道へと誘導した。
大通りから二本ほど入った、庶民的な店が並ぶ一角。
その端に、小さな焼き菓子店があった。
店先には素朴な看板が掛かり、開け放たれた窓から甘い香りが漂っている。
「ここです!」
アデリーナが嬉しそうに指さした。
「へえ、いい匂いがするね」
主人公が店先を覗き込むと、奥から年配の女性が出てきた。
「いらっしゃ……あら?」
女性はアデリーナの顔を見て、目を丸くした。
「もしかして、リナちゃんかい?」
「おばさん!」
「やっぱり! あんた、どこ行ってたんだい。もう何年も顔を見せないから、心配してたんだよ!」
「ごめんなさい。ちょっと、いろいろあって……」
「まあ、元気そうで何よりだよ! 今日はどうする? いつものかい?」
「はい! 七つお願いします!」
アデリーナは嬉しそうに答えた。
「あいよ。……と言いたいところだけど、昔と同じものは、ちょっと難しくてねえ」
店主は困ったように笑った。
「材料がずいぶん高くなっちまって。今は少し小さくして売ってるんだよ」
「そうなんですか……」
アデリーナがわずかに眉を寄せる。
「でも、味は変わってないからね! ちょうど今、新しいのが焼き上がるところだから、少し待っておくれ」
店主が厨房へ引っ込むと、クラウディアが不思議そうにアデリーナを見た。
「……リナ?」
「あ、ええと……昔、こちらに来るときは、その名前を使っていたんです」
アデリーナが少し気まずそうに笑った。
クラウディアは納得したように頷いた。
ほどなくして、焼きたての菓子が七つ、包みに入れて手渡された。
代金を支払った一行は、再び通りへと歩き出す。
アデリーナは一つを主人公に差し出した。
「主様、ぜひ温かいうちに!」
「ありがとう。いただくね」
主人公は一口食べると、嬉しそうに目を細めた。
「これ、美味しいね!」
「本当ですか!」
アデリーナが身を乗り出す。
「うん。外がさくっとしてるのに、中はしっとりしてる。蜂蜜の香りもいいね」
「そうなんです! 私、昔からこれが大好きで!」
アデリーナの声が弾む。
その様子を見ていたクラウディアも、自分の包みを開いた。
一口食べると、少し驚いたように目を丸くする。
「……本当ですね。とても美味しいです」
「でしょう!」
アデリーナが得意げに笑った。
「こんなお店があったなんて、知りませんでした」
「ふふ。昔はよく通っていたんです」
主人公は、そんな二人のやり取りを楽しそうに眺めていた。
少し後ろでは、同行していた四人のガーディアンも、焼き菓子を美味しそうに頬張っている。
そのうちの一人、シルヴィアとふと目が合った。
「あっ……主様。よろしければ、お飲み物を」
シルヴィアは少し緊張した面持ちで、コーヒーを差し出してきた。
「ありがとう! ちょうど何か飲みたいと思ってたんだ」
主人公は嬉しそうに受け取り、一口飲んだ。
焼き菓子の甘さが口に残るところへ、コーヒーの豊かな香りとほろ苦さが広がる。
「このコーヒー、ウマー」
思わず声が漏れた。
「……最高だね」
主人公が満足そうに微笑むと、シルヴィアの表情がぱっと明るくなった。
「は、はい!」
すると、隣にいたリゼットが口を開いた。
「主様、それ、彼女が主様に飲んでいただくために、ずっと研究していたコーヒーなんですよ。豆も焙煎も温度も、いろいろ試して、一番美味しい組み合わせを何種類も用意してきたんです」
「ちょっ……!」
シルヴィアが慌てて振り返る。
主人公は驚いたように目を丸くした。
「えっ、そうなの? すごいね。ありがとう、本当に美味しいよ」
「……ありがとうございます!」
シルヴィアは嬉しそうに微笑んだ。
すると、今度はリゼットが、少し得意げに口を開いた。
「ちなみに主様、私はお紅茶を用意してきました。お紅茶がお飲みになりたくなったら、ぜひ私にお申し付けください」
「あっ、ずるい!」
ハンナがすかさず声を上げる。
「私は抹茶です! 今回は石臼の素材を変えて、回転速度を少し落としてみたんです」
「いいねぇ」
主人公が嬉しそうに笑うと、ハンナも満足そうに微笑んだ。
最後にルカが口を開いた。
「僕はチャイを用意しました。最近すっかりはまってしまって……香辛料の配合もいろいろ試しているんです」
「へえ、みんなすごいね!」
主人公は楽しそうに四人を見渡した。
「じゃあ、今日は飲み物に困らないね」
その言葉に、四人が嬉しそうに笑う。
クラウディアとアデリーナも顔を見合わせ、思わず微笑んだ。
「でも、そんなに用意してくれてるなら、全部飲んでみたいな」
主人公が何気なくそう言うと、四人の表情が一斉に明るくなった。
主人公は笑いながら、もう一口コーヒーを飲んだ。
ふと、アデリーナは手にした菓子へ目を落とした。
昔と比べて、随分と小さくなっている。
店主が口にしていた材料費の高騰も気になり、首輪を介して店の状況を確認した。
経営状況に加え、王都の税制や徴税の実態まで、必要な情報が瞬時に得られる。
アデリーナの表情が、わずかに曇った。
王都では数年前から税負担が増大していた。
それだけではない。徴税を任された貴族や役人たちによる不当な取り立てが横行し、商人たちの生活を圧迫している。
あの店も、近いうちに閉店を余儀なくされる可能性が高かった。
「どうしたの?」
主人公がアデリーナに声を掛けた。
「……いえ、何でもありません」
アデリーナは小さく首を振った。
主人公はそれ以上追及せず、残っていた菓子を口へ運んだ。
一行が大通りへ戻ったところで、数人の騎士が近づいてきた。
「失礼いたします。国王陛下より、皆様を王城へお招きするよう仰せつかっております」
主人公は足を止めた。
「あ、もう準備できたんですね。ありがとうございます」
そう言って、クラウディアとアデリーナを振り返る。
「じゃあ、行こうか」
*
王城の謁見の間には、国王と宰相、そして多くの衛兵が控えていた。
高い天井には豪華な装飾が施され、奥には玉座が据えられている。
主人公は特に緊張した様子もなく、その前へと進んだ。
クラウディアとアデリーナ、そのほか四人のガーディアンも、一定の距離を保って付き従う。
「遠路はるばる、よく参られた」
玉座から声を掛けた国王は、主人公を値踏みするように眺めていた。
想像していたよりも、ずっと若い。
伝承に語られるほどの力を持つ人物には、とても見えなかった。
「本日は突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。お時間をいただき、ありがとうございます」
主人公は穏やかに頭を下げた。
「それで、今日は何用かな?」
国王の問いに、主人公は首を傾げる。
「実は、一つ確認したいことがありまして」
そう前置きして、続けた。
「私の国に、スパイを二人送り込まれましたよね。あれはどういうお考えだったのでしょうか?」
謁見の間の空気が、わずかに変わった。
宰相が一歩前へ出る。
「その件につきましては、既に調査が完了しております」
「そうなのですね」
「我が国の領主二名が、独断で貴国への潜入を企てていたことが判明いたしました。両名は自らの娘を貴国に取り込ませ、それを利用して貴国との交渉を有利に進めようとしていたのです」
クラウディアとアデリーナは、表情を変えなかった。
「国王陛下も事態を重く受け止められ、関係者を拘束。既に一族郎党、処刑を済ませております」
「そうですか」
主人公が相槌を打つ。
「事の重大さに鑑み、改めて貴国へご報告し、謝罪の使者を派遣する手筈でございました」
「なるほど。では、国としての関与はなかった、ということでしょうか?」
「左様でございます。すべては当該領主らの独断によるもの。我が国としても、誠に遺憾に存じます」
宰相は深々と頭を下げた。
その様子を、主人公はしばらく眺めていた。
「承知しました。ご説明ありがとうございます」
あまりにもあっさりした返答に、宰相はわずかに目を細める。
国王も同様だった。
やはり、この男は大した人物ではないのではないか。
国王は、隣に控える宰相を呼び寄せた。
「……おい」
声を潜めたつもりなのだろう。
しかし、その場にいるガーディアンたちには、一言一句、明瞭に聞こえていた。
「こやつが、伝承にあるほどの力を持っているようには思えん」
宰相は黙って耳を傾ける。
「複数の国を滅ぼしたなどという話も、どうせ大げさに伝わったものだろう。見ろ。ろくに兵も連れず、のこのこと我が城へ来ておる」
国王の口元が歪んだ。
「攻めるには難儀な地形の国と聞くが、今ここでこやつを殺してしまえば話は早い」
「……陛下」
「この男さえ殺せば、あの国は主を失う。混乱に乗じて我が国の庇護下に置き、いずれ属国とすればよい。そうなれば、あの国の技術も富も、すべて我がものよ」
宰相は何も答えなかった。
国王は、主人公に付き従う六人の女性たちへ視線を向けた。
「女どもも、どうせ金目当ての妾であろう。金子を渡せば済む話だ。従わぬなら、薬漬けにするなり何なりすればよい」
その瞬間。
ぎり、と。
静まり返った謁見の間に、微かな音が響いた。
クラウディアが握る武器のグリップが、強く締めつけられた音だった。
アデリーナも、普段の柔らかな表情を消している。
ほかのガーディアンたちも、静かに国王を見据えていた。
宰相はしばらく考えた末、国王の耳元へ口を寄せた。
「……ここでは汚れます。それは後ほど手配いたしましょう」
「何をこそこそ話しているんですか?」
不意に主人公が声を掛けた。
国王が顔を上げる。
宰相は主人公に視線を向け、何事もなかったかのように答えた。
「いえ、せっかく遠方よりお越しいただきましたので、歓迎の宴をご用意させていただこうと、陛下にご相談申し上げておりました」
主人公は、相変わらず穏やかな表情だった。
「私を殺した後の?」
宰相の表情が、初めてわずかに強張った。
主人公は、にやりと笑う。
「頑張ってくださいね」
国王は一瞬、驚いた顔をした。
だが、すぐに大きな声で笑い出した。
「はっはっは! 聞こえておったか!」
玉座から身を乗り出す。
「ならば話は早い! 一人でのこのこ出てきおって。貴様の国を攻め落とすのは難儀であろうが、ここで貴様を殺すなど造作もない!」
国王が片手を上げる。
「衛兵! 構えよ!」
一斉に武器が向けられた。
主人公は周囲を見回し、軽く肩をすくめた。
「まあ、そうなりますよね」
その直後、六人のガーディアンに首輪通信が入った。
『インジケーターに表示されていると思うけど、赤が今回の件の関係者と、過去に死刑相当の犯罪を犯した人たちね』
謁見の間にいる衛兵たちは、いずれも赤く表示されていた。
国王と宰相の直属として、これまで数々の犯罪に加担してきた者たちだった。
『好きにしていいよ』
主人公の声は、普段と何ら変わらなかった。
次の瞬間、サプレッサーによって抑えられた乾いた音が、謁見の間に響いた。
クラウディアが国王を。
アデリーナが宰相を。
それぞれが迷いなく標的を捉えた。
胴体に二発、頭部に一発。
無駄のない、正確な射撃だった。
玉座から国王の身体が崩れ落ちる。
宰相もまた、声を上げることなく床に倒れた。
その間にも、ほかのガーディアンたちは動いていた。
謁見の間にいた衛兵たちは、次々と排除されていく。
剣を振るう間も、命乞いをする間もなかった。
わずかな時間で、謁見の間から抵抗する者の姿が消えた。
クラウディアとアデリーナは、室内に脅威が残っていないことを確認した。
そして改めて、国王と宰相だったものへ視線を向ける。
ふと、二人の目が合った。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、二発の銃声が響いた。
クラウディアは宰相へ。
アデリーナは国王へ。
既に動かなくなっていた二人の頭部に、それぞれ一発ずつ。
二人は何事もなかったように視線を戻す。
『ルームクリア』
首輪通信を通じて、報告が伝わった。
先ほどまで旅装に身を包んでいた六人は、いつの間にか戦闘服姿に変わっていた。
いや、正確には変わったのではない。
首輪による幻術が解かれ、もともと身につけていた装備が露わになっていたのだ。
迷彩柄の戦闘服に、その上から羽織った前開きのポンチョ。主人公もまた、同じ装備を身につけている。
クラウディアとアデリーナの傍らに、シルヴィアとルカがそれぞれ並んだ。
二人一組、二つのユニット。
四人は顎の下に格納されていたマスクを頭部へ展開する。
マスクは首元から頭部を覆い、戦闘服と一体化した。
続いて光学迷彩が起動し、四人の輪郭が周囲の景色に溶け込んでいく。
二つのユニットは、それぞれ別の扉から謁見の間を離れていった。
残るリゼットとハンナは光学迷彩を起動せず、主人公の傍らで警護を続けていた。
主人公は、ガーディアンたちが消えた扉を名残惜しそうに眺めた。
「いいなあ。僕も撃ちに行きたいんだけど」
少し残念そうに笑う。
「……まあ、また今度にしよう」
そう呟くと、気を取り直したように周囲を見渡した。
「さて、僕は事後処理でもしますか」
空中に手を伸ばす。
何もない空間に、淡い光の輪が現れた。
それは瞬く間に大きく広がり、向こう側に別の部屋を映し出した。
転移ゲート。
まず武装した数名が姿を現した。
彼らは即座に左右へ展開し、謁見の間の状況を確認する。
安全が確保されると、続いて二人の男性が入室した。
クラウディアとアデリーナの父親たちだった。
その後ろからも武装した者たちが続き、二人を挟む形で隊列を整える。
「どうぞ。こちらへお越しください」
主人公は、普段どおりの穏やかな口調で二人を迎えた。
二人の父親は、謁見の間に広がる光景を見て、わずかに息を呑んだ。
玉座の前には、かつて自分たちを追い詰めた国王が倒れている。
その近くには宰相。
つい先ほどまで王国の頂点に立っていた者たちが、今や物言わぬ姿となっていた。
「映像でご覧いただいていたと思いますが、国王は亡くなりました」
主人公は淡々と告げた。
「現在は、城内の掃除を進めているところです」
二人の父親は無言で耳を傾ける。
「それで、一つご提案があるのですが」
主人公は、二人を交互に見た。
「この国の国王と宰相、やってみませんか?」
二人の表情が変わった。
「……私どもが、ですか」
「はい」
主人公は頷く。
「もともと、あなた方がまともなことをおっしゃったから、あのカスに目をつけられたのは知っています」
その言葉に、二人は思わず目を伏せた。
かつて彼らは、国王による重税や不当な徴発に異を唱えていた。
国を豊かにするためには、まず民の暮らしを立て直さねばならない。
その当然の主張が、王の不興を買った。
結果として領地を脅かされ、家族を人質に取られ、ついには娘たちをスパイとして送り込むことまで強いられた。
「この国の状況についても、それぞれ調べられていたようですね」
主人公は続ける。
「より詳しい情報は、後ほどお渡しします。使える人材や、問題のある組織についても整理してありますので、参考にしていただければ」
「しかし……」
クラウディアの父親が口を開く。
「我々だけで、この国を治めることができるのでしょうか」
「さあ、それは分かりません」
主人公はあっさり答えた。
予想外の返答に、二人は顔を上げる。
「ですが、あがくなら今ではありませんか?」
主人公は穏やかに笑った。
「もちろん、できる範囲での支援はします。お二人がずっと実現したいと考えていたことを、試してみる良い機会だと思いますよ」
少し間を置いて、続ける。
「せっかくですから、あの二人が喜ぶような、良い国にしてあげてください」
娘たちのことを言っているのだと、すぐに分かった。
この人物にとって、国王や宰相の地位など、さほど重要ではないのだろう。
ただ、娘たちが大切に思う国と家族を、幸せにしたい。
そのために、王国の在り方そのものを変えようとしている。
二人は顔を見合わせた。
やがて、クラウディアの父親が一歩前に進み、深々と頭を下げた。
「……分かりました。謹んで拝命し、全力を尽くします」
アデリーナの父親も、それに続く。
「私も、微力ながらお支えいたします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
主人公は満足そうに頷いた。
クラウディアの父親は、なおも頭を下げたまま言葉を続けた。
「それと……此度の件に関する賠償のお支払いにつきましては、国情が落ち着き次第、改めてご相談をさせていただければと存じます」
主人公は少し不思議そうな顔をした。
「賠償ですか?」
「はい。我が国が貴国に対して働いた非礼は、到底看過されるものではございません」
「ああ、それなら結構ですよ」
あまりにも軽い返答だった。
二人が顔を上げる。
主人公は笑っていた。
「元気になった娘さんたちを返していただければ、それで十分です」
二人は言葉を失った。
「訓練も終わったばかりですし、今回のことでいろいろあったでしょう。しばらく親元でゆっくりしてもらおうと思っています」
少し間を置く。
「まあ、私のところにも戻ってきてもらわないと困るので、ずっとというわけにはいきませんけどね」
主人公は冗談めかして笑った。
二人の父親は、再び深く頭を下げた。
「……娘を、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
主人公は頷くと、周囲を見回した。
「さて、ここもすぐ使うでしょうから、清掃はサービスしておきますね」
玉座の周辺には、血痕と倒れた者たちが残っている。
「どうせあれじゃ、首としての価値もないでしょうし」
そう笑って、軽く指を動かした。
次の瞬間。
先ほどまで床に倒れていた国王も、宰相も、衛兵たちの遺体も、跡形もなく消え去った。
血痕すら残っていない。
謁見の間は、何事もなかったかのように元の姿を取り戻していた。
二人の父親は、ただ呆然とその光景を見つめていた。
そのとき、首輪通信が入った。
『城内クリア。赤表示の対象はすべて処理しました』
クラウディアからの報告だった。
続いてアデリーナからも、同様の報告が入る。
『それと、赤表示されていないメイドや使用人は、拘束せずそのままにしていますが、よろしいでしょうか?』
『いいんじゃない? 危険がないなら、そのままで』
『承知しました』
主人公は二人に向けて通信を返した。
『お疲れさま。そのまま城外の状況を監視して、脅威がなくなったと判断したら、お父さんたちと合流してね』
『承知いたしました』
『その後は国の再建を手伝ってあげて。せっかくだし、親孝行しておいで』
一瞬だけ間があった。
『……はい。ありがとうございます、主様』
二人の声には、わずかな温かみがあった。
主人公はほかのガーディアンたちにも通信を送る。
『ほかのみんなも謁見の間まで撤収。帰るよー』
『了解しました』
通信が切れる。
主人公は再びゲートを開いた。
今度は、その向こうから女性や子供たちが次々に姿を現す。
クラウディアとアデリーナの母親、兄弟、そして長年仕えてきた使用人たちだった。
先ほどまで共に過ごしていた家族たちは、父親たちの姿を見つけると、安堵したように微笑んだ。
二人の父親も、家族のもとへ歩み寄る。
これから王国を背負うことになる二人にとって、家族の存在は何よりも心強かった。
主人公はその光景を、少し離れたところから眺めていた。
やがて、二つのユニットが謁見の間へ戻ってきた。
光学迷彩を解除したクラウディアとアデリーナの姿を見て、家族たちが顔をほころばせる。
クラウディアとアデリーナは主人公の前まで進み、姿勢を正した。
「主様、任務を完了いたしました」
「うん、お疲れさま」
主人公は二人を見て笑った。
「ここからは、お父さんたちを手伝ってあげてね」
「はい」
「ありがとうございます」
二人が頭を下げる。
主人公は父親たちへ向き直った。
「では、頑張ってください」
そう言って、一人ずつ握手を交わす。
「何か困ったことがあれば連絡してくださいね」
「はい。必ずや、ご期待に添えるよう尽力いたします」
「期待しています」
主人公は満足そうに頷いた。
そして、クラウディアとアデリーナの間を通り抜けようとしたところで、ふと足を止めた。
二人の肩に軽く手を添える。
少し身を屈め、二人にだけ聞こえる声で囁いた。
「早く帰ってこられるように、ちょっとサービスしといたから」
クラウディアとアデリーナが、同時に主人公を見た。
主人公は、いたずらが成功した子供のように笑っている。
「じゃ、またね」
それだけ言うと、ひらひらと手を振り、転移ゲートへと歩いていった。
ベテランガーディアンたちも、その後に続く。
やがて、ゲートが静かに閉じた。
クラウディアとアデリーナは、主人公が消えた場所をしばらく見つめていた。
「……クラウディア」
「ええ」
二人は短く言葉を交わす。
それ以上、何も言わなかった。
ただ、その表情はどこか嬉しそうだった。
*
その後、アルヴェリス王国では驚くほど円滑に政権交代が進んだ。
旧国王の親族や、権力を利用して私腹を肥やしていた貴族たちは、新たに発見された膨大な犯罪記録によって次々と裁かれた。
その記録には、犯罪の日時、関係者、被害者、隠匿された財産に至るまで、詳細な情報が記されていた。
新国王と新宰相は、それらをもとに法制度を整備し、適正な手続きを経て処罰を進めた。
もっとも、すべてが裁判にかけられたわけではなかった。
新政権の樹立直後から、国内の有力貴族や犯罪組織の幹部たちが、相次いで急死する事件が発生したのである。
その多くは、旧国王の権勢を背景に不当な徴税や財産の収奪を繰り返し、国民を苦しめてきた者たちだった。
中には、新政権の要人を暗殺し、再び権力を奪い返そうと画策していた者もいた。
死因はいずれも病死とされた。
王国の医師たちによる調査でも、不審な点は発見されなかった。
ただ、あまりにも都合の良い死が続いたため、人々の間ではさまざまな噂が囁かれた。
神罰だという者もいれば、新たな王に天の加護があるのだという者もいた。
しかし、その真相を知る者は誰もいなかった。
少なくとも、王国内には。
こうして旧体制の障害は急速に取り除かれ、新国王と新宰相は、かねてより構想していた改革を次々と実行に移していった。
不当な徴税の廃止、汚職官吏の処分、商業の自由化、農村への支援。
その成果が国の隅々に行き渡るには、まだ長い時間が必要だろう。
それでも、国民の暮らしは確実に良い方向へ向かおうとしていた。
*
そして、政権交代からおよそ一カ月。
クラウディアとアデリーナは、再び主人公のもとへと戻ってきた。
「ただいま戻りました、主様」
二人は並んで一礼した。
主人公は顔を上げ、嬉しそうに笑った。
「おかえり! 二人とも元気そうだね」
「はい。おかげさまで、家族とも十分に時間を過ごすことができました」
クラウディアが答える。
アデリーナも、柔らかな笑顔で頷いた。
「父も、以前とは見違えるほど生き生きしております。本当に、ありがとうございました」
「そっか。それはよかった」
主人公は満足そうに頷いた。
必要とあれば、アルヴェリス王国の政情も、改革の進捗も、家族たちの近況も、容易に調べることができる。
それでも、主人公は椅子から立ち上がると、二人に向かって楽しそうに言った。
「ねえ、お茶でも飲みながら、向こうで何があったか聞かせてよ」
二人が顔を上げる。
「この前、新しくできたピザ屋さんがあるんだけどさ。そこなんてどう?」
「ピザ、ですか?」
アデリーナが少し首を傾げる。
「そう。なかなか美味しいんだよ。生地が薄くて、チーズがたっぷりでさ」
主人公は、さも重大なことを説明するかのように話し始めた。
クラウディアが思わず微笑む。
「ぜひ、ご一緒させてください」
「私もです!」
アデリーナも嬉しそうに答えた。
「よし、決まり!」
主人公は二人の間に入り、歩き出した。
「そういえばさ、あのお菓子屋さん、その後どうなった?」
アデリーナが驚いたように顔を上げる。
「……覚えていてくださったのですか?」
「もちろん。美味しかったしね」
「はい! 実は、あのお店も……」
アデリーナが弾んだ声で話し始める。
クラウディアも時折口を挟みながら、故郷で過ごした一カ月の出来事を語った。
主人公は、それを楽しそうに聞いていた。
一国の王を討ち、支配体制を作り替えたことなど、まるで昨日の些細な出来事であったかのように。
三人は、そのまま賑やかに廊下を歩いていった。




