第12話 都市の誕生
都市の概要を長く書いてしまっているので、設定説明お嫌いな方は画像イメージだけ見て頂いて、読み飛ばしてください。13話に間取りとかも掲載しています。
四人が再び姿を現したのは、深い山々に囲まれた夜空だった。
先ほどまで眼下に広がっていた街の灯りはどこにもない。
月明かりに照らされた山の稜線が幾重にも重なり、その間を埋めるように黒々とした森が続いている。
人の住む気配はなく、建物らしいものも見当たらなかった。
少女たちは突然変わった景色に息を呑んだ。
「……あれ?」
アリシアが思わず声を漏らした。
つい先ほどまで、四人は街の上空に浮かんでいたはずだった。
それが瞬きほどの間に、見覚えのない山奥へ移動している。
ノエルは眼下の森を見つめ、それから主人公へ視線を向けた。
「主様……ここは……?」
「ん? これから住む場所だよ」
主人公は何でもないことのように答えた。
少女は返事をしようとして、もう一度周囲を見渡した。
どこを見ても山ばかりだった。
「……こちらに、お住まいになるのですか?」
「うん。ちょうどよさそうな場所があってね」
主人公は楽しそうに笑った。
『ここで合ってるよね?』
『はい。以前から調査していた候補地です。周辺の地形、地質、水系、気候についても確認できています』
『人はいない?』
『建設予定領域と周辺に、人間の居住や活動の痕跡は確認されていません。動植物については、必要に応じて安全な場所へ移動させることができます』
『うん。よろしく』
主人公は満足そうに頷いたが、ふと思いついて付け加えた。
『あ! 山鳥がいたら二羽くらい捕っといて。あと、おいしそうな鹿とイノシシも。それぞれ一歳くらいのメスがいいかな?』
『食用ですね』
『うん。この世界のジビエも食べてみたいし。捌いて、熟成とかもしておいてくれる?』
『承知しました。該当する個体を探索し、食用に適したものを選定します。衛生検査と下処理を行い、種類や部位に応じて熟成させておきます』
『いいねぇ。楽しみ』
主人公は嬉しそうに笑った。
それから、改めて眼下の山々へ視線を向けた。
『せっかくだし、まとめて作っちゃおうか』
『都市全体ですね』
『うん』
主人公は少し考えた。
以前から大まかな構想はあったものの、実際に作るのであれば、細かな設備や配置についても確認しておきたい。
ふと、隣に浮かぶ少女たちへ目を向けた。
三人はまだ周囲の山々を見渡している。
主人公が落ちないと保証しているとはいえ、何もない空中に浮かび続けることに慣れたわけではなかった。
『三人をこんなところで待たせるのも可哀想だから、思考加速、ちょっと時間を圧縮してもらっていい?』
『もちろんです。主様の思考と知覚を加速し、外界との時間差を調整します』
『お願い』
次の瞬間、主人公の周囲で流れる時間の感覚が変わった。
正確には、世界そのものの時間を止めたわけではない。
主人公の思考と知覚、そしてaiとの情報のやり取りを、外界とは比較にならない速度に引き上げたのだ。
視界の中では、少女の髪が夜風に揺れかけたまま、ほとんど動いていない。
眼下の木々も、遠くの雲も、静止した風景のように見えた。
『よし。じゃあ、始めようか』
『はい』
『僕の構想、読み取ってくれる? 前に話した内容も含めて』
『承知しました。ご希望を基に、都市全体の設計を構築します』
主人公の視界に、無数の細い線が現れた。
それらは空中で複雑に組み合わさり、やがて巨大な立体映像を形作っていく。
山岳地帯の地形が縮小され、透明な模型のように表示された。
その中心に、円形の領域が浮かび上がる。
『まず、国土からですね』
『うん。広さは前に話したくらいで』
『直径三十キロメートル。面積は約七百七平方キロメートルです』
『意外とコンパクト? まあ、イメージ湧かないけど』
主人公は小さく笑った。
『ちなみに、東京ってどれくらいのサイズだっけ?』
『東京都全体では、およそ二千二百平方キロメートルです。島嶼部も含む面積ですが』
『えっ、全然小さいじゃん。大丈夫?』
『はい。比較対象を東京二十三区に限れば、面積は約六百二十八平方キロメートルですので、今回の盆地の方が少し広くなります』
『あ、そうなんだ』
『さらに、この都市では工業、農業、物流、エネルギー施設の大部分を地下に配置します。地上面積の多くを居住、商業、観光、娯楽、緑地に充てられますので、十分な規模です』
『なるほどね。じゃあ大丈夫か』
『はい。将来の人口増加についても考慮しています』
『ならいいや』
主人公は納得したように頷いた。
視界の中で、山岳地帯の模型が完成予想図へと切り替わった。
中央には広大な円形の平地が広がり、その周囲を均一な厚さの高密度な一枚岩が途切れることなく取り囲んでいた。
内側も外側も垂直に切り立ち、その高さは数千メートルにも及ぶ。
外から見れば、山と呼ぶしかないほど巨大でありながら、あまりにも整った異質な形状だった。
その一枚岩は地表にそびえているだけではない。
地下深くまで連続し、外界と都市を隔てる巨大な外殻を形成していた。
中央の平地も、外殻も、その下に広がる岩盤も、最初から一体の構造として創造する設計だった。
その表面には、登攀の足掛かりとなるような凹凸もほとんどない。
『この外殻、内側からも外側からも簡単には越えられないようにしたいんだよね』
『はい。通常の登攀や掘削による侵入は、極めて困難になります。外殻内部にも防衛設備を配置できます』
『いいね。外側からトンネルを掘られても困るし』
『地下の構造についても、侵入経路が生じないように設計いたします』
巨大な岩盤の内部に、防衛施設や備蓄庫が次々と表示された。
主人公は立体映像を回転させ、盆地の外側を確認した。
『外側の森は、今はそのままでいいかな』
『交易を開始される際には、周辺を整備されるご予定でしたね』
『うん。そのときは何キロか見通しのいい平原にしよう。芝生とか、綺麗そうだし』
『承知しました』
『あとは出入り口だけど……』
『交易用の通路は、現段階では開通させず、交易開始時に設置する計画です』
『そうだったね。外の道に合わせて、必要なところに作ればいいか』
『はい。将来的には複数方向からの入出国に対応できます。外殻の外側に馬車の停車場と荷捌き場を設け、そこで荷物を受け渡します。馬車は外殻内へ乗り入れず、貨物は専用設備で外殻内部へ搬入し、検査・保管したうえで都市内へ輸送します』
『それと、通路は広めにね。長いトンネルが狭いと嫌だし』
『休憩施設も設けられます』
『いいねぇ』
主人公は嬉しそうに頷いた。
模型の外殻を透過すると、内部には防衛区画や巨大な倉庫、将来の通路を想定した配置が広がっている。
そのさらに内側には、広大な都市があった。
『じゃあ、次は中だね』
『はい。中央には内殻を配置します』
盆地の中心に、巨大な円筒が現れた。
地表から地下深くまで伸びる、複合装甲で覆われた施設だった。
直径はおよそ二キロメートル。深さは約三キロメートル。
側面だけではなく、天面も分厚い装甲によって保護されている。
内殻本体の上面は周囲の地表と同じ高さにあり、巨大な丘や台地として突き出してはいない。
『ここが一番大事なところだね』
『はい。国家の中枢となる施設です。主様と、今後お迎えする特別な方々には、内殻上部の規制区画にお住まいいただく予定です』
『うん。今後は、あの三人にこの国を任せていきたいと思ってるんだよね』
主人公は、ほとんど動かないまま空中に浮かんでいる少女たちへ目を向けた。
『あの子たち、なかなか優秀そうだし。これからいろいろ覚えてもらおうと思って』
『よろしいかと思います』
『そうなると、呼び方も考えたいなぁ』
『呼び方、ですか?』
『うん。国を守って、いろいろ支えてくれる人たちだから……守護者、かな』
主人公は少し考えた。
『ガーディアン……とか?』
『ガーディアン。国を守護する方々の名称ですね』
『うん。いいんじゃない?』
『では、その名称で記録しておきます』
『よろしく。僕が不老なら、今後人数は増えていくと思う』
『その場合に備え、専用の居住施設も多めに用意しておきましょう』
『うん。でも、あの三人は僕と一緒に暮らしてもらいたいな』
『承知しました』
主人公の視界に、庭園と高層住宅群が現れた。
中央の内殻上面の規制区画には、将来のガーディアンが暮らす高層住宅が配置されている。
その一角には、周囲の建物とは雰囲気の異なる平屋があった。
深い軒と木の格子、大きな窓。
石と木を組み合わせた落ち着いた外観で、広い庭には樹木や小さな水辺が配置されている。
『あ、これいいね』
『主様のお好みに合わせた和モダンの邸宅です』
『うん。こういうの好きなんだよね。やっぱり家は落ち着けるところがいいな』
『内部もご確認されますか?』
『見たい』
建物の屋根が透明になり、間取りが表示された。
広いリビングとダイニング、キッチン、浴室。庭に面したくつろぎの空間に加え、個室がいくつも設けられている。
『あの三人の部屋は、それぞれ用意してあげてね』
『はい。三人分の個室を確保しています』
『一緒に過ごせる部屋もあるといいかな。ずっと三人で暮らしてきたみたいだし』
『大きな寝室も用意してあります』
『おお、さすが』
主人公は満足そうに笑った。
寝具や家具、収納の配置まで確認し、細かな部分はaiに任せることにする。
『さて、地下はどうなってる?』
『こちらです』
内殻の模型が縦に割れ、内部の断面が広がった。
地上からは想像もできない規模の施設が、地下深くまで幾層にも重なっている。
上層には人間が利用する訓練施設、医療施設、研究室、居住・宿泊設備。
さらにその下には製造区画や加工施設、資材の貯蔵庫が続く。
地下に下がるほど、設備の性質が変わっていく。
食品生産、各種工業、長期備蓄、エネルギー供給。
危険性の高い施設は、それぞれ十分な隔離と防護を設けた区画に分散されていた。
『ええやん』
『ありがとうございます』
『これだけあれば、いろいろできそうだね』
『はい。もっとも、内殻だけですべてを完結させるわけではありません』
『ああ、一般の工場とかは内殻の外にも作るんだね』
『はい』
映像が切り替わる。
中央の内殻から外殻へ向けて、地下に広大な施設群が展開した。
地上では公園や住宅街になる場所の下にも、無数の生産設備が存在している。
『農業はかなり大きめにしておきたいな。食べ物は大事だし』
『植物工場、畜産、養殖施設を配置しています。照明、温度、湿度、栄養、水質などを管理し、季節や天候に左右されず生産できます』
『野菜も果物も、いろいろ作りたいね』
『品種ごとに最適な環境を用意できます』
『肉も魚もよろしく。あと、おいしいものが食べたい』
『ふふっ。承知しています』
主人公の視界に、広大な栽培施設が映し出された。
幾重にも積み重なった栽培棚には、野菜や果物が並んでいる。
別の区画では家畜が飼育され、さらに深い施設では魚介類が種類ごとに養殖されていた。
もちろん、作物を育てるだけではない。
収穫、洗浄、選別、加工、包装、保存までが一続きになっている。
冷蔵庫や冷凍庫だけでなく、温度や湿度、空気の成分まで管理する貯蔵区画が設けられ、食品の熟成や追熟も調整できるようになっていた。
『いいねぇ。これなら食材には困らなそう』
『生産設備の規模は、将来の人口増加にも対応できるようにしてあります』
『うん。あとはレストランとかで、おいしい料理を作ってもらえたら最高だね』
『そこは、料理人を迎える楽しみも残しておきましょうか』
『そうだね。全部こっちでやっちゃったら面白くないし』
主人公は笑った。
続いて、食品工場の映像が薄れ、巨大な製造施設が現れた。
そこでは無数のロボットが動き、部品を加工し、機械を組み立てている。
金属の精錬、精密部品の製造、電子機器の生産、工具や工作機械の整備。
そして、完成したロボットが別のロボットの製造や修理を行っていた。
『この辺は、しっかりしておきたいね』
『はい。ロボットが故障した際の修理だけでなく、交換部品や新しいロボットを製造する設備も備えています』
『工場が壊れたときは?』
『ほかの設備から部品を供給し、修理できます。必要な工作機械や保守機器を製造する工程も含めています』
『なるほど。いいね』
生産設備の間には、巨大な無人輸送路が張り巡らされている。
原材料が運ばれ、製品が組み上がり、完成品が必要な施設へと送られていく。
廃棄物は回収され、再利用できるものは分別、再資源化される。
『街の掃除なんかも、このロボットたちがやるんだよね?』
『はい。建物や道路の清掃、設備の点検、補修なども自動で行います』
『じゃあ、いつでも綺麗な街だね』
『その予定です』
主人公は嬉しそうに頷いたが、そこで少し表情を改めた。
『ただ、ひとつ大事なことがあるんだよね』
『はい』
『僕がいなくなっても、この国は動き続けてほしい』
aiは静かに応じた。
『承知しています』
『君だって、何かの理由で使えなくなるかもしれないし。魔法や魔石が使えなくなる可能性だってあるでしょ?』
『そうですね』
『だから、普通の技術だけでも生活できて、ちゃんと国を守れるようにしておきたいんだ』
『その方針で設計しています。私による統合管理が停止しても、各施設の独立した制御系によって運用を継続できます』
映像には、発電設備から工場、農場、物流施設へと伸びる複数の経路が表示された。
ひとつの設備が停止しても、別の設備が必要な機能を引き継ぐ。
電力の供給が途絶えた区画では予備系統が稼働し、故障した機械は別の機械によって修理される。
備蓄されるのは食料だけではない。燃料、鉱物、希少材料、電子部品、医薬品、工具に至るまで、長期の維持管理に必要な資源が確保されていた。
『もちろん、資源が無限に増えるわけではありません。備蓄と再資源化、必要な資源の確保を前提に、長期間の自立運用が可能な構成としています』
『うん。それでいいと思う』
主人公は頷いた。
『魔法がなくなったら全部止まっちゃう、っていうのは嫌だからね』
『はい。私が管理することで効率を高めることはできますが、私がいなければ動かない設備にはいたしません』
『ありがとう』
主人公は再び映像を眺めた。
地下深くには、巨大なエネルギー施設が広がっている。
『発電は、前に話してたやつだね』
『はい。核融合と魔石を主な電源とし、地中の熱も回収して利用します。魔石を利用できない場合にも、発電と蓄電を継続できる構成です』
『余ったエネルギーは?』
『高密度の貯蔵設備に蓄えます。非常用として反物質を用いる区画も設けていますが、通常運転の主力には使用しません』
『管理は大丈夫?』
『危険性の高い設備は隔離し、制御や封じ込めも物理設備で完結するようにしています』
『いいね。そういうの大事』
主人公は満足そうに頷いた。
aiによる補助がなくても、電力を作り、食料を生産し、機械を修理し、必要なものを製造できる。
それが、この都市の根幹だった。
もちろん、主人公が望めば、壊れた設備も不足した資材も一瞬で作り直せる。
しかし、それを前提にした国にはしたくなかった。
誰かが暮らし始めた後で、自分がずっと面倒を見続けなければ成立しないというのも、あまり面白くない。
何より、主人公が何かをしたくなったとき、安心して好きな場所へ出かけられる方がよかった。
『これなら、気兼ねなく旅行にも行けそうだね』
『ふふっ。そこが一番重要でしょうか』
『結構重要だよ?』
主人公は笑った。
『さて、地上の街はどうかな?』
『では、地表部分を表示しますね』
地下施設の断面が消え、再び盆地全体の映像が現れた。
今度は建物がひとつひとつ形を持ち、道路や公園、広場、河川が細部まで描き出されていく。
中央の内殻を取り囲むように、広い都市が続いていた。
高層住宅が並ぶ一方、少し離れれば低層の住宅街が広がっている。
住宅の間には公園や緑地が設けられ、街路樹が道路に沿って整然と並んでいた。
商業地区には大規模なショッピングモールや百貨店、専門店、レストランが集まり、その周辺には劇場や文化施設、娯楽施設などが配置されている。
遠くからの旅行者を迎えるためのホテルもあった。
高層の建物だけでなく、地下へ深く広がる宿泊施設も用意され、将来の利用者に応じてさまざまな滞在方法を選べるようになっている。
『おお、いいじゃん』
主人公は嬉しそうに声を上げた。
『綺麗な街だね』
『地上にはできる限り生活空間を確保しています。工場や大規模な物流施設を地下へ配置したことで、緑地や公共施設にも十分な面積を割り当てられました』
『うん。やっぱり、街は歩いて楽しい方がいいよね』
主人公は映像を拡大した。
広い歩道の両側には街路樹が並び、ところどころにベンチや小さな広場が設けられている。
建物の一階には店舗が並んでいた。
ガラス張りの店、木をふんだんに使った店、落ち着いた外観のレストラン。
商業施設の中には吹き抜けや休憩スペースもあり、買い物以外の時間も楽しめるようになっている。
『この辺、カフェとかあったらよさそうだね』
『店舗区画は十分に用意しています』
『ピザ屋も欲しいし、パン屋もいいな。ケーキ屋も欲しいねぇ』
『ずいぶん食べ物が多いですね』
『いや、大事でしょ』
『ふふっ。そうですね』
主人公は笑いながら街並みを眺めた。
今はまだ、どの店にも店主はいない。
それでも、将来いろいろな人がやってきて、店を開き、料理を作り、客を迎えるようになれば、この街も随分賑やかになるだろう。
『お店は後から人が来て始めればいいかな。建物と設備は用意しておいて』
『承知しました』
『僕もいろいろ食べ歩きたいし』
『楽しみですね』
『うん』
主人公は満足そうに頷いた。
続いて、交通網の表示へ切り替える。
地上には歩道や自転車道が広く取られ、自動車のための道路は必要最小限に抑えられていた。
地下には鉄道網が張り巡らされ、その駅から電動バスや無人タクシーを利用して目的地へ移動できる。
さらに深い場所には、人の移動とは分離された貨物輸送網があった。
食料や商品、資材などは、基本的に地下の輸送設備で運ばれる。
『いいね。大型トラックが街中を走り回るのは、あんまり好きじゃないんだよね』
『地上の交通量を抑えることで、歩行者の安全性や景観、騒音の面でも利点があります』
『うん。車が必要なら地下で移動すればいいし』
主人公は少し考えた。
『あ、でも僕が車で走りたいときは別ね』
『もちろんです』
『ははっ。そこはお願い』
地下鉄の駅や道路、輸送設備の詳細を確認すると、主人公は次の映像へ目を向けた。
『あとは、遊べるところをいっぱい作りたいんだよね』
『はい。こちらです』
街の一角が拡大された。
大きな公園が広がり、その向こうには湖があった。
湖畔には遊歩道が整備され、ところどころに休憩できる場所や建物が設けられている。
水面には小さな桟橋が伸び、ボートを浮かべられるようになっていた。
『おお、いいねぇ』
主人公は嬉しそうに笑った。
『釣りもできる?』
『はい。魚の種類や個体数、水質なども管理できます』
『泳ぐのも大丈夫?』
『遊泳可能な区域を設けています』
『最高じゃん』
主人公は満足そうに頷いた。
さらに視界が移動する。
今度は盆地を囲む巨大な岩壁が映し出された。
その高い場所から、白い水流が勢いよく落ちている。
滝だった。
水は岩壁の下に広がる湖へ注ぎ、そこから川となって都市へ流れ込んでいる。
『おお……滝もいいね!』
『こちらも以前、ご希望されていましたね』
『うん。こういう大きい滝って、見てるだけでも楽しいからね』
『水量や周辺の湿度についても調整しています。居住地区への影響が大きくならないよう、配置を考慮しました』
『なるほど』
主人公は滝の映像を眺めた。
岩壁を流れ落ちる水は迫力があり、湖の周囲には細かな水しぶきが広がっている。
『滝の近くにレストランとかあってもよさそう』
『景観を楽しめる施設を設けています』
『いいねぇ。あと、夜はちょっとライトアップしても綺麗かな』
『照明も用意いたします』
『うん。お願い』
湖から続く川は、いくつもの公園や緑地の間を流れていた。
都市の中心部にも水辺があり、散歩を楽しめる。
その一方で、飲料水や生活用水、工業用水、下水は景観用の水系とは別に管理される。
雨水や地下水を利用しながら、必要な処理や排水を行う設備も地下に設けられていた。
『水のことは大丈夫そう?』
『はい。今回の外殻の高さや形状も含めて、日照、気温、風の流れ、降水量、地下水など、長期的な環境変化をシミュレーションしています』
『山に囲まれてるから、空気とかも気になるよね』
『自然の通風を基本としながら、必要な場所には換気や排熱設備を配置しています。雨水の排水や地下施設への浸水についても対策済みです』
『うん。いいと思う』
主人公は頷き、再び都市全体を見渡した。
広大な街の中には住宅や商業施設だけでなく、医療施設、文化施設、広場、運動施設などが点在している。
その一角には、長く真っ直ぐな舗装路も見えた。
『お、ちゃんと滑走路も作ってくれてるね』
『はい。地上に滑走路を設け、格納庫や整備施設は地下へ配置しています』
『いいね。後で戦闘機作って乗ってみよう。一回乗ってみたかったんだよね』
『操縦なさるのですか?』
『うん。せっかくだし。あ、前進翼の戦闘機も作っておいて』
『承知しました』
主人公は少し考え、ふっと笑った。
『……ジャムだ……』
『……はい?』
『いや、こっちの話』
主人公は笑いを堪えた。
『主様の世界の作品ですね』
『そうそう。あれ、かっこいいんだよね』
『では、機体の設計と製造に備えておきます。ただし、周囲の山岳が高いため、航空機の種類によっては離着陸経路に制約が生じます』
『ああ、そっか。まあ、飛ばすときに考えよう』
主人公は周囲の山壁を眺め、楽しそうに続けた。
『でも、いいなぁ。楽しみが増えた』
『ふふっ。そうですね』
主人公も笑った。
『そういえば、防衛の方は?』
『外殻と内殻の双方に防衛設備を配置しています。地下には装備や兵器の製造施設、整備設備、長期備蓄庫もあります』
映像の一部が切り替わり、山体の内部構造が表示された。
分厚い岩盤の中には、外側と内側を監視する設備や防衛区画が組み込まれている。
中央の内殻にも独立した防御機構があり、外側の防衛が突破された場合に備えた構造になっていた。
『通常兵器による防衛も可能なんだよね?』
『はい。魔法やガーディアンの能力に依存しない兵器と、その補給・保守設備も整えています』
『うん。それならいいや』
主人公は満足そうに頷いた。
そこで、もう一度全体の映像へ戻す。
巨大な外殻に囲まれた都市。
その中央には装甲で守られた内殻があり、上面には自分たちの家がある。
地上には、人が住み、買い物をし、食事や娯楽を楽しむための街が広がっている。
その地下では、食料や物資を生産し、運び、修理し、保存するための膨大な設備が動き続ける。
外殻には防衛施設と備蓄庫があり、外界との交易が始まれば、出入り口や検査施設が使われるようになる。
『……うん。いい感じだね』
『ありがとうございます』
『三十キロって小さいのかもと思ったけど、こうして見ると、いい感じに収まってるね』
『はい。地上の利用効率と生活環境の両面から、余裕を持たせた配置にしています』
『うん。備えあれば憂いなし、だよね』
主人公は嬉しそうに笑った。
『あ、そうだ。国の名前も決めないとね』
『何かお考えはありますか?』
『エン、ってどうかな』
『エン、ですか』
『うん。あの三人と出会えた縁を、国の名前に残したいんだよね』
『ふふっ。よい名前ですね』
『でしょ? 形も円いし、ちょうどいいじゃん』
『では、国名は「エン」で記録しておきます』
『よろしく』
主人公は楽しそうに笑った。
『早く作ろう! めちゃ楽しみになってきた!』
『ふふっ。承知しました。では、最後に周辺環境への影響だけ確認させてください』
『ああ、そうだね』
主人公の視界に、現在の山岳地帯と完成後の地形が重なって表示された。
既存の地形を削り出すのではない。
建設予定領域を安全に置き換え、円形の平地と一枚岩の外殻、地下施設を一体の完成形として創造する。
その際、元の地形を構成する膨大な岩石や土砂、水、空気などを、どう扱うかが問題となる。
通常の方法でこれほどの地形を置き換えれば、周囲の地盤や自然環境に甚大な影響が生じるのは間違いなかった。
『今そこにある山とか土は、全部回収できるよね?』
『はい。建設予定領域の岩石、土砂、鉱物などを分類し、ストレージへ収納します。必要なものは新たな施設の構成材料として利用できます』
『水とか空気も大丈夫?』
『はい。物質の移動と空間の置換を制御し、衝撃波や急激な気圧変化が発生しないようにいたします』
『動物たちもよろしくね』
『承知しています。食用として指定された個体を除き、対象領域の動植物は生存環境を確認したうえで保護・移動させます』
『ありがとう』
さらに、新たな岩盤と周囲の地層の接続部に不自然な応力が集中しないか、地下水の流れや排水に問題が生じないかなどが確認されていった。
『すべて問題ありません』
『よし!』
主人公は満足そうに頷いた。
そして、思考加速を解除した。
*
少女たちにとって、主人公が少し黙り込んでいたのは、ほんの一瞬のことだった。
三人はまだ、眼下に広がる森を見つめていた。
先ほどまでいた街は、もう見えない。
今いるのは、人の気配すらない山奥だ。
主様は、ここに家を作ると言った。
アリシアは、周囲を見渡しながら考えていた。
どこかに平らな土地を作るのだろうか。
それとも、山の中に建物を建てるつもりなのだろうか。
主様が普通では考えられない力を持っていることは、すでに理解している。
だが、それがどの程度のものなのかは、まだ分からなかった。
そもそも、自分たちが空に浮かんでいることさえ、今でも信じられないのだ。
そのとき、主人公が小さく頷いた。
「よし」
三人が顔を向ける。
「じゃあ、作ろっか」
何を、と聞き返す暇もなかった。
次の瞬間。
眼下の世界が、一変した。
「…………え?」
アリシアは、思わず声を漏らした。
先ほどまで、眼下には月明かりに照らされた深い森が広がっていた。
その森が、消えていた。
いや、消えたという表現も正確ではない。
そこには、数千メートルにも及ぶ巨大な岩壁に囲まれた、見渡すかぎりの平地が広がっていた。
そして、その平地には。
建物があった。
無数の建物が、どこまでも続いていた。
「……な……」
ノエルが声を失った。
高い建物。低い建物。真っ直ぐに伸びる道。
整然と並ぶ街区の間には緑地が広がり、遠くには巨大な湖らしきものまで見える。
先ほどまで、そこには森が広がっていたはずだった。
それなのに、今は街がある。
それも、自分たちが暮らしていた街とは比べものにならないほど巨大な街だった。
「…………」
フレアは何も言わず、眼下を見つめていた。
何が起きたのか。
どうして、こんなことが起きたのか。
懸命に考えようとしたが、そもそも何から考えればよいのか分からない。
主様は、何もしていないように見えた。
手を叩いたわけでもない。
何かを取り出したわけでも、呪文のようなものを唱えたわけでもない。
ただ、少し考え込んで、頷いた。
それだけだった。
その一瞬で、山奥に巨大な街が現れた。
少女は主人公へ視線を向けた。
主様は、楽しそうに眼下を眺めている。
「おお、いいねぇ!」
その声は、つい先ほど、服屋で自分たちの服を褒めてくれたときと、ほとんど変わらなかった。
『問題なく完成したね』
『はい。予定した施設はすべて完成しています』
『電気とかも大丈夫?』
『発電設備、送電網、上下水道、通信設備など、正常に稼働しています』
『よし。じゃあ、照明もつけようか』
『承知しました』
主人公がそう考えた直後だった。
暗闇の中に、ひとつの明かりが灯った。
続いて、その隣にも。
さらにその向こうにも。
まるで夜空に星が増えていくように、都市のあちこちに光が広がり始めた。
道路に沿って街灯が灯り、柔らかな光の筋が幾重にも伸びていく。
大きな建物の外壁が照らされ、広場や公園にも明かりが灯った。
商業施設のガラス面には周囲の光が映り込み、遠くの高層建築にも淡い照明が浮かび上がる。
それまで月明かりだけに照らされていた大地が、徐々に輝きを増していった。
「……あ……」
少女の一人が小さく声を上げた。
眼下には、見たこともない夜景が広がっていた。
建物の間を縫うように続く光。
公園や広場に灯る、温かみのある照明。
遠くの湖には街の明かりが映り、水面の揺らぎに合わせて細かな光がきらめいている。
さらにその向こうには、巨大な岩壁から流れ落ちる滝があった。
滝の周囲には控えめな照明が設けられ、白い水流が闇の中に浮かび上がっている。
そのはるか上では、外殻の上縁が月明かりを受けていた。
人工の明かりと自然の暗闇が、巨大な盆地の中で静かに重なっていた。
「……綺麗……」
フレアが、ほとんど息のような声で呟いた。
その言葉に、ほかの二人も頷いた。
驚きは、まだ消えていなかった。
むしろ、理解できないことが多すぎて、何を考えればよいのかさえ分からない。
けれど、目の前に広がる光景が美しいことだけは、三人とも分かった。
主人公はその声を聞き、嬉しそうに笑った。
「でしょ? なかなかいいよね」
アリシアは、ゆっくりと主人公へ顔を向けた。
「……主様」
「ん?」
「これは……」
少女はそこで言葉を止めた。
どこから尋ねればよいのか分からなかった。
主人公は少女の視線を追うように、眼下の都市へ目を向けた。
「ああ、街のこと?」
「……はい」
「今作ったんだよ」
主人公は笑って答えた。
「結構いい感じにできたと思うんだけど、どうかな?」
「…………」
三人は答えられなかった。
今、作った。
主様は、そう言った。
確かにそのとおりなのだろう。
ほんの少し前まで、ここには何もなかったのだから。
しかし、目の前に広がっているのは、家でも屋敷でもない。
果てが見えないほど広大な都市だった。
ノエルは、眼下の建物を見渡した。
自分たちが暮らしていた街には、城壁があった。
家々が建ち並び、人々が行き交い、商人たちが店を開いていた。
その街を作るには、いったいどれほどの人手と時間が必要だったのだろう。
それよりもはるかに巨大で、見たこともない建物ばかりが並ぶ街。
それが、ほんの一瞬で現れた。
少女は、主人公を見つめた。
「……主様は……」
「うん?」
「……いったい、どこまで……」
そこまで言って、口を閉じた。
何を尋ねようとしていたのか、自分でも分からなくなっていた。
主人公は少し首を傾げたものの、すぐに笑った。
「まあ、細かいことは明日にしようか。今日はもう遅いしね」
主人公は、ふと周囲の静けさに気づいた。
見渡す限り、街の明かりが続いている。
駅もある。ホテルもある。商業施設も、住宅街も、広大な公園もある。
地下では、すでにさまざまな設備が動き始めていた。
それでも、地上に人の姿はなかった。
車の往来も、街を歩く人々の声もない。
施設を維持する機械は動いていても、街そのものは驚くほど静かだった。
『……それにしても、誰もいないと不思議な感じだね』
『そうですね。現時点で、この都市に暮らす人間は四人だけです』
『ははっ。そう考えると、すごい贅沢だね』
『ずいぶん広いご自宅になりましたね』
『ほんとだよ』
主人公は笑った。
いつか、ここにも人が増えるのだろう。
店が開き、誰かが働き、遊びに来る人も現れる。
今は明かりだけが灯るこの街も、いずれ賑やかになるのかもしれない。
そんなことを考えると、少し楽しみだった。
もっとも、その前にやることがある。
主人公は三人へ顔を向けた。
「さて、それじゃあ家に行こうか」
アリシアが、はっとしたように顔を上げた。
「……お家、ですか?」
「うん。僕らが住む家」
主人公は眼下の都市の中央を指さした。
「ちょうどあの辺だよ」
三人は、その方向へ目を向けた。
街の中心部には、広い緑地に囲まれた一角があった。
周囲には高層の建物が並んでいるものの、その中央には落ち着いた庭園が広がっている。
「じゃあ、降りるよ」
主人公がそう告げると、四人はゆっくりと高度を下げ始めた。
巨大な街の明かりが、次第に近づいてくる。
高層建築の窓や外壁、広い道路、並木道。
上空から見ていたときには小さな光の筋だったものが、ひとつひとつ形を持ち始めた。
建物の高さも、道路の広さも、すべてが想像以上だった。
やがて、四人は中央の庭園へと近づいた。
広い敷地には木々が植えられ、石畳の小道が続いている。
庭園の照明が植栽を柔らかく照らし、足元には木々の影が静かに落ちていた。
その奥に、一軒の家が見えた。
周囲の高層建築とはまったく異なる、落ち着いた佇まいの平屋だった。
深く伸びた軒。
木の格子と白い壁。
石と木材を組み合わせた外観には、華美な装飾はない。
広い窓の向こうには、温かな室内の明かりが見えていた。
建物の前にはゆったりとした玄関への道が続き、庭には小さな水辺も設けられている。
主人公は、その家を見て嬉しそうに笑った。
「おお、いいじゃん」
『ありがとうございます』
『やっぱり和モダンっていいねぇ』
『お気に召して何よりです』
『うん。帰ってきて落ち着ける感じがする』
主人公は満足そうに頷いた。
そして、四人は玄関へ続く石畳の上に、静かに降り立った。
少女たちは久しぶりに地面へ足をつけた。
先ほどまで空中に浮かんでいたせいか、足元に確かな感触があることに、少しだけ安心する。
しかし、目の前には見たこともない家があった。
周囲には美しく整えられた庭園が広がり、遠くには巨大な街の明かりが見えている。
アリシアが、おずおずと口を開いた。
「あの……主様」
「ん?」
「こちらが……主様のお屋敷でしょうか?」
「うん。そうだよ」
主人公は笑った。
「ここがこれからの僕らの家だよ」
「……僕らの……?」
少女は、思わず聞き返した。
主人公は頷く。
「うん。君たちもここに住むんだから」
三人は顔を見合わせた。
この家に。
自分たちも住む。
主人公がそのために家を用意したのだということは、分かっていたはずだった。
それなのに、改めてそう言われると、不思議な気持ちになった。
つい先ほどまで、自分たちは路地裏で暮らしていた。
雨や風を避けられる場所を探し、食べ物を手に入れることだけで精いっぱいだった。
それが、今はどうだろう。
目の前には、こんなにも美しい家がある。
主人公は、そんな三人の様子を眺めていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ」
少女たちが顔を上げる。
「街には、遊べるところもいっぱい作ったんだよね」
「……遊べるところ、ですか?」
「うん。公園とか、湖とか。大きな滝もあるし、釣りもできるし、泳いだりもできるよ」
主人公は楽しそうに話した。
「お店もいっぱい作ったんだけど、まだ誰もいないからね。その辺は、これからかな」
三人は黙って聞いていた。
湖も、滝も、公園も。
路地裏で暮らすようになってからは、そんな場所へ遊びに行くことなど、考える余裕すらなかった。
「今日はもう遅いし、明日からいろいろ見に行こうね」
主人公は笑いかけた。
アリシアが、少しだけ目を見開いた。
「……私たちも、ご一緒してよろしいのですか?」
「もちろん」
主人公は即答した。
「せっかく作ったんだし、一緒に楽しもうよ」
三人は、しばらく主人公を見つめていた。
やがて、アリシアが小さく頭を下げた。
「……はい。ありがとうございます」
隣の二人も、嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます、主様」
「……楽しみです」
主人公は満足そうに笑った。
「うん。僕も楽しみ」
それから玄関へ向き直った。
広い軒の下には、柔らかな照明が灯っている。
木の扉の前まで歩いた主人公は、振り返って三人を見た。
「じゃあ、入ろっか」
三人は顔を見合わせ、揃って頷いた。
「はい!」
主人公が扉に手をかける。
その背後には、月明かりに照らされた山々と、どこまでも続く巨大な都市が広がっていた。
ほんの少し前まで、そこには森が広がっていた。
今は、美しい街の明かりが夜の大地を照らしている。
それほど巨大な都市でありながら、今夜、そこで暮らす人間はまだ四人しかいなかった。




