第11話 新しい家族
夕暮れの街を、四人は並んで歩いていた。
通りには仕事を終えた人々が増え始め、商店の軒先には少しずつ灯りがともり始めている。
昼間とは違った賑わいの中、主人公は三人の少女を連れて街の中心へ向かっていた。
「そういえば、ギルドからお金もらわないとね」
『ああ、賞金ですね』
「うん。せっかくだし、ご飯もあそこで食べようか」
主人公は三人へ顔を向けた。
「ギルドでいい?」
「はい!」
三人が頷く。
「じゃあ、行こうか」
しばらく歩くと、見覚えのある大きな建物が見えてきた。ギルドだった。
入口では武器を携えた男たちが談笑し、建物の中からは賑やかな話し声が聞こえてくる。
主人公が扉を開けると、酒と料理の匂いが漂ってきた。
「おお、賑わってるね」
『夕方ですからね。仕事を終えた方々が集まる時間帯なのでしょう』
「なるほどねぇ」
主人公は食堂を見渡した。
幸い、昼間に座っていた奥の席が空いていた。
「あ、あそこにしようか」
三人を連れて奥へ進み、主人公は壁を背にして腰を下ろした。
少女たちも向かいの椅子へ座る。
三人とも少し緊張した面持ちだったが、主人公が楽しそうに周囲の料理を眺めているのを見ると、自然とその視線を追っていた。
「さて、何食べようかな」
主人公は三人へ目を向けた。
「君たち、何か食べたいものある?」
アリシアは首を横に振りながら答えた。
「主様にいただけるものであれば、何でも」
「いきなり言われても選ぶの大変だよね」
主人公は優しく笑った。
「いろいろ頼んで、みんなで分けて食べようか」
「ありがとうございます」
主人公は近くを通りかかった給仕へ声をかけた。
「すみません」
「はい、ご注文ですか?」
「はい。何かおすすめはありますか? 四種類くらい教えていただけると嬉しいのですが」
「そうですね……」
給仕の女性は少し考えてから答えた。
「まずは牛肉の赤ワイン煮込みでしょうか。朝からじっくり煮込んでますから、お肉も柔らかいですよ」
「おお、いいですねぇ。昼に食べた煮込みもおいしかったなぁ」
「ありがとうございます。それから、川魚の香草焼きもおすすめです。今朝入った魚を使ってますからね」
「へえ、魚もあるんですね」
「はい。あとは鶏肉と野菜の香草焼き、それに豆と豚肉の煮込みなんかも人気ですよ」
「なるほど。じゃあ、その四種類を一人前ずつお願いします」
「はい、分かりました」
「みんなで分けて食べたいので、取り皿をいただけると嬉しいのですが」
「もちろんですよ」
「あと、パンも四人分お願いします。足りなかったら追加しますね」
「はい」
主人公は少し考えてから付け加えた。
「それから、飲み物なんですが、お酒の入っていないものって何があります?」
「果実水や果汁、それからお茶なんかがありますよ」
「いいですねぇ。じゃあ、そちらもおすすめを四種類、違うものをお願いできますか?」
「分かりました。少しずつ違うものを持ってきますね」
「ありがとうございます」
給仕は注文を確認し、厨房へ戻っていった。
主人公は三人へ向き直った。
「いろいろ頼んでみたよ。どれがおいしいか楽しみだね」
「はい」
三人も少し楽しみになってきたようだった。
主人公は椅子にもたれ、ふと思い出したように顔を上げた。
「あっ、そうだ」
『どうされました?』
『賞金、今のうちにもらってこようかな』
『そうですね。今度こそ忘れないうちに』
『ははっ。そうだね』
主人公が立ち上がろうとした、その時だった。
「おい、お前さん!」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、昼間、山賊の首を確認していた年配の男がこちらへ歩いてくるところだった。
主人公は笑顔で声をかけた。
「あ、こんにちは。……もうこんばんは、かな?」
「おう。お前さん、探してたんだぜ?」
「あ、そうだったんですか?」
「確認が終わったら呼ぶって言っただろうが。いつの間にかいなくなっちまいやがって」
「ああ、すみません。ギルドも随分バタバタしていたみたいでしたし、後の方がいいかなと思いまして」
男は腕を組み、少しため息をついた。
「……まあ、いいけどよ」
それから、主人公の向かいに座る三人へ視線を向けた。
「そういや、お前さん」
「はい?」
「昼間、ここで荒くれに絡まれてたみたいだが、あいつがどこに行ったか知らねえか?」
主人公は少し首を傾げた。
「そうでしたっけ?」
「おいおい。食堂で騒ぎになってただろうが」
「ああ……そういえば、何かありましたね」
主人公は思い出したように頷いた。
「あいつ、突然姿が消えたって話なんだが」
「そうなんですか?」
「……お前さん、本当に知らねえのか?」
「ええ。気がついたらいなくなってたような気がしますけど……よく分からないですね」
主人公は穏やかな表情で答えた。
男はしばらくその顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「まあ、いいけどよ。変なのもいるから気をつけるんだな。あんた、目立つから」
「あはは。ありがとうございます。気をつけますね」
「おう。それと、金はもう用意できてるからな。後で取りに来い」
「あ、ありがとうございます。ちょうど取りに行こうと思ってたんです」
「そうかい。じゃあ、食い終わったら受付に来てくれ」
「はい。ありがとうございます」
男は片手を上げ、受付の方へ戻っていった。
主人公はその背中を見送ってから、椅子へ座り直した。
『向こうから来てくれたね』
『ふふっ。ちょうどよかったですね』
『うん。ありがたいね』
主人公は軽く笑った。
向かいの三人は、そんな主人公を見つめていた。
アリシアは、昼間の出来事を思い返していた。
あの荒くれ者が主様に絡み、外へ出ろと脅した。
主様はポンチョの下で何かをしていたが、突然グラスが割れ、皆がそちらへ気を取られた瞬間、男の姿が消えた。
ノエルも、その一部始終を見ていた。
フレアは実際にその場にいたわけではないが、二人から話を聞いている。
そして、先ほどの路地裏でも似たことが起きた。
自分たちを攫おうとしていた五人の男たちが、主様の目の前から一瞬で消えたのだ。
――どういう能力なんだろう。
アリシアは、改めて昼間からの出来事を整理し始めた。
主様は、怪我を治すことができる。
路地裏で仲間の足を治した時は、確かに「ヒール」と口にしていた。
あれほど腫れていた足が、一瞬で元に戻った。
一方、奴隷商会から戻ってきたフレアにも、傷は見当たらなかった。
――あれも、主様が治したのだろうか。
魔法や魔術で傷を癒やせることは知っている。
けれど、あれほどの怪我を一瞬で治せるものなのだろうか。
だが、荒くれ者が消えた時には、何か言っていただろうか。
――いいえ。何も。
その代わり、主様はポンチョの下で手を動かしていた。
そして、グラスが割れた。人々がそちらへ気を取られた瞬間、男が消えた。
一方、路地裏ではどうだったか。
あの時、主様は手をポンチョの外へ出していた。
そして、両手を叩いた。乾いた音がして、五人の男たちが消えた。
――手を叩くことが必要?
けれど、それならなぜ、わざわざポンチョから手を出したのだろう。
隠したままでも、手を叩くことはできるはずだ。
――もしかして、音?
グラスが割れた音と、手を叩いた音。
どちらも、音が鳴った直後に人が消えている。
音を出すことが、能力を使う条件なのかもしれない。
でも、それだけでは説明できないことも多すぎる。
主様は何も持っていないように見えるところから、突然物を取り出すことがある。
ギルドへ持ち込んだ大きな袋もそうだったし、仲間に渡してくれた食べ物も、どこから出しているのか分からなかった。
物だけではない。人間まで消してしまう。
もし、消した人間を好きな場所に出すことまでできるのなら。
――……それって、ものすごく強いんじゃない?
少女は思わず主人公を見た。主様は何事もなかったように座っている。
その表情には、緊張も警戒も見られなかった。
――そもそも、さっきの男の人は。
ギルドの職員だった。
しかも、ほかの職員たちからの扱われ方を見る限り、かなり偉い立場の人間ではないだろうか。
それなのに、主様が人を消したという可能性へ思い至った様子はなかった。
自分たちは実際に見たからこそ考えられる。
でも、もし同じような能力を持つ人間がほかにもいるなら、あの人も可能性の一つとして考えるはずだ。
――あの人も、知らない?
自分たちだけではない。経験を積んだ大人ですら、主様の能力について見当がつかないのかもしれない。
隣では、ノエルも似たようなことを考えていた。
主様は、ただ不思議な力を持っているだけではない。
身体能力も、明らかに普通ではなかった。
大きな荷物を軽々と扱い、人間を相手にしても一切怯まない。
それなのに、剣を持っているようには見えなかった。
ただ、あのポンチョの下には、何か見たこともない道具を持っている。
時折、裾から覗く緑色のもの。苔のような、不思議な模様がついていた。
あれは服なのだろうか。
それとも、何かを隠すためのものなのだろうか。
そして、ポンチョの下に見えた、あの奇妙な道具。
形は細長く、金属のような部分も見えた。
――斧、なのかな。
けれど、知っている斧とは随分違う。見たことも聞いたこともないものだった。
それに、主様は時々、誰もいない方向へ話しかけているような表情をする。
実際に声を出していることもあった。
独り言なのか、それとも誰かと話しているのか。
分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
――この人、頭がいい。
人の話を聞き、相手の考えを理解する。
必要なことだけを尋ね、すぐに判断する。
自分たちが依頼をした時もそうだった。
指を折るように命じながら、その理由まで尋ねてきた。
力があるだけの人間なら、あんなことはしないのではないだろうか。
しかも、主様は終始楽しそうだった。
圧倒的な能力を持ちながら、周囲へ威張り散らすこともない。
むしろ、ほとんどの相手に丁寧な言葉を使っている。
――やっぱり、この人は何者なんだろう。
外見も、このあたりの人間とは少し違って見える。
服装も、持ち物も、話し方も。
これまで会ったどんな人とも違っていた。
フレアも、考え込んでいた。
彼女自身が経験したことだけでも、常識では考えられないものばかりだった。
奴隷商会で、自分を買った主様。
あの時、自分はひどい怪我をしていた。
それなのに、気がつけば痛みは消え、腫れも引いていた。
その後、路地裏では五人の男が消えた。
そして、今着ているこの服。
三人とも、歩いているうちに綺麗なワンピースへ変わっていた。
少女は、ふと自分の袖に目を落とした。
三人分の服。主様は、いつ用意したのだろう。
そもそも、あの時は歩いていただけだ。
誰かが服を持ってきたわけでも、着替えるために立ち止まったわけでもない。
物を突然出すだけではない。着ている服まで、自由に変えられる?
――そんなことまで……?
少女は自分の考えに、ますます混乱していた。
気がつけば、三人とも黙り込んでいた。アリシアが、はっと顔を上げる。
――まずい。
せっかく主様が自分たちを食事に連れてきてくださったのに、三人揃って考え込んでしまっている。何か話をしなければ。
そう思って隣を見ると、ノエルもこちらを見ていた。
フレアも同じだった。互いに視線を交わす。
言葉はなかったが、考えていることは何となく伝わった。
誰かが会話を続け、その間にほかの二人が考えを整理する。
フレアが、小さく頷いた。自分が話そう。
そう決めて口を開こうとした、その時だった。
「何か、いろいろ考えてたみたいだね」
主人公が笑いながら言った。三人の肩が、僅かに跳ねた。
「どんなこと考えてたの?」
フレアは目を見開いた。
――待たせすぎた。
慌てて二人を見る。
アリシアは、一瞬だけ考えてから、小さく頷いた。
「大丈夫よ」
その言葉に、フレアも覚悟を決めた。
「あの、主様……」
そう言いかけたところで、給仕が大きな盆を抱えてやってきた。
「お待たせしました!」
主人公が顔を上げる。
「おっ、来た来た」
テーブルへ、飲み物と料理が次々に並べられていく。
「相変わらず早いねぇ」
『そうですね。なかなか手際のよい厨房のようです』
主人公は楽しそうに料理を眺めた。
「じゃあ、まずは食べてからにしようか」
三人へ目を向ける。
主人公が取り分け用の皿へ手を伸ばすと、アリシアが慌てて声をかけた。
「あ、主様。私たちがいたします」
「そう? じゃあ、お願いしようかな」
主人公は手を引っ込め、笑顔で頷いた。
三人は手分けして料理を取り分け始めた。
主人公はその様子を眺めながら、ふと思い出したことがあった。
『ああ、そうだ。彼女たち、食物アレルギーとかあったら治しておいて』
『承知しました』
『あ、ついでに歯並びも綺麗にしてあげて。虫歯とかも含めて』
『はい』
『それから、僕と同じ防護結界もつけておいて』
『防御性能は主様と同等でよろしいですか?』
『うん。彼女たちが怪我するのも嫌だしね。あれなら普段の生活に影響ないでしょ』
『大きな怪我が発生するような状況がなければ、気づかないと思います』
『じゃあ、お願いね』
『承知しました』
主人公は満足そうに頷いた。
その間にも、三人は料理を取り分けていた。
「はい、主様」
「ありがとう」
差し出された皿を受け取り、主人公は三人へ声をかけた。
「じゃあ、食べようか。みんなでシェアして、好きなものを食べていいからね」
少し考えてから付け加える。
「ただし、食わず嫌いはなしね。一口は食べてみよう」
「はい!」
食事が始まった。
主人公は料理について尋ねられると、材料や調理方法を説明した。
三人は興味深そうに聞きながら、久しぶりのちゃんとした食事を少しずつ丁寧に味わって食べていた。
最初は遠慮がちだったものの、次第に自分たちの好みを話し合うようになっていく。
主人公はその様子を楽しそうに眺め、三人が気に入った料理を多めに取り分けた。
反対に、苦手そうにしているものは自分の皿へ移していく。
「あ、それ苦手?」
「……少しだけ」
「そっか。じゃあ僕がもらうね」
主人公は何でもないことのように残った料理を食べた。
やがてアリシアが、自分の皿を眺めながら口を開いた。
「主様」
「ん?」
「こうやって丁寧に食事が出来るって幸せですね。私たちも、こういうお料理をこれから覚えて、主様においしいものを作りたいです」
隣の二人も頷いた。
「私も覚えます」
「……私もです」
主人公は嬉しそうに笑った。
「いいねぇ。期待してる」
三人の表情が明るくなった。
「はい!」
主人公も料理をするのが好きだと話すと、三人は驚いたようだった。
「今度、一緒に何か作ってみようか」
「……ぜひ!」
「うん。楽しみだね」
その後も四人は食事を楽しみ、やがてテーブルの料理はほとんどなくなった。
主人公は最後に残った料理を食べ終えると、満足そうに息をついた。
「ふぅ、ごちそうさま」
三人も揃って頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
主人公は三人を見渡した。
「おいしかった?」
「はい!」
「それはよかった」
主人公は笑った。
「じゃあ、さっきの話だけど」
三人の表情が少し引き締まった。
「何を考えてたのか、聞かせてもらってもいい?」
フレアが、姿勢を正した。
「……はい」
少しだけ息を整えてから、主人公をまっすぐ見つめる。
「主様の能力と、お人柄について考えていました」
「へえ」
主人公は興味深そうに笑った。
「聞かせて」
少女は頷き、昼間からの出来事について、自分たちが気づいたことを説明し始めた。
治療の際に発した言葉と、何も言わずに人間を消した時の違い。
ポンチョの下で動かしていた手、突然割れたグラス、路地裏で手を叩いた時の音。
物や人を自由に出し入れできる可能性と、その能力がどれほど異常なものなのか。
さらに、主人公の身体能力や服装、時折誰かと会話しているように見えること。
三人がそれぞれ考えたことを補い合いながら、できる限り整理して伝えた。
主人公は途中で口を挟むことなく、楽しそうに聞いていた。
やがて少女が説明を終えると、満足そうに頷いた。
「なるほどねぇ」
三人は少し緊張した様子で主人公を見つめた。
「いや、すごいね。そこまで考えてたんだ」
主人公は嬉しそうに笑った。
「これから少しずつ分かっていくと思うけど、君たちの想像には結構近いよ」
「……本当ですか?」
「うん」
主人公は少し考えてから続けた。
「先ず言っておくと、僕はこの世界の人間じゃないよ」
「……世界?」
フレアが、思わず聞き返した。
主人公は笑った。
「そう。そのうち分かるよ」
そう言って、右手の人差し指を立てた。
次の瞬間、金貨が一枚、親指との間につままれていた。
少女たちが目を見開く。
主人公が親指を離す。金貨は落ちなかった。
人差し指の上、ほんの僅かなところで静かに浮かんでいる。
三人は身を乗り出し、その様子をまじまじと見つめた。
「……え?」
金貨が、ゆっくりと形を変え始めた。
平たい円盤だったものが丸まり、滑らかな球になる。
その表面が伸び、細かな凹凸が現れた。
やがて四本の脚が生まれ、首が伸び、たてがみが形作られていく。
小さな馬だった。
金色の馬は主人公の指先から軽く飛び降り、テーブルの上へ着地した。
かすかな金属音がする。少女たちは息を呑んだ。
馬は首を振り、数歩歩いた。
その足取りは、本物の馬と変わらないほど自然だった。
やがて、もう一頭。さらにもう一頭。
気がつけば、三頭の小さな金色の馬が、少女たちの前に並んでいた。
馬たちは揃って前脚を折り、恭しく頭を下げた。
少女たちは、ただ呆然とその光景を見つめていた。
次の瞬間、三頭の馬が形を失い、三枚の金貨へ戻った。そして、消えた。
「あっ……!」
誰かが小さく声を上げた。
主人公は何でもないことのように掌を開いた。
そこには、先ほどの三枚の金貨が載っていた。
「さて」
主人公は楽しそうに三人を見渡した。
「どういうことか分かる?」
三人は顔を見合わせた。
何か答えなければ。そう思って口を開こうとするものの、言葉が出てこなかった。
金貨が浮いた。形が変わった。馬になって歩き、増えた。
そして消えたと思ったら、主様の手の中に戻っている。
処理しきれないほどの情報が、頭の中を駆け巡っていた。
そんな三人を見て、主人公は笑った。
「つまりね」
金貨が掌の上から消える。
「何でもできるってこと」
三人は、言葉を失った。
主人公はその反応を楽しそうに眺めていた。
しばらくして、フレアが恐る恐る口を開いた。
「……主様」
「ん?」
「あの……それほどのことができるのでしたら」
少女は一度、言葉を選んだ。
「なぜ、私たちのような人間を、お傍に置こうと思われたのですか?」
主人公は少し考えた。
「うーん……縁、かな」
「……縁、ですか?」
「うん」
主人公は頷いた。
「あんまり人間に興味を持つことってないんだけどね」
三人を見渡す。
「君たちは面白いと思ったし、欲しいと思った」
少女たちの表情が僅かに変わった。
主人公は穏やかに笑った。
「何ができようと、どれだけ格好つけようと、結局は僕も人間ってことなんだと思うよ」
三人は黙ってその言葉を聞いていた。
主様が何を考えているのか。まだ、すべてを理解できるわけではない。
それでも、自分たちが主様に選ばれたということだけは、はっきりと伝わってきた。
主人公は少し周囲を見渡した。
「さて、僕も君たちのことをいろいろ聞きたいんだけど……ここ、結構うるさいね」
主人公は苦笑した。
「静かに話せるところで、またゆっくり聞かせて」
「……はい」
そう答えたところで、三人はふと気づいた。
食堂は、ずっと賑やかだった。
周囲では酒を飲む男たちが騒ぎ、食器の触れ合う音や給仕の声が飛び交っている。
それなのに。
――……あれ?
主様の声は、ずっとはっきり聞こえていた。まるで、すぐ耳元で話しているかのように。
自分たちも、大きな声を出した覚えはない。それでも、主様にはすべて伝わっていた。
三人はまた顔を見合わせた。
――これも、主様の能力?
考えれば考えるほど、分からないことが増えていく。
フレアは、小さく深呼吸をした。今は、全部を理解しようとしなくてもいいのかもしれない。主
様自身が、いずれ分かると言ってくださったのだから。
顔を上げると、主人公が微笑みかけていた。少女も、自然と笑みを返した。
*
主人公は近くを通りかかった給仕を呼び止めた。
「すみません。追加でお願いしてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「何か甘いものってあります?」
給仕がいくつかの菓子を紹介すると、主人公は三人分のデザートと、新しい飲み物を注文した。
「ありがとうございます」
給仕が去ると、主人公は少女たちへ向き直った。
「じゃあ、僕はちょっとお金を受け取ってくるね」
「はい」
「君たちは甘いものでも食べながら、久しぶりに三人でゆっくり話してるといいよ。積もる話もあるでしょ」
主人公は笑った。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言って席を立ち、受付へ向かった。
*
受付では、先ほどの年配の男が書類を整理していた。
「すみません。先ほどの件なんですが」
男は顔を上げた。
「おう。食い終わったか」
「はい。ごちそうさまでした」
「そりゃよかった。ちょっと待ってろ」
男は奥へ引っ込み、しばらくして革袋と書類を手に戻ってきた。
「ほら、これだ」
カウンターの上に、重そうな革袋が置かれる。
男は書類を広げ、報酬の内訳を説明した。
賞金が設定されていたのは、山賊十三人のうち、頭目や幹部を含む数名だった。
正式な身元確認が終わり、それぞれの報酬が確定したらしい。
「それと、今回の件は街道の安全にも関わるからな。ギルドからも多少上乗せしてある」
「おお、ありがとうございます」
主人公は素直に喜んだ。
「結構な額になりますね」
「そりゃそうだ。あの連中には随分と手を焼かされてたからな」
男は腕を組んだ。
「奴ら、剣の腕も立つんだが、特に厄介な弓使いがいてな」
「へえ」
「夜だってのに、正確に射ってきやがる。あれに何人もやられてな。おまけに魔法具まで持ってやがるから、迂闊に手も出せねえ」
男は小さくため息をついた。
「相当困ってたんだよ」
「なるほど。それは大変でしたね」
「……で、それを一人でやったんだよな?」
「まあ」
主人公は軽く頷いた。
男は改めて主人公を見た。
「どうやったんだ? 弓か? あの量の首を軽々と持ち込めるくらいだ。相当な力があるんだろう。そんな腕で弓を射れば、とんでもねえ威力になるはずだ」
主人公は少し笑った。
「まあ、そんなところです」
「……そうかい」
男はしばらく主人公を見つめていたが、それ以上は追及しなかった。
やがて、何かを思いついたように口を開く。
「なあ、お前さん」
「はい?」
「このギルドで働く気はねえか?」
「……働く、ですか?」
「ああ。あんたみたいなのがいてくれると、こっちも心強いんだ」
主人公は少し考えた。
「ありがたいお話なんですが、これからいろいろ旅をしてみたいと思ってまして。今のところ、長く留まる予定はないんです」
「そうか……」
男は少し残念そうに頷いた。だが、すぐに顔を上げる。
「なら、ギルドに登録だけでもしていかねえか?」
「登録?」
「ああ。登録しておけば、ギルドが斡旋する仕事を受けられる。ギルドはほかの街にもあるからな。旅の途中で小金を稼ぐには便利だぞ」
「なるほど」
「それに、うちはこのあたりじゃ結構大きいギルドだ。ここで発行した証明書なら、身分証としても十分使える」
主人公は少し興味を持った。
「へえ。それは便利そうですね」
「だろ?」
男は嬉しそうに笑った。
「腕の立つ奴が登録してくれると、こっちも助かるんだよ。難しい仕事は死傷者も出るからな。低ランクの連中に無理にやらせるわけにもいかねえ」
「なるほどねぇ」
主人公は少し考えた。身分証が手に入るのは、確かに便利かもしれない。
今後ほかの街を訪れる際にも、何かと役に立つだろう。
「うーん……どうしようかなぁ」
男は主人公の様子を見て、身を乗り出した。
「今回は特別サービスだ」
「ん?」
「登録料も講習も試験も、全部免除してやる」
「おお」
「しかも、最上位のSランクだ」
主人公は少し驚いた。
「いきなり最上位ですか?」
「ああ。悪い話じゃねえだろ?」
主人公は考え込んだ。
「一つ、質問してもいいですか?」
「おう。何だ?」
「登録することによるデメリットってありますか? 例えば、依頼に強制参加させられるとか、更新料がかかるとか」
男は頷いた。
「まず、ギルドとして依頼を強制することはねえ」
「なるほど」
「ただし、Sランクともなると貴族どもから注目されるだろうな。腕の立つ人間を抱え込もうとする連中もいるからよ」
「ふむ」
「もっとも、無理やり従わせて反感を買っても意味がねえ。普通は友好的に接してくるはずだ」
男は続けた。
「それと、街に寄った時にはギルドへ顔を出してもらえると助かる。まあ、義務じゃねえけどな」
「へえ」
「Sランクが街にいるだけでも、いざという時には心強いからな。場合によっちゃ、顔を出してくれるだけで報酬を渡すこともある」
「おお、いいですねぇ」
主人公は楽しそうに笑った。
「更新料なんかもねえよ。貴重なSランクを手放したくはねえからな」
「なるほど。ちなみに、登録者の情報ってどうやって管理してるんですか?」
「ギルドごとに発行する識別番号と、名前の一覧を共有してるんだ」
男は書類を一枚取り出した。
「ランク認定にはある程度の決まりがあるが、実際に認定するのは各ギルドだ。だから、認定したギルドの信用も重要になる」
「なるほどねぇ」
「その点、うちのギルドは信用が高いぞ。ここでSランクとして認定すれば、ほかの街でも基本的にはそのまま通用する」
主人公は頷いた。
「それは便利ですね」
「だろ?」
男は期待するように主人公を見た。
「頼むよ。たぶん、あんた相当強いだろ」
「……そんなに?」
主人公は少し笑った。
男は真面目な表情になった。
「この世界で生き残りたきゃ、まず相手の実力を測れることが大事なんだ。それと、自分の力を知ることだな」
「ふむ」
「俺も長いことこの仕事をしてるが、あんたは相当強い。たぶん、俺が見てきた中でも一番だ」
主人公は興味深そうに男を見た。
「へえ。どうしてそう思うんです?」
「勘だよ」
男は即答した。
「まあ、経験から来る勘ってやつだ。あんたとは戦っちゃいけねえって、俺の勘が言ってる」
「なるほどねぇ」
「それに、あんたは上品だ」
主人公は少し首を傾げた。
「上品、ですか?」
「ああ。なんつうか、無駄がねえんだよ。立ち居振る舞いもそうだし、話し方もな」
男は腕を組んだ。
「実力があっても、やべえ奴は使いにくい。ちょっと気に入らねえことがあるだけで暴れるような奴じゃ、安心して仕事を任せられねえからな」
主人公は小さく笑った。
「なるほど」
「頼むよ。とりあえずお試しでも何でもいいから、登録してくれ」
主人公は少し考えた。強制される仕事もなく、更新料もかからない。
各地で身分証として使えるのであれば、確かに悪い話ではなかった。
「……まあ、いいか」
「おっ!」
男の顔が明るくなった。
「登録させていただきます」
「おお! 助かるぜ!」
男は嬉しそうに笑い、奥から書類を取り出した。
「じゃあ、ここに名前と、本人確認用の合言葉を書いてくれ」
差し出された書類には、いくつかの記入欄があった。
ギルド名。
識別番号。
名前。
合言葉。
特徴。
主人公はその書類を眺めた。
「へえ、こういう感じなんですね」
「ああ。ギルド名と番号はこっちで入れるから、名前と合言葉を頼む」
「分かりました」
主人公は筆記具を受け取り、少し考えてから文字を書き始めた。
名前――バサロ 池田。
合言葉――問い「名前は?」 答え「憲次」。
『……偽名ですか。さすがですね』
aiの声には、笑いが混じっていた。
男は書類を覗き込んだ。
「……ん?」
見慣れない文字が並んでいる。
「これは、何て読むんだ? バサロ……?」
「池田です。IKEDA」
「イケダ?」
「はい。漢字という、外国の文字なんです」
「へえ……」
男は興味深そうに文字を眺めた。
「やっぱり、この国の人間じゃねえのか」
「ええ」
「どのあたりなんだ? こんな文字、見たことねえぞ」
「ずっと遠いところです」
主人公は笑った。
「そうかい。まあ、いろんな国があるからな」
男はふと思い出したように顔を上げた。
「そういや、俺も名乗ってなかったな。ギルドマスターのロイスだ。改めてよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
主人公は軽く頭を下げた。
ロイスは書類へ視線を戻した。
「それで、合言葉は何て読むんだ?」
「ケンジですね」
「ケンジ、か」
ロイスは書類を確認しながら頷いた。
「それにしても、バサロってのは変わった名前だな」
「ああ、それにはちょっと由来がありまして」
主人公は楽しそうに笑った。
「僕の父が、バサロっていう技を僕の国で初めて使った人なんですよ」
「……技?」
「ええ。それが強いのなんのって。その技で国のトップにもなったんですが、父の時には戦がなくて」
ロイスは興味深そうに聞いていた。
「ほう」
「その後、技を継いだ人が戦いで名を上げて、一躍国の英雄になったんです」
「おお!」
ロイスの表情が明るくなった。
「そりゃすげえな!」
「だから、僕にバサロって名前をつけたんでしょうね。ちなみに、合言葉は父の名前です」
「なるほどなぁ……」
ロイスは感心したように頷いた。
「それが強さの秘訣か。今度、その技を教えてくれよ」
主人公は楽しそうに笑った。
「まあ、知ったらびっくりすると思いますよ」
『ふふっ。この流れで、水泳の泳法だとは思わないでしょうね』
『だろうね』
主人公は笑いを堪えた。
ロイスは腕を組み、納得したように頷いた。
「秘密ってわけか。まあ、いい。気が向いたら、誰かに伝承してやってくれよ」
「そうですね」
主人公は笑顔で答えた。
ロイスは書類を確認し、特徴の欄に何かを書き加えた。
「よし。これでいいだろう」
それから、奥にいた職員へ声をかける。
「おい、Sランクの新規登録だ。証明書を持ってきてくれ」
「……Sランクですか!?」
職員が驚いたように顔を上げた。
「そうだ。俺の権限で認定する」
「は、はい!」
職員は慌てて奥へ向かった。
ロイスは満足そうに笑った。
「いやぁ、久しぶりだぜ。Sランクの登録なんてよ」
ほどなくして、職員が証明書を持って戻ってきた。
ロイスは記載内容を確認してから、主人公へ差し出した。
「ほら、これが証明書だ。ここにも名前を書いてくれ」
「はい」
主人公は証明書を受け取り、先ほどと同じ名前を記入した。
ロイスは署名を確認し、満足そうに頷いた。
「よし。これで正式に登録完了だ」
「ありがとうございます」
主人公は証明書を興味深そうに眺めた。
「Sランクだと、大抵の街じゃ入市税なんかも免除される」
「おお、それは助かります」
「この後、各街のギルドにお前さんの名前を伝えておくよ。また依頼の方も、気が向いたら見てみてくれ」
「はい。ありがとうございます」
ロイスは非常に上機嫌だった。
主人公も証明書をしまい、軽く頭を下げた。
「あ、そうだ」
「ん?」
「この街で、女の子の服を買うなら、どこがおすすめですか?」
ロイスは少し意外そうな顔をした。
「服?」
「ええ。一緒に来ている子たちの服を買ってあげたいんです」
「ああ、あの三人か」
ロイスは納得したように頷いた。
「それなら、俺が娘と行く店があるぞ」
「おお、ぜひ教えてください」
「大通りを東へ進んで、二つ目の角を曲がったところだ。最近、若い店主に代替わりしてな。今まで見たこともないような服を作るって評判なんだ」
「へえ、面白そうですね」
「うちの娘もすっかり気に入っちまって、何かあるたびに連れて行かされるんだよ。確かに可愛い服を作るし、仕立てもいい。ただな……」
ロイスはそこで苦笑した。
「びっくりするほど高いぞ」
主人公は楽しそうに笑った。
「あはは。それは楽しみですね。じゃあ、そこに行ってみます」
「おう。あそこは夜まで開いてるから、今からでも間に合うはずだ。よろしく伝えといてくれ」
「はい。ありがとうございました」
主人公は改めて頭を下げ、受付を離れた。
*
食堂へ戻ると、三人の少女は楽しそうに話をしていた。テーブルには、すでにデザートが運ばれている。
主人公に気づくと、三人は顔を上げた。
「あっ、主様!」
「ただいま。お待たせ」
「お帰りなさいませ」
主人公は笑いながら席へ戻った。
「どう? おいしい?」
「はい!」
三人の表情は、先ほどよりも随分と柔らかくなっていた。
主人公はその様子を見て、満足そうに頷いた。
「よかった。じゃあ、食べ終わったら買い物に行こうか」
「……お買い物、ですか?」
「うん。服を見に行こうと思って」
主人公は三人の姿を眺めた。
白を基調としたワンピースは、それぞれの雰囲気によく似合っている。
アリシアが慌てて首を振った。
「い、いえ! そんな……!」
「どうしたの?」
「私たちには、もうこんなに素敵なお洋服をいただいていますし……」
隣の少女も頷いた。
「それに、これ以上甘えるわけには……」
主人公は少し首を傾げた。
「甘える?」
少女は言葉を詰まらせた。
主人公は受け取ったばかりの革袋を軽く持ち上げた。
「さっきお金ももらったし、遠慮しなくていいよ」
「ですが……」
「それにさ」
主人公は楽しそうに笑った。
「僕も、君たちがいろんな服を着てるところを見たいんだよね」
三人が顔を上げた。
「いろんな君たちを見せて、僕を楽しませてよ」
少女たちは、しばらく主人公を見つめていた。
やがて、アリシアが小さく頷いた。
「……はい。主様がお望みでしたら」
「うん。じゃあ、決まりだね」
主人公は嬉しそうに笑った。
*
ギルドを出た四人は、ロイスに教えてもらった服屋へ向かった。
大通りを少し進み、角を曲がると、落ち着いた雰囲気の店が見えてきた。
店先には色とりどりの布地が並び、窓際には何着かの服が飾られている。
主人公が扉を開けると、店員らしい女性が近づいてきた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは。女の子の服を探しているんですが」
「はい。どのようなお洋服でしょうか?」
「普段着とか、お出かけ用とか。いろいろ見てみたいんです」
店員は少女たちへ目を向けた。
「まあ、かわいらしいお嬢さんたちですね」
三人は揃って小さく頭を下げた。
「ありがとうございます……」
主人公は店内を見渡した。
壁沿いには布地が並び、奥には仕立て途中と思われる服も掛けられている。
店頭には何着かの完成品が用意されていたが、種類ごとに細かくサイズが分かれているわけではないらしい。
「こちらにある服は、試着できるんですか?」
「はい。見本としてご用意しているものもございます。お気に召したものがあれば、採寸してお仕立ていたしますし、寸法が合えばそのままお持ち帰りいただけます」
「なるほど。じゃあ、いろいろ試してもらおうかな」
主人公は三人へ顔を向けた。
「好きなのを選んでいいよ」
三人は並んだ服に目を向けた。
上質な布地に、丁寧な仕立て。
見慣れない意匠の服も多く、思わず目を奪われる。
けれど、どれも今の自分たちには手の届かない品ばかりだった。
主様にどこまで甘えてよいのか分からず、なかなか選ぶことができない。
その様子に気づいた店員が、柔らかく微笑んだ。
「よろしければ、私の方でいくつか見繕いましょうか?」
「おお、ぜひお願いします」
主人公は嬉しそうに頷いた。
「それぞれに似合うものを、いろいろ着せてあげてください」
「分かりました。では、こちらへどうぞ」
店員は三人の姿を見比べ、何着かの服を選び始めた。
アリシアには、落ち着いた色合いのワンピース。
ノエルには、柔らかな色の上着とスカート。
フレアには、動きやすそうな上着とズボン。
それぞれ違った雰囲気の服を勧められ、少女たちは順番に試着していった。
主人公はそのたびに楽しそうに感想を伝えた。
「おお、いいじゃん。すごく似合ってる」
「……ありがとうございます」
「こっちもかわいいねぇ」
「……っ!」
「へえ、そういう格好もいいね。かっこいいし、かわいい」
三人は褒められるたびに頬を赤くした。
最初は緊張していたものの、次第に自分から服を選ぶようになり、互いの姿を見て感想を言い合うようになった。
主人公はそんな様子を楽しそうに眺めていた。
やがて、ひと通り試着が終わると、店員が尋ねた。
「いかがなさいますか?」
主人公は少し考えた。
「うーん……全部よかったですねぇ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、試着したもの、全部いただけますか?」
店員が目を瞬かせた。
「……全部、ですか?」
「はい。どれも似合ってたので」
三人が驚いて主人公を見た。
「しゅ、主様……!」
「どうしたの?」
「そんなにたくさん……!」
主人公は笑った。
「いいじゃん。いろいろ着られた方が楽しいでしょ」
三人は顔を見合わせた。その頬は、まだ少し赤かった。
店員は嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。ただ、これだけの数ですと、お仕立てにひと月ほどいただきたいのですが……」
「一か月ですね。もちろん大丈夫ですよ。急ぎませんので」
「ありがとうございます。では、改めて採寸させていただきますね」
三人は店員に案内され、寸法を測ってもらった。
主人公は待っている間、店内に並んだ布地や小物を眺めていた。
靴や髪飾りについても店員に相談し、三人が気に入ったものを追加で選ぶ。
採寸が終わると、店員は注文内容を確認し、代金を計算した。
主人公は提示された金額を確かめ、その場で全額を支払った。
「では、ひと月後に受け取りに来ますね」
「はい。お待ちしております」
主人公は三人へ振り返った。
「じゃあ、その時にみんなのところにも遊びに行こうか」
少女たちが顔を上げた。
「……本当ですか?」
「うん。あの子たちがどうしてるかも気になるだろう?」
三人は嬉しそうに顔を見合わせた。
「はい!」
主人公は満足そうに頷いた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、ありがとうございました」
店員に見送られ、四人は店を後にした。
外へ出ると、街はすっかり夜になっていた。
三人の表情は店に入る前とは随分と違っていた。
主人公が笑いかけると、三人も自然と笑顔を返した。
*
しばらく街を歩いたところで、主人公はふと足を止めた。
「……あ」
三人が顔を上げる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、ちょっと連れ回しすぎちゃったかなと思って」
主人公は三人を見渡した。
「疲れたよね。ごめんね」
アリシアが首を横に振った。
「いえ、不思議と疲れていません」
隣の二人も頷いた。
「はい。私もです」
「……私も、まったく」
『適宜、違和感のない範囲で疲労感を取り除いています』
『ああ、なるほど。ありがとう』
『いえいえ。それにしても、少々詰め込みすぎですよ』
『ははっ。そうだね。ごめん、ちょっとはしゃいじゃった』
『ふふっ。お気持ちは分かりますけどね』
主人公は小さく笑った。
少女たちはそんな主人公を見つめていた。
一日中、いろいろなことがあった。
仲間が助かり、新しい服をもらい、おいしいものを食べた。
そればかりか、これまでの常識では考えられない光景を、何度も目の当たりにした。
そのどれもが、少し前までは想像もできなかったことだった。
主人公は夜空を見上げた。
「さて、そろそろ寝る場所を確保しなきゃね」
『お作りになりますか?』
『うん。前に話してた場所、どうかな?』
『あちらでしたら、周辺の地形や環境についても、すでに調査が進んでいます』
『そっか。じゃあ、あそこにしようかな』
『よろしいかと思います』
主人公は満足そうに頷いた。
それから、三人へ向き直る。
「じゃあ、これから家を作るから、もう少し付き合ってもらっていい?」
少女たちは一瞬、顔を見合わせた。
アリシアが、おずおずと口を開く。
「……もちろんです。ですが……」
「どうしたの?」
「正直に申し上げると、仰っている意味がよく分かりません」
主人公は少し笑った。
少女は一度息を整えた。
「いえ……意味を考える方がおかしいのかもしれませんね」
「ほう?」
「主様は、言葉のとおりのことをなさるのでしょう?」
主人公は思わず笑った。
「ははっ。そうだね」
それから、人通りの少ない場所へ三人を案内した。
周囲に誰もいないことを確認すると、改めて少女たちへ向き直る。
「じゃあ、ちょっと怖いかもしれないけど……飛ぶよ」
「……飛ぶ?」
少女たちが顔を見合わせた、その直後だった。
「きゃっ!」
三人の足が地面を離れた。
次の瞬間には、街の灯りが遥か下方に広がっていた。
「……っ!?」
少女たちは息を呑んだ。
先ほどまで歩いていた通りが、小さな光の筋になっている。
建物の屋根も、街を囲む城壁も、すべてが眼下にあった。
あまりにも高い。三人は思わず身体を強張らせた。
足元には、何もない。それなのに、落ちる気配もない。
「大丈夫だよ。落ちないから」
主人公は何でもないことのように笑った。
「怖かったら、目をつむっててね」
だが、少女たちは目を開いたまま、必死に状況を把握しようとしていた。
アリシアは眼下の街を見つめ、ノエルは自分の足元と主人公を交互に見ている。
フレアは何かを確かめるように腕を動かしたが、周囲には身体を支えるものなど何もなかった。
それでも、四人は夜空に浮かんでいる。
主人公はそんな三人を眺めながら、aiへ意識を向けた。
『さて、風よけの結界を張って。加速度は……』
そこまで考えたところで、ふと気づいた。
『あ、瞬間移動すればいいのか』
『できますよ』
『だよね。じゃあ、お願い』
『承知しました』
次の瞬間、四人の姿が夜空から消えた。




