『骸は笑い、剣は迷う。――たとえ未完成でも、僕の刃は「死を繋ぐ構造」に届いてしまった』
目の前に立つのは、死を弄ぶ「骸の聖女」エリザ。
一度は断ち切ったはずの亡者たちが、再び形を成して襲いかかります。
「どちらにもならないまま、終わるのも一つの完成よ」
甘い誘惑のような言葉がフウガの心を蝕む中、彼の脳裏に浮かんだのは、ある少女の温もりでした。
震える剣が、ついに「届くはずのない存在」へと向けられます。
静寂は、戻っていなかった。
風は止んでいる。だが、音がある。
――軋む音。
骨が、鳴っている。
崩れ落ちたはずの亡者たちが、ゆっくりと形を取り戻していく。
砕けた骨が繋がり、割れた頭蓋が噛み合う。
終わっていない。
「……いいわね」
声は、すぐ近くにあった。
気づけば、女は数歩先に立っている。先ほどと同じ位置。いや、それ以上に近い。
「さっきの、もう一回やってみて?」
軽い声音。その背後で、街そのものが蠢いている。
(……無理だ)
喉が乾く。
さっきの一撃が、どうやって出たのか分からない。
思い出そうとしても、形にならない。
「どうしたの? “見えてた”んでしょう?」
逃げ場はない。
亡者たちが、一斉にこちらを向く。
濁った瞳が、フウガを捉える。
(……動け)
分かっているのに、足が重い。
焼ける匂い。崩れる命。何もできなかった自分。
(……また、か)
胸の奥が、冷たくなる。
「ねえ」
女が首を傾げる。
「どうして、まだ”そっち側”にいるの?」
その言葉で、理解してしまう。
自分が、この世界のどこにも立てていないことを。
「怖いんでしょう? 奪うのも、奪われるのも」
否定できない。
「だったら、やめてしまえばいいじゃない」
優しく告げる。
「どちらにもならないまま、終わるのも一つの完成よ?」
言葉が、深く沈む。
何も選ばないまま終わる。
それは――逃げではないのか。
その時、脳裏に浮かぶ。
夜の庭園。
差し出されたパン。
震えながら、それでも自分を見ていた少女――リュミエル。
(……違う)
わずかに、指先に力が入る。
(……あれは)
逃げじゃない。
“選ぼうとしていた”顔だ。
完全でもなく、強くもなく、それでも前に進もうとしていた。
(……俺は)
そこから、目を逸らしているだけだ。
その瞬間。
見えた。
絡み合う無数の糸。街全体に張り巡らされた、死を繋ぐ構造。
(……全部は、無理だ)
理解する。
全部は断てない。
だが。
足が、前に出る。
踏み込む。
振る。
――一閃。
断てたのは、ほんの一部。
だが、その先にいるのは――女。
刃がかすめる。
頬に、浅い傷が走った。
「……あら」
女が、指で血をなぞる。
「へえ……届くのね」
その目が変わる。
“観察”から、“認識”へ。
対象として見ていたものを、“存在”として捉え直す視線。
背筋が凍る。
何かに”認められた”。
それが、恐ろしい。
勝ちたかったわけじゃない。
ただ、見えないふりをしていたかっただけだ。
なのに今、あの女の目の中に――自分が映っている。
(……消えたい)
そう思った瞬間、気づく。
(……これが、怖さの正体か)
戦うのが怖いんじゃない。
“認識される”ことが、怖い。
存在を肯定されることが。
「でも――まだ足りない」
女が指を鳴らす。
その瞬間、亡者の数が増える。
圧が違う。密度が違う。
(……無理だ)
今の一撃は、糸の一本を断っただけだ。
この密度では、次を見つける前に飲み込まれる。
足が止まる。
剣を構えたまま、動けない。
どこを斬ればいいか、分からない。
糸が多すぎて、“道”が見えない。
剣が、迷う。
――その瞬間。
女は、動きを止めた。
「……やっぱり、未完成だねぇ」
興味が薄れたように、視線を外す。
「どちらにも振り切れない。壊れきれないし、生ききれない」
静かに、言い切る。
「でも、嫌いじゃないよ。そういう”途中”も、ボクは好きだから」
背を向ける。
亡者たちが、一斉に動きを止める。
そして。
崩れ落ちた。
ただの骨へと戻る。
静寂。
女の姿は、もうなかった。
残されたのは、フウガだけ。
荒い呼吸。震える手。
(……俺は)
勝っていない。
何一つ。
それでも――
ほんの少しだけ、“届いた”。
だが、それよりも強く残るものがあった。
あの女の目。
自分を”存在”として捉えた、あの視線。
(……認められた)
それが嬉しいわけじゃない。
ただ――
もう、見えないふりはできない。
自分がここにいることを。
この力が、確かにあることを。
(……選ばなければならない)
どこに立つのか。
何のために振るのか。
答えはまだない。
だが、問いだけが――
初めて、自分のものになった。
第7話までお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついにフウガの刃が、エリザという「強大すぎる存在」に届きました。
倒したわけではなく、ただ「認識された」だけ。けれど、フウガにとってはそれが何よりも恐ろしいこと……。この「認められることへの恐怖」という彼の繊細な心情が、皆様に少しでも伝わっていたら嬉しいです。
エリザとの出会いを経て、フウガはもう「何も知らなかった頃」には戻れません。
迷いながらも進む彼を、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマークで支えていただけると幸いです!
次回、フウガが選ぶ「自分の立ち位置」とは……?お楽しみに!




