死にきれなかった勇者の余生。裏切りの王都を捨てて辿り着いた、誰も自分を知らない場所
裏切り、断罪、そして剥奪。
すべてを失い、地下牢の冷たい床で死を待つばかりだったフウガ。
しかし、絶望の淵で彼の手を引いたのは、かつて彼が無意識に救った一人の青年でした。
「ここが、間違ってるんです」
その言葉を背に、王都を脱出したフウガ。
あてもなく歩き続けた彼が辿り着いたのは、常識では考えられない光景が広がる、不思議な町でした。
地下牢。
冷たい石床に、フウガは倒れていた。
時間の感覚は、もうない。
外から、歓声が聞こえる。
勝利を祝う声。
その隙間に混じる、罵声。
――自分に向けられたもの。
(……終わったな)
目を閉じる。
浮かぶのは、月明かり。
差し出された手。
震えながら、それでも信じようとしていた少女。
(……約束、したのに)
守れなかった。
いや――
(……もう、どうでもいい)
剣を握る理由が、消えていた。
その時だった。
「……フウガ様」
声。
遠くから引き戻される。
「フウガ様、起きてください!」
目を開ける。
鉄格子の向こうに、ひとりの青年が立っていた。
「……なんで」
声が、出る。
「どうして、来た」
青年は息を呑み、そして言う。
「……初陣の時」
火球。爆音。崩れる命。
「俺、転びかけたんです」
記憶は、曖昧だ。
「その時、貴方が……」
一瞬、言葉が震える。
「突き飛ばしてくれた」
沈黙。
「……あのままだったら、俺、死んでました」
フウガは、何も言わない。
思い出せない。
だが――
否定もできない。
「だから」
青年は顔を上げる。
「助けに来ました」
迷いのない声。
「貴方が裏切るはずがない。俺は、見てましたから」
鍵を差し込む手が震える。
それでも、止まらない。
カチャリ、と音が響く。
「逃げてください」
扉が、開く。
「……逃げて、どうする」
動かない。
「どこに行っても同じだ」
「違います」
即答だった。
「ここが、間違ってるんです」
その言葉は、小さいのに――重かった。
フウガの中に、引っかかる。
「……行ってください」
青年が一歩、下がる。
「貴方まで、ここで終わる必要はない」
長い、沈黙。
やがて――
フウガは、立ち上がる。
足は重い。
それでも一歩だけ、前に出る。
それが、答えだった。
夜。
王都を、出た。
振り返らない。何も持たない。
ただ生きている。それだけだった。
どれだけ歩いたのか、分からない。
気づけば。
見知らぬ町に立っていた。
(……なんだ、ここ)
魔族と人間が、並んでいる。
争いはない。
魔族の老婆が人間の子どもに食べ物を渡している。
子どもは、それを当然のように受け取っていた。
理解できない光景。
嫌悪は、湧かなかった。
「兄ちゃん」
声をかけられる。
「食うか?」
差し出される、温かいスープ。
迷う。わずかに、躊躇う。
それでも――受け取る。
一口。
体に、熱が落ちる。
(……ああ)
実感する。
(……まだ、生きてる)
理由はない。
意味もない。
それでも確かに、ここにいる。
「……手ぇ出せ」
いつの間にか、隣に老人が立っていた。
言われるままに、手を出す。
老人は、じっと見て――
ふっと、笑う。
「なるほどな」
それ以上は、何も言わない。
ただ、軽く肩を叩く。
「……死にきれねえ顔してやがる」
一拍。
「それでいいんだよ」
その言葉だけを残して、人混みに消えていく。
フウガは、その場に立ち尽くす。
町を見る。
誰も、自分を見ていない。
期待も、失望もない。
ただ、生きているだけの人間たち。
(……いいな)
ぽつりと、思う。
理由は分からない。
だが――
ここには、“役割”がない。
だから、少しだけ、楽だった。
「……俺は」
小さく声に出す。
「生きる」
それだけだった。
この選択が、何を変えるのか。
まだ、知らない。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「勇者」という重すぎる役割を剥ぎ取られ、一人の人間として「スープの温かさ」を感じるフウガ。このシーンを書きながら、ようやく彼が息をつけたような気がして、少しホッとしました。
魔族と人間が共生する謎の町、そしてフウガの正体を見抜いたような老人の言葉……。
ここからフウガの物語は、これまでの「戦わされる日々」とは違う方向へ動き出します。
「ここからのスローライフ(?)が楽しみ!」「フウガ、報われてほしい」と思ってくださった方は、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いします!
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