第9話 税を、一本にする
収穫の熱が、ようやく落ち着き始めた頃。
領館の執務室には、再び帳簿の山が築かれていた。
だが、以前と違うのは――その数字が、明確に上向いていることだ。
「食糧備蓄、想定量の八割達成」
「流通停止、解消」
「治安費、前期比三割減」
エリシアは報告書を閉じ、静かに言った。
「……これで、ようやく“普通の領地”です」
「違う」
アレンは首を振った。
「まだ、不安定だ」
「不安定、ですか?」
「税制が古い」
アレンは、最初の帳簿を指で叩いた。
「今の税は、人頭税、土地税、通行税、雑税……重複と例外だらけだ。取る側も、取られる側も、分からなくなっている」
エリシアは苦笑した。
「正直、私でも全容は把握しきれていません」
「だからだ」
アレンは立ち上がる。
「税を、一本にする」
室内の空気が、張りつめた。
「収穫税のみ。割合は固定。例外なし」
「……それは」
エリシアは即座に理解した。
「一部の層が、確実に損をします」
「正確には、“得をしていた層”だ」
人頭税を免れていた者。
抜け道を使っていた商会。
徴税権を利用していた管理人。
「だが、分かりやすくなる」
アレンは続ける。
「払う理由が、見える。成果と直結する」
翌日。
税制改革の布告が出た。
反応は、即座だった。
「なんで、うちが増えるんだ!」
「今まで通りでいいじゃないか!」
特に声が大きかったのは、土地を持つ中規模層だった。
これまで、複雑な税制の隙間で負担を抑えてきた者たちだ。
説明会は、荒れた。
「公平だと言うが、不公平だ!」
「改革ばかりで、落ち着けない!」
アレンは、感情論に乗らなかった。
「数字で話そう」
そう言って、板に図を書いた。
「今まで、誰がどれだけ払っていたか」
「これから、誰がどれだけ払うか」
線を引く。
比較する。
見える化された差は、残酷だった。
「……増えてるのは、一部だけだ」
誰かが呟く。
「減ってる人間の方が、多い……」
「全体では?」
アレンが問う。
「……安定しています」
税収は、ほぼ変わらない。
だが、内訳が変わった。
「逃げる理由が、減る」
アレンは静かに言った。
「分からない税は、不安を生む。分かる税は、交渉できる」
数日後。
最初の徴税が行われた。
混乱は、ほとんどなかった。
なぜなら、収穫量は誰の目にも明らかだったからだ。
「……本当に、払える」
農民が呟く。
「これなら、来年も頑張れる」
だが、その夜。
「報告です」
ガルドが低い声で言った。
「一部の商人が、税制改革に反発しています」
「具体的には?」
「取引量を意図的に絞っている。価格操作です」
アレンは、目を細めた。
「……やはり来たか」
改革は、必ず抵抗を生む。
特に、金の流れを変えれば。
エリシアが言う。
「黒字は、見えてきています」
「だからこそ、危険だ」
アレンは帳簿を閉じた。
「黒字は、祝福じゃない。通報材料だ」
数値が改善すれば、王都は動く。
そして、動いた後は――引き返せない。
その時、執務室の扉が叩かれた。
「領主様。王都から、使者が」
アレンは、深く息を吐いた。
「……予定通りだ」
税を一本にした。
数字は整った。
だが、それは――
政治の舞台に立った、という意味でもあった。
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