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辺境領に飛ばされた元官僚、数字だけで王国を立て直す 〜廃領再建から始まる、数字と制度の国家経営録〜  作者: 蒼井テンマ


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第10話 黒字という名の通報

 決算の日は、静かに訪れた。


 領館の執務室。

 机の上には、整えられた帳簿が一冊だけ置かれている。


 以前のような、積み上げられた紙の山はない。

 必要な数字だけが、整理され、並べられていた。


「……以上が、今期の収支です」


 エリシアの声は、少し硬かった。

 それは緊張か、それとも——期待か。


 アレンは、最後の行を指でなぞる。


 収入。

 支出。

 差額。


「……黒字だな」


 その一言で、空気が変わった。


 しばらく、誰も何も言わない。

 次に、エリシアが息を吸い込んだ。


「本当に……黒字です。補助金に頼らず、です」


「一時的だがな」


 アレンは淡々と答えた。


「農業の好調が前提だ。来年も続く保証はない」


「それでも……」


 エリシアは帳簿を抱きしめるように言った。


「この領地が、数字上“生きている”と証明されました」


 その表現は、正しかった。


 制度上、死んでいた領地。

 それが、数字で息を吹き返した。


 だが、アレンは喜ばなかった。


「黒字は、旗だ」


「……旗?」


「振れば、見える」


 エリシアは、はっとした顔になる。


「王都に……」


「ああ」


 アレンは椅子にもたれた。


「赤字なら無能で済む。黒字は、異物になる」


 数日後。

 予想通り、動きがあった。


「王都監査局より、正式な通知です」


 使者が差し出した書状には、簡潔な文面が並んでいる。


 ――急激な財政改善について、詳細な説明を求める。

 ――監査官を派遣する。


「……来ましたね」


 エリシアの声は低い。


「予定より、少し早い」


 アレンは頷いた。


「商会が、動いたな」


 価格操作。

 取引縮小。

 そして、通報。


 改革が、誰かの利益を削った証拠だ。


「どう対応しますか?」


「正面からだ」


 アレンは即答した。


「隠すことはない。誤魔化すこともない」


「ですが、監査は——」


「数字を見る」


 アレンは帳簿を軽く叩いた。


「それしかできない」


 数日後。

 監査官、リオネルが到着した。


 派手さはない。

 だが、無駄もない。


「辺境領で、これだけの改善……」


 彼は帳簿をめくりながら言った。


「珍しい」


「再現性があります」


 アレンは答える。


「制度を直しただけです」


 監査は、厳密だった。


 税制。

 支出。

 契約書。

 農地使用権。

 治安隊の報酬体系。


 一つ一つ、確認される。


 だが——

 崩れない。


「……不正は、見当たりません」


 リオネルは、率直に言った。


「むしろ、簡潔すぎるくらいだ」


 その言葉に、エリシアは安堵の息を吐いた。


 だが、監査官は続ける。


「ただし」


 空気が、張りつめる。


「このやり方は、危険です」


「危険?」


「はい」


 リオネルは帳簿を閉じた。


「制度は、人を選びません。成功すれば、真似される。失敗すれば、責任を取らされる」


「承知しています」


 アレンは即答した。


「だから、記録を残しています」


 リオネルは、しばらくアレンを見つめた後、微かに笑った。


「……理解しました」


 監査結果は、「問題なし」。


 だが、評価は割れた。


 改革派官僚は称賛し、

 保守派は警戒した。


 その夜。

 エリシアが、静かに言った。


「……これで、戻れませんね」


「最初から、そのつもりだ」


 アレンは答える。


「中途半端にやるくらいなら、やらない方がいい」


 窓の外。

 倉庫に積まれた穀物が、月明かりに照らされている。


 黒字は、確かに成果だ。

 だが同時に——


 この領地は、王国の中で“異物”になった。


 アレンは理解していた。


 ここから先は、内政では終わらない。

 これは、国家の話になる。


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