第11話 王都の評価
王都、中央評議院。
白い石で造られた円形の会議室には、重い空気が満ちていた。
長卓の周囲に座るのは、王国の中枢を担う貴族と高級官僚たち。
議題は一つ。
――辺境領クロフォードの急激な改善について。
「監査結果は、問題なし」
監査官リオネルが、淡々と報告する。
「不正、横領、帳簿改ざん、いずれも確認されませんでした」
「税制は簡略化され、徴税効率は向上」
「農業生産は約二倍。治安関連費は削減されています」
ざわめきが走る。
「……信じがたい数字だな」
「辺境で、それほどの成果?」
若い官僚の一人が、思わず口にした。
「制度を見直しただけです」
リオネルは感情を交えず続ける。
「再現性は高い。特殊な魔法や軍事力は使われていません」
その言葉に、数名が頷いた。
「つまり、他でも可能だと?」
「我が国全体に適用できれば……」
だが、その空気を切り裂くように、低い声が響いた。
「――危険だな」
発言したのは、宰相ダリウスだった。
白髪交じりの髪を整え、老獪な目で場を見渡す。
「何が、でしょうか」
改革派の伯爵が問う。
「成功が、だ」
ダリウスは静かに言った。
「辺境が自力で立ち直った。それ自体は美談だ」
「だが、前例になる」
会議室が、静まり返る。
「制度を変えれば、結果が出る」
「なら、なぜ他は変えないのか、という話になる」
何人かの貴族が、わずかに顔を強張らせた。
「今までの赤字は、怠慢ではなかったのか」
「制度の問題だったのではないか」
ダリウスは、淡々と続ける。
「そう問われた時、誰が責任を取る?」
空気が、重く沈む。
改革派の一人が反論する。
「ですが、成果は事実です。放置する方が——」
「放置しろとは言っていない」
ダリウスは遮った。
「管理しろ、と言っている」
その言葉に、意味を理解した者たちが息を呑む。
「一領主に、過ぎた裁量を与えている」
「黒字化、人口流入、備蓄……」
「これ以上進めば、もはや“領地”の範疇ではない」
リオネルが口を挟む。
「ですが、彼は法を犯していません」
「法は、守るためにあるのではない」
ダリウスは微笑んだ。
「使うためにある」
沈黙。
やがて、王族席に座る若い王女が、静かに口を開いた。
「……彼を、呼びますか?」
一瞬、空気が張りつめる。
ダリウスは、首を横に振った。
「まだだ」
「なぜ?」
「今呼べば、“英雄”になる」
その言葉に、理解が広がる。
「評価が固まる前に、動かせばいい」
「期待と警戒が拮抗している、今が一番扱いやすい」
会議は、結論を出さなかった。
称賛も、処罰もない。
ただ――
「注視する」
その一言だけが、決定事項として残った。
同じ頃。
辺境領クロフォード。
アレンは、いつも通り帳簿を見ていた。
「……王都、静かですね」
エリシアが言う。
「嵐の前だ」
アレンは顔を上げずに答えた。
「評価が割れている時は、必ず静かになる」
「怖くありませんか?」
「怖いさ」
アレンは正直に言った。
「だが、止まれない」
彼は帳簿を閉じ、窓の外を見る。
整備された農地、巡回する治安隊、動く荷馬車。
「ここまで来て、元には戻れない」
その瞬間。
王都では、別の書類が回り始めていた。
――辺境領改革案、制限付き検討。
アレンは、まだ知らない。
自分がすでに、
王国の“議題”になっていることを。




