第12話 成功の代償
不満は、静かに広がっていた。
表立って暴れる者はいない。
だが、領内の空気が、わずかに重い。
「最近、畑を手放す者が増えています」
エリシアが報告書を差し出す。
「農地再区画の競争についていけない、と」
「……想定内だ」
アレンは、視線を落としたまま答えた。
農地使用権は、成果に応じて更新される。
それは公平で、合理的で――残酷だ。
「努力が報われる制度は、同時に」
エリシアは言葉を探しながら続ける。
「努力できない人を、切り落とします」
「正確には、“支えない”」
アレンは訂正した。
「だが、切り落とされたと感じるのは、自然だ」
実際、村の一角では、集まりができていた。
「前は、こんなことはなかった」
「頑張っても、あいつには敵わない」
「結局、強い者だけが得をするんだ」
声は、怒りというより、諦めに近い。
そこに、商会の人間が入り込んだ。
「今の改革は、弱者切り捨てです」
「昔は、皆で分け合っていた」
「本当に、正しいのでしょうか」
巧妙な言い回しだった。
否定はしない。ただ、疑問を植え付ける。
ガルドが、低い声で報告する。
「一部で、扇動の兆しがあります」
「暴動まではいきませんが……」
「放置はできないな」
アレンは立ち上がった。
「説明会を開く。逃げずに、話す」
夕方。
領館前の広場に、人が集まった。
不安。
不満。
期待。
全てが混ざった視線が、アレンに向けられる。
「不公平だ、という声がある」
アレンは、正面から切り出した。
「否定しない」
ざわめきが走る。
「今の制度は、成果を出した者が報われる」
「だから、差が出る」
誰かが叫ぶ。
「じゃあ、俺たちはどうなる!」
アレンは、間を置いて答えた。
「選択肢は三つある」
指を一本立てる。
「一つ。別の作物に挑戦する」
「二つ。共同で区画を運営する」
「三つ。農業以外の仕事に移る」
沈黙。
「誰も、農業を強制していない」
「だが、農業を選ぶなら、競争は避けられない」
冷たい言葉だ。
だが、嘘はなかった。
エリシアが、一歩前に出る。
「だからこそ、私たちは——」
彼女は続けた。
「倉庫、加工、輸送の仕事を増やします」
「畑以外の働き口を、作ります」
人々の視線が、揺れる。
アレンは頷いた。
「制度は、人を一つの役割に縛らない」
「縛るのは、選択だ」
説明会の後。
不満は消えなかった。
だが、暴発もしなかった。
理由は単純だ。
代替案が、示されたからだ。
数日後。
加工用の小規模工房が立ち上がった。
倉庫管理、輸送補助、計量作業。
畑を離れた者が、そこで働き始める。
「……助かった」
年配の農民が、ぽつりと呟いた。
その様子を見て、エリシアが言う。
「正しかった、ですよね」
アレンは、即答しなかった。
「“正しい”と“痛みがない”は、別だ」
彼は、帳簿を見つめる。
「重要なのは、痛みを無視しないことだ」
その夜。
王都から、また一通の書状が届いた。
今度は、命令ではない。
――周辺領との協調について、協議を求める。
アレンは、紙を静かに折りたたんだ。
「……来たな」
領地単位では、もう限界だ。
成功が、次の段階を要求している。
彼は理解していた。
改革は、終わらない。
形を変えて、広がっていく。
そしてそれは――
必ず、国を揺らす。
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