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辺境領に飛ばされた元官僚、数字だけで王国を立て直す 〜廃領再建から始まる、数字と制度の国家経営録〜  作者: 蒼井テンマ


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第8話 最初の収穫

 収穫期は、静かに始まった。


 例年なら、ため息混じりに鎌を入れる時期だ。

 今年は違った。


「……重いな」


 畑で小麦を刈り取った農民が、思わず呟く。

 穂が垂れている。実が詰まっている証拠だった。


「今年は、出来がいい」


 誰かが言う。

 別の誰かが頷く。


 それは、畑ごとに、確信へと変わっていった。


 領館では、収穫報告が次々と集まっていた。


「第一区画、前年同期比一・八倍」

「第二区画、二・一倍」

「耕作放棄地だった南区画……一・五倍です」


 エリシアは、報告書を握りしめたまま動けなくなっていた。


「……本当に、増えています」


「想定内だ」


 アレンは淡々と答えたが、内心では安堵していた。

 理屈は正しくても、現実が伴うかは別だ。


 だが、数字は応えていた。


「全体で?」


「……約一・九倍です」


 その瞬間、執務室の空気が変わった。


 沈黙。

 次に、ざわめき。

 そして、抑えきれない高揚。


「倍近い……」


 エリシアは、震える声で言った。


「これだけあれば、領内自給どころか……」


「余剰が出る」


 アレンは頷いた。


「売れる。備蓄できる。次に繋げられる」


 農地改革は、成功した。

 疑いようのない成果だった。


 だが、問題はそこからだった。


「倉庫が、足りません!」


 役人が駆け込んでくる。


「既存の倉では、三割しか保管できない!」


「輸送は?」


「荷馬車が足りず、畑で積み上がっています!」


 成功が、現場を圧迫する。


「……想定より、早すぎたな」


 アレンは即座に指示を出した。


「臨時倉庫を建てろ。木材は北の伐採地から回せ」

「治安隊を輸送補助に回す」

「腐る前に、動かせ」


 命令は次々と飛んだ。


 その一方で――

 商人たちも、動いていた。


「今なら、高くは買えませんよ」


 ローゼン商会の使者は、薄く笑った。


「供給過多です。相場が崩れる前に、手放した方が賢明かと」


 エリシアが反論する。


「買い叩きです!」


「市場原理ですよ」


 使者は肩をすくめた。


 アレンは、一歩前に出た。


「……買わなくていい」


「は?」


「売らない」


 空気が凍る。


「備蓄する」


 使者は、思わず声を荒げた。


「無理です! 倉庫も輸送も——」


「だから、今整えている」


 アレンの声は、低く、揺るがない。


「相場は、供給だけで決まらない。時間でも決まる」


 使者は、言葉を失った。


 その夜。

 倉庫建設が始まった。

 治安隊が荷を運び、農民が手伝う。


 領地が、一つの生き物のように動いていた。


 数日後。

 数字が、さらに跳ねた。


「人口、増えています」


 エリシアが報告する。


「収穫を聞きつけて、他領から人が流入しています」


「当然だ」


 アレンは帳簿に線を引いた。


「食える場所には、人が集まる」


 だが、その数字は――

 王都にも届いた。


 数日後。

 一通の書状が届く。


「……王都、監査局」


 エリシアが読み上げる。


「『急激な生産増加について、状況確認を行う』……」


「来たか」


 アレンは、静かに息を吐いた。


 成功は、隠せない。

 隠す必要もない。


 だが――

 利用される可能性はある。


「ここからは、内政じゃない」


 アレンは言った。


「政治だ」


 窓の外では、山のように積まれた穀物が、月明かりに照らされていた。

 それは、希望であり、武器でもある。


 最初の収穫は、確かに実った。

 だが同時に——


 この領地は、もう“見過ごされる存在”ではなくなった。


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